2004年5月前半の日記
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5月15日(土)
今日の夕方、兄の結婚披露宴には招待されなかった知人たちが、もっと気楽な祝賀パーティを開くという話があり、何人かの人たちと顔見知りになっていた私にも声がかかりました。
実は私は、3日の結婚式の時には祝儀を持って行くのを忘れたという、末代まで語り継がれる惧れがある醜態を演じたので、祝儀を銀行口座に振り込むとか書留で送るとかしようものならそれこそ恥の上塗りなので、できるだけ早く兄に会う機会を見つけて直接手渡そうと思っていたのでした。
それでパーティに出席するために、午後から起きて出かけましたが、週末の度に2ちゃんねるに入り浸って生活リズムを崩していたせいで、どうも気付かないうちに疲れが溜まっていたようです。パーティは中華料理屋で開かれたのですが、老酒の杯を少し重ねただけですっかり酔いが回ってしまい、二次会を辞退して帰宅するなり、いつもなら土曜の夜はこれからという時間に、布団と親睦を深めていました。
(5月18日アップ)

5月14日(金)
週末前夜、突然、3年前に買ったまま永らく押し入れの肥やしとなっていたスーパーファミコンを取り出しました。最近急にCG制作の意欲が衰えたのは、3号機を買ってからずっと続いていた高調期の反動かもしれないと思うのですが、そこで2ちゃんねるに溺れきってしまうのは我ながらあまりにもあんまりで、それよりはうずたかく積んでいるゲームを消化したり、先日「加奈」をプレイし直したように、プレイしてから月日が経って印象が薄れてきたゲームを改めてプレイしたりする方がまだマシだと思えたからです。
そして、「同級生2」メインを標榜するサイトであって、キャラのCGをメインコンテンツとするサイトの管理者として、かつてこの世にスーパーファミコン版同級生2というゲームが存在し、そこには南雲麻耶どうも私は、うろ覚えでこのキャラの名前を「摩耶」だと思い込んでいた節がありましたという新規キャラが存在していたことを、何かの形で、できることならば1枚のCGとして残しておきたいと思ったのでした。
それで帰宅して雑事を済ませてからスーパーファミコンを取り出したのですが、一番気がかりだったのか「スーパーファミコン本体とメモリカセットがまだ生きているか」だったのは紛れもない事実です。
幸いどちらもまだ生きていたので、テレビの傍らのパソコンで麻耶の攻略法を探し出してからプレイを始めたのですが、どうもうまくいかなくて、夜半を前にしてプレイを中断しました。
それでも何となく諦めがつかず、攻略法を探すために検索した結果(1桁でした)を次々に見ていくと、まあ世の中には私と同じようなことを考える人がいるものですね、麻耶のイラスト、それもスーパーファミコン版のパンフレットに1カットだけ載っているイベントシーンやオープニングデモに出てくる立ち絵ではないイラストを公開しているサイトがありました。
だからといって私が麻耶のCGを描くことを断念するつもりはないのは言うまでもありません。それどころか、そのイラストを描いた人もきっと思いつかなかったかもしれない創作をする意図があります。
その他にどこか、麻耶が話題になっていそうなサイトはないかと思って──行き着く先が「2ちゃんねる/エロゲー板/同級生スレッド」だってんですから、つくづく病膏肓に入っている私です。結局、朝まで2ちゃんねるを渡り歩いていました。
(5月18日アップ)

