2002年11月前半の日記
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11月15日(金)
日本の冬の一家団らんといえば、なんと言っても“こたつ”だと思うのに、季節を冬に設定してあるギャルゲーの屋内のシーンには不思議なほどこたつが登場しない、それなら自分で描いてみよう、という動機で始めた「こたつのある情景」連作ですが、やはり似たようなことを考える人はいるものです。日を追って2ちゃんねるに惑溺していく私ですが、こんなスレッドを見つけました。
【駄スレ?】一コマ劇場【優良スレ?】  (昨年の冬に立ったスレッド)
帰ってきた水瀬家のおコタ   (現在進行中のスレッド →見本
(スレッドがあるLeaf・Key板は21歳未満立入禁止なので、URLは書かないでおきます)
これは絵としてのシチュエーションの変化を楽しむというよりは、キャラを固定して台詞を楽しむスレッドになっていますが、それにしても限られた記号と大きさでキャラを描き分けるアスキーアートの手腕には舌を巻きます。下に3つほど貼っておきますが、ゲームをプレイしたことがある人は、どれが誰だか当ててみませんか?(女性キャラの他にも異形のキャラが見えますが、それは無視して結構です)
(11月18日アップ)

11月13日(水)〜14日(木)
この2日間、夜は何をやっていたかは、8日から12日までの日記を見て下さい。
──と、これではあまりにも投げやりなので、言わずもがなながら補足すれば、8日から12日までの日記を打鍵するのにもっぱら時間を費やしていた、ということです。どうも私には、クラシック音楽を話題にすると長広舌を振るいすぎてしまう傾向があるようで、結果としてゲームのプレイは完全に足踏み状態なのですが、本人がそれで良しとしているからいいのです、それで。
(11月15日アップ)

11月11日(月)〜12日(火)
10日から、ゲームのプレイは一休みして、「静夜思」に続く冬物の制作にかかっています。といっても本格的なCGではなくて、昨冬から思いついていたネタをいくつか、鉛筆描きのラフ画にしてみようというくらいのものです。共通テーマは「こたつのある情景」。
私の手元にあるギャルゲーには「Kanon」「真・瑠璃色の雪」「同級生2」「WHITE ALBUM」「ONE」といったように、季節を冬に設定してあるゲームがいくつかありますが(プレイ期間が通年にわたる中に冬の場面があるゲームも「青空」「下級生」「加奈」「こみパ」といったところがあります)、それらのゲームの屋内のシーンには不思議なほど「こたつ」が登場しないのはなぜだろうと、こたつに当たりながらそれらのゲームをプレイするたびに思っていたものです。
この前の冬のある夜、こたつに当たりながらチャットしていて話題を振ったことがありましたが、その時思ったのは、冬の日、同居している従姉妹とか遊びに来た幼なじみのヒロインと二人でこたつに当たって、ミカンなんか食べながらマッタリしている主人公というのは、ギャルゲーの主人公らしくない、主人公はもっと行動的でないと、という不文律が制作サイドにあるのではないだろうか、というようなことです。
あるいはもっと身も蓋もない話、ベッドにヒロインと並んで腰掛けていれば、その態勢のままヒロインを押し倒して「所定の行為」に移れるのに対して、こたつにヒロインと差し向かいで入っていたのでは、そこでマッタリしたまま終わってしまって、所定の行為(それをするにはベッドに移動するにせよ布団を敷くにせよ、いったんこたつから出る必要がある)に移れないからではないかと。こたつって、いっぺん入ってしまうと出たくなくなりますよね?
(11月14日アップ)

