釧路戦記(改訂版)

第二章
「矢板、どこだ?」
 夜更け、秋山参謀の声に、私は目を覚ました。
「ここにいます。何ですか」
「作戦指令だ。階下の部屋へ来い」
 思った通り、作戦だ。しかし、なぜ私だけに声が掛かったのだろうか。ともかく私は起き上がり、寝ている部下達を踏まないように気をつけながら部屋を出た。秋山参謀に続いて、階下の中隊長室に入った。中隊長以下、太刀川、上村、大原の三小隊長、宮本参謀が、机を囲んで坐っている。私と秋山参謀が着席すると、中隊長は話し始めた。
「まず矢板に言う事がある。先刻、吉川小隊長が、野戦病院に入院した。盲腸らしい。大した事はないが、今日の作戦の指揮は執れない。そこで、今日の作戦では、矢板、お前を吉川小隊長の代理に任命する」
 降って湧いたような大任だ。
「吉川の希望だ。暫くの間、頼んだぞ」
「はい、小隊長代理をお受けします」
 声が震えた。
 中隊長は皆を見回して、話し始めた。
「昨日からの作戦会議で決まった、今日の作戦だ。敵の兵力は、南三十三番川(この辺は人跡稀な土地なので無名の川が多く、作戦上不便なので風蓮川を中心として通し番号をつけてある)の南、三号幹線──この三股から来る道だ。この道の東にある。我が中隊は、北方部隊の左翼部隊に属する事になった。東京第二中隊が一緒だ」
「わかりました」
「四個小隊のうち、一個乃至二個を遊撃隊として、南十八番川南方に進出させる。この辺りにもトーチカや敵兵陣地があるらしい。なに大した兵力ではない。遊撃隊は吉川小隊にする。状況によっては、他の小隊を援軍に送るかも知れん」
「わかりました」
「他の三個小隊は左翼の本隊だ」
「わかりました」「了解」
「それで、各々の援護火器は、中隊全体で迫撃砲が十一門、重機は十二挺だ。各小隊に迫撃砲を二乃至三門、重機を三挺ずつ配備する。運搬用に、各小隊二台ずつトロッコがある」
 トロッコというのは鉄道のトロッコと同じ仕組みで動く鉄製の平たい車で、三輪になっている。一台に約八百キログラムの物資が積め、動かすには三−四人要する。
 私は小隊長三人と話し合った。その結果、
「矢板の所は人員が少ないから迫撃砲は二門でいいだろう」
と押し切られてしまった。二十九人という戦力は実質三個班である。
 中隊長が言った。
「それでは、〇四〇〇に出発だ。食料は三食分ずつだ。各小隊毎に、弾薬と携帯食料を受領に行かせること。それから、矢板には小隊用の無線機を持たせる。使い方は他の小隊長に聞いてくれ。以上」
 無線機は、部屋の隅に置いてあった。赤電話ほどもある機械で、発信用のチャンネルが九チャンネルもあり、ハンディトーキー用とこの機械同士用とに分かれている。太刀川小隊長に、無線機の使い方を教わった。
「関東大隊用のチャンネルは、このTと書いてあるチャンネルだ。他の大隊に属する部隊を呼ぶ時は、それぞれ別のチャンネルに合わせる。ハンディトーキーを呼ぶ時は、左端のチャンネル。電波を受信すると、このランプのどれかが点くから、ダイヤルを合わせて受信するんだ。今回の作戦に限り、矢板の符号はTYHだ」
 私は部屋に戻って、部下達を起こした。
「皆起きろ!」
 今は午前三時。部下達は皆、眠たげに目をこすっている。全員が起きたところで、私は命令を伝達した。
「皆よく聞け。早速出撃だ。円朱別原野に敵の勢力がある。これを攻撃に行く。〇四〇〇に出撃するから、それまでに支度すること。それから、小隊長が盲腸で入院したそうだ。それで、暫くの間、俺が小隊長代理を務める事になった。
 三木班は、烹炊部へ行って、二十九人の三食分の携帯食料を受け取ってきてくれ。他は、弾薬庫へ武器弾薬とトロッコを受領に行く」
「わかった」
 三木と六人の部下は、銃を持って出て行った。私は他の部下達と一緒に、弾薬庫へ武器弾薬を受領に行った。小隊の武器は重機三挺と迫撃砲二門、弾薬は重機の弾帯(二百発)六十本、迫撃砲弾百発。各人には弾倉十五個、手榴弾五個が支給される。重機、迫撃砲とその弾薬は、二台のトロッコに積んで行く。
 出撃準備が整ったのは四時五分前であった。他の三個小隊と並んで人員の確認を済ませ、定刻午前四時、兵舎の前を出発した。
 私達の隊──関東大隊は北方部隊であり、
