2002年1月後半の日記 |
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1月31日(木)
今日は新潟平野の海寄りでも雪が降りました。ここ10年以上も暖冬少雪が続いているので、いずれはこの少雪が普通になってしまうのではないかと思いますが、私が去年まで6年間住んでいたあたりでも、本格的に(1メートルくらい)雪が積もるのは1月の末からで、正月の帰省から戻ってくると雪がないのが毎年のことでした。今夜の更新は、1月分の伝言板のログを保存することと、それにともなって2000年1月から12月までの伝言板のログの、目次ページを作ることです。 伝言板の過去ログを、ここまで手間暇かけて保存しているサイト管理者もそうそういないと思いますが、そこまで手間をかけるほど、伝言板が賑わっているかというと──ですね、実際。 伝言板にたくさん書き込んでもらう最も正しい方法は、日記で愚痴ることではなくて、CGでもオリジナル小説でも雑文でも何でも、ご覧になった方が感想を書き込みたくなるようなコンテンツをどんどん公開することです。 そうとわかったらそれを実践するだけのことですが、さて。 |
1月30日(水)
どれだけ問題化するか担当者にもわからないリレーSSの第107話ですが、内容はともかく期限までに投稿は済ませたので、今夜はまた制作余話をアップし、29日の分の日記を更新しました。それから30日の分の日記を打鍵しようとしていて、パソコンに向かったまま居眠りしてしまい、目を覚ますと午前1時半になっていました。これはもう、30日の分の日記は31日付の更新にすることにします。 そうと決めたら今夜はさっさと寝ようと思いましたが、パソコンの電源を落とす前にメールチェックをすると、W32.Badtransウイルスを含むメールが2通着信していました。うち1通はお知り合いの方のメールアドレスからだったので、その方のパソコンがウイルスに感染している旨を知らせるメールを出しておきます。 ここしばらく私の所にはウイルスメールは来なかったのですが、また感染が拡大しているのでしょうか。 (1月31日アップ) |
今日はまた歯医者へ行く日です。先月下旬から数回かよって歯石はもう全部取りましたが、奥歯に何ヶ所か最軽度の虫歯があったので、これを機会に虫歯は全部治してしまうことになりました。
それで今日はどうするのかと聞いてみると、現在孔が開いている箇所だけでなく、以前に銀色の金属を詰めた箇所も、いったん金属を削り取って白い樹脂を詰め直すと言います。 これは当然インフォームドコンセントの必要があると(治療する必要のない箇所をいじくり回されて、それで金を取られてはたまりませんから)、どうして金属を削るのかと聞いてみると、金属を詰めた箇所の周りにごく軽度の虫歯ができているので詰め直す必要があり、詰め直すには強度的に樹脂でも問題はないということです。虫歯が進行して孔が大きくなってくると、孔に詰めるにしても強度が必要なので樹脂より金属のほうが適しているらしいです。さらに進んできたら孔に物を詰めるのではなくて歯全体に被せることになるのでしょう。 そうすると昔(約20年前)治療した時には金属を詰めた理由がよくわからないのですが、おそらくその頃には、人体の中で最も硬い組織であり、摩耗に対する硬度としては水晶と同じといわれる歯の代替になるほど、耐摩耗性に優れた樹脂がなかったのではないでしょうか。 もしそうだったのだとしたら、これも有機化学の進歩の恩恵です。私の場合は奥歯ですから別に気になりませんが、日常生活で容易に人目に触れる前歯が虫歯になった場合、いかにも「私は歯磨きをサボっておりました」と吹聴しているような、金属の詰め物や被せ物を前歯につけることには、抵抗感を覚える人が多いでしょうし、俳優や声楽家といった職業の場合には死活問題にもなりかねないでしょう。 さて今夜が実質的な期限になるリレーSSの第107話ですが、昨日の深夜に一応結末まで打鍵したので、今日の帰宅後は推敲だけして、午後9時に完成しました。最終的な分量は930ライン約42000バイト、100回を超えるリレーSSの中では空前にして恐らく絶後でしょう。 27〜28日の項に「最長は私が担当した第78話の410ライン」と書きましたが、ライン数としてはそこつやさんが担当された第88話の580ラインが従来最多でした。ただし、そこつやさんの文章は私の文章に比べて空白行をたくさん入れているので、投稿したページに表示される文章のバイト数としては、第78話が19602バイト、第88話が18119バイトでした。まあ今回の私の第107話は、そこつやさんと私の空白行の入れ方の違いなど問題にならない世界に達してしまいましたが。
