釧路戦記 |
---|
第五章
この夜襲は、完全な宣戦布告であった。革命軍は、すぐには動きを示さなかったが、報復計画を練っていたのに違いない。私の工場は襲撃の対象になりそうだったので、操業は停止した。この時までに生産した銃は重機関銃が三千二百六十挺、自動小銃が一万九百二十五挺に達した。機械などはそっくり疎開し、工場はもぬけの殻となった。一抹の寂しさは拭えない。六月七日の朝、私の家の電話が鳴った。 「矢板です」 「宮島だ。先程、革命軍からの予告状が届いた。すぐ本部に来てくれ」 「了解。部下もですか?」 「部下は来なくていい」 私はすぐ出発支度を始めた。 部下達が訊いた。 「どこへ行くんですか?」 「本部だ。私だけが呼ばれた」 私はすぐ出発した。午前七時。 本部に着いた。中隊長以下、吉川小隊、上村小隊、大原小隊の各班の小隊長、班長達がいる。兵も数十人いる。どこの小隊だろうか。中隊長が手紙を読む。 討伐隊隊長殿 先日貴隊の分子が我が方の東京アジト並びに府中弾薬庫、青梅弾薬庫を襲い、同志十九人を殺した。明白な理由なく襲撃、略奪を行われたことは遺憾である。人道上許される行為とは思われず、六月中に貴隊本部を襲撃する。 六月七日 新日本革命軍総司令官
「人道上……なんてエラそうな口聞いてますが私の家に放火したのはこやつの手下ですよ。言行不一致のいい見本ですな」 軽蔑した口調で私は言った。 「それでだ、今日から三日交番で、本部の警備を命ずる」 「三日と言いますと?」 「吉川小隊、上村小隊、大原小隊の各小隊が、一日ずつ警備するのだ」 「わかりました。今日はどの小隊ですか?」 「交番を発表する。今日は上村小隊。明日は大原小隊。九日は吉川小隊。……あとはそれをくり返す」 もう一度くり返した後、中隊長は言った。 「いずれも、午前九時から翌朝九時まで警備とする。もし襲撃があった場合はここを引き払ってすぐ出発するから、ここへ来る時には生活用品などを最低限度持って来ること。これから班員分の武器、戦闘服などを与えるが、当然それを持って来ること。来る時は怪しまれないように平服で来ること。以上のことを部下に伝えておくように。武器の保管には注意するように。上村小隊は警備に就け。他の者は武器や戦闘服を受け取ったら帰ってよろしい。朝早くから御苦労」 私は倉庫へ行って、八人分の武器、戦闘服などを受け取った。武器は一人当り自動小銃一挺、弾倉五個、手榴弾五個、銃剣一本。他には医薬品、軍用ナイフなど。戦闘服は上衣とズボンでいずれも明るい緑、昔の日本陸軍のカーキとは感じが違う。各々に氏名と所属部隊名が縫い込んであり、襟と袖に階級章、袖に徽章が縫いつけてある。徽章は黄の星の両側に黄の横線、階級章は班長の私は黒の長四角形の中に黄線二本、一般兵の部下達は一本だ。講義で教わった敵の階級章に比べて簡素である。それから鉄兜、長靴などもある。さらに、制式ではないが拳銃がたくさんあるのでこれも配られた。私が受け取った六挺はいずれも自動拳銃で、弾倉も二十個ほど受け取った。 私は中隊長に訊いてみた。 「太刀川小隊は交番から外されてますね」 「太刀川小隊には先日一働きして貰ったから免除だ」 私は工場へ帰ると、部下に命令を伝えた。若い石田はすっかり興奮していたが、銃撃戦というものを知っている谷口は、いよいよ近づいてくる戦争にすっかり緊張していた。私だってそうだ。あの太平洋戦争から二十年、私自身の記憶からも戦争というものは薄れてきている。ここでまたもう一度、銃を執って戦うなどということは夢想だにしなかった。それが今、いよいよ現実となって目の前に迫っている。 酒井が言うことには、私達に与えられた自動小銃は、陸上自衛隊で新たに制式採用した銃と全く同じだそうだ。