 ・主力 関東第一中隊・第二中隊
 ・右翼 関東第三中隊・第四中隊
 ・左翼 東京第一中隊・第二中隊
 ・加農砲隊 大隊砲兵隊(百五十五ミリ加農砲八門)
 ・航空偵察 本部直属航空隊
からなり、総兵力約千人の部隊である。作戦は、まず航空偵察機が敵の拠点を観測し、この報告によって加農砲が砲撃し、このあいだに歩兵部隊は敵に接近する。そして〇九〇〇頃から戦闘を開始する。主力は三股から茶内原野に通ずる道に沿って進攻し、右翼はトライベツ川の右岸を進攻し、中チャンベツから来る道を通って側面から攻略する。左翼は円朱別原野東方の三郎川方面から攻略する。更に、南方部隊中部大隊(北陸第一・第二・甲信・中京中隊、総兵力約七百人)が茶内から、西方部隊知安別分隊(中国第一・第二中隊、総兵力約二百五十人)が別寒別牛川方面から進攻し、敵勢力を包囲殲滅するという作戦である。
 昨日通ってきた川沿いの道を進み、三股から茶内へ通ずる道に出ると、折り返して茶内へ向かう。八十五・二メートルの三角点のある丘の横で、本隊と別れ、一個小隊での行動となった。私達の任務は、南二十三番川から二十六番川方面の敵の掃討である。早い時間に本隊と合流可能であったら、合流して円朱別原野へ向かう。
 一列縦隊で、先頭から私、浅野、酒井、谷口、西川、石田、橋口、寺田、荒木、古川、君塚、三木、五十嵐、和田、細谷、小林、石塚、山村、山本、鈴木、岸本、桐野、貝塚、小笠原、片山、磯部、林、宮川、河村である。浅野以外の一般兵員二十四人を四人一組に分け、三交代で各組一台のトロッコを漕ぐ。私の他の班長三人はハンディトーキーを、通信兵の浅野は無線機を、私は双眼鏡を持つ。本隊と別れてから、南二十番川に沿って下り、両側が土崖になっている浅い沢を上り、六十七メートルの丘に出た。この辺は見渡す限りの荒蕪地で、沢には本州では見かけない木が密生している。全く日本離れした土地である。南の方からは、早くも遠雷のような、重砲弾の弾着の音が響いてくる。我々の進撃の前に、砲兵隊が地均しをやってくれているのだ。
 南二十一番川の沢を横切り、六十六メートルの丘に登る。この辺の稜線の標高は六十メートルから七十メートルであるが、南西の方には八十メートル以上の稜線があり、この上を茶内原野に通ずる道が通っている。真南に八十メートル、東南東に七十九メートル、東北東に七十九・四メートルの一際高い丘がある。私は小休止を命じた。午前七時半。本隊は三郎川水系と風蓮川水系を隔てる丘にさしかかった頃だろう。私は双眼鏡で、辺りの丘を見回した。
 と、手が止まった。東南東の七十九メートルの丘の頂上付近に、明らかな人造の構築物がある。コンクリートのトーチカだ。榴弾砲のような物も見える。陸上自衛隊の砲か? 考えられない事ではない。私は浅野を呼んだ。
「浅野、無線機だ。中隊長を呼んでくれ」
「はい、中隊長を呼びます」
 浅野は無線機を降ろし、交信を始めた。
「矢板班長、つながりました」
「うむ」
 私は無線機の受話器を取った。
「こちらTYH。南二十三番川と二十五番川の中間、七十九メートルの丘にトーチカを発見しました。敵の物でしょうか。どうぞ」
〈敵の物だ。自衛隊にはトーチカはないぞ。攻撃せよ。どうぞ〉
「了解。攻撃します。以上」
 私のやりとりを聞いて、仲間達は朝飯を食べる手を止めた。
「皆の聞いた通りだ。迫撃砲でトーチカをやる。
 ここは遮蔽物がない。敵が反撃して来たら危険だ。俺はここで弾着観測をやる。皆は向こうの斜面へ降りろ。誰か、ハンディトーキーを貸してくれ」
「よしきた、俺のを貸してやる」
 河村が、ハンディトーキーを放ってよこした。仲間達は、北西の緩やかな斜面を下ってゆき、私一人が残った。地面に伏せて、トーチカの位置を地図で確認する。
〈矢板! 方位と距離の指示頼む〉
 河村の声だ。
「よし。俺のいた所からそこまで、どのくらいある? どうぞ」
〈二百五十メートルくらいだ。どうぞ〉
「浅い沢だな? どうぞ」
〈そうだ。迫撃砲の準備は終わった。どうぞ〉
「よし。じゃ行くぞ。方位角……百十六度、距離千四百五十メートルだ。以上」
〈方位角百十六度、距離千四百五十メートル。了解〉