今回の文章、打鍵した本人が一番よく自覚している最も本質的な問題は文章の内容です。毒電波大暴走の結果として、主人公のキャラクターを今までの回とは似ても似つかぬ極悪人にした挙句、そのまま投稿したらリレーSSが終わってしまう結末にしてしまいました、冗談抜きで。といって、今夜が実質的な期限なのに新たなプロットを立て直している余裕はなく、それに3日がかりで打鍵したのを没にするのも惜しいので、いきなり投稿はせず、リレーSS参加者同士の連絡や意思表示に使われている掲示板を利用することにしました。掲示板からはリンクが張れるようになっているので、書き上げた第107話(テキストファイル)をサーバにアップロードした後、掲示板に「これを第107話として投稿することを受けつけますか、もしダメならこの第107話は没にします」と書き込んで、掲示板から第107話にリンクを張ります。 さらに、この第107話に最も被害を蒙る制約されることになる、次回担当のすさんにICQを打って、掲示板に意見表明をお願いしておきました。 するとすぐにICQの返事が来て、「面白ければOK、私は承認します」という趣旨だったので、主催者のそこつやさん及び他の参加者の方々がどう受け止めるかは心配でしたが、意を決して投稿しました。 (1月30日アップ) |
1月26日(土)
昨夜、「100の質問」シリーズへの回答は終わっていませんでしたが、サイトを更新してチャットルームへ行くのにちょうどいい時間になったので、サイトを更新してから巡回に出てみました。毎度おなじみの「下級生リレーSS」は、昨年末に、順番の組み替えを行った上で1月15日を期して再開と告知されていたので、私は3番手を希望しておきました。再開後最初のそこつやさんの回が1月20日の深夜に投稿されていたので、2番手のゼロさんの回がもうそろそろ投稿されている頃、つまり次は私の番になるので、週末に当たったのを幸い、前回と前々回の粗末な出来を挽回できるようなプロットをじっくり考えようと思ったのです。 ゼロさんの回は締切より少し早く、25日の日中に投稿されていましたが、読んだ私の第一声は 「おいっ、どういうつもりだよ、これぇ!?」
──と言わずにはいられないほどの内容でした。昨日の「100の質問」シリーズの一つ「SS書きさんへ〜」の設問の一つ、「SSを書くのが嫌な時ってありますか?」への私の回答をごらんになっていただきたいのですが、ちょうどその状態です。 いや、違いますね。続きを書くのが嫌なのではありません。むしろその反対、闘志とでも呼ばずにはいられないほど、続きを書く意欲が沸騰してきました。今の精神状態が30日まで持続したら、どういう続きを書くか、いや、書いてしまうか、自分自身に少し不安を覚えるほどです。 と、今日の夜になってから打鍵しながら、何気なく「SS書きさんへの〜」のサイトを見に行ってみたら、昨夜更新したばかりの私の回答へ、リンクが張られていました。そのページには
○元ネタリンク張ってくれたサイト様は勝手に捕捉します。多分だけど。
と書いてあるので、当サイトへのリンクについては暗示的に了承したと取られたのでしょうし、私もそれを拒否するつもりはありませんが、それにしてもなんという更新の早さでしょう!ご了承下さい。 しかも「みつけた順番」のリストで、私の下に3つのサイトが並んでいます。つまり昨夜から今朝にかけて、当サイトを含む少なくとも4つのサイトからリンクが張られたことを割り出してリストを更新した、ということになります。お疲れ様でした(笑) |
昨日の日記で、あれをする予定これを公開したいと書きましたが、巡回中に「二次創作作家さんへの100の質問」と、同工異曲の「■ SS書きさんへひゃくのしつもん。+あるふぁ■」、さらに「SS書きさんへ〜」からリンクしていた「モノカキさんに100の質問。」というものを見つけてしまいました。なので今日はこれらへの回答をアップしてみます。 それと、しばらく前になりますが昨年の9月に「〜への100の質問」の類を見つけて、それに回答してみたのを併せてアップします。最近、こういうのが流行っているみたいですね。 |
・にいさんたちへ100の質問 | 回答 | |
・テキストサイト管理人に100の質問 | 回答 | |
・二次創作作家さんへの100の質問 | 回答 | |
・「■ SS書きさんへひゃくのしつもん。+あるふぁ■」 | 回答 | |
・「モノカキさんに100の質問。」 | (まだ回答していません) |
