2004年3月後半の日記
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3月31日(水)
仕事が終わってからちょっとした用事がありましたが、その用事は午後9時に終わったので、帰宅するとすぐに、昨夜完成したCGの公開に取りかかり、「開設4周年記念兼エイプリルフール」として夜半前に公開することができました。今度も昨年および一昨年と同様、サイトのトップにはエイプリルフール用の画像を一週間くらい置いておくことにします。その頃には先日からの懸案である「同級生2CG」を完成させて、サイトのトップCGを差し替えることができるといいな、と思います。
(4月7日アップ)

3月30日(火)
昨夜、完成の目処が立たなくなりつつある例の「同級生2」CGに代えて、開設4周年記念兼エイプリルフールCGとして制作を始めたCGですが、原画を描き始めた段階で、エイプリルフールの「引っかけ」を演じるキャラ1人だけを描くのではあまり面白くないなー、と思ったことから、急遽そのキャラと縁の深いもう1人のキャラを共演させることに決めました。
そういうことをしているから、できるだけ短時間で、できれば誕生日連作と同じように一晩で完成させようと思っていたはずなのに、一晩では完成しないのですが、キャラを1人だけぽつんと描いても絵にならないのが私の実力ですし、それにこの2人は、ゲーム本編にはこのようなシーンがないキャラです。さらに2人登場させても「エイプリルフールの引っかけ」が何とか通用しますし、できるだけ手早く描けば31日には公開できそうだと判断したことから、2人描くことに決めました。
そうは言っても、土壇場の31日の夜に仕事が終わってから、少し遅くまでかかりそうな用事があるのですが、29日のうちに方針を決めて制作を進めておいたのが幸いして、30日のうちにCG本体は完成しました。あとはエイプリルフールの仕掛けを作れば公開できます。
(4月7日アップ)

3月29日(月)
なぜ年度末のこんな時期に、という気はしますが、今日、職場で健康診断がありました。職場で実施する集団健康診断といえば、だいたいどこでも検査項目は同じだと思いますが、身長・体重・血圧・視力・聴力・胸部X線撮影・尿検査・聴診といったところで、40歳以上の人は血液検査と心電図が加わるようです。
私は30代なので血液検査はありませんが、毎月のように成分献血をしているのが充分血液検査の代わりになっていると思うことにしています。成分献血の結果を知らせてくる限りでは、ここ1年以上全ての検査項目は正常で、一時期肝機能の数値が上がって献血できなくなりそうになったことがあったのを思うと、酒を減らすのに努めてきた甲斐があったと改めて思います。
それと身長体重の測定で、今年ついに「肥満度0%」を達成しました。服を着たまま量った体重に基づいて肥満度を算出しても、あまり意味があるとは思えませんが、それでも職場の健康診断の時に毎年「同じ重さの服を着て」体重を量っているとすれば、そこで出てくる体重の測定値は、正味の体重が去年に比べて増えたか減ったかの目安にはなるはずですから、その数値が目に見えてわかるほど減ったというのは、これも祝着ではあります。
肥満度を算出するには、まず身長に基づいて標準体重を算出します。
標準体重(kg)=身長(m)×身長(m)×22
次に標準体重と自分の体重を比べて、肥満度を算出します。
肥満度(%)=(自分の体重−標準体重)÷標準体重×100
これが0ということは、つまり自分の体重が標準体重とちょうど同じということです。
ちなみにこれらの式から、このような式が導かれます。
自分の体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)=BMI
右側のBMI(Body Mass Index)は、肥満度の指標として用いられる数値で、標準体重の場合は22になります。
ところが、手元にあるゲームに登場するキャラのうち、身長と体重のオフィシャル設定がある女性キャラについてBMIを算出してみると、たいていは17とか18という数値になり、肥満度で言うとマイナス20%くらいになります。そのような数値が出てくるたびに私は
「この手のゲームの女性キャラは痩せすぎではないのか?」
と考えているのですが、皆さんはどうお考えですか?
ですが、今の職場に転勤してから3年間で体重が5kgくらいも減ったということをあまり軽々しく言いふらすと、必ずしも良い受け取られ方をしないかもしれない、ということに思い当たってしまいました。
特に前の職場の人たちは、私がその職場にいる間、今の職場と同じような仕事をしていながら、体重が減るどころか徐々にではありますが増え続けていたのを目の当たりにしていた人たちですから、不用意に「転勤してから体重が5kgも減りました」なんて言うと、「よほど職場の人間関係か何かで苦労しているんじゃないの?」と誤解されて、要らぬ心配をさせてしまうかもしれません。
その他の検査項目では、これはもう生まれつきだとわかりきっているのですが、毎年恒例の「聴力 要精密検査」が出ました。これを受けて毎年耳鼻科医で聴力検査を受けているのですが、昨年までのところは、毎年ほとんど変わらない結果が出ていて、医師の所見は毎年「経過観察」です。