11月10日(日)
内容的には昨日の続きになりますが、昨日の項が長すぎたので日を分けます。
昨日のコンサートで演奏された曲に、フィッシャー(1665〜1746)の組曲「エラト(Erato)」という曲がありました。これはギリシャ神話で学問と芸術を司る9柱の女神(総称はムーサイ=英語のミューズ(Muses))にちなんだ9曲の組曲集の1曲ということです。
帰ってからムーサイ(ミューズ)について辞書やインターネットで調べてみると、9柱の分掌は
・ウーラニアー(Urania)  天文
・エウテルペー(Euterpe)  音楽
・クレイオー(Clio)  歴史
・ポリュヒュムニアー(Polyhymnia)  讃歌
・メルポメネー(Melpomene)  悲劇
・カリオペー(Calliope)  叙事詩
・テルプシコレー(Terpsichore)  舞踊
・タレイア(Thalia)  喜劇
・エラトー(Erato)  叙情詩
……なんか大事な分野が抜けているような気がします。絵画・彫刻・工芸といった造形美術が。あれだけ見事な彫刻がたくさん作られた古代ギリシャで、彫刻が芸術の範疇に含まれていなかったとは思えないのですが、それよりも絵描きの端くれとしては、絵画を司るムーサイがいないことが、かなり残念だったりします。
古代以来中国で、身分ある者が身につけるべき技芸とされた六芸も、礼(礼法)楽(音楽)射(弓術)御(馬術)書(書道)数(数学)となっていて、音楽は教養科目に含まれているのに絵画は含まれていないようですし。
(11月14日アップ)

11月9日(土)
今日は新潟市へ、この日記で度々書いてきたチェンバロのコンサートを聴きに行きました。物思う秋ということでか──冬型の気圧配置が強まって、新潟県内は既に秋を通り越して冬の気配ですが──「思索と愁いの旋律」というタイトルでした。
プログラムに書いてある曲目を見ると短調の曲が多いのですが、だからといって「愁い=調」と思う人がいたら、それは絡あるいは演歌の聴きすぎです。
チェンバロが盛んに使われていたバロック時代には、調律が近代的な平均律でなかったためもあって、調による音楽の雰囲気の差が近現代よりももっとはっきりしていたのですが、短調の曲は古典派の時代よりもたくさん書かれていて、特に愁いとか特定の情感を表していたとは限りません。例えば今日の曲目の中にもあった、J.S.バッハの「フランス組曲」は6曲の組曲(*)からなる曲集ですが、6曲のうち4曲が短調です。古典派の作曲家、特にモーツァルトが短調の曲をあまり書かなかったのは、音楽史全体から見るとむしろ例外的なことです。
モーツァルトの交響曲として番号のついている41曲のうち、短調の曲は2曲しかありません。その代わり、その数少ない短調の曲のうち「第40番ト短調」は、たぶんモーツァルトの交響曲の中で最も有名で、第39番と第41番「ジュピター」を除く残り37曲の長調の交響曲全部よりも頻繁に演奏されていると思いますが。
ト短調とニ短調の曲が続いた後で、フローベルガー(1616〜1667)の組曲ニ長調が演奏されました。この曲の第1楽章は「きたるべき我が死に寄せる瞑想」と題されていて、長調の曲であるにもかかわらず憂愁の雰囲気をまとっていますが、曲の途中でロ短調の「ファ#ラ#ド#」の和音が鳴る箇所は、聴いていてゾッとしました。
演奏者が曲の後で解説していましたが、実はこれは調律法のトリックです。
フローベルガーの頃の調律法は近代的な平均律ではないので、特に黒鍵はその日の演奏曲目の調に合わせて、きれいに響くように調律します。この日のプログラムだとト短調とニ短調の曲が演奏されるので、ラとシの間にある黒鍵は、ト短調とニ短調の曲を弾いた時にきれいに響くように、シ♭に調律しておくことになります。
ここでチェンバロの調律を変えないで「ファ#ラ#ド#」の和音を弾くと、黒鍵がラ#に調律してあればきれいに響くはずの和音は、とんでもなく調子っ外れの響きになります。このラ#とシ♭のずれは、この日使った調律法だと、ドとレの差の5分の1にもなるそうです。
解説を聞いてなるほどと思うと同時に感服したのは、このラ#を聴かせるために、今日のプログラムにフローベルガーのこの曲を取り上げただけでなく、シ♭がきれいに響くト短調とニ短調の曲をこの曲の前に演奏するプログラムを組んであったのに違いない、ということです。ピアノやヴァイオリンに比べたら決してメジャーとは言えないチェンバロのコンサートで、聴衆にただ耳に快い音楽を聴かせるだけでなく、知的好奇心をも刺激するようにプログラムを組んでいる演奏者に拍手です。
ト短調・ニ短調・ニ長調・ロ短調の音階
ロ短調という調は、バロックももっと後のバッハの時代にはよく使われた調で、バッハの作品にも「ロ短調ミサ」や「管弦楽組曲第2番」といった有名な曲がありますが、フローベルガーの作品にはシ♭に調律した黒鍵でラ#を弾いてわざと耳障りな響きを出す曲が他にもあり、それらの多くが「死」を標題にしているそうです。このようなことは、ピアノで弾いたCDを聴いたりシンセサイザーでDTMをやったりして、平均律だけを聴いていると、なかなか実感できないと思います。
さてフローベルガーの曲には「死」を標題にした曲がいくつもあるということですが、これはフローベルガーだけが憂鬱症や自殺願望に取り憑かれていたというわけではないようです。だいたいロマン派以降の時代と違ってバロック時代の音楽家は、狂人と紙一重の“芸術家”ではなくて大多数が敬虔で実直、善良な職人でしたから。
それなら、勤勉で実直な職人、敬虔で善良な市民からなる社会全体を死の影が覆っていた背景は何だったのかとなると、1618年から48年まで中部ヨーロッパ全土を吹き荒れた「30年戦争」だったと思います。公爵や伯爵が治める小さな領邦が群立していたドイツで、カトリックとプロテスタント(ルター派)の対立抗争に始まり、フランス・オーストリア・スペイン・スウェーデンが介入して30年続き、戦場となったドイツの疲弊と荒廃は甚だしく、終戦後2世紀以上にわたって、ドイツ全土を統一する有力な国はついに出現しなかった(1871年のドイツ帝国成立の中心となったプロイセンは、発祥の地はずっと東です)、その原因となった戦争ではないかと。
20世紀の後半に何十年も内戦が続いていた国、今も内戦が続いている国というのは、世界を見ればいくつも見つかります。長い間、死の影の谷間を歩んできた人たちの中から、芸術の精華が開いても、そこにはやはり死の影が差しているのでしょう。
(*)バロック時代の「組曲」についてはここを参照して下さい。
また、調律法についてはここを。
(11月14日アップ)
(*)訂正:フランス組曲は長調と短調が3曲ずつで、6曲中4曲が短調なのは「イギリス組曲」でした。
(11月18日補足)