さてこの週末は、本当に文章系コンテンツの拡充に乗り出さないと。
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1月24日(木)
今日の更新は、まず1月1日から15日までの日記が、最終日の15日の分が更新されてから5日経過したので「過去の日記」に移すことから始まります。それからこれは2002年最初の「過去の日記」になるので、2001年の「過去の日記」を、最新の日記のページ(http://..../diary/index1.htm)からの直リンクではなくて目次に相当するページ(http://..../diary/2001.htm)を間に置くことにします。最新の日記のページから、昨年あるいは一昨年の日記のページへ直接移動したいと思うことはあまり多くないでしょうし(私自身が直接参照したい場合は、日記本文の中からリンクを張ります)、それならばページのレイアウトとして、トップと本文の間にあまり大きなテーブルを置くことは避けたほうがいいと思います。今までの日記では特に触れてきませんでしたが、昨年1月から2月にかけても今回と同じように、2000年の分の日記(2001年1月21日分離実施)・伝言板のログ(2月1日)・サイトの更新履歴(2月10日)に、目次に相当するページを置いて分離してきました。そういう作業の手順を思い出すと、当サイトの開設以来、けっこうな月日が流れたことに、感慨を新たにします。 そんなこんなでなかなか「ONE」のプレイが進まないのですが、17日の項に書いた、人の生と死、生命の継承について以前から思っていたことについては、「加奈」をコンプリートした直後の今の時期に文章化しておかないと、結局打鍵せずじまいになってしまいそうな気がします。それで昨日図書館へ行ったついでに、参考になる本として内村鑑三の講演録『後世への最大遺物』(岩波文庫)を借りてきました。1日分の日記としてここに載せるには長すぎる文章になると思うので、久しぶりに5号館1号室に入れる予定です。 それともうすぐ、ソルトレイクシティで冬季オリンピックが始まります。ちょっと古いのですが1999年にソルトレイクシティへ海外出張したことがあるので、その時の思い出話なんていうのも5号館で公開したいものです。 |
1月23日(水)
年明けからしばらく、新潟県内も比較的好天が続いていたような気がしますが、今日はまた天気が悪くなって、平野部でも昼間中雪が降っています。仕事が早く終わったので帰りに図書館へ行き、ちょっと試してみたいことがあったのでJavaScriptの本を借りてきました。 この日記ページから、当サイト内の他のページへのリンクは基本的に<a href="200007a.htm#0714">というように<a>タグを"target"オプションなしで使っていますが、例えばこんな風に、本文に<table>タグで埋め込むほど重要ではないが興味のある人には見てもらいたい画像、それも"target=_blank"オプションを使ってディスプレイ一杯に新しいウィンドウを開くほどの大きさはない画像を1枚だけリンクしたい時、どんな方法があるものだろうかと思ったのが発端です。 そう思っている時、「ペルソナウェア」のホームページにある、ペルソナキャラクタを紹介するページで、キャラクタのサムネイルをクリックするとキャラクタを紹介する新しいウィンドウが開くようになっているのを見つけました。これがどうやらJavaScriptを使っているらしいので、ソースファイルを見ると、こうなっています。(一部改変) |
<SCRIPT LANGUAGE="JavaScript"> <!--// function OpenWin(url) { var introWin = window.open(url,"intro","width=500,height=500,menubar=no,status=no,toolber=no,resizable=no"); introWin.focus(); } //--> </SCRIPT> ...... <A HREF="javascript:OpenWin('********.html')"><IMG SRC="http://********.gif" WIDTH="80" HEIGHT="80" BORDER="0"></A> |
これを応用すれば、小さな画像ファイルを直リンクすることができるのではないか、と思ったのですが、いくつか問題があります。