夜は毎晩のようにCGの制作に専念──となると最優先で制作を進めるべきなのは、先日から何度もこの日記に書いている「同級生2」CGですが、精神的に煮詰まってきたというのか、どうも制作を再開する気分になれません。
それよりも、26日に題材を思いついたCGをできるだけ手早く仕上げて、開設4周年記念兼エイプリルフールはこのCGで行こう、という意欲が出てきました。そうなったからには、今からどう頑張っても3月31日のうちに完成させることなどできそうにない同級生2CGの制作は脇に置いて、4周年記念CGの方に集中することにします。気分転換に制作すると言うには、4周年記念CGとしての制作期限(3月31日)が迫っていますから。
(4月7日アップ)

3月28日(日)
昨日いっぱい費やして、どうにか26日分までの日記の更新が終わったので、今日は4周年記念「同級生2」CGの制作に専念するつもりでしたが、昨夜チャットで夜更かししすぎたのか、体調があまり良くなく、そのせいでCGの制作を再開する気力も出ません。
それでも、何もしないで大河ドラマの時間まで寝ているくらいなら何かやった方がいい、と思うくらいの気力は残っていたので、少し前に思いついたもののCG制作が一段落するまでは手を付けないことにしようと決めていた「HTMLいじり」を始めました。具体的な内容は、日記に書くほどの物ではありません。
(3月31日アップ)

3月27日(土)
当サイトの開設4周年に当たる4月1日を前にした最後の週末となりましたが、今日は「同級生2」CGの制作ではなくて、もっぱら日記の更新に費やされることになりました。
どうしてCGの制作──それも開設4周年記念作品として位置づけていた記念碑的大作、しかも今の調子では4月1日までに完成するかどうか心許なく、であるからには他の全てに優先して自由時間を傾注することに決めていたはずのCGの制作よりも、他の全てに劣後して自由時間を傾注することに決めていたはずの日記の更新を先に済ませてしまおうと思ったのでしょうか。
思い当たる理由は1つあって、25日に内閣メルマガ第133号に対する読者の感想を見た時、25日付の日記だけでもできる限り速やかに打鍵してしまわなければ、という黙止しがたい思いに衝き動かされたからではないかと思います。それと、メルマガの編集後記でエイプリルフールのことを読んでから、またぞろ何かと思うことがあったからかもしれません。
今週はたまたまこう、メルマガ関係で日記ネタがいくつも出てきて、それで日記の更新に時間を充てていたのですが、これが恒例になると──いや、止めておきましょう。
(3月31日アップ)