11月8日(金)
PlayStation版「ONE」は、清水なつきシナリオを見終わったので、次は七瀬“漢”留美シナリオになりますが、それにしても以前にインターネットを検索してみた時の、清水なつきに対する評価のあまりの低さが哀れになったので、もう少し救いのある評価はないものかと、改めて検索してみました。
そうしているうちに気がつくと、またもや2ちゃんねるのLeaf・Key板にどっぷり浸っている私自身を発見するのですが、さすがは2ちゃんねると言うべきか、清水なつきへの不当な扱い(故意に無視されているとしか言いようがない)に抗議の声を上げ、清水なつきへの熱い想いを吐露するスレッドが存在しています。
このスレッドは最近、一部の常連の人がエロSSを連投していて、私としてはちょっと引き気味なのですが、スレッドの第一声は「あまり知られていないようだが、清水なつきの声は萌える。」でした。
清水なつきに声を当てている今井由香さんが他に声を当てているキャラは、検索した結果をざっと眺めてみたところでは、PlayStationのゲームで「ToHeart」の坂下好恵と「トゥルーラブストーリー2」の丘野陽子、SegaSaturn版「YU-NO」の波多乃神奈、アニメ「同級生2」の杉本桜子など。近いところでは「おジャ魔女どれみ」「おじゃる丸」「フルーツバスケット」などに声を当てていますが、どうも主役級の役どころは多くないようです。
キャラボイスとHシーンを天秤に掛けてキャラボイスを択った私でありながら、清水なつきの声にはあまり注意していなかったのは不明の至りですが(七瀬役の横山智佐さんがインパクトありすぎて)、さらに足を伸ばしてPlayStation版ONE総合スレッドまで読んでみたところ、悪評紛々たるPlayStation版への批判でも、声優の演技に対する批判はそれほど多くはないようです。むしろ、KIDスタッフのなっていない演技指導を自分で補っている声優に称讃を贈る、というような意見も見られました。
キャラボイスに対する非難としては「キャラのイメージに合わない」というのが最も多いのですが、ボイスのないWindows版をプレイしている間にプレイヤー個人の頭の中で形成されたキャラのイメージというのは、当然プレイヤーによって千差万別なはずで、それぞれのプレイヤーが「自分が作り上げたイメージと違う」と言い出したらきりがありませんし、それをもってコンシューマに移植したメーカーを責めるのは酷というものでしょう。
キャラ別に見ると、飯塚雅弓さんの長森瑞佳は、2ヶ所ほど大きな演技指導ミスがあるとされる他はあまり意見が割れず、横山さんの七瀬はやっぱり賛否両論、雪乃五月さんの川名みさきは、初めのうちは早口すぎて違和感があるが最後の方では熱演に引き込まれる、という感想が多いです(私の印象としては、それほど早口という感じではなく、むしろ、単なる癒し系キャラではなくてけっこう茶目っ気のあるキャラにはふさわしいと思いました)。柚木詩子役の南央美さんは好演という評が多く、サブキャラでありながら詩子の人気が高いのに一役買っているかもしれません。
そして、この人は名演という点で多くのプレイヤーの意見が一致していたのが、大谷育江さんの椎名繭でした。椎名シナリオを目指したプレイがこういう結末を迎えた私ですが、その意見そのものには同意します。つまり、私がプレイを放り出したあたりまででは、椎名にはちゃんとした台詞があまりないのですが、「みゅー」しか台詞がないに等しいキャラの喜怒哀楽、無理を承知で変な表現をすれば「みゅーっ!(TДT)」と「みゅー…(`´)」と「みゅー♪(^▽^)」の違いとでも言いましょうか、それを声だけでうまく演じ分けている、ということです。
それでふと思い出したのですが、平成7年の大河ドラマ「八代将軍吉宗」で徳川家重を演じた中村梅雀さんは、本当に実力のある役者だった、と。あの家重のような役ほど、演じるのが難しいと思います。あれ以来例えば、平成12年の大河ドラマ「葵徳川三代」を視ていても、ナレーター役(徳川光圀)で出てくるのを見るたびに「あっ、家重」と認識してしまうほど強烈な印象を受けた、という人は、私の他にもいるのではないでしょうか。ここから先は強烈な電波の影響下にあるため、立ち入りはお勧めできません。
(11月13日アップ)