 私は双眼鏡でトーチカを見張った。後ろの方から小さい爆音が聞こえてから十秒余りして、トーチカが煙に包まれた。四秒後、爆音が聞こえてきた。
「弾着修正はしなくていい。続けろ。以上」
〈了解、弾着修正なし。以上〉
 ところが、よく見るとトーチカは全然破壊されていない。またトーチカが煙に包まれた。と、三秒くらい後、私の右側ほんの数メートルのところで爆発が起こった。私は左側へ転がった。音が聞こえない。頭がくらくらする。私は飛び起きると、無我夢中で河村達のいる沢へ向かって、全速力で駆け降りた。
「矢板!? 大丈夫か?」
 河村が声を上げる。頭が少しはっきりしてきた。私は地べたに座り込んだまま、肩で息をつきながら言った。
「ああ、何とか。
 敵が反撃して来たぞ。迫撃砲じゃ全然駄目だ。浅野、本部の砲兵隊呼んでくれ」
「はい、本部砲兵隊を呼びます。略号は」
「TCHだ」
 丘の上では、まだ爆発が続いている。
「砲兵隊につながりました」
 私は浅野から、受話器を受け取った。
「こちらTYH。敵のトーチカを発見、砲撃しましたが全然破壊できません。応援頼みます。どうぞ」
〈了解。目標位置は。どうぞ〉
「目標位置は、南二十三番川と南二十五番川の中間の、七十九メートルの丘の頂上の西側五十メートルです。以上」
〈了解。弾着観測を頼む〉
「了解。以上」
 私は受話器を返すと、浅野に言った。
「弾着観測に行くぞ。一緒に来い」
「はい」
 私と浅野は、敵の砲撃が続いている丘の西側へ回り込んだ。草の間に身を潜め、双眼鏡を向けたその時、トーチカの右側百メートルくらいの所に爆発が起こった。私は無線機の受話器を取った。
「こちらTYH。弾着観測報告します。どうぞ」
〈こちらTCH。報告してくれ。どうぞ」
「修正、百メートル北東、百メートル北東へ。どうぞ」
〈修正、百メートル北東。了解〉
 第二弾が来た。トーチカのすぐ近くだ。
「第二弾弾着、修正要りません。以上」
〈第二弾修正なし。了解〉
 いよいよ斉射だ。八発の百五十五ミリ弾が次々とトーチカの周囲に降り注ぎ、爆音は辺りに響く。第六斉射で、もうトーチカは原型を止めないコンクリートの廃虚と化し、敵の砲は沈黙した。
「TCH、こちらTYH。トーチカは破壊されました。感謝します。以上」
〈こちらTCH。了解〉
 私は丘の斜面を降りた。
「トーチカは完全に破壊された。行こう」
「そうだな。行こう」
 私達は、丘を越えて南二十三番川の谷へ下って行った。双眼鏡でトーチカの跡を見ても、人影も見えない。百五十五ミリ弾四十九発で、完全に叩き潰されたのだ。丘を登っていく途中でも、一発の銃撃さえも受けなかった。
 トーチカの跡に着いた。コンクリートの壁が幾らか残るだけで、天井は崩落して原型を止めていない。中にあったと思われる加農砲は完全に破壊されている。辺りには兵士の死体や弾丸の破片、コンクリートや鉄骨の破片が散乱している。
「これは四十七ミリだな。こんな小さい奴しか作れないようじゃ、敵の工業力は恐るるに足りないな」
 河村が言った。私は頷いた。
「そうだな。こんな奴だったから、あんな至近弾喰らって助かったんだな。百五ミリ榴弾なんかのあんな至近弾喰らってたらお陀仏だったろな」
 私は無線機を取った。
「TMH、TMH、こちらTYH。応答願います、どうぞ」
〈こちらTMH。TYH、どうぞ〉
「七十九メートルの丘を確保しました。南二十五番川方面へ向かいます。以上」
〈了解〉
 酒井が、谷口に言っている。
「作戦に出撃して最初の敵にしちゃ、余りにもあっけなさ過ぎたな」
「こっちの百五十五ミリが強すぎたんだよ。白兵戦になったら、わからんぞ。余り敵をなめすぎない方がいいと思うな」
「さあ、出発だ」
 私達は、丘陵の尾根の上を進んで行った。トーチカは完全に破壊されていたため、何一つとして押収できた物はなかった。
「次のトーチカはもっと上手くやろうぜ」
 石塚が軽口を叩く。
 七十二メートルの丘──と言っても極めて起伏が少ないため、地図なしで歩いていては頂上はわからない──に着いた。木が茂っている。私は小休止を命じた。双眼鏡で辺りを見回す。
「!」
 二百メートルばかり離れた浅い沢を、一群の兵士が上って来る。敵だ!