5月13日(木)
連休が明けて、3週間ぶりに内閣メルマガが配信されました。世間の動静を知る手段が内閣メルマガだけというのは、30代の社会人としてはあまりにも世事に無関心すぎると思わないでもありませんが、ざっと目を通すと、メルマガの編集長(内閣官房副長官)が交代していること、そして読者の感想を見ると、それまで私がほとんど知らなかったことを取り上げて首相と内閣を批判する内容の感想が列をなしていることとで、この3週間の間に何事かが起こっているらしいのが察せられました。
17日になって新聞社のサイトを見に行って、ようやく事態のおぼろげな輪郭を掴んだところです。国民年金制度には根本的な欠陥があると、妄執に近いほど堅く信じ込んでいる私ですが、報道されていることを見ても、不思議なほど憤りは湧いてきません。
それどころか「内外とも多事多端な今、こんなつまらないことで官房長官に詰め腹を切らせることが、国益に叶うのか?」と思ったくらいです。
政治家に求められるのは何か、極言すれば政治家に求められるのは「無能な聖人君子よりも、叩けば埃の出る辣腕家であること」なのではないか、「ネズミを捕らない白いネコではなく、よくネズミを捕る黒いネコの方がいい」のではないか。特に、海千山千の外国政府の高官たちと、特別な手段(武力)を行使しない戦争を繰り広げることを求められる外交の場に臨む政治家は、無能な聖人君子なんかでは決して務まらないと思うのですが、どうなのでしょうか。
それと、13日にメルマガに目を通した時点ですぐに思ったのは、「閣僚や官房長官が国民年金の保険料を納めていなかった時期があったとしても、野党がそれを政府を追いつめる口実にしようとすればきっと、野党にも保険料未納の議員がいることが発覚するに違いない」ということだったのですが、17日に新聞社のサイトを見ると、予想通りでした。野党の幹部にも保険料未納だったことがある議員がいて、野党は意気軒昂に政府与党を追求するどころか、代表が辞任するなどすっかり腰砕けになっているらしいのを見ると、「誰が最初に石を投げたのか」という気がしてきます。
18日になると、もっと諦観というか皮肉が湧き起こってきて、この次の内閣改造の時、閣僚や重要ポストを選ぶ際の選考基準が「国民年金保険料の未納期間があるかどうか」になるとしたら(その可能性は非常に大きいです)、日本の民度もこの程度だと思うしかないのか、という気がしてきました。
(5月18日アップ)

5月11日(火)〜12日(水)
先日、2ちゃんねるの21歳未満アクセス禁止の領域にあるエロゲー板にあった「加奈」スレッドを読んだことが契機となって、11日の夜から久しぶりに「加奈」をプレイしました。もちろん2001年12月から2002年1月にかけてプレイして、全部のエンディングを見ていますから、今さら改めて全部のエンディングを見るつもりはなくて、私がトゥルーエンドだと思っているエンディングNo.6を一直線に目指すプレイ、それ1回だけにするつもりでした。
2年半ぶりにプレイしても、特に感じ方が変わったわけではなかったようです。些細かつ無粋なツッコミをしたくなった箇所がいくつもあったのも前回と同じです。ツッコミは置いといて、今回も感じたことは、このゲームのシナリオは「濃いけれど痩せている」──もう少しわかりやすそうな言い方をすれば、サブキャラの出番が少なすぎるということです。主人公藤堂隆道が小学校5年から高校卒業までつるんでいた3人の親友(ノベライズでは名前も出てこなかった)が、ゲームの序盤が終わったくらいの段階で退場してしまい、隆道と加奈の生き方に何の影響も与えていないようなシナリオは。
(5月17日アップ)