まず、上述のスクリプトでは新しく開くウィンドウの大きさがスクリプト側で決まっていますが(この場合は横500x縦500)、1つのページに大きさの異なる複数の画像がある場合、新しいウィンドウがちょうどよい大きさで開くためには、新しく開くウィンドウの大きさを引数としてスクリプトに与えるようにすべきであること。それを考えたのは、このページから直リンクしている、大きさの異なる3つの画像をこの方法で表示したいと思ったからです。 それからもっと重要なのは、不特定多数の方に見てもらうことを念頭に置くと、見に来る方がセキュリティを重視してJavaScriptをオフにしている場合もあり得ますから、それへの対処も考えておかなければなりません。それでNetscape Navigator4.75で「JavaScriptを有効にする」のチェックを外し(こうするとスタイルシートも無効になるのは何故でしょうか?)、<NOSCRIPT>をどう書いたらいいか試してみましたが、どうもうまくいきません。 結局は、テキストエディタでHTMLファイルを作っているうちは、あまり凝ったことは考えないほうがいい、という退嬰的なところに落ち着きました。そういうことをやっている暇があったら、積んでいるゲームを消化するか、5号館あたりにアップしたいと思っている雑文でも書いたほうがいい、ということです。 (1月24日アップ) |
1月21日(月)〜22日(火)
「ONE」のプレイ続行──といきたいところですが、実際のところは日記の更新だけです。こうやって日記が冗長にわたるのは悪い癖ですが、特に20日の項などは、日記を書くに際してまた検索し直したりしているので、つい時間をかけすぎてしまいます。しかしそれにしても、私と同じ物質でできた大脳新皮質を持っていながらこういう価値観を持つ人間がこの地球上に存在しているという事実を、どう受け止めたらいいのでしょう? 他人の価値観を尊重することが、インターネット社会では最も要求されることだと、頭では理解しているつもりなのですが。 (1月24日アップ) |
昨夜のチャットでは、Kanonに入れ込んでいるお知り合いの方と話していてまた「ONE」が話題になりました。実はこのゲームは、Windows版をずいぶん前から積みっ放しにしているのですが、それだというのに昨年11月に秋葉原へ行った時にPlayStation版(これはWindows版の副題である「輝く季節へ」とタイトルにしています)を、中古屋で初回版を見つけたからといって買ってきた、というものです。
上のリンク先に写真を載せてある、2000年7月の時点で積んでいた19本のゲームのうち、その後コンプリートしたのは「加奈」「Kanon(18禁版)」「痕」「ToHeart」「同級生」「WHITE ALBUM」の6本。「猪名川でいこう!!」「さおりんといっしょ!!」「初音のないしょ!!」の3本はミニゲーム集のようなもの、「同級生2」はDOS時代にコンプリートしているからまだいいとして、「下級生」「恋姫」「こみっくパーティー」「PALETTE」「夢幻泡影」「リフレインブルー」が積んだままというのは……。 こんな具合にコンシューマ移植版をいろいろと買い込んでいるのには、同じ予算で (1)HシーンありでキャラボイスなしのWindows版と (2)Hシーンなしでキャラボイスありのコンシューマ移植版があったらどちらを買うか、という選択があったとしたら、私ならきっと後者を買う、という判断基準があるからです。つまりHシーンよりもキャラボイスを求めているということですね。そして決まってコンシューマ移植版のほうが後から出ますから、18禁版Kanon(Hシーンありでキャラボイスなし)を買ってインストールしただけで積んでありながら全年齢版のKanonが出るとそれを買い、さらにDreamCastを買った時に一緒にDreamCast版(Hシーンなしでキャラボイスあり)を買うということをやらかしているわけです。さすがにAIRに関しては、18禁版を買って積んだままにしているうちに全年齢版が出ましたが、それを買わずに様子見しているうちに移植されたDreamCast版を買ったので、Hシーンもキャラボイスもない全年齢版を買うことはなさそうですが。 しかもPlayStation版ONEを買ってきてパッケージを開けた時、PlayStation版には新キャラが追加されていることに気づいていました。この新キャラ──その名は清水なつき──が眼鏡っ娘だったからPlayStation版を買った、っていうわけではないんですが、勇み立って今日からはPlayStation版をやってみようと思い立ったのです。