3月26日(金)
小泉内閣メールマガジンの話の続きになります。メルマガの編集長が安倍前官房副長官(現幹事長)から細田官房副長官に交代して以来、どうもあまり人気がない編集後記ですが、来週の第135号はメルマガ創刊以来初めて4月1日の発行になることから、「エイプリルフールの楽しいエピソードやなるほどというアイディアをお寄せください」と、第134号の編集後記に書いてありました。
政府が発行するメルマガの本文でエイプリルフールをやるというのは、内容次第ではエイプリルフールでは済まなくなるでしょうが(例えば「らいおんはーと」の冒頭で「イラクに派遣した自衛隊を撤退することに決定しました」と書くとか)、逆に言うと内閣メルマガでエイプリルフールをやるのは、日本人の民度、とりわけ日本のマスコミのレベルが、それをエイプリルフールとして笑い飛ばせるレベルに達しているかを試す、ある意味では世紀の大実験と言えるかもしれません。(結果次第では下手をすれば内閣退陣という実験は、ちょっとリスクが大きすぎますが)
つくづく私は「マスコミ性悪説」に凝り固まっているな、と思うのですが、もし──ということでふと思ったのは、平成元年4月20日付の朝日新聞夕刊1面に写真入りで載った記事が、もし同年4月1日の同社の紙面に載っていたならば、「あれはエイプリルフールでした」という究極の逃げ道が開かれていたのではなかっただろうか、ということです。もっともその逃げ道は、地雷原と機関銃陣地の直中を延びる一本道かもしれませんが。いや、無理ですかね、文章だけならともかく、珊瑚礁にストロボの柄で傷を付けるという行為を実行し、その写真を紙面に掲載してしまったら。
一部のマスコミに対する批判むしろ揶揄は、このくらいにしておきます。
当サイトの開設4周年記念として目下制作中の「同級生2」CGですが、今週も毎晩制作に時間を充ててきたにもかかわらず、まだ完成には程遠い状態で、この週末を全て傾注したとしても4月1日までに完成するかどうかわかりません。しかも今の時点(3月27日午後5時)で既に、週末のうち相当の時間を日記の更新に費やしてしまいましたから、この調子では4月1日までに完成して公開するのは、かなり望み薄になってきました。
そこでエイプリルフールの話に戻るのですが、当サイトの開設日が4月1日にあたることから、一昨年、昨年と2年続けてエイプリルフールを仕掛けてきました。しかし今年は4周年記念作品の主題として選んだ題材が、内心大いに期するところのある題材で、しかもそれはエイプリルフールに使える題材ではありません。そしてそのCGが今までになく大掛かりになりそうなことから、エイプリルフールのためだけの一発ネタCGの制作は、今年は見送ることにしよう、と考えていました。
一昨年と昨年に開設2周年記念3周年記念として、エイプリルフールに合わせて公開した作品は、作者としては、決してエイプリルフールのためだけの一発ネタではないと思っていますが。どのように受け止められたのかは、私の目に見える形での反響がほとんどなかったこともあって、知る術もありません。
もしどうしてもエイプリルフールに合わせて何かをやりたいならば、「サイト開設4周年記念CGを公開しました」というそれ自体をエイプリルフールとして行う、というのが実は最も簡単なのですが、
──そこまで落ちぶれちゃいませんよ、私は。
ところが今日の勤務時間中に、思いがけず、エイプリルフールに使えそうな、しかも短時間で制作できそうなCGの題材が浮かびました。制作が間に合いそうなら、今年のエイプリルフールにはこれを仕掛けるかもしれません。
(3月27日アップ)

3月25日(木)
毎週木曜日は、小泉内閣メールマガジンを読む日です。今日からは英語版も配信されるとのことなので、英語版が配信されているのを見ると、日本語版のメルマガと並べてウィンドウを開き、読み比べてみることにします。
英語版第1号の主な内容は、小泉首相の「らいおんはーと」の英訳と、べーカー駐日アメリカ大使の特別寄稿でした。日本語版にはもちろん前者の原文が載っていますし、後者の日本語訳も載っていましたから、よくよく読み比べてみることができます。読み終わった印象ですが、原文に忠実な訳を心がけたためか、日本語訳としてはいわゆる翻訳調が抜け切れていない、同じように英語訳としても、例えばホワイトハウスのホームページにあるブッシュ大統領のスピーチに比べると、ちょっと洗練されていないような印象を受けました。
内閣メルマガには今までに日本語以外の言語で書かれた記事が全くなかったわけではなくて、ずいぶん前になりますが第76号(2002年12月26日配信)に載った、企業改革経営者表彰を受賞した日産自動車のカルロス・ゴーン社長の特別寄稿があります。もちろんメルマガの本文に載ったのは日本語訳で、英語の原文はリンクになりますが、この原文と訳文を改めて読み比べてみると、こちらの方が柔軟な訳文になっているような気がしました。
メルマガを開くと必ず目を通すのは、前号に対する読者の感想ですが、第133号に対する感想に、こういう感想がありました。
スペインの大規模テロは人ごとではない。「テロに屈するな」と声高に叫ぶだけでは、国民は守れない。「このように対策しているのだからテロは心配しなくてよい」と叫んで欲しい。それができないのなら「テロに屈する」のも一つの選択肢ではないのか。
この感想の最後の文に対しては、私は一切のコメントを避けます。
(3月27日アップ)