5月6日(木)〜10日(月)
連休が明けてからもなかなか2ちゃんねるから足抜きできず、週末も時々思い出したように日記を更新する他は2ちゃんねるに惑溺しています。連休中に「ToHeart」に基づくCGを2枚制作するという計画は、どこへ行ってしまったんでしょうか?
そればかりではなく、ToHeart三部作を完結させたら、引き続いて、また「Kanon」に基づくCG(しかも1枚では終わりそうにない、またまた連作になりそうな題材で)を制作する意向もあったのですが──
──そういう話は止めましょう、現実にCGの制作が停まっているのですから。
2ちゃんねるというのは基本的に文字情報だけの掲示板なのですが、例えば「萌え画像貼付スレ」というようなスレッドには、画像貼り付け掲示板にアップロードされたCGの話題が随時出ています。葉鍵板のそういうスレッドを見に行っては、アップロードされているCGを見て、イイと思ったCGをダウンロードする、これが日課になってしまっている人は相当の数いると思います。かく言う私もそうなりつつあるのですが、そこで他の人が描いたCG、中にはコミケで壁の常連となっているサークルのような有名どころのCGを見ると、今の私にはどう足掻いても太刀打ちできないと痛感させられることがしばしばです。
しかし、だからといって私が、そういう人たちがたくさん描いているキャラ(例えば水瀬名雪や月宮あゆ)の絵を描くことを止めてしまうというのは、この週末にチャットルームで会った人に言ったことなのですが、「未踏峰がなくなったからハイキングを止める」と言うのに等しいと思います。絵の巧拙は問題ではなく、自分が「このキャラのこんな絵を描きたい」と思ったから描く、それがディレッタントの特権ではないでしょうか。通りすがりのオタクにネット資源の無駄だとこき下ろされようが、そのキャラが好き、ゲームが好きという気持ちがあるのなら。
私の場合、できるかぎり、今までに他の人が描いていないキャラ(その極致が清水なつきとか南雲麻耶)を描こうとし、あるいは多くの人が描いているキャラを描く場合でも、今までに描かれたことのないシチュエーション(例えば神岸あかりのこんなイベントを描こうと腐心しているのですから、血眼になって未踏峰を探しているとか、既に登頂された山には、登山者の少ない尾根からシーズンオフに登ろうとしているようなものですか。
あるいは、どう考えても「そのキャラが好きだから描いた」とは到底言えない絵を描いて、誰でも見られる場所に公開している場合もありますが。(これの具体例はここでは伏せます)
まあ、そんな私でも、自分で描いた絵を初めてインターネットに公開してから5年間を経る間には、「このキャラの絵はもう二度と描かない」と心に決めたことがないわけではありません。具体的に、どのゲームに登場する誰がそのキャラなのかは、詳述を控えます。
それとはまた別に、他の人たちが描いたKanonキャラのCGを見ているうちに、今まで私が気付いていなかった点に2,3気付いたのですが、あのゲームをプレイしたことのある人なら誰でも気付いているようなことですから省略します。
(5月17日アップ)

5月4日(火)〜5日(水)
連休後半は、日付が5月4日に変わるか変わらないかの頃から5日の午後11時頃まで、昼も夜もわからなくなるほど2ちゃんねるに入り浸っていました。2002年の10〜11月頃にも、2ちゃんねるにかなり深く嵌っていた時期がありましたが、どうやら今は、その頃よりもっと深く嵌り始めているようです。それというのも……
「ハッキングから今夜のおかずまで」と言われるくらいどんな話題でも扱っている広大無辺な2ちゃんねるには、話題のジャンルに応じて何百もの掲示板があることはご存じだと思いますが、以前に私が入り浸っていた板は、その頃の日記にも何度も書いていた通り、もっぱら葉鍵板でした。それが今度は、葉鍵板だけでなく、他にもいくつもの板に入り浸っているのです。
このままでは最終的に人格崩壊を来して社会不適合者となり果てるか、そこまで行かないとしても創作活動やサイトの運営が完全に断絶してしまう(現にもう10日以上、ウェブ日記の更新が停止していますし)惧れが多分にあるのはわかりきっているのに、それでもなかなか足抜きできないのは、2ちゃんねるには、いわゆる“良識的なマスコミ”が2ちゃんねるへの偏見を煽ろうとして言い立てるような誹謗中傷と罵り合いとプライバシーの漏洩だけではなく、「うそはうそであると見抜ける人」ならば有益な情報として活用できる情報があるからだと思います。「批評」を話題にするために立てられたスレッドあたりでは、時には頭に血が上ったような口論が始まることもありますが、落ち着いてずっと読んでいくと、なるほどなーと傾聴したくなるような議論が展開され、自分自身の創作活動の参考になるような知識が述べられていることがあります。
例えば、このURLにあるCGです。http://shunpike.minidns.net/~user/cgi/up/img-box/img20030825095950.jpg
(URLからすると画像貼り付け掲示板の類のようなので、もしCGが消えてしまっていたらお生憎様です)
上半分だけを見れば、私などタブレットのペンを投げ捨てたくなるくらいの萌え絵なんですが……
全体を見ると「……え?」となりませんか?
あるいは http://www5a.biglobe.ne.jp/~gossip_m/gallery/sakaba00.JPG
中央の人物はともかくとして、背景のカウンター・床・天井・中2階の床といったあたりの遠近法がどうなっているのか、見れば見るほどわからなくなってきます。
西洋美術で遠近法の研究が進んだのはルネサンス時代ですが、実はその時代に遠近法を駆使して描かれた名画の中にも、よく見るとどこかおかしい絵はあります。レオナルド・ダ・ヴィンチの傑作「最後の晩餐」にも、背景の遠近法に変な箇所があって、私はそれを見ながらこれの背景を描いている間、ずっと首を傾げていました。どこがおかしいか(私の絵の、じゃなくてダ・ヴィンチの絵の)、興味を持たれた方は、考えてみてはいかがですか?
(5月17日アップ)