 私は河村を手招きした。
「何だ?」
 私は敵を指さした。
「見ろ。敵だぞ」
「どうするんだ?」
 私は河村を振り返り、
「決まってるだろうが。重機で始末するだけだ」
 私は重機担当の六人、酒井、谷口、貝塚、宮川、荒木、古川を手招きした。
「敵が現れた。六人でそいつを持って行って敵を始末しろ。弾帯は誰かに持って行かせろ。這って行くんだ。いいか」
「はい。重機、行きます」
 六人と、それに西川、小笠原、君塚を加えた九人は、重機とその弾帯を持って這って行った。一分ばかりして、重機の発射音が聞こえてきた。
 ところが突然、意外な事が起こった。鞍部の向こう側にある丘から煙が立ち上ったかと思うと、三十メートルばかり手前に、爆発が起こった。私は木の根元にうずくまった。煙が立った辺りを双眼鏡でよく見ると、隠蔽された野砲が見える。河村が這ってきた。
「あの丘に陣地があったぞ。見落としてた」
「偵察機は一体何を見ていたんだ?」
「そんな事はいい! 迫撃砲だ!」
 河村は戻って行った。敵の砲撃はまだ続く。重機を撃ちに行った九人が、ほうほうの体で逃げ帰ってきた。山本が報告する。
「銃撃続けられません! 至近弾で、全員負傷しました」
「わかった、今すぐ、あの砲をぶっ飛ばしてやるから」
 後ろから河村の声がした。
「おうい、準備できたぞ! 射撃指示出してくれ!」
「よし、行くぞ! 方位角三百十五度、距離四百。まず一発だ」
 私は双眼鏡で、敵の陣地を見張った。双眼鏡の視野の中に土煙が立ち昇ると、一秒余りしてから爆発音が聞こえた。
「おうい、どうだ?」
 河村の声だ。
「修正なし! ……発煙弾あるか?」
「発煙弾? ……あったぞ、五発ある」
「よし、じゃそれをやってくれ。距離はそのままでいい。十五秒に一発だ。
 石田、橋口、寺田、三木班全員! 俺が合図したら全速力で突撃しろ!」
 私は双眼鏡をポケットにねじ込み、銃を取った。
 後ろから音がした。敵陣地が白煙に包まれた。
「行くぞ!」
 私の号令一下、私の班と三木班の十一人は地を蹴って走り出した。敵陣地の近くに白い濃い煙が立ちこめる。煙が薄れてくるとまた一発。今日は全く幸いな事に、風が殆ど無い。煙が残っているうちに、私達は敵陣の数十メートル手前まで来た。木が一本倒れている。
「伏せろ!」
 私は言った。
「俺が手榴弾投げに行く。皆で援護しろ」
 真っ直ぐ前三十メートルばかりの所に、特に深い薮がある。私は身を翻して倒木の陰から飛び出し、薮まで疾走した。もう敵陣は目の前だ。私は手榴弾を握り、敵陣へ投げ込んだ。
「突撃ー!」
 号令一下、十人は倒木の陰から飛び出し、銃を撃ちながら走って来た。敵が怯んでいる間にもう一発投げ込み、塹壕に突進し、敵兵を片っ端から射殺した。
「はぁ、はぁ、はぁ、あ──」
 私は、敵のいなくなった塹壕の縁に腰を降ろし、水筒の水を飲んだ。
 河村達がやってきた。重機を撃ちに行った九人の他は、片山と和田と岸本が軽い怪我をしているだけだ。
「うまくやったな」
「大成功だ。お前の言った通りに、砲は残しといたぜ」
「こいつは使えるな」
 この砲は四十七ミリ加農だ。弾丸も残っている。迫撃砲より口径は小さいのに、弾丸は重い。トーチカを攻撃するのには、迫撃砲より適している。
「戦闘の極意は分捕りにあり、だ。こういう消耗戦では物資が勝敗を握ってるからな。敵のを分捕れば、こちらは一発の弾丸も使わんで済むってことだ」
 私が一席ぶつと、酒井が言った。
「こいつを円朱別まで引っ張ってくんですか? あと何キロあるかわからないのに?」
「負傷者に引っ張れとは言わない。
 しかし怪我してないのと言うと? ……俺と河村と、石塚、石田、寺田、橋口、磯部、林、山村、荒木、五十嵐、君塚、古川、細谷、浅野、小林。十六人か。
 よし、俺の班の四人と、三木班の五人はトロッコだ。あとの七人は、砲を引っ張れ。弾丸はトロッコに積んで行こう」
 三木が砲弾を手に取って言った。
「これ、結構重いぞ、トロに全部積めるか?」
 石塚も言う。
「そうだ、それにバラ積みじゃ、荷崩れするぞ」
「そうか。じゃ皆で、一発ずつポケットに入れて行こう。それで半分は運べるな。あとはトロに積んで行けるだろ」
「そうしよう」
 私達はすぐに出発した。進軍を始めてすぐ、
「班長」
 石田が私を呼んだ。
「ん? 何だ」
「あそこに敵の塹壕がありますよ」
 私はトロッコを漕ぐ手を放し、石田が指す方向に双眼鏡を向けた。南二十五番川の沢に塹壕がある。