とすると、我が討伐隊は、自衛隊と弾薬の共用が可能なように考えて兵站計画を立てたのだろうか。 「我が隊と自衛隊が、革命軍に対して共同戦線を張るってことは、考えられないことじゃないでしょう」 酒井は言う。自衛隊と共同戦線を張るとなれば、我が隊の勝利は約束されたも同然だ。 「ただ、余程の事態にならない限り自衛隊は出てこないでしょう。敵だって一応日本国民、日本の軍隊が日本国民に銃を向けるというのは、政府としてはやりたくないでしょうから」 酒井は慎重に言う。私達としては自衛隊を友軍として、天下御免で敵と戦えれば、それが最高である。 九日の警備は、何事もなく終わった。 十二日の朝、食事中に電話が鳴った。 「矢板です」 「本部だ。そろそろ交代だ」 「はい」 私は部下に言った。 「食べ終わったら警備に出発だ。わかったか」 「はい」「了解」 私達八人は、生活用品やら自動小銃やらを詰めた手提鞄を持ち、トラックに乗って出発した。私と谷口の他は荷台に乗る。 本部に着いた。無気味な静けさが漂う。私は開いている門から車を入れた。近くにいた戦闘服の兵に声をかける。 「吉川小隊の矢板班だ。交代に来たよ」 車を駐車場に入れてから二階の作戦部室へ行く。宮島中隊長以下中隊本部班と吉川小隊本部班、合計十一人がいる。むろん山岡もだ。皆戦闘服に身を固め、物々しい雰囲気が部屋中に漂っている。 「吉川小隊矢板班、交代に来ました」 「よし、あと二十分で交代だ。着替えて準備しておけ」 私達は作戦部室を辞して、西棟の更衣室で戦闘服に着替えた。ポケットに弾倉や手榴弾などを入れ、右腰から拳銃を、左腰から銃剣を下げる。長靴を履き、鉄兜をかぶって顎紐を締める。肩から自動小銃を下げる。工員はあっという間に陸軍兵になった。私はハンディトーキーを持つ。 九時、警備交代。私の班は南側の門のあたりを守り、河村班は北側の駐車場のあたり、その他石塚班と三木班が東西の門などを守っている。 昼頃、山岡が昼飯を差し入れに来た。彼女は私と同じ戦闘服を着て、鉄兜をかぶり、自動小銃を下げている。左腕には赤十字の腕章をつけているが従軍看護婦というより婦人兵だ。彼女は七日の朝から看護婦として本部に詰めている。緊張の連続だったろうが疲れたそぶりも見せない。私は植え込みに隠れていたから、山岡は私を探すに苦労したろう。食事は、肉や野菜を炒めてパンに挟んだもの。器を使わないことを第一に考えてある。 私のいる所から門が見えるが、全く出入りはなく日が暮れ、街灯が点いた。日が暮れると山岡がまた差し入れに来た。今度も同じ。 午後七時半、車の音がした。私は立ち上がり、塀の上から頭を出して様子を窺った。前の道を、黒塗りで側に「新日本革命軍」と白で大書したワゴン車が数台走ってきて、門の前に集まり始めた。私の目の前に、ワゴンが停まった。窓が開いている。中に数人の男がいる。私は丁度街灯の死角に入っているので、まだ気付かれていないらしい。私はポケットから手榴弾を取り出し、握りしめて安全ピンを抜いた。頭を上げて手を伸ばし、窓からそっと放り込み、急いで頭を引っ込める。 ドカ――ン! 轟音が塀をゆるがし、塀の向こうから鉄片やら肉片やらが、黒煙と共に吹き上がる。断末魔の呻きや、他の車の男達の大声がする。足音もする。私は塀の出っぱりに足を掛けて肩から上を塀の上に出し、銃を横に構え、片っ端から撃ちまくった。 ダダダダダッ! ダダダダダダッ! 爆破されたワゴンの左側に止まっていたワゴンの二人の男が、呻き声をあげて倒れた。爆破されたワゴンが燃え上がり、あたりを煌々と照らしている。その近くにいた三人の男を狙い撃ちにする。三人とも後ろへ倒れた。 私の左側にいた石田と橋口が加勢する。左のワゴンの後ろ側にいた男がよろめいて倒れる。本部の渡り廊下の窓からも火蓋が切られた。