3月22日(月)〜24日(水)
一昨日と昨日の週末は結局、「同級生2」CGの制作は全く進みませんでしたが、これは特に昨日は、自分のサイトで公開するためのCGの制作よりもずっと優先度の高い作業に時間を充てていたからだと納得しています。それにCGの制作は週末に限った作業ではなく、平日の夜に毎晩3,4時間を充てれば、木曜の夜までには相当進むものだという、実績に基づいた自信を持っています。
そういうわけで月曜からは毎晩CGの制作に専念しています。
(3月27日アップ)

3月21日(日)
昨日の日記に書いた通り、今日のサイト更新作業は「kunta's room」の閉鎖にともなう作業がもっぱらになります。まず手始めにリンクページを修正し、それから、これまでに私がkuntaさんから頂いたCGや私がkuntaさんにお贈りしたCGのページにあるkunta's roomへのリンクを解除し、併せてサイトが閉鎖されたことを追記します。この辺の作業はファイルの数が少なくないとはいえ大した手間ではなくて、すぐに終わりました。
新たに頂いたCGを1号館に公開する作業も、それほど時間はかかりませんでしたが、お預かりすることになった夕凪さんのSSを2号館に公開する作業に、思った以上に時間がかかってしまいました。
そうなったのは、私としては夕凪さんのSSを「お預かりする」という立場を取る関係上、kunta's roomに公開されたそのままの形で、一切手を加えずに公開するのが最善だと思っていたのですが、kuntaさんから送られてきたのがHTML化されていないテキストファイルのままで、kuntaさんのコメントも付いていなかったので、私自身が頂いた文章作品と同じ形式で公開する、つまり今までに夕凪さんから頂いたSSと同じ形式にHTMLを組むだけでなく、私としてのコメントを付ける必要があったからです。
しかも他の人のサイトが閉鎖されるに際してお預かりすることになった作品を、当サイトのコンテンツの中にどのように位置づけるか、もっと簡単かつ具体的に言えば、どこにどういう名前のフォルダを設けて作品を配置するかという、本当なら作品をお預かりすることを引き受けてから3週間もあれば方針が決まっていて当然であった事項を、昨夜までほとんど等閑にしていたことを、この際白状しなければなりません。
そういう最も根本的な事項を、今日の午後になってからあれこれと考えた挙句、深更に及んで「2号館別館」という体裁を整えて、ようやく予定していた作業を完了しました。
(3月27日アップ)