「よく見つけたな。よし、やるか! おうい止まれ」
 隊列は止まった。私は敵の塹壕を指し示して言った。
「あそこに敵の塹壕がある。大した人数ではないし、砲に類する物もないと見た。殲滅あるのみだ。こちらにはその砲と迫撃砲二門、重機三挺がある、すぐ片づくだろう」
 すると河村が、私の言葉を遮った。
「ちょっと待った。今気が付いたんだが、あの丘の上にトーチカがあるぞ。あれをやっちまわないと、その敵の塹壕をやるのは難しくないか?」
 河村が指す方向、南西の八十メートルの丘の頂上に構築物が見える。双眼鏡でよく見れば、先刻攻撃したのと同じようなトーチカだ。
「確かにトーチカだな」
「そうだろう? やるなら両方同時にやっちまわないと、どっちかを攻めてるうちにもう一方に側面攻撃されるぜ。トーチカにやられたら只じゃ済まないぞ。だから、こいつでトーチカをぶっ飛ばすのがまず第一だと思うな」
 河村の提案に、私は考え考え言った。
「そうだな。トーチカは迫撃砲じゃ無理だってのは、先刻わかったからな。
 しかし、両方同時にったって、この人数でやれるか? そいつを操作するのに何人要るのか知らんが、迫撃砲に二人ずつ四人、重機に三人ずつ九人、その上そっちに何人か宛てたら、こっちの攻撃に宛てられるのが十人ちょっとだ。少なくなりすぎる」
 石塚が言った。
「十人いりゃ充分だろ?」
 私は地図を広げながら首を振った。
「いや、正面攻撃だけじゃない。敵の塹壕はここだが、このもう少し川上は、周りを丘に囲まれた湿地帯だ。だから周りの丘に伏兵を配置しておいて、川下からの正面攻撃と同時に背後からも攻撃し、湿地帯に追い込んで全滅させる積もりだ。それには、両方に歩兵が十人は欲しい」
「矢板らしい、手堅いやり方だな。しかし、二十九人しかいないってのはどうしようもないぜ」
「うーん……」
 腕組みした私に、三木が言った。
「考えてる間に敵が俺達に気付くぜ。早く攻めちまわないと」
「そいつはわかってる。しかし……」
 その時、少し離れた所に立っていた部下の一人が、声を上げた。
「矢板班長! 味方が来ます!」
「何!? 味方が?」
 私は弾かれたように立ち上がり、その部下の指し示す方角に双眼鏡を向けた。トロッコが二両と歩兵が約四十人、私達のいる丘へ向かってくる。私は振り返り、勢い込んで浅野に言った。
「浅野、無線機貸してくれ!」
 私は無線機の受話器を取り、まずチャンネルをTに合わせ、
「二十四番川の谷を東へ向かっている部隊の方、こちらはTYH。応答願います、どうぞ!」
 Tのランプが点いた。大きな、はっきりした声で、
〈こちらTTH。TYH、どうぞ〉
 この感度は、至近距離にいる証拠だ。
「TTHですね!? どうぞ!」
〈そうだ。今すぐそっちへ行く。お前達がそこにいるの、よく見えるぞ。どうぞ〉
「了解、以上!」
 程無く、太刀川小隊が丘を登ってきた。私を見るなり、太刀川小隊長は陽気な声で、
「矢板、頑張ってるな」
 私は太刀川小隊長に尋ねた。
「太刀川小隊は、何故ここへ来たのですか」
 太刀川小隊長は苦笑して、
「おいおい、御挨拶だな。実はな、お前達がトーチカに歯が立たなくて本部砲兵隊に救援を仰いだのを傍受したんだ。で、遊撃隊がお前達一個小隊だけってのは荷が重過ぎるんじゃないか、って事になって、うちが援軍として派遣されたって訳だ」
「そうですか。実は今、塹壕とトーチカを同時攻撃しようと思ってるんですが、人数が足りなくて作戦が立てられなかったんです。太刀川小隊が来てくれて、本当に助かります」
 私が言うと、太刀川小隊長は、
「トーチカだったら、本部砲兵隊に百五十五ミリを降らせて貰えばいいだろ」
 私は手を振った。
「敵の砲を捕獲したいんです。ですから、本部の百五十五ミリを頼まずにやりたいんです。これは先刻、例のトーチカとは別の陣地で捕獲した奴ですが、例のトーチカにあったのもこれと同じでした。ですからこれと同じ奴が、これから攻撃しようと思ってるトーチカにもある筈です」
 と言って、先刻捕獲した加農砲を指さした。太刀川小隊長は、加農砲をしげしげと見て、
「俺にはこのチャチな砲が、トーチカを歩兵で攻撃する危険を冒してまで捕獲するに値するとは思えんな。もし捕獲できたとしても、こんな奴を引っ張って行くとなると脚が鈍る。今回の我々の任務にとっては、むしろ妨げになるな。歩兵は身軽に越した事はないと思うが、どうだ」
 太刀川小隊長の言う事にも一理ある。私は頷いた。