Kanonをプレイした時には全年齢版→18禁版→DreamCast版の順にプレイしてきましたが、自由時間が無限にあるわけではない身のこと、もしかするとWindows版ONEはプレイしないままに終わるかもしれません。それだけでなく多分AIRも、DreamCast版をプレイしただけで終わると思います。いくらこのONE・Kanon・AIRと続くシリーズは「18禁シーンがなくてもゲームが成り立つ」という評があるとはいえ、自腹を切って正規ルートから買った18禁版を、プレイしないかもしれない、プレイしなくてもいいとウェブ日記で言い切るあたり、やはり私は柏木千鶴偽善者(どうやらこの打ち消し線がやりたかったらしい)のようです。 プレイの前に、以前からONEはノベルゲーム的アドベンチャーゲームとしては異様に難易度が高いという噂を聞いていたので、PlayStation版ONEの攻略法がどこかにないか(手元にある攻略本はWindows版なので、なつきはもちろんですが、ToHeartの一部のシナリオがそうであるようにWindows版とPlayStation版で攻略法が異なっている可能性を考慮して)、チャットが散会になってからネットを検索してみました。 するとPlayStation版ONEについてレビューしたページがいくつも見つかったのですが、それらを眺めてみるに、Windows版とPlayStation版の両方を扱ったページには PlayStation版を酷評していないページはない
ほど、さんざんに酷評されています。プレイしないうちから予断を抱くのは賢明ではありませんが、ここまで酷評されているとなると、ちょっと考え込んでしまいます。気を取り直して なつきの攻略法を探してみたのですが、どうもPlayStation版不評の一因は、この新キャラのシナリオが薄いことにあるらしく、なつきとそのシナリオを肯定的に評価しているレビューは皆無です。そればかりかごく一部のプレイヤー、これは本当にごく一部であってほしいと衷心から切に願う次第ですが、こんな事を書いているんですよぅ。 ・ ・ ・ 管理者が落ち着くまで、しばらくお待ち下さい…… ・ ・ ・ もう少しいろいろなレビューを見てみると、ほぼ同じ頃に発売されたPlayStation版ToHeartの出来が良すぎたために比較されてしまっているのでは、という意見が多く見られました。たしかにPlayStation版ToHeartは、「俺は○○とエッチしたいんだー!!」というプレイヤーには受け容れられないでしょうが、それ以外の点では、多少好みが分かれるかもしれない絵柄の変更や、自主規制しすぎのテキストを、新キャラ・キャラボイス・追加イベント・シナリオの改善が補って余りあったと思います(というのも私の個人的な感じ方で、琴音シナリオを「より悪化した」と評している人もいますし、私もレミィシナリオの終盤はやや冗長に感じました)。それと相前後して発売されたために、メーカーには酷な言い方ですが「移植によってWindows版より良くできなかった」ことが不評を買ってしまったのかもしれません。 それから、こんな言い方もされています。かなり酷評したレビューの結びですが「あくまで「『ONE』に思い入れのありすぎるダメ人間のたわごと」だと思って下さい」と。元のゲームが今の「鍵っ子」ブームを巻き起こした歴史的名作だったため、思い入れの強いプレイヤーがPlayStation移植と聞いて期待を寄せすぎて、「普通ならこの程度の出来でも認められる」レベルの移植では総すかんを喰ってしまったのだと思います。 難しいものですね、移植って。ToHeartのPlayStationへの移植を見事に成功させたアクアプラスが、こみっくパーティーのDreamCastへの移植では非難の十字砲火を浴びているようですし。HLA型のミスマッチゼロでも移植の成功率は…… (ここ、ツッコむ場所です。はい、どーぞ)
なつきが眼鏡っ娘であるのシナリオが薄い以外にどういう点が不評を買っているのか見てみると、概ねこの3つに要約されます。
(1)テキストがビジュアルノベル(雫・痕・ToHeart・加奈など)式に、CGと重なって全画面に表示されるようになったが、そのため画面が暗くなって見づらい
