下級生リレー小説:制作余話
制作 2000年10月1日〜

・第78話 「信じることと、生きること」
リレーSSを担当するのも9回目になりました。
私が前回を担当した後、リレーSSの主催者であるそこつやさんから、リレーSSの今後の進め方に関する問題提起がありました。その内容と議論については5月14日の日記をご覧いただきたいと思いますが、前の担当者の仕掛けに素直に応じるのが手に余ると思ったら応じなくてもよいこと、締切を現行の3日間から5日間に延長すること、この2点が決まりました。
前者は、リレー開始直後から私が何度も言って憚らなかった「その頃○○は〜」という逃げを打つことをはっきりと認めたと言ってもよいでしょうか。
そのせいかどうかわかりませんが、私がエピソードの結末をゼロさんに委ねた第70話以来、ゼロさんの第71話は私が投げたエピソードを収拾する形で終わりましたが、その後は第70話の何気ない一節に基づいた外伝のように書かれたぶらぢるさんばさんの第72話、海外へ旅立った真歩子のその後を追った そこつやさんの第73話、定岡の視点から現況を整理したなりぽしさんの第74話、あるサブキャラの視点から描いた天巡 暦さんの第75話、ティナが自ら けんたろう争奪戦から身を引く(と私は読みました)さんの第76話、そして渦中の人けんたろうが旅に出る雅丸さんの第77話と、前後の回とまるっきりつながりのない単発的なエピソードが続いています。
いちおうはリレーという形を取っている以上、この状態がいつまでも続くのは、あまり好ましいこととは思えません。どうも執筆者の方々は、ストーリーの終盤へ向けて、言い換えれば けんたろうと結ばれるヒロインを絞り込んでいくことに向けて、次の一歩を踏み出すことを躊躇していたのではないでしょうか。
その点、雅丸さんの回は、続きを次の担当者すなわち私に委ねる形で終わっていましたから、そこから私が引き継いで書き進めていくこともできたわけですが、私はそうしませんでした。
雅丸さんの回の終わり方が、そこから続くストーリーを考え出すにはいささか漠然としていて「書きにくい」と感じたことが理由の一つですが、それよりも、前回を担当した直後から胸中に温めていたプロットがあり、それを筐底に埋めてしまうのは惜しかったからです。
そのプロットとは──けんたろうに想いを寄せているヒロインが、何かある出来事がきっかけで けんたろうを信じられなくなり、思い余って彷徨した末に八十八町内で自殺を図る。一命を取り留めたヒロインが八十八市民病院に収容されたその夜、ヒロインの枕辺に桜子の幽霊が現れて、竜之介を信じられなかったが故に竜之介も自分自身も心に深い傷を負った過去を語り、ヒロインに「けんたろうを信じて生きなさい」と諭す。何としても結実させたい会心のプロットだと思ったのですが、ヒロインの自殺未遂、桜子の幽霊と、読む人によってはかなり抵抗を覚えるかもしれません。
このプロットを思いついたきっかけはCalvadosさんのSS「Belief 〜信じるということ〜」です。Calvadosさんの作品では、元のゲームと同じく桜子は幽霊になってはいませんが、3つの理由で私は、桜子を彼岸の住人にしました。
第一は、もし桜子が生身の人間だったら、ヒロインが誰にも話そうとしないはずの、自殺を企てた動機を知るはずがないこと。第二は、自殺を図ったヒロインを説得するのなら、生身の人間より、あたら十代の若さでこの世に未練を残して彼岸に去った幽霊の方が説得力があること。第三は、元のゲームで「桜子が生きていた」というシナリオに強引さというか拙劣さを感じること。最後の理由で、「生きていた桜子」を敢えて退けて創作をしているSS作家の方もいます。
ヒロインは、プロットを思いついた時点では誰とも決めていませんでしたが、愛に決定しました。私が今まで一度も書いたことがなく、オールスターキャストの第44話では故意に忌避さえした愛をヒロインにしたのは、何といっても、けんたろうを信じられなくなった時に自殺を図りそうな女性は他にいなかったからです。第70話の余話では、けんたろうを失格させる覚悟で捨て身技に出そうだと書きましたし、愛ファンに嫌われそうですね、私。
それと ぶらぢるさんばさんが、けんたろうと結ばれる有力候補だったはずの真歩子と美雪が相次いで けんたろう争奪戦から離脱していったのは、愛が指切り神社の神主に教えられておまじないをしたからだ、という話を第72話で書かれたこと。第63話で私が宮内レミィ(ぉぃ)に言わせた台詞ではありませんが、「人を呪わば穴二つ」、強力な呪術ほど副作用も強いと思いますから、真歩子と美雪が けんたろうから離れたその副作用で、けんたろうは愛に見向きもしなくなった、という設定を考えたわけです。もっとも神社よりあの地蔵の方が遙かに淫祠邪教の色が濃いですから、強い副作用を起こす呪術にはふさわしかったのですが。
プロットを思いついてから順番が回ってくるまでが長かったので、いろいろと考える余裕がありました。特に6月16日の明け方、リレーSSの担当者の方と「そこつやの館」のチャットルームでプロットについて話をしている時、プロットの導入部というべき、愛が けんたろうを信じられなくなって自殺を図る動機について、まさしく天啓を受けました。