爆破されたワゴンの向こうにも、もう一台ワゴンが止まった。私は銃を休めて頭を引っ込め、手榴弾を握ってピンを抜き、また頭を上げてワゴンの窓を狙って投げた。力が入らず前輪あたりに落ちた。すぐに爆発。鉄片が飛んで来る。頭を引っ込める。頭を上げるとワゴンは前半分が消し飛び、運転手など数人が死んでいる。 右耳を弾がかすめた。右側から銃声が響いて、右の方でも人の叫びや呻きが起こる。見ると三人が倒れ込んでいる。頭を引っ込める。 いまや南の門の前は地獄の様相を呈している。ワゴンが一台炎上し、一台は大破し、十人を越す男が死んでいる。本部二階の会議室や渡り廊下の窓、門の左右の塀などから銃声が響く。あたりには硝煙の臭いがたちこめる。 門の前には生きている敵はいなくなった。四台のワゴンを残して、銃声が止む。 石田が声を上げる。 「班長、やりましたね!」 私は慎重に答える。 「まだ安心できないぞ」 すぐ後ろで、木の枝が折れる音がした。私は振り返った。敵が腰のケースから拳銃を抜こうと手をかけた。私は反射的に引鉄を引いた。 ダダダッ! 男は胸から血を噴き、前のめりに私の足元に倒れた。ケースに入った拳銃と、ポケットの弾倉を奪い、ポケットにねじ込む。 「右手にもっといるな。見てみよう」 私は塀に沿っていく。バシバシと木の枝の折れる音がした。銃を構える。出てきたのは味方だ。襟の黄線が三本。 「小隊長ですか」 「そうだ。矢板か?」 「そうです」 と突然、塀の上から影が差した。小隊長は上を向きながら発射する。 ズキューン! ……ドサッ 敵が落ちてきた。小隊長は自動拳銃を奪う。 「まだ塀の外にも粘ってるらしい。中へ引き込むように工夫しろ」 そう言って小隊長は西の門の方へ行った。私は南の門へ戻る。部下を集めて言った。 「中へ引き込めと小隊長に言われた」 「どうやって?」 「まあ見てろ」 私は植え込みの蔭から門を窺いながら、わざと大声を上げた。 「敵は裏へ回ったらしいぞ。裏へ行け」 私の声に釣られたか、若い兵が門から入ってきた。 「まだ射つな」 私は部下に合図した。 敵兵が声を上げた。 「小隊長殿、敵はいません」 外から小隊長と思われる敵兵の声がした。 「よし、行くぞ」 「さ、用意しろ」 私は部下に命じた。部下達は植え込みの中に散っていく。 トラックが入ってきた。明らかに敵だ。私は運転台を狙って引鉄を引いた。 カチッ カチッ 弾丸切れだ。しかしすぐ隣から拳銃が発射された。後輪がパンクする。 ズキューン! ブシュッ! 車は左へよろめき、スピードが落ちる。私は後ろへ駆け寄り、手榴弾を投げ込んだ。 ドカ――ン! ゴオ――ッ 荷台が吹き飛び、燃料タンクと、積まれていた火炎放射器のガソリンタンクに引火した。黒煙を盛大に噴き上げながら炎上する。私の左側から西川が飛び出し、運転台の扉に飛びついた。窓から拳銃を突っ込み二発発射する。あっという間の早技に、敵は何もできなかったようだ。無傷で西川は私の傍へ戻ってきた。またもう一台、小型トラックが進入してきた。火炎放射器を積んでいる。 「西川、橋口、援護しろ!」 私は西川と橋口に命じてトラックに駆け寄った。窓から男が体をのり出し拳銃を構え発射した。鉄兜に当たる。二人の銃が火を噴き、その男は顔から血を流して頚を垂れた。運転台に飛びつく。もう一人が拳銃を構える。私は拳銃を抜いて発射した。その男も絶命した。 その瞬間、トラックは前のトラックに追突した。私は運転台から飛んで離れる。トラックはさらに前進し、グシャグシャになった。地面に転がった私はすぐ飛び起きて植え込みに隠れる。谷口の他二、三人が門の左側に移動する。 トラックの後から、兵が続々と入ってきた。私と西川、橋口、谷口、酒井、寺田の六人が射ちまくる。