その他にBGMがCD-DAから内蔵音源になったこと、PlayStation規制によるシナリオの変更を不満としている人もいました。(2)オープニングの出来が最低最悪 (3)新しく起こしたCG(樋上いたる氏が原画を描いてない)の出来が悪すぎる さてそうなると、(2)は最初の数分だけ目を瞑ればいいとして、(1)と(3)はちょっと、PlayStation版をプレイすることを再考させられそうです。 検索結果を見ているうちに、「PC版「ONE〜輝く季節へ〜」にパッチを当ててPS版「輝く季節へ」の音声データを利用できるようにするものです。」というツールを公開しているページがありました。世の中にはいろいろなことを考える人がいるものです。コンピュータウイルスを作る時間と技術力があるなら、こういう公共の福利に役立つことに使ってほしいものです。 物は試しとダウンロードしてみました。PlayStation版のディスクに入っているボイスデータのライブラリを、Windows版をインストールしたフォルダにコピーして、Windows版のゲームディスク(BGMはここから読み出します)をCD-ROMドライブに入れるとゲームのメインプログラムが起動するので、いったん終了します。それからツールを起動すると、ゲームのメインプログラムが起動しますが、プレイを始めると程なくしてボイスが聞こえてきます。 このボイスについても、「制作サイドのディレクション能力不足」つまりこの場面でこのキャラはどういう感情を持ってこの台詞を発したのかを声優にきちんと教えていないから、声のニュアンスが場面の雰囲気に合っていない台詞がところどころにあると非難する人は決して少なくありません。またWindows版で自分なりのイメージを抱いていると違和感があるという人もいますが、私としてはWindows版を全くプレイしない状態から始めていますから、その点では問題はなさそうです。 それにしてもキャスティングを見ると……長森瑞佳が飯塚雅弓さん(ToHeartの松原葵、Kanonの沢渡真琴)、椎名繭が大谷育枝さん(ToHeartの雛山理緒)、清水なつきが今井由香さん(「同級生2」ビデオの杉本桜子)、深山雪見が川澄綾子さん(ToHeartの神岸あかり、Kanonの美坂香里)、広瀬真希が川上とも子さん(Kanonの倉田佐祐理、AIRの神尾観鈴)……なんだか聞いたような名前ばかりです。七瀬留美が横山智佐さん(最近のゲームではサクラ大戦シリーズの真宮寺さくらが有名ですね)というのを見て、1993年発売のMSX版「プリンセスメーカー」を真っ先に思い出す私は、ちょっと古い人間でしょうか? とまあそういうわけで、なつき以外はこのツールを使って、Windows版にPlayStation版のボイスをつけてプレイすることにします。PlayStation版にボイスがない部分は、想像で補うことにしましょうか。 ええと、ここまで引っ張っておいて申し訳ないのですが、ゲームそのものの感想は後日ということで。まだ第1回プレイの中盤でして、キャラクターやシナリオ、難解といわれるこのゲームの世界観についての感想を述べることができる状態に至っていません。それに1日分の日記の分量としても、ちょっと多すぎたと思いますから。 (1月22日アップ) |
昨夜は宵のうちから日記ページのHTMLソースファイルをいじり始めたのですが、テレホタイムを前にして疲れてきたので少しだけ仮眠するつもりが、明け方近くまで寝てしまい、ネットには入らずじまいです。
起きてからは昨夜の作業の続きと、それと並行して日記の打鍵を進めます。そして終日パソコンに向かってばかりいるのもどうかと思ったので、「加奈」をコンプリートしたことですし、以前に上京した時に買ったまま封印してあった「加奈」のノベライズ(パラダイムノベルス)を気分転換に読んでみました。 感想──ゲームのノベライズは玉石混淆であることを実感しました。このノベライズは「石」です。 ゲームをノベライズするという行為を、どのように行うかは、作家と出版社そしてゲームメーカーの考えが現れてくると思います。商業ベースで市販されているノベライズは、ウェブサイトによくある、ゲームのキャラクターを借りただけの自由奔放な二次創作に比べると、比較的原作のシナリオに沿って書かれていることが多いようです。それは「原作のゲームをプレイした人が自由に想像を広げて創作する」二次創作と違って、「原作のゲームをプレイしなくてもゲームを味わった気分になれる」ようにするところにノベライズの目的を置いている出版社とゲームメーカーが多いのではないかと解釈しています。 しかし。原作のゲームのテキストをそのまま書き取っただけでオリジナリティ皆無。それも活発ルートと知的ルートをごた混ぜにした上で、シナリオとしての重要性を考慮した様子もなく全く無定見に抜粋して順不同でつなぎ合わせただけ。