釧路戦記

第四章
 以下の話は、五月七日、太刀川小隊の長野班長から聞いた話である。五日の夜、太刀川小隊の四個班は、東京都内の革命軍のアジトと弾薬庫二ヵ所に夜襲をかけた。アジトを襲ったのは長野班で、組合員十四人を殺し、幹部を捕虜にし、拳銃などを奪ってきた。その時の話である。
 また、弾薬庫へは吉村班、小林班、角田班が夜襲をかけ、自動小銃三二三五挺、三八口径の拳銃四五五○挺、小型爆弾七五○個、爆薬三トン余、火炎放射機五○台、迫撃砲十門、弾薬三○○発を奪い、守衛五人を射殺した。太刀川小隊長は、「こんな武器で我が軍と戦おうなどとは笑止だ」と言っていたとか。
(以下、「私」というのは長野である)
 ……五月五日の夕方、部屋で部下七人と夕飯を食べていると、電話が鳴った。
「長野です」
「太刀川小隊の長野か。重大命令があるから部下七人と一緒にすぐ本部へ来い。モデルガンはいらない」
 宮島中隊長の声だ。えらく真剣だ。
「了解。すぐ行きます」
 私は七人に言った。
「本部から電話だ。すぐに本部に行けという指令だ。モデルガンはいらない。演習ではなさそうだ」
「わかりました」
 五六分後、私達八人は軽トラックに乗って出発した。助手席には松井が乗っている。
「班長、何でしょうか」
 松井が訊く。他の六人も同じだろう。
「わからん。とにかく今までに比べてはるかに重大な事らしい」
 本部に着いた。宮島中隊長、太刀川小隊長、本部班、吉村班、小林班、角田班の面々がいる。
「長野班、到着しました」
「よし、急いで中へ入ってくれ」
 中隊長は真剣だ。鬼気迫るとはこういうのをさすのか。私は少々たじろいだ。中へ入ると、中隊長は三十六人を前に話し始めた。
「皆、心してよく聞け。
 先日、東京都内の、革命軍のアジトと、武器弾薬庫の所在が明らかになった。よって、討伐隊では、四個班をもってこれを襲撃し、革命軍に一打撃を与える」
 どよめきの声が上がった。
「長野班は、アジトを襲う。他の三班は、武器弾薬庫を襲い、武器弾薬類を略奪する。ただ、武器弾薬庫の詳しい位置は明らかでないので、長野班はその詳しい位置を判り次第本部に報告すること。それを受けて他三班は出動する」
 これは重責を負ったものだ。緊張する。
「各人に自動小銃一挺、弾倉三個、ナイフ一本を支給する。各班一台ずつハンディトーキーを支給する。長野班の出発は今夜九時、アジトの場所はこの地図に書いてある。○○アパートの一階六号室だ。誤って民家に侵入しないように」
「了解」
 倉庫へ行き、上衣とズボンを着替える。上衣は明るい緑で、ポケットがたくさんついている。ポケットに地図や医薬品、弾倉などを入れ、ズボンのベルトに鞘に入れたナイフを提げ、銃は分解して平たい鞄に入れる。緑のヘルメットをかぶり、長靴を履くと、すっかり軍人になった気分だ。私は鞄にハンディトーキーを入れる。銃の消音器も忘れない。
 午後九時、私と部下七人はトラックに乗って出発した。助手席には浜口が乗り、他の六人は荷台に乗る。
「いよいよですね、班長」
「そうだな。浜口、お前、警官時代ピストルを撃ったことはあるか?」
「一度だけ、猟銃を持った男を逮捕した時に威嚇射撃したことはありますよ。でも、人を殺すために撃ったことはありませんね」
「私もだ。何しろ元は普通の会社員で、今まではモデルガンも持ったことはなかった。それが自動小銃を持つとはな」
 アジトに着いた。そこだけ煌々と灯りがついている。両隣も、上の部屋も消えている。もし空室なためにこうだったら、これは好都合だ。音が少しは聞こえにくいだろう。裏の駐車場にトラックを入れる。六人を降ろす。
「大木と浜口と小杉はベランダで待機しろ。我々の銃声が聞こえたら窓を開けて入れ」
「鍵が開いてなかったら割るんですか?」
「窓を外す方がいい。あまり音を立てない方がいいからな。いいか」
「はい」「了解」
 私と松井、近藤、早川、桐谷の五人は廊下で銃を組み立てた。私は四人に注意した。
「あまり派手に撃つなよ。音がでかいからな。できるだけナイフで殺すようにしろ」
 私は左手に銃を構え、右手でドアのノブを回した。鍵がかかっている。
「参ったな。よし、やるか」
 左手でブザーを押す。
「誰だ?」
 中から声がする。
「ごめん下さーい。小包でーす」
 声を変えて言った。
 中で錠を開ける音がする。
「いくぞ!」
 四人に目くばせする。四人は頷く。