だいたい前傾しているから、銃弾が当たるとぐっと伸びたようになって前へ倒れる。三個目の弾倉を空にしてしまった。あと四十発しかない。敵が来なくなったのを見計らって私は向こう側へ駆け込んだ。酒井に訊く。 「石田と中村はどこだ?」 「石田はちょっと便所に行ってますが。中村はどこへ行ったか……」 酒井は首をかしげる。石田が戻ってきた。 「おう、石田。中村知らんか?」 「あっちにいましたけど……?」 石田は東側の方を指す。突然、その方向から中村の叫びが聞こえた。 「あっちだ! 中村がやられたぞ! 酒井、一緒に来い!」 私は酒井と一緒に東側へ走った。塀の東側の端の近くに来ると、敵の声が聞こえてきた。 ダダダダダダダッ! 酒井が乱射する。敵が一人倒れた。残りが一斉に振り向く。弾倉が空になった。拳銃を抜いて射つ。私も自動拳銃を抜いて射つ。数秒で弾丸が切れた。 酒井が拳銃を落とした。右の肘を押える。私は酒井を抱えて木陰に引っぱり込む。 「くそ!」 銃に新しい弾倉をつけて発射する。四人ばかり倒れた。まだ数人いる。その近くに中村が倒れている。 「班長! 手榴弾やりましょう!」 「駄目だ! 中村も死んじまう!」 見ると通用門が開いている。これを忘れていたのだ! そこをくぐって敵が入ってくる。私は門の向こうへ手榴弾を投げた。 ドカ――ン! 門の扉は木っ葉みじんになり、鉄片やコンクリート片があたりに降る。あたりの敵は大方倒れた。私は二階の窓を振り返って叫んだ。 「東南の通用門が破られました!」 今は失策を嘆く時ではない。私は中村を助けに向かった。門の崩れた所から敵が入って来た。銃を撃ちまくる。中村に近づけない。弾が切れたら最後だ。 銃声や爆発音を聞いて、東門の方から石塚班の岸本が来た。南門から谷口も駆けつけてきた。 「援護してくれ! 中村を助けるんだ」 三人の援護射撃の中、私は這うようにして中村の傍らへ行く。中村はうつ伏せでぐったりしている。肩をつかんで揺する。 「中村! おい、中村、中村!!」 中村は目を開いた。脇腹を押えている。地面は血だらけだ。私は中村を引っ張って酒井のいる木蔭へ戻る。 「中村、中村!」 「う、うーっ」 私は中村の腹の傷に応急手当を施す。右足にもかなりの怪我をしている。 「どうだ、歩けるか?」 「無理です……。足首が砕けてますから」 「そりゃひどいな」 酒井が言った。 「私が一緒に行きます。どうせ怪我してますから」 「その手で大丈夫か?」 「大丈夫です。私両手利きですから」 谷口が酒井に言う。 「俺も行く。弾丸が切れそうなんだ」 「弾丸ならやるよ。敵を食い止めててくれよ、戦えるんだから。ほら弾倉。中村も持ってるだろ?」 「う、うん。班長、これ使って下さい」 中村は弾倉を三個私に差し出す。酒井は中村を後ろから抱え、後ずさりに這って東の門へ向かった。私と谷口は入ってくる敵を狙い撃つ。塀の陰から敵は拳銃を射ってくる。双方ともかすってばかりで当たらない。 「弾丸が切れた!」 谷口が叫ぶ。 「拳銃があるだろう!」 「故障です!」 「これ使え!」 私は腰の拳銃を谷口に投げて渡した。 カチッ カチッ 「くそ! 弾丸切れだ!」 私は舌打ちする。谷口が心配そうに言う。 「どうします?」 私は岸本の方を向いて言った。 「そっちは予備弾倉あるか?」 向こうも悲痛だ。 「ありません!」 私は叫んだ。 「くそ! 一時退却だ!」 私と谷口、岸本は、東門へ向かって植え込みの中を這っていった。岸本の銃が頼りだ。 東門に着いた。もう一人兵がいる。その兵、石塚班の鈴木は岸本に声をかけた。 「岸本、どうした?」 「隅の通用門が破られたんだ!」 私達四人は扉の中へ飛び込んだ。鈴木が射っている音、弾丸が扉に当たる金属音が響く。 