3月20日(土)
今日は午前中、体調を回復するためにゆっくり寝て、午後から昨夜に引き続いて日記の更新をします。そして夕方からは新潟市の りゅーとぴあへ、イタリアオペラの公演を観に行きました。
出し物はペルゴレージ(1710〜1736)の代表作 喜歌劇「奥様女中」と、ペルゴレージ作と伝えられる「焼餅亭主」の2本立てです。もっとも両方とも上演時間は1時間足らず、休憩をはさんだ2本立てで普通のクラシックコンサートより多少長いくらいの時間です。
こういった短いオペラ、だけでなく音楽のない喜劇も、真面目な長編オペラあるいは悲劇の幕間に上演するために書かれたもので、日本で言えば能の幕間に上演するために書かれた狂言に相当します。筋書きは単純で内容は笑いを目的とし、登場人物は庶民を中心に類型化されているなど、洋の東西を問わず庶民が考え出す娯楽は共通のようです。1つだけ西洋の喜劇と日本の狂言の違いを挙げるとすれば、西洋の喜劇は狂言に比べて遥かに、内容が「色恋沙汰」に偏っていることでしょうか。
今日の出し物のあらすじも、こうです。(パンフレットから転載。上演された順です)
《焼餅亭主》1幕のオペラ。商人マサッコの若くて美しい妻ドリーナは夫を愛しているが、夫があまりに焼餅焼きなのが不満。夫は旅に出ると偽って貴族に変装して戻り、妻を試そうとする。妻は夫をコテンパンにするが、傷心の夫に仲直りを申し出て、二人は仲良くハッピーエンドとなる。
《奥様女中》1幕のオペラ。ナポリの老貴族の屋敷の小間使いセルピーナは若くて美しくて機転が利く。下男のヴェスポーネを手なづけて主人のウベルトの気を引き、ちゃっかりと奥様の座におさまる。
劇として見ると、どちらも台詞(歌)があるのは主役の男女2人だけですが、「焼餅亭主」の方がイタリアの喜劇の様相を色濃く残していて、台詞がなく仮面を付けて登場する仮面役者が3人います。仮面は何種類かあって、それぞれが召使い・商人・学者・軍人といった職業あるいは社会階層を象徴するものになっていますが、実は仮面といっても紐を耳に掛けて顔に固定するのではなくて、棒の先に付けた仮面を、棒を手に持って顔に当てるものが多いです。この方が早変わりが容易にできるのだろうと思いますが、演技の上では片手がふさがる分だけ不自由になるのではないでしょうか。それも当時は約束事の1つだったのかもしれません。「奥様女中」では下男が台詞のない役ですが、特に仮面を付けて登場するわけではないようです(もっともこの辺は、演出によって変わるかもしれません)。
約束事といえば、なるほどと思ったことが1つあります。どちらの出し物も、終わりの方は夜の場面になるのですが、その場面が始まる時に、台詞のない役者が舞台に登場して、燭台(当時はロウソクを灯していたのでしょうが、今は安全上の理由でしょう、ロウソクに似せた電灯が付いています)を舞台に置いていきます。今では、現代的な劇場の照明には当然電灯を使っていますから、スイッチ1つで舞台の明暗は自在にできますが、当時は舞台の照明はロウソクだったのですから、夜の場面だからといってロウソクを消して舞台を暗くしてしまうわけにはいきませんオペラの「序曲」について考えたことも参照)。あるいは日中に屋外で上演するとすれば、なおさら舞台を暗くするわけにはいきません。そこで「ロウソクを灯した燭台を舞台に置いたら『夜の場面』」という約束事が成立したのではないか、と思ったのでした。
オペラから少し外れますが、今日のオペラより少し前の時代にラシーヌやモリエールによって書かれたフランス古典劇には、「三一致の法則」という規準がありました。劇は「1日のうちに(時の一致)、1つの場所で(場所の一致)、1つの筋で(筋の一致)完結しなければならない」というもので、これに照らすとシェイクスピアの劇はほとんどが規準から外れてしまうという窮屈な規準ですが、その時代のフランスの劇作家がわざわざ好んで窮屈な制約を自らに課すことを選んだというわけではなくて、少なくとも時の一致と場所の一致は、照明を初めとする舞台装置の制約から生じた必然的な制約だったのではないかと思います。
つまり、繰り返しになりますが、古典演劇の時代には舞台照明はロウソクでしたから、劇の途中で何度も昼になったり夜になったりするわけにはいかなかったでしょうし、回り舞台(日本で発明されたものです)が19世紀にヨーロッパにもたらされるまでは、劇の途中で場所を変えようとしたら、相当の時間、劇が中断してしまうはずだったからです。
今日のオペラ2本も、よく考えてみると時間は朝から始まって夜で終わり、場所はマサッコの家またはウベルトの屋敷だけ、筋は1つのストーリーということで、三一致の法則に従って書かれています。
上に書いたようなあらすじですから、「西洋人って色恋沙汰が好きだね〜」と思いながら観ていたのですが、「焼餅亭主」の前半に「男は女の演技を見抜けないもの」という台詞が出てくると、ずっと前に「下級生リレー小説」で私がヒロインに言わせた台詞を思い出したものでした。
しかし「奥様女中」の方は……あまり後味が良くなかったです。セルピーナにいいように翻弄されても何もできないウベルトの姿が、なんだかあまりにも「惚れた弱み」に付け込まれているようで。