 ドアが少し開いた。チェーンはない。私は思いきりドアを蹴飛ばした。ドアを開けた男は立ちすくんだが、声をあげようとした。
「声を出すな。抵抗すると殺す」
 私の左にいた松井が、男に銃を突きつけ、低い声で脅す。男は蒼白になりながら両手を挙げた。松井は銃を引っ込める。男は後ずさりしながら、非常ベルのボタンを押した。大きな音が鳴り響く。早川が男に飛びかかり、右手のナイフで頚を突いた。男は崩折れる。
 奥の方から多数の足音がしたと思うとドアが開いた。五人の男が拳銃を構える。私は自動小銃を構えるが早いか引鉄を引いた。
 ダダダダダダダッ!
 近藤と松井と桐谷も銃を連射する。五人は血を噴きながらなぎ倒された。
 松井が銃を落した。二の腕を射られたらしい。近藤が応急手当を施す。私と早川と桐谷は六人の死体を踏み越えて奥へ向かう。何人かの男が立ちすくんでいる。私は銃を突きつけて脅す。
「このアジトの司令官はどこにいる!? 言わないと殺す!」
 一人の男が、電話機に飛びついた。早川が後ろから飛びつくとナイフを喉に突き立てる。他の男は、私に銃を突きつけられているので体が動かない。青ざめて震えている。
「早く言わないか! あと十秒だ!」
 私は一喝する。一人、年配の男が震えながら言う。
「い、言う、言う。言うから殺さないでくれ」
「なら早く言え!」
 私の一喝に縮み上がった男は、声が出なくなってしまった。
「班長、左足!」
 入ってきた松井が叫んだ。足元を見ると一人の男が私の左足をつかもうとしている。首根っ子を右足で強く踏みつける。
 グキッと鈍い音がして、男は呻くとぐったりした。頚が折れたらしい。
 一人の男が、私を襲おうとしたらしい。早川のナイフが飛んで、その男は机に倒れ伏して死んだ。
 カァン!
 私の頭の右側に金属音がした。反射的に右を向きながら銃を連射した。一人の男が拳銃を握ったままドアに倒れかかり絶命した。私は近藤と松井と桐谷に、二人の男を見張らせて、早川と二人で右側の部屋を覗き込んだ。と、一人の男と鉢合わせ。男は拳銃を抜いたが、その瞬間ベランダから銃声がして男は倒れた。ベランダから狙ったのは大木であった。
「司令官はどこだ!」
「べ、便所にいる……」
 近藤の脅しに、年配の男は口を割った。早川が便所の扉を蹴りつけて怒鳴る。
「こらあっ! さっさと出てこい! 降参すれば命は助ける! 降参しないなら命は保障しない!……くそっ! 強情な奴だ」
 左の六畳から浜口が出てきた。
「早川、これ使えよ、火炎瓶だ。あそこで見つけた」
「俺によこせ」
 私は浜口から火炎瓶を受け取ると、便所の扉の窓を銃の台尻で叩き割って怒鳴った。
「これが何だかわかるか!? 今すぐ出て来い! 出て来ないとこれをぶち込むぞ!」
 返事はない。私は銃を便所の天井に向けて一発放った。
「おい、浜口よ、あっちに誰かいたか?」
 早川が言う。浜口が答える。
「二人いた。まるで意気地のない奴で、只のチンピラだ。殺してきた」
 私はさらに怒鳴った。
「出てこないなら手榴弾叩き込むぞ!」
「……降参する……」
 扉が開いた。中から男が出てきた。私は銃を突きつけた。
「弾薬庫のありかを教えろ!」
「…あっちの部屋の、右側の机の上の抽出に地図が入ってる」
「早川、調べてみろ」
 早川は地図を持ってきた。
「手間取らせやがって」
 私は舌打ちすると、本部に電話をかけた。
〈○○産業です〉
 これは、討伐隊が外に対して使っている偽名である。
「こちらTTN。弾薬庫二ヵ所の位置わかりました」
〈位置報告せよ〉
「一つ目は、府中市○○町××番地。くり返します。府中市、○○町、××番地」
〈府中市○○町××番地、了解〉
〈もう一つは、青梅市△△町○−○−○番地。くり返します、青梅市、△△町、○−○−○番地。以上」
〈青梅市△△町○−○−○番地。了解。以上」
 私は、幹部を捕虜にし、拳銃七挺、実弾六十発を押収し、五分後に引き揚げた。
 ……ここまでが長野の話だった。それを聞いたのは五月七日、丁度その日、新聞に報道された。

「内ゲバか、左翼アジト襲撃さる」
六日夕方、東京都世田谷区○○×−×−××番地、××アパート一階の、左翼団体「新日本革命軍」のアジトが襲われ、構成員十四人が殺されているのが発見された。……警視庁は、大規模な内ゲバとみて、対立している左翼団体などの洗い出しを進めている。……
(2001.1.26)

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