「弾丸を取ってくる」 私は谷口と岸本に言い残して倉庫へ向かった。ところが角を曲がったとたん敵と鉢合わせした。拳銃より先に銃剣を抜き、思いきり喉をかき切る。敵は妙な音を喉から出すと絶命し仰向けに倒れた。私は銃剣を下げ、拳銃を奪うと、二階へ通じる階段を登った。倉庫へは、作戦部室を通らないと入れない。敵が侵入するのを防ぐため他の入口を封鎖したのだ。私は作戦部室の扉を開けると叫んだ。 「敵が中に入ってきました!」 中隊長や吉川小隊長達は総立ちになった。 「本当か!?」 「本当です。階段の下で一人殺しました」 その時、一人の兵が足を引きずりながら入ってきた。 「西門を破られました」 秋山参謀は中隊長を見やって言う。 「どうしますか? 他の小隊を召集しますか?」 「よし、明日の当番の上村小隊を召集しろ。大至急だ」 秋山参謀は電話に飛びついた。その時私は後ろに人気を感じて振り返った。敵だ! 私は振り返りざま銃剣で胸を突く。中隊長の拳銃が火を噴いた。男は仰向けに倒れながら拳銃を発射した。弾丸は天井に当った。 参謀は受話器を取り、何度もダイヤルを回していたが、受話器を放り出し、悔しそうに言った。 「全く通じません。電話線がやられてます」 「高木班には知らせられるぞ。あの班に望みを託すしかない」 中隊長は言った。私は中隊長に言った。 「弾丸を下さい。弾丸がなくなりました」 「よかろう。倉庫に弾倉がある。予備が百個もないから考えろよ」 私は倉庫の鉄扉を開けて入った。この倉庫の扉は厚さ三センチの鋼板でできていて、非常に重いが、それだけに重機の弾丸を至近距離から喰らっても大丈夫だろうという強い頼もしさがある。壁にも三センチの鋼板が入っていて、アセチレンバーナーにも十分間以上耐えられると聞いたことがある。私は弾倉十個と自動拳銃二挺をポケットにねじ込み、弾倉一個を銃につけた。 カァン! カァン! 外へ出ようとすると銃弾が扉に当たる音がした。私は扉を少し開けて、隙き間から様子を窺った。敵兵が十人くらいいる。私は隙き間から銃を突き出し、引鉄を引いた。 ダダダダダダダン! 敵兵が二人、きりきり舞いをして倒れた。 「くそ。当分出られそうにないな。 ん? これは?」 私は倉庫の中を見やって、ふと重機を見つけた。この殺傷力は凄いものがある。 「やるか」 私はそこにあったスパナを使って重機を組み立てた。これは三脚つきで、かなり重い。弾丸を探すと見つかった。布のベルトで、何十発もつながっている。それを本体にさし込み、扉を少し足で押し開けた。力一杯、押鉄を押す。 ドドドドドドドドドドドドドドドッ 振り回すのはややくたびれる。しかし敵が面白いように倒れていく。 「矢板! 重機があったか!?」 吉川小隊長の声だ。敵が途絶えたのを見て私は手を離した。小隊長が倉庫の扉を開ける。作戦部室の扉も、壁も孔だらけだ。廊下の窓ガラスは原型をとどめていない。そのあたりの壁や床を血に染めて敵兵が倒れている。十人を越えている。 「重機があったか。忘れていたな」 重機の弾丸は一二・七ミリだから威力がある。殆どが貫通銃創だ。一発の命中で死んでいるのもいる。 廊下を覗いてみると、いきなり弾丸が飛んできた。廊下にいるらしい。私は頭を引っ込めて考えた。ふと思い当たった。 「小隊長! 発煙筒ありますか?」 「ない! …煙幕張るのか? だったら火炎瓶があるぞ。これだ」 「でも小隊長。壁とか天井とかも焼けちゃいますよ」 「大丈夫だ。壁も天井も石綿板だし床はモルタルだから燃えない。少々熱いだけだ」 私は瓶にマッチで点火し、階段より先の、渡り廊下のあたりへ向かって瓶を投げた。瓶は床に落ちて破裂し、激しく燃え上がった。もうもうたる黒煙が鼻をつく。 「よし今だ」 私は壁伝いに廊下を歩いていき、階段から下へ降りた。