先月末から知らされていた通り、私の古いお知り合いであるkuntaさんのサイト「kunta's room」は今日限りで閉鎖されます。行きつけのチャットルームで夕凪さんと話しながらkunta's roomを見に行っていましたが、午後12時ちょうどを期してサイトは撤去され、やがてチャットルームにkuntaさんが来て、かなり遅い時間までチャットを続けました。
サイトを開設してから4年足らずの間に、2年前の「お昼寝宮」の閉鎖と今度の2回、お知り合いの人のサイトの幕引きに立ち会うことになったのには、人の心の移ろい行きを実感しますが、今度はそういつまでも感慨に耽ってばかりはいられません。
kunta's roomに夕凪さんが寄贈されたSS4点の今後については、先月末にチャットルームで3人で話し合いを持った時に、私のサイトでお預かりして公開することで合意が成立していたのですが、今日の夜半前になってkuntaさんからメールが来て、かつてkunta's roomのトップを飾っていたというCG1点を添えて、夕凪さんのSSの原稿が(HTML化されていないテキストファイルのまま)送られてきました。新たに頂いたCGはもちろん、お預かりすることになったSSもできる限り迅速に公開すること、これが明日、最優先するべき作業になります。
(3月27日アップ)

3月19日(金)
出勤する時に雪が降っていた昨日ほどではありませんが、今日も寒い朝でした。そんな中を寒風をついて自転車で出勤し、職場に着くと今度は周りの人がセーターを脱ぐくらい強い暖房の中で、ダッフルコートを膝掛け代わりにして汗ばみながらデスクワークをしています。これでは風邪を引いても自業自得というものです。

昨日配信された小泉内閣メールマガジン第133号で、第132号(3月11日配信)に対する読者投票の結果が発表されていましたが、イラク復興業務支援隊長佐藤正久1等陸佐の特別寄稿は「満足」票が65%を占め、載っていた具体的感想も大多数が絶賛でした。内閣メルマガの特別寄稿がこれほどの支持を集めたのは、2002年にノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏の特別寄稿(2003年2月6日の第81号に掲載)以来ではないかと思います。それを見てまたぞろ思ったことは、一部の反政府的マスコミがどれほど「声ある声」を装って叫喚しようが、現実にイラクに自衛隊が派遣されて、特に陸上自衛隊が現地入りした今、常識的な物の感じ方をする大多数の国民は、砂漠の苛烈な環境の中で復興支援に汗を流している自衛隊員たちの活動に「声なき声」で惜しみない声援を送っているのは間違いない事実だということです。
いかに反政府的な新聞でも、「陸自隊員はイラクに行きたがっていない」という“読者投稿”を載せることはできなかったでしょう。前からメルマガの本文や読者の感想で何度か読んでいるのですが、日本の自衛隊は、日本に先んじて工兵部隊をイラクに派遣している韓国軍と違って、徴兵制ではなく志願制であり、入隊に際して「一旦緩急あれば義勇公に奉じ事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえる」という宣誓(服務の宣誓)をしている以上、「危険だからイラクに行きたくない」という言い分は通用しない、というのは、まさにその通りだと思います。
そんな折も折、昨日の夕方自転車屋でパンクを修理してもらっている間に店の奥で点いていたテレビのニュースで報道されているのを見たのですが、スペインの総選挙に勝って与党となった政党が、イラクの治安情勢が改善されないようなら6月末で派遣軍を撤収させると表明したようです。
20日になってから新聞記事を検索してみると、どうも新与党は総選挙前から「イラクへの軍隊派遣の見直し」を公約に掲げていたようですし、まさか200人以上の犠牲者を出した総選挙直前(11日)の列車爆破テロに怖じ気づいたとは思いたくないのですが、これで本当にイラクからスペイン軍が撤退してしまったら、政権交代によって外交政策の一貫性が損なわれた例、しかもそれがテロリストを利する形になった悪しき例として、後世に汚点を残すことにならないだろうか、という懸念があります。
もっとも、反米気運の高まりの中で「対北政策は独自路線を採る」と公約に掲げて選挙に勝った韓国の現大統領が、政権発足後は全体的にアメリカ寄りに軌道修正している(イラクに早々と軍隊を派遣したのはその一例かもしれません)という例もありますから、イラク復興に協力している国の国民の1人として、スペインがこれからどうするのかは目が離せません。
今年の1月に、内閣メルマガの新しい企画について読者から提案を募っていました。提案の多かった企画をいくつかに絞った上で、2月に読者投票を行なっていましたが、それらの結果を受けてさっそく実施されることになったのが英語版メルマガで、3月25日から発行されることになるそうです。
首相官邸を初めとしてたいていの官公庁に(中央の省庁は全部)英語版ホームページがあるのですから、日本語版以外の内閣メルマガが今まで発行されなかったのはむしろ遅きに失したくらいかもしれませんが、第132号への感想に「読者の要望への対応の素早さに感心した」という趣旨の、英語の感想がありました。「役人の腰の重さ」は拙速を尊ぶマスコミの常套句の一つですが、役所だってやる気になればできるということでしょう。物は試しと、私も読者登録してみました。