5月3日(月)
結婚式当日、新郎たる兄は朝から式場へ行き、私たちはもう少し経ってから、貸切バスで式場へ向かいます。県内在住の親戚の中には、私たちが泊まっているホテルまで自家用車で来て、そこから貸切バスに便乗して行く(帰りも貸切バスでホテルまで戻ることにして、少しでも酔いを覚ましていく魂胆でしょうか)人もいました。
結婚式は「人前式」と称する無宗教式でした。しかし、先に入場して式場の正面奥で待っている新郎に、新婦の父が新婦の手を引いて入場してきて、正面奥で新郎に新婦を引き渡すという形式、式次第の途中に、新婦の顔を覆っているヴェールを新郎が揚げる場面があることなどは、従兄の結婚式がそうであったキリスト教式の結婚式を模倣していると思いました。
無宗教式のため、妹の結婚式の時にはこれが長すぎて妹も兄も辟易したという(義弟は知りませんが)神父の説教がなかったので、式はすぐに終わりました。引き続いて披露宴になりますが、ワイナリー自家醸造のワインの瓶を持って伯叔父母たちに酌して回っていると、誰もが二言目には「次は○○の番か?」と言います。この手のことは、職場で既婚の女性に言われてもセクハラだと目くじらを立てるのは止めにしますし、まして披露宴のような場では「元気でやってるか?」という類の挨拶と同じだと割り切ることにします。未婚の従兄弟姉妹が上にも下にも何人もいるのですから、最後にならなければいいくらいのつもりだと、適当に答えておきます。──と言っても一番下の従弟2人(どちらも未婚)は私より12歳下なのですが。
ところで、披露宴の参列客同士がこうやって、他のテーブルまで行って酌して回るという習慣は、私が前の職場で同僚の披露宴に招待された時にはごく当たり前でしたから、そういうものだと思っていたのですが、首都圏で同僚の披露宴に招待されたことが何度かあるという妹は(妹自身はこの手の披露宴はやりませんでした)、そのような習慣を目にしたことはなかったと言っていました。酒好きの越後人、披露宴というのは新郎新婦そっちのけで親戚同士が呑んで騒ぐ場だと心得ている人が多い(ような気がする)新潟県に特異的な習慣なのでしょうか。
で、そういう伯叔父母たちに付き合って呑んでいた私がどうなったかと言えば、
──披露宴の後半から、お開きになって貸切バスでホテルへ戻り、平服に着替えて新幹線組と別れ、高速バスに乗ってアパートへ戻ってくる──このあたりの記憶がかなり欠落しています。帰宅したのは夕刻だったはずですが、それからしばらくうたた寝していたようで、完全に目も酔いも覚めてパソコンを起動したのは夜半前でした。
(5月11日アップ)

5月2日(日)
4月30日から2日にかけては、昼も夜もわからなくなりそうなほど2ちゃんねるに浸り切っていて、そのために1日の夜は土曜の夜であるにもかかわらず行きつけのチャットルームにも行かなかったほどでしたが、2日の午後から3日にかけては欠席できない用事があるので、それまでに堅気の世界への帰還を果たす必要があります。それはわかっていたので、2日の朝には2ちゃんねるから脱出しました。
午後から出かけるのに、堅気の世界への復帰を果たしたのが少し遅すぎたので、CGの制作には取りかからず、出発時刻まで日記の更新を少し進めておきます。