「わかりました。トーチカは、本部に頼みましょう。我々は、二十五番川の沢にある、敵の陣地を攻撃します」
 それから私は地図を広げ、敵陣の位置を太刀川小隊長に示して、私の作戦を説明した。
「川下から攻撃すれば、敵は川上へ退却する筈です。そこで、川上の湿地帯の周りの丘に伏兵を配置しておいて、敵を包囲殲滅します。私達が正面から突撃しますから、太刀川小隊は伏兵の方をお願いします」
 太刀川小隊長は言った。
「ここにいて弾着観測するのが必要だな。それは、お前と俺と、どっちがやる?」
「太刀川小隊長に、お願いします。私は突撃の指揮を執りますから」
「わかった。重機と迫撃砲の配置は」
 私は地図を指さし、
「うちの重機は、この辺の尾根の先端に二挺、一挺は突撃隊の後ろから援護します。迫撃砲は二門とも、突撃隊の後ろです」
 太刀川小隊長は、地図を覗き込んで頷いた。
「そうか。じゃ、うちの重機はこことこことここの尾根の先っぽ、迫撃砲はここら辺に置こう」
「了解。では、トーチカの方は任せました。今は八時三十六分ですから、九時丁度に、一斉攻撃にかかりましょう」
「うむ」
 私は部下を集め、重機と迫撃砲を担当する十三人に、配置を指示した。
「酒井と谷口と西川は、ここの尾根の先端だ」
「はい」「はい」「はい」
「貝塚と宮川と小笠原はここ」
「はい」「はい」「はい」
「荒木と君塚と古川はここで、俺達の援護射撃だ」
「はい」「はい」「はい」
「迫撃砲は二門とも、俺達の背後から援護射撃だ。距離は、三百ってところだな」
「了解」
「他の十五人は、俺と一緒に正面攻撃だ。分かれ」
 私達は、速やかに展開した。正面攻撃隊十六人は、二十五番川の左岸の谷に身を潜め、敵陣を窺った。本陣の手前に、十人程度の小さい分哨があるらしい。この程度なら、手榴弾一発で事足りる。私達は、匍匐前進で分哨に接近した。私は腕時計を見た。八時五十九分。
 九時になった。私は手榴弾を取り出し、全く警戒していない敵兵の直中へ投げ込んだ。爆発音と同時に、敵兵の騒ぐ声が沸き起こった。
「突撃ー!」
 私は銃を乱射しながら、分哨に突っ込んだ。十五人が続く。後ろからは、重機の連射音が響く。
 分哨にいた十人余りの敵は、反撃する暇もなく全滅した。奥の本陣からは、盛んな銃火が起こる。私達は塹壕に身を隠し、敵兵の死体を弾丸よけにして敵と対峙した。空を切る音に続いて、敵陣の近くに土煙が立つ。迫撃砲の援護射撃だ。左右の丘の上からも、重機の連射音が聞こえてくる。
 迫撃砲の射撃が止んだ。
「行くぞ! 突撃ー!」
 私は銃に着剣し、塹壕を飛び出した。敵の銃火は一向に衰えを見せない。何発もの弾丸が、私の体をかすめる。
 突然、私の背後で爆発が起こった。トーチカか、それとも敵陣にも迫撃砲があるのか。誰かの呻き声がする。
「山本がやられた!」
 石塚が叫んだ。私は振り返りもせずに叫び返した。
「構うな! 前進しろ!」
 走りながら横目でみると、トーチカはまだ破壊されていない。トーチカからの砲撃に違いない。爆発が続く。
「何やってんだ! 早くあいつをやっちまわないと、こっちはやられっ放しだ!」
 白兵戦になってしまえば、トーチカからは砲撃できない。となれば、突撃あるのみ。私は雄叫びを上げながら、敵陣へと走った。
 耳を聾する大爆音が、右手の丘の上から起こった。走りながら見上げると、トーチカのあった辺りが土煙に包まれている。
「やった!!」
 トーチカの粉砕は、敵の心理に大打撃を与えたらしい。敵の銃火が、俄かに勢いを失った。逆に私達は、勢いづいて突撃する。遂に、一部の敵が塹壕を捨て、退却を始めた。私は怒鳴った。
「進め! 敵を追い込むんだ!」
 敵兵は、我先にと退却していく。私達は、背中を見せて退却していく敵に、どんどん弾丸を浴びせ、次々に射倒した。退却していく敵は、私の目論見通り、湿地帯に足を取られ、周囲の丘からの銃火の餌食になる。
 とうとう湿地帯には、生きている敵兵の姿は見えなくなった。私達の銃火も、いつとはなしに止んだ。私達は敵陣の周りを歩き回って敵の残党を捜したが、一人の生き残りもなかった。敵は全滅した。九時二十分であった。
 三々五々、トーチカのあった丘の上に集まってきた。我が方の損害は、
 ・戦死 山村、山本
 ・重傷 鈴木
 ・軽傷 私、河村、石塚、石田、岸本、三木
 太刀川小隊には、別段損害はない。鈴木をトロッコに載せる事にし、加農砲を牽く人員を、太刀川小隊からも出して貰う事にした。