内閣メルマガとは打って変わって、どうしようもない屑メールの話になります。
先日私宛に、私が何やら有料アダルトサイトの情報料を昨年の8月に利用してから半年間滞納しているから取り立て代行に行く、というメールが来ました。全く身に覚えのないサイト名が書いてあるので、新潟県消費生活センターのサイトを見て、最近よくあるらしいネット詐欺の一種だと確信しましたが、そう判断したもう一つの根拠は、私がそのサイトに登録したメールアドレスが ym_800@nifty.ne.jp だと書いてあったことです。
今まで受信したメールを保存してあるフォルダを改めて調べてみましたが、私が当サイトで公開しているメールアドレスのドメイン名が .ne.jp から .com に変わったのは、昨年8月よりずっと前のことです。それ以来メールソフトの設定もインターネットでのメールアドレスの記載も、検索サイトへの登録も全て .com に統一していますから、今頃 .ne.jp 宛に来たメールは、全てスパムメールと判断して削除→「削除済みアイテム」フォルダからも削除あるのみです。
件のメールには「3月19日までに自宅に取り立てに行く」と書いてありましたが、この日記を打鍵している20日になっても、アパートの呼び鈴も電話も鳴っていません。おおかた予想していましたが、そんなものでした。
(3月20日アップ)

3月18日(木)
3月の後半に入り、もうすぐ彼岸だというのに、今朝起きて外を見ると、降っていたのは雨ではなくて雪でした。まだ春の訪れは遠いようです。
そんな天気をついて自転車で出勤すると、職場に着く直前になって、後輪にいやな感触を覚えました。帰る時になると明らかに後輪の空気が抜けているので、帰りは自転車を押して近くの自転車屋へ行って見てもらうと、やはりパンクです。
昨年の5月下旬に前後両輪のタイヤとチューブを新品に交換した時、これから先どちらのタイヤが何回パンクするかを記録してみれば、前輪より後輪の方がパンクしやすいような気がするのは、気のせいか偶然か、それとも前輪よりも後輪の方がパンクしやすい工学的な理由があるのか、それがわかる手掛かりが見つかるかもしれない、と日記に書きましたが、その後の状況はどうかと言えば、日記には書いていませんが、まず昨年8月に後輪がパンクしています。次に、その時のパンクを自分で修理した箇所が、9月に暑さのためにゴムが剥がれたので、自転車屋に持ち込んで修理してもらいました。そして今回また後輪がパンクしましたから、9月に自転車屋に持ち込んだのは下手な修理のせいだとしても、10ヶ月間に前輪は1回もパンクしていないのに後輪は2回パンクしたことになります。
こうなると、前輪よりも後輪の方がパンクしやすいというのは気のせいではなくて、統計学的に立証できる事実であるような気がしてきます。もちろん、前輪と後輪のパンクしやすさに差があることが統計学的に立証できたからといって、工学的な理由が見つかるとは限りませんし、もし統計学的に立証できたとしても、工学的な理由が見つからなかったら、そこで終わりにされてしまうと思いますが。
工学的な理由ということでちょっと考えてみたのですが、自転車の場合、前輪は方向を変える車輪、後輪は駆動輪と決まっています。それに対して自動車の駆動輪は、前輪の場合もあれば後輪の場合もあり、あるいは4輪駆動の車もあります。とすると、もし自動車において、前輪駆動・後輪駆動・4輪駆動で前輪と後輪のパンクのしやすさに統計学的な差があったとしたら、その理由は駆動輪であるかないかに帰せられる可能性があると思います。そしてそれがもし「駆動輪はそうでない車輪よりパンクする率が高い」だったとしたら、自転車の前輪と後輪のパンクのしやすさの差も、同じ理由で説明できるのではないでしょうか。駆動輪とそうでない車輪のパンクしやすさの差なんていう試験が、自転車を対象にして実施されたことがあるとは思えませんが、自動車を対象にしてなら実施された例があっても不思議ではないと思います。
(3月20日アップ)