11月6日(水)〜7日(木)
11月3日付の日記で紹介した「海外農業情報」のページが移転したことに気がついたので、3日の項にあるリンクを修正しました。新しいURLは http://www.maff.go.jp/kaigai/index.htm です。
このついでに、5号館3号室の「ソルトレイクシティ訪問記」の脚注にある、海外農業情報へのリンクも修正しておきます。

「ONE」のプレイ四番手は、サイコロを振った結果 清水なつきに決定しました。といっても清水なつきのシナリオへは、上月澪のシナリオの途中から分岐できることを確認済みなので、時間節約のため、澪を目標にしてプレイしていた時に分岐点直前でセーブしてあったレコードから再開し、6日のうちにシナリオを完了しました。ネタバレを含む感想はここです。
(11月7日アップ)

11月5日(火)
昨夜のことですが、サイトを更新してからあちこちネットサーフしていて、いわゆる「ネチケット」について書いてあるサイトを何ヶ所か見ていました。
ネチケットと言ってもいろいろありますが、例えば「『リンクフリー』とされているサイトにリンクした時には報告する必要はあるか、報告するなら事前か事後か」という問題は、それを取り上げて書いているサイト管理者によって見解が分かれているようです。それとは別に「そもそも『リンクフリー(link free)』は英語として変だ」という論争も根強いらしいですが、和製英語として定着してしまっているようですが。
メール・掲示板・チャットで顔文字を使うことについては、文字だけでは伝えにくいニュアンスを伝える手段として有効という肯定意見と、不真面目な印象を与えるという否定意見がある──というのはだいたい予想した通りなのですが、目から鱗が落ちた思いがしたのは、この意見です。
「目の不自由な人が音声読み上げソフトを使っている場合、顔文字は意味をなさない。」
例えば「満面の喜び」を表現したいと思って \(^O^)/ という顔文字を使ったとします(これはATOK13のアクセサリ辞書にある「わーい」の変換候補の一つです)。これを音声読み上げソフトで文字通りに「バックスラッシュ、丸カッコ、キャレット、オー、キャレット、丸カッコ閉じ、スラッシュ」と読み上げたとしたら(現在市販されている音声読み上げソフトが本当にどう読むのかは知りませんが)、この一連の記号の意味は到底わからないだろう、ということです。
もちろん、だからネットでは顔文字を使うべきではないと主張するわけではありませんが、そういう意見もある、ということは頭の片隅に置いておきたいと思います。