だいぶ前になりますが第64話で、そこつやさんが、デートしてくれなくなった けんたろうに真由美が「妊娠した」と嘘をついた、という話を書かれました。この「真由美妊娠騒動」は最後に真由美自身が、けんたろうと瑞穂に向かって嘘だと明かしているのですが、たとえデマだとしても「けんたろうが真由美を妊娠させ、表沙汰にならないうちに中絶させた」なんていう噂が広まったとしたら、奥手な愛はきっと大ショックを受けるでしょう。ですからこの方針で行くことは、プロットを思いついて間もなく決定しました。
ただここで問題になるのは、そこつやさんが第64話を書かれたのはずいぶん前ですから、妊娠騒動が起こってから、小説世界の中でもかなりの時間が経過しているはずだということです。当事者3人がずっと胸の内にしまい込み、忘れようと努めていたであろうことが、今頃になって、しかも けんたろうに都合の悪いように歪曲されて流布し始める、無理のない理由は。これが難題でしたが、天啓を受けたのはここです。
第64話よりさらにさかのぼる第57話で天巡さんが、ティムが けんたろうへの復讐を思い定め、けんたろうの周りにいる女性たち(ティナを除く)と けんたろうの仲を裂こうと画策を始める、という展開を提示されました。この展開はその後少し様相を変え、けんたろうの周りにいる女性たちに次々に災厄が降りかかるという形になりましたが、私が担当した第63話以後は取り上げる人がなく、永らく忘れられたようになっていました。
しかし復讐に燃える人間というのは、そうそう簡単に復讐を諦めるものではありません。ティムも、第60話で美夏の不幸の巻き添えを食い、第63話で口を滑らせて けんたろうに殴られましたが、それくらいで復讐を諦めはせず、じっと次なる復讐の機を狙っているはずです。そして第63話で私が持ち込んだ設定で、ティムは けんたろうの一挙手一投足を常時モニターしていることになっているのですから、妊娠騒動の時の、けんたろうと真由美と瑞穂のやりとりは全てティムに筒抜けになっているはず。それをティムが、けんたろうに都合の悪いように歪曲して流布したとしたら?
けんたろうも真由美も素行不良で学園当局に睨まれているでしょうから、これぐらい悪質な醜聞が立ったら、悪くすれば二人揃って即刻放校でしょう。そうなった時、さすがの静香も、職を賭する覚悟で2人を学園当局から庇うでしょうか。そこまで至らなかったとしても、2人の無実を知る瑞穂はともかく、他の女生徒たちは けんたろうから距離を置くでしょう。ティムの復讐の、そもそもの目的は、けんたろうの周りにいる女性たちが けんたろうから離れていくことなのですから、これこそ目的通りで、妊娠騒動はティムにとっては千載一遇の好機です。
そしてティムが流したデマが学園を席捲します。このデマに最も激しいショックを受けた愛はその日の放課後、あてどなく彷徨した末に八十八町の白蛇ヶ池公園にたどり着き、ここで自殺を図ります。自殺の手段もいろいろ考えたのですが、Windows版のゲームに「赤い水芸」という不謹慎な通称を持つイベントがあることから決定しました。
たまたま通りかかって愛を救う役は、リレーSS初登場の みのりにしました。別に誰でも良かったのですし、八十八町の地図からすると白蛇ヶ池公園は、アルバイト先のコンビニから みのりの家へ帰る道とは逆方向ですが、同級生2のゲーム本編で、夜みのりが時々ここを通りかかることがあり、ゲーム本編の出来事が前年の冬に起きているとすると、竜之介に芳 樹の毒牙から救出されたここは、みのりにとって思い入れのある場所でしょう。そう決めてから打鍵しているうちに指が走ったのですが、芳 樹の末路が暗示されていることにお気づきになりましたか?
そして八十八市民病院へ搬送され、病室で目を覚ました愛の枕辺に、ターボを肩に乗せた桜子の幽霊が現れます。自殺を図った動機を語ろうとしない愛に、それを全て見通している桜子は、前年の12月、竜之介と自分の出会いと別れを語ります。
実はここに、最大の問題点があることが、私がこのプロットを打鍵する際に気になっていたことです。「同級生2」キャラたちの時系列は、もとのゲームより前倒しになっていることが暗黙の了解になっていて、春も早いうちから竜之介と唯は恋人同士になっています(第18話)。ですから竜之介と桜子の出会いと別れは、さらにさかのぼって前年の冬にしたのですが、今回のプロットからすれば、桜子は前年の12月30日に生涯を閉じています。その桜子が第44話、この年の8月に生きている。もし第44話を担当したのが私でなかったら、他の人が担当した回での設定を恣意的に変更するという、重大なルール違反を犯すことになってしまいます。
それを回避するためには、竜之介と桜子の出会いと別れがこの年の秋にあったことにするか(OAVでは秋の出来事になっている)、あるいはそれをこの年の12月にし、愛の自殺未遂は年明け以後にするか、どちらかになりますが、前者にすると「真冬の夜のデートが桜子の命取りになった」でなくなりますし、後者にするなら今回このプロットで制作するのは時期尚早です。さらにどちらにしても竜之介が、唯と抜き差しならぬ仲になったずっと後で桜子に心を寄せたことになり、それでは唯が黙っていないでしょうし、だいたい桜子は死に損です。
そこでこの点は、エピソードのドラマチック性を全てに優先し、時系列の整合性は後ろに押しやり、ルール違反も敢えて犯すことにして制作しました。リアリティを追求するいつものやり方から行けば、まず矛盾を生じないことを優先するところですが、桜子の幽霊が出た時点でもう、リアリティには目をつぶっていますから。
(2001.7.2)

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