 その時、目の前で爆発が起こった。
「伏せろ!」
 私は絶叫した。また少し離れて、爆発が起こった。
「何が起こったんだ?」
 石塚が訊いた。
「決まってる! 近くに敵がいるんだ!」
 私はトーチカの残骸の陰から顔を出し、双眼鏡で辺りを見回した。砲弾が空を切る音からすると、弾丸は西から飛んで来ている。爆発音に混じって、太刀川小隊長の声が聞こえた。
「トーチカだ! 西の丘にあるぞ!」
 私は言った。
「加農だ! 準備しろ!」
 太刀川小隊長が肩を掴んだ。
「おい矢板、本気か? ここは一時待避して、本部に頼んだ方がいい」
 私は言い返した。
「なら太刀川小隊は、待避して下さい。私は加農でやります」
「馬鹿な事を言うな! トーチカだぞ相手は!」
「あの加農だって、トーチカにあった奴です!」
 私は太刀川小隊長の腕を振り切り、トーチカの残骸から飛び出した。数人の部下が、加農砲を西の丘に向けている。私は双眼鏡で西の丘にあるトーチカをよく見た。
「方向はそれでいい。距離は八百ってところだな」
「距離八百。了解!」
 数秒後、
「準備完了!」
「てーっ!」
 双眼鏡の視野の中に、土煙が立った。
「ようし、そのまま! どんどん撃て!」
 何発かの応酬の後、敵のトーチカが煙に包まれた。それっきり、敵の砲撃は止んだ。煙が薄れると、敵のトーチカは崩れている。
「撃ち方止め!」
 トーチカの残骸の陰や、百五十五ミリ砲弾の穴に隠れていた部下達が、ぞろぞろと出てきた。太刀川小隊長は、西の丘に向けた双眼鏡を降ろして言った。
「今回は、矢板のやり方が成功したな。それは認める。だがな、そのやり方だといつか、部下を死なせるぞ」
 すると石塚が、
「既に一人、死なせたぞ。鈴木が死んだ」
 私は重い心で、損害を確認した。鈴木が死んだ他、石田が重傷、軽傷者は全体で二十人を越えた。太刀川小隊も、小杉が重傷、長野他五人が軽傷を負った。
 石塚は、岸本、桐野と一緒に、鈴木をトロッコから降ろすと、砲撃で開いた穴の一つに鈴木を埋めた。そして鈴木の銃を土饅頭の上に立てると、その前に跪き、合掌したまま黙り込んでいる。岸本と桐野が立ち上がり、隊列に戻っても、石塚は動かない。私は声をかけた。
「早くしろ、行くぞ!」
 突然、石塚は立ち上がると、怒気を露にした顔で私に詰め寄ってきた。
「お前って奴は……! 死んだ部下を弔うのが軍人のする事じゃないとでも言うのか!? 部下を死なせた上官の気持ちもわからないのか!? え!? 先刻まず山本が、山本の次に山村が、そして今度は鈴木だ! 三十分間に三人も部下を死なせたんだぞ! それを……それを弔うのも許さないのか!? 先刻……山本が死んだとき、お前は『構うな、前進しろ』って言ったな!? あの時は黙ってたが、今度はもう黙ってないぞ!」
 石塚の凄まじい剣幕に、皆呆然としている。河村までも黙っている。
「確かに俺の部下達は、赤紙で無理矢理連れて来られたんじゃない。それなりに死の覚悟くらいあるだろうさ。だからって、だからって、『死ぬのはそいつの勝手だからそれに煩わされるのは御免』とでも言うのか!? 部下達は、死にたくて死んだんじゃないぞ! 解ってるのか!? お前は兵隊に行ったんだろう!? 部下や同僚が戦死するのを見てきた筈だ! だからもう少し俺の気持が解ると思ったよ! お前は、敵を殺しすぎて、頭がイカレちまってるんだ!」
「お、おい……」
 河村が、石塚を宥めようとした。が石塚は、河村にも怒りをぶつける。
「部下を死なせた事もない奴に、俺の気持が解ってたまるか!」
 石塚は私に向き直ると、
「そのうち石田が死んだら、お前にも俺の気持が解るだろうよ!」
 捨て台詞を浴びせると、トーチカの残骸に腰を降ろし、そっぽを向いてしまった。
「どうする?」
 河村が私の気色を伺う。
「ああいう具合に怒ってるのは、命令で従わせるしかないな。小隊長代理として命令する」
 石塚はやにわに振り返って怒鳴った。
「お前の命令は聞かないぞ! いや、大隊長の命令だって聞くもんか! これ以上部下を殺すような任務はもう嫌だ! 俺は降りたぜ! この分じゃ俺も岸本も桐野も、今日中に殺されるからな、お前のせいでな!」
 私は石塚の言葉に耳を疑った。昔の軍隊なら絶対あってはならぬ事だ。
「任務を放棄するのか!?」
「そうだ! それで馘になったって降等されたって、犬死によりかましだ!」
 私もこの言葉で頭に来た。