11月4日(月)
11月3日は東京都の晴天特異日とされるそうですが、昨日の新潟県内は「それがどうした」と言わんばかりの雨でした。どこへ出かける予定もない身にはあまり関係のないことで、終日CGを制作していたのですが、夜になって雷が鳴り始めるに及んで、CG制作中に落雷の影響でパソコンが落ちたらたまらないな、と思わずにはいられなくなりました。
新作CGそのものはテレホタイム前に仕上がりましたが、例によってコメントを打鍵するのに時間がかかって、コメントを打鍵し終わらないままチャットルームに行き、午前0時から4時半までチャットを続けたので、CGの公開は今日に延期になりました。
チャット中に聞いたことでちょっと気がかりなのは、既に「ONE」をコンプリートしている人が「長森瑞佳のシナリオは他のキャラのシナリオに比べて、折原浩平に共感できない可能性がかなり大きい」という意味の発言をしたことです。長森のシナリオは最後にした方がいいと言われている理由が、「Kanon」の月宮あゆのシナリオがそうであるように、ゲーム全体のシナリオや世界観の核心(残念ながら今の私の場合、それを到底理解できる見込みがなく、思考停止状態でゲームに臨んでいるのですが)に触れるシナリオだから、ならいいのですが、もしかすると私が憂慮し始めたように、浩平に共感できなかったプレイヤーがゲームを投げ出してしまうくらい、プレイヤーによって好悪が分かれるシナリオだからなのでしょうか。
差し当たって私の計画では、長森のシナリオは最後、その前が里村茜、さらにその前に七瀬留美と、長森シナリオとは別の面から酷評を浴びている清水なつきのシナリオを終わらせることになります。サイコロを振るか、それとも七瀬と清水なつきの二者択一ですから10円玉を投げるかするのは、明日の夜です。