敵は煙に惑わされたか、何発か発射したが、一発もかすりもしなかった。 「んぐぐぐっ」 階段の下から呻き声が聞こえた。私は階段を駆け下りた。敵が、岸本を壁に押しつけ、首を締めつけている。 (ここで撃ったら岸本も死んじまう) 私は敵の頚っ玉に、猛烈な飛び蹴りを叩きつけた。敵の頭が後ろへそり返り、けいれんを始めた。岸本は首から敵の手をはがすと、下腹を蹴った。敵は仰向けに倒れた。岸本は深い息をつきながら言う。 「はあ、助かった」 「こう見えても俺は空手二段だからな。そりゃそうと谷口、どこだ!?」 「ここです……助けてくれ……」 便所の中から声がする。私は銃剣を握り、便所へ飛び込んだ。谷口が組み伏せられている。私は敵に馬乗りになり、銃剣を頚筋に突き立てた。血が噴き出す。 「助かった……」 「さあ、行くぞ。弾倉取ってきたぞ」 私は弾倉を二人に三個ずつ、自動拳銃を一挺ずつ渡した。 「西の門が破られてる。行こう」 私と三人は渡り廊下の下を通り、西棟の角に隠れた。様子を窺ってみると、西門あたりでは猛烈な銃撃戦が展開されている。私達は敵を狙って撃ち始めた。単発にして、弾丸の消耗を防ぐために。なかなか当たらない。 「敵は塀の陰にいるんだな。塀と一緒に吹き飛ばすしかない。手榴弾を使おう」 私達は西棟の南側に沿って、植え込みの中を歩いていった。銃声が響く。私は木の陰に身を隠した。木の向こうはすぐ門だ。銃弾が飛び交う。敵は明らかに塀に隠れている。谷口と岸本が二個、私は一個、手榴弾を紐で縛って一塊りにする。五個の手榴弾のレバーを二人で押えて、私は五個のピンを抜く。 谷口は手榴弾の塊を塀の向こうへ落とした。手榴弾の塊が谷口の手から離れると、私達は後ろへ飛びすさった。耳を押える。とたんに大音響。コンクリート片や鉄片が四方に飛散する。塀が大音響とともに崩れ落ちた。西棟の窓ガラスが割れて降ってくる。 目を上げると、塀は二メートルぐらい崩れ落ちている。コンクリートの下敷になったり、手足を爆発で吹き飛ばされたりした敵兵が累々と転がっている。しゃがんでいた私の胸元に右手頚から先が飛んで来ていた。少々胸が悪くなった。 バタバタバタバタ…… ヘリの音が聞こえてきた。見上げてみると一機のヘリが西の方から飛んでくる。革命軍の徽章が横に描いてある。胴体の下には円筒状の物が下がっている。私は呟いた。 「ありゃ敵のヘリだ。あれは爆弾だな」 谷口と岸本は、ヘリに向かって銃を射ち始めた。しかし当たらない。そのうちヘリの窓から銃火が閃くと、銃声が聞こえてきた。 西棟二階の窓が開いた。見ると、そこから重機が姿を現した。味方から歓声が上がる。 「お――、ありゃ凄いや。重機だぞ」 ヘリは街の灯りで、かなり明るく見える。重機が火を吹いた。あの重く力強い銃声が続くうちに、ヘリの橇が射抜かれて落ちてきた。やがて胴体に命中し始めた。胴体が異様な音をたてると火を発し始めた。 「やっちまえ!」 味方は大いに歓声を上げる。私達も銃で狙う。窓から身を乗り出していた兵に弾丸が当たり、上体が垂れ下がる。やがて回転翼が止まった。ヘリは滑空しながら落ちてくる。ヘリは倉庫に特攻を図ったようだが、ついに力尽きて北の門の向こうに墜落した。火の玉が噴き上がる。大爆音が轟く。門の向こうから火の手が上がる。焼夷弾を抱いていたのだろう。 もう一機、南の方からもヘリが飛んできた。すかさず重機が火を噴く。後部の回転翼が止まった。突然、ヘリ全体が巨大な火の玉となった。胴体の下に抱いていた爆弾を射抜かれたらしい。鉄片やガラス片があたりに降る。小型の爆弾が駐車場に落ちて爆発、あたりを照らした。焼夷弾の破片が燃えながら降ってくる。 (2001.1.26) |
| |||
---|---|---|---|