欠席できない用事とは、「兄の結婚式」です。式と披露宴は3日の昼前からなのですが、式場の「カーブドッチワイナリー」は交通の便が非常に悪く、自家用車を持っていない私が当日式場に直行するのは無理だということになって、関東から来る両親・妹夫婦・叔父叔母と一緒に、式場から少し離れた、新幹線の駅前にあるシティホテルに前泊することになったのでした。
父がそのことを知らせてきた時、新郎の身内ではあるが一応招待客扱いでホテル代は親が負担すると言った後で、「式服は必ず『持って』来ること、決して『着て』来るな」と釘を刺されました。外出する時はいつも機動力優先で、出発する時の荷物は少なければ少ないほど良い、というのが私の持論で、肩掛け鞄一つでアメリカまで行ってきたこともあり、だから今回なら自宅から式服を着ていけば、手で持っていく荷物は大幅に減らせると思うのですが、どうもそういう考え方は今の日本社会では受け容れられにくいようです。
そういったことに多少の不満はありましたが今回は折れて、親たちが乗ってくる新幹線の到着時刻に合わせるようにアパートを出て、高速バスで前泊地へ向かい、ホテルで落ち合いました。
ホテルのレストランで、兄も交えて会食している時、私がこの歳になってやっと携帯電話を持ったということから、お互いの携帯の番号を教えるとて、それぞれの携帯を出して見せたのですが、こういう物の扱いにあまり詳しくない父は着メロも待受画面も特に何も変えていないのに対して、兄と妹はそれぞれの趣味に合わせて変えていました。
私の携帯は買ったばかりなので着メロも待受画面も初期設定のままですし、出来合いのそれらをダウンロードするための契約をしていないので、もし変えるとしたら自分で作ることになると思いますし、そうやって世界に1つしかない携帯を作ってみるのもいいかもしれないな……と思ったこともあったのですが、そうやって極彩色のヲタク色に染め上げた携帯が、職場に置き忘れたりして他人の目に触れた時のことを想像すると、余りにも痛々しいことになりそうな気がしてきました。
(5月10日アップ)

5月1日(土)
いよいよ大型連休、業種によってはそうでもないかもしれませんが、週休二日制の職場なら5連休の始まりです。私は2日から3日にかけて外せない用事がありますが、それ以外はずっと自由時間なので、この連休は春先に立てた計画通りにCGの制作を進めてゆくつもり──でした。
──という書き方をしているということは、現実がその通りにならなかったということに他なりません。現実はと言えば、4月30日から1日にかけては、当サイトを登録してある検索サイトの登録更新をしていましたが、それが終わってからは、2ちゃんねるに浸り切っていました。
そういえば最近また、2ちゃんねるの悪名を助長するような事件があったらしいです。しかも私がウェブサイトで記事を検索してみた新聞は、悪名高い捏造事件に加えて報道姿勢が偏向していると従来から2ちゃんねる上で揶揄されているらしい新聞と違って、2ちゃんねるに対して特に敵意を持つ動機があるとは思えないのですが、ここへ来て急に「巨大掲示板」「匿名掲示板」といった従来の表記から、2ちゃんねるを名指しした表記に変わったような気がします。
インターネットに溢れる情報は、きちんとした新聞記事のような裏付け取材も学術論文のような査読もなされていないのが圧倒的多数で、まさに玉石混淆ですが、その中から自分の責任において玉を選び出すこと、最近よく耳にする言葉で言えばメディアリテラシー、2ちゃんねる流に言えば「うそはうそであると見抜く」ことが、インターネットを利用する私たちには求められているはずです。それなのにメディアリテラシーを啓発するべき立場にあるマスコミが率先して、2ちゃんねるには石しかないかのような報道をしているのは……。
(5月10日アップ)

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