11月3日(日)
昨夜はサイトを更新してから、チャットルームに人が来るまで待機しているつもりでしたが、予定外の一夜となりました。
elf・シルキーズ系の大手サイト「Memories」では、2000年の1月から来訪者参加企画として、各種の人気投票を行なっています。つい先日それを見つけて、見ているうちに埒もないことを思いついたのですが、それはさておいて投票のページでは、「不正投票をしてもみんなが見ていますよ」とでもいうのでしょうか、最近の投票50票については、投票されたキャラと時刻(秒まで)だけでなく投票者のIPアドレス(16進8桁の、123.45.67.89というような数字)が表示されるようになっています。
昨日の夕方、今回の投票開始(7月1日)以来ほとんど票が入っていなかったシャロン(「WordsWorth」のヒロイン)に、突然票が入り始める(断っておきますが、私の見た範囲では同一人による不正投票ではなく、ルールに従った投票でした)ということがあり、それも不思議なことだと思ったのですが、さらに不思議だったのは、シャロンに投じられた票のうち何票かの票のIPアドレスが、同じ時間帯に投じられた他の票のIPアドレスと全く違っていたことでした。
だいたい日本国内で民間のプロバイダと契約してインターネットに接続した場合、IPアドレスの最初の2桁(16進)は、61,202,203,210〜219のどれかになることが多いようです。Niftyと契約し、NTT東日本のフレッツADSLで接続している私の場合は、いつも219になります。
それに対してシャロンに投じられた何票かの票の、他の票と全く違っていたIPアドレスの最初の2桁は、12,24,66,113,134,158という具合でした。こういうのを見ると、いったいどこから接続してきているのか大いに気になって、IPアドレスからリモートホスト名を割り出すツールを使ってみました。すると返ってきたリモートホスト名は *****.***.***.net、これは必ずしも海外とは言い切れないかもしれませんが、*****.***.***.au(オーストラリア)があるかと思えば *****.***.***.ph(フィリピン)もあり、日本のヲタク文化の海外進出ぶりを改めて実感しました。
その中に *****.***.***.cl というのがあって、これがどこの国・地域だかわかりません(手元の英和辞典には、CLは自動車国籍表示でCeylonを表すと載っていましたが、セイロンが国号をスリランカと改めたのはインターネットが普及するよりずっと前の1972年ですから、今になって国を表すドメインに植民地時代の呼称を使っているとは思えません)。そこで「外務省のホームページには各国の在日外国公館のサイトへのリンクページがあったはずだ→その国の在日公館のサイトから本国政府のサイトへ行けば最も確実だ」という我ながら奇妙な発想で(日本語と英語以外のフォントが必要だったらどうするつもりだったんでしょうね)、外務省のホームページを見に行ったわけです。
結局 cl がどこの国のドメインなのかはわからずじまいでしたが、トップページにある「省員近思録」をめくってみたところ、はまりました。特に「過去の掲載分」にある「省員徒然草」──在外公館の若手・中堅職員が書いた、海外での仕事や生活のいろいろを綴った文章がなかなか面白くて、時間を忘れて読み耽ってしまい、気がつくとチャットルームは無人になっていました。
とかく官公庁のホームページというと、大本営発表(“嘘で塗り固めた”の意)とまでは言いませんが建前で塗り固めた紋切り型の情報しか載っていなくて面白くも何ともない、というような先入観があるかと思いますが、どこの省庁もそれを支えているのは、新聞に名前が載る一つまみの高級官僚ではなく、地域住民の中で日夜黙々と働いているノンキャリア組です。発展途上国の日常生活とか、特殊な職場(例えば自衛隊とか刑務所とか)ならではの話といった、その現場で働いている彼等にとっては日常的かもしれませんが、門外漢の私たちには興味をそそられるような情報が載るようになれば、官公庁のホームページはもっと面白くなると思います。 ついでですからこんなページも紹介してみます。農林水産省ホームページにある「海外農業情報」というページで、文章はいかにも役所の報告書らしく、堅っ苦しくて砂を噛むような文章ばかりなのですが、取り上げられている情報はけっこう面白いものがあります。5号館3号室の「ソルトレイクシティ訪問記」の脚注で、何度か資料として参照したものですが、最近の情報から一つ、こんなのはいかがでしょう?
「レストランでの拡販が期待される焼酎」(2002年8月15日、アメリカ・ロサンジェルス発)
(11月4日アップ)

11月2日(土)
「CGの制作に資源を配分」と書いたその日、起きて本格的に活動を始めたのが午後3時というのでは、先が思いやられます。
とりあえず日記と川名みさきシナリオの感想をまとめてから、次の作業に取りかかることにします。

11月1日(金)
今日も日記は後回しにして「ONE」のプレイを進め、テレホタイム前に川名みさきとゴールインしました。
とこう、午後11時の別称のように「テレホタイム」という言葉を使っていますが、常時接続が当たり前になって、現在のテレホーダイのサービスを利用する人がいなくなれば、いずれ死語となっていくのでしょうね。
それから入室したチャットルームでは、入室者の数はあまり多くなかったものの、興味深い話題で盛り上がりました。
しかし、気心知れた人たちとのチャットは楽しいのですが、あまりそれに入り浸っていると、せっかくの3連休がチャットだけで終わってしまった、なんてことにもなりかねません。チャットに来た常連の人で、精力的に新作CGを公開している人もいることですし、チャットもゲームも程々にして、CGの制作に資源(時間・体力・気力)を配分することにしましょう。チャットで、当サイトが一部18禁になったことについて「これから18禁の作品が出てくるかもしれないので楽しみにしてます」と発言した人がいたことでもありますし。
(11月2日アップ)

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