3月17日(水)
今日は昨日に続いて原画の色塗りを進めます。昨日の項の後半に書いたように、ゲーム本編で1人のキャラが着ている服の色が、西洋美術でこの人物を描く時に伝統的に使われる服の色、別の言い方をすれば元ネタにした絵の主題を最も直截に表現する色であることがわかったのですが、そうなるとその色は非常に象徴的な色ということになるので、ゲーム本編で同じ色の服を着ている他のキャラは、(「同級生2」が制作された時に、そこまで考えて服装がデザインされたはずはありませんから)敢えて服の色をオフィシャルから変えてもいい、いやむしろ主題を強調するためにはそうする必要がある、と決めてしまいました。
いったい、今度の作品の「主役」は誰になるのでしょうか。今から一つだけヒントを出せば、今度の作品に限っては、主役はメインヒロイン水野友美ではない、ということです。全然ヒントになっていませんね。
(3月20日アップ)

3月16日(火)
今日も引き続き、サイト開設4周年に向けた「同級生2」CGの制作に精を出しています。
キャラの割り当てについては、11日頃に最終案がまとまったと書きましたが、実は昨夜キャラの原画を描き始めた段階では、まだ全員は確定していませんでした。そのため昨夜は、割り当てが確定していないキャラは後回しにして、確定しているキャラから描き始めたのでした。
ですが今夜の作業を始めてすぐ、最後まで割り当てが確定していなかったキャラの1人は、ゲーム本編で見られるデフォルトの立ちポーズがそのまま流用できそうだということがわかったので、それに気付くと同時に、そのキャラを割り当てることに決定しました。同級生2キャラの原画を描いた竹井正樹氏がこのキャラの立ちポーズを描いた時、まさか私が今度のCGの元ネタにした絵を見ながら描いたはずはありませんが、でももしかして……と思いそうになったくらいです。
偶然の符合というのはあるもので、制作の参考にするために、仕事帰りに図書館に寄って百科事典を見ていると、構想の最初期の段階で私が「このキャラにはこの人物を割り当てる」と決めていたキャラ、もっと言えば「このキャラにこの人物を割り当てるためにこのCGを制作する」と言っても過言ではないキャラがゲーム本編で着ている服の色が、百科事典に「この人物を描く際には伝統的に、この色の服を着せることが多い」と書いてある、まさにその色であることがわかりました。
……図書館の閲覧室でガッツポーズを取らなくてよかったです。
このあたりの思わせぶりな文章は、CGが完成したらコメントで種明かしすることにしましょうか。
いずれにしても、偶然とはいえあまりにも見事な符合に気を良くしたのか作業が捗って、この夜のうちに原画の主線を一通り描き上げ、色塗りに入ることができました。
(3月20日アップ)

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