例を挙げれば、知的ルートの重要な伏線であることを、エンディングまでプレイしたプレイヤーなら誰でも知っている場面を全く描写せずに、もっと先ではその場面を見ていることが当然の了解事項であるかのように書いている。結果出来上がった物は、「加奈」のファンサイトをちょっと探せばもっとましなSSがいくらでも見つけられるというレベルの、B級のパスティーシュ。これをノベライズと呼ばれては、「同級生」や「河原崎家の一族」に基づいて創意あふれるノベライズを書いた他の作家に失礼です。 これが回収されずに販売されているということは、ゲームメーカーであるD.O.の関係者が原稿を読んでOKを出したということでしょうか。もしゲームメーカーのあずかり知らぬところで、それも商業ベースで出版したら、盗作として訴えられても仕方がないような代物です。 私はこの日記を書く際の方針として、他人の作品に対する辛辣な批判を、関連するゲームをプレイしていない方の目にすぐ触れるような形で書くことを避けてきました、ネタバレを防ぐためにです。しかし物事には例外があります。ゲームとしての「加奈」が決して凡作や駄作ではないだけになおさら、ゲームをまだプレイしていない方が「ノベライズを買ってしまう」ことのないように、この場を使って警告を発します。 (1月22日アップ) |
1月18日(金)
週末を前にして「加奈」をコンプリートしたので、この週末はCGの制作あるいはゲーム三昧といきたいところですが、こういう時に限ってサイト全体に及ぶような、時間のかかる作業を思い立ってしまうというのは、何だかウェブサイトの運営が、皆さんに見ていただくコンテンツを提供することよりも、HTMLファイルをいじくり回すことのほうが自己目的化しているようで、我ながらやれやれと思ってしまいます。少し前に、時々巡回しているサイトの日記ページと、そのページからリンクしている別のサイトの日記ページを見ていて気がつきましたが、前者のページはウィンドウを開くとページの冒頭からすぐに表示されていくのに、後者のページは表示が始まるまでに多少の時間がかかります。これは後者のページが全体を<table>タグで括っているからです。 ページ全体を1つのテーブルにするという手法は、ディスプレイの水平解像度やウィンドウの横幅にかかわらずページ全体のレイアウトを一定に保つためによく使われる手法で、当サイトもトップページと掲示板の過去ログを除いたほぼ全てのページで、ページの横幅を指定するためにその手法を使っていますが、その反面、テキストデータの場合<table>タグに囲まれた全てのデータを読み込んでからでないと、いちばん左上のセルであっても画面に表示することができないそうです。 それで当サイトの日記ページはどうであるかというに、最新の区分では三津野知美の絵と「過去の日記」の間にある横線からページの下端まで、過去区分ではページ全体が1つのテーブルになっていますが、過去区分で今のところ最大のファイルはHTML形式で45KBにもなるので、それを全部サーバから読み込んで表示するまでには、けっこう時間がかかってしまうのではないか、と思い至りました。 そこで日記ページについては、ページ全体を1つのテーブルにすることを止めて、原則として1日分の記事を1つのテーブルに収めるように改めました。 テキスト主体で、日記ページよりさらに1ページの文章量が多いページが、2号館と4号館にあります。しかし小説は1つの章が1つのまとまりになっていると思いますから、ウェブページのレイアウト上のこととはいえ、基本的には本文の中でテーブルを分けることはしないでおきます。 (1月21日アップ) |
いよいよ「加奈」も残すところエンディングNo.1だけとなったので、またもや攻略本と首っ引きでプレイを進め、夜更けにエンディングに到達しました。感想はここです。
「加奈」をコンプリートしたことで、以前から思うところのあった、人の生と死、生命の継承について、また思いを新たにすることとなりました。そのことについて思いを馳せるままに書いてみたいですが、今は保留にしておきます。 (1月21日アップ) |
次にプレイするゲームが何であれ差し当たっては「加奈」をコンプリートするのが先、と決めたので、パソコンを起動するとウェブ日記は放置してゲームを始めます。
今回のプレイではエンディングNo.6を目指すことにしたので、そこへ至る選択肢の選び方の一例として攻略本に載っているチャートを見ながら進めていきます。到達したエンディングの感想はここです。 (1月19日アップ) |
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