「犬死にだと!?」
「そうだろうが! いくらトーチカ壊したって、次から次へと弾丸が飛んでくる! いくらやってもきりがない! 弾丸の無駄と命の無駄だ!」
「馬鹿を言うな! 今までトーチカを幾つも陥して来て、明らかに敵は勢力を殺がれている! そのための犠牲が無駄だったとでも言うのか!?」
「ああ、無駄だ! トーチカに歩兵で向かってくっていうお前の、無茶で下手糞なやり方のせいで死んだんだからな!」
 私は怒りを抑え切れなかった。
「じゃどうやれば死なさずに済むんだ!? どうしろと言うんだ!? 教えてくれよ!」
 石塚は不敵に笑った。
「教えてやろうか? 飛行機とか戦車とかを大々的に使うんだ、それだけだよ!」
「それが出来りゃ誰も苦労しない! 無い物ねだりは止せ!」
 不意に石塚は高笑いした。
「じゃ、戦争なんか止めるこった!」
 遂に石塚は、禁句を口にしてしまった。私は逆上した。
「そうか! そんならそう上申しろ! 浅野、無線だ! さあ今すぐ、中隊長に上申しろ! きっと相手にされないから!」
 私が怒って喚いていると、太刀川小隊長が私の肩を掴んだ。
「矢板、いい加減にしろ! 今は口論してる時じゃない。時間を無駄にしている場合じゃないぞ」
 私は声を落とした。
「わかりました。早く出発しないと、全隊の作戦にも支障が出ます」
 それから、
「岸本」
「はい」
「桐野」
「はい」
「お前達二人は、小隊長代理である俺の命令に従うな?」
「従います」
 二人は異口同音に答えた。
「よし、出発だ。お前達二人は、俺の班に加われ。今限り、石塚班長は戦死したものと見なす」
 河村と三木が、慌てて私に、
「おい、石塚はどうするんだ!?」
「石塚を置いてく気か!?」
 私はきっぱりと答えた。
「小隊長代理の俺の命令に従わん奴は、小隊から追放だ。奴も、それを望んでるだろうし、そんな奴がいると士気に関わる」
 河村も三木も黙った。私は全隊を見回して言った。
「出発だ」

第三章
 私達は、石塚を一人残して出発した。二台のトロッコを漕ぎ、加農砲を牽いて南へ向かう。
「矢板班長」
 浅野が呼んだ。
「何だ?」
「無線が入りました。中隊長からです」
「わかった」
 私は、浅野が背負っている無線機の受話器を取った。
「こちらTYY。どうぞ」
〈TMHだ。そちらの状況を報告せよ。どうぞ〉
「はい、報告します。〇七三〇から〇八〇〇までに、七十九・四メートルの丘のトーチカを破壊、〇八〇〇頃、二十三番川と二十四番川の間の丘の陣地を破壊、加農砲一門を捕獲。太刀川小隊とは〇八三〇頃合流し、共同で二十五番川の沢の陣地を破壊、八十メートルの丘のトーチカと、西方の七十九・五メートルの丘のトーチカを破壊しました。戦果は以上です。どうぞ」
〈了解。損害は? どうぞ〉
「残念ながら、戦死者三人、石塚班の山村と鈴木と山本です。うちの班の石田と、太刀川小隊の小杉が重傷です。軽傷者は二十人以上いますが、大したことはありません。損害は以上です。どうぞ」
〈これからの行動予定だ。そちらは、三十七番川へ向かえ。ここで、左翼本隊と落ち合って行動しろ。時刻は一〇三〇を目安にしろ。どうぞ〉
「了解。三十七番川へ向かいます」
〈あとは何かないか? どうぞ〉
「大切なことを忘れるところでした。石塚が、部下が三人戦死したために頭にきて、隊を離脱しました。どうぞ」
〈離脱だと!? 詳しい状況を報告しろ! どうぞ〉
「は、はい。八十メートルの丘のトーチカを陥した直後、そこに集合したところ、七十九・五メートルの丘にあったトーチカから砲撃を受け、捕獲した加農砲で応戦してそのトーチカは破壊しましたが、受けた砲撃のために鈴木が戦死しました。すると石塚は、鈴木が戦死したのは私のやり方が下手だったからだと言い出し、私の命令に従う意志がないと表明しました。そればかりか、戦死者を出さないためには戦争なんか止めればいいなどと言い出したため、そのような者を隊に入れておくと士気に影響すると判断し、石塚班の岸本と桐野を私の班に加え、石塚をそこに残して出発しました。以上です」
〈残留するよう説得したのか? どうぞ〉
 私は返答に窮した。
「そ、それは……しなかった、ということになると思います。どうぞ」
〈説得せずに、残して出発したのだな〉
 無線機から次に聞こえてくる言葉を、私は不安に駆られながら待った。
−−−−−ここまでで中断−−−−−
(2001.1.30)

←第一章へ ↑目次へ戻る 第三部第一章へ→