釧路戦記 |
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第二十八章
夜十時、私は警備本部に戻った。裏の階段から入ると、昼の老人が私に言った。「あなたの部下の酒井班長から先刻無線で連絡がありましてな」 「わかりました」 私は窓を少し開け、無線機のスイッチを入れた。 「TYS、こちらTYH、応答せよ」 〈こちらTYS。TYH、どうぞ〉 「TYHだ。先刻連絡があったというが。どうぞ」 〈ああ、重大な情報です。 敵の現地司令部を突き止めました。所在地は 町××番地、南北に通る国道から東へ一区画、東西に走る国道から北へ一区画入った十字路の角です。そこに敵が、我々が来たのを見越してでしょうか、バリケードを築いてます。相当頑丈な、堤防と呼んだ方がいいような。それには、周辺の住民を徴用してます〉 「住民を徴用してる!?」 〈そうです。噂なんですが、バリケードの中の商店なんかは、食糧や現金を略奪されてるということです〉 「聞き捨てならん!」 〈拒否した住民はどうなってるかわからない〉 「行くぞ! 攻撃する!」 〈待って下さい! 敵は、うちの小隊全隊より相当多いようですよ。いきなり攻撃かけても勝算は少ないです。どうぞ〉 「人数の不足は火力で補う。有りったけのバズーカと重機を使うぞ。どうぞ」 〈後で作戦を伝えて下さい。以上〉 「わかった」 その時下から声がした。 「お爺さん、無線連絡ですよ」 「おう、今行く」 老人は階下へ降りて行った。私も続いた。階下の納戸の中に、無線通信機が置いてある。老人はレシーバーをはめた。 「儂だ。……ああ。……速やかに警備隊が攻撃すると言っておる。……何? 娘が? ……ううむ。警備隊にも伝えないとな。それじゃ、新しい情報を待ってる」 私は訊いた。 「何の通信ですか?」 老人はレシーバーを外しながら答えた。 「敵の司令部のすぐ近くの団員からの連絡じゃ。敵が突然、店の周りの道を封鎖してしまっての、貯えてある食糧を出せと脅しているそうじゃ」 「明日の朝、有りったけの火力で粉砕してしまおう」 「いや、敵は近所の家の若い娘を攫って、人質として司令部に隠しておるそうじゃ」 「人質か。……弱ったな。砲撃戦なら絶対負けないんだが人質がいるとなると……。 ま、とにかく、新しい情報が入ったら知らせて下さい」 私は三階へ戻って遅い晩飯を食べ、眠った。 午前○時頃だったか、老人が起こしに来た。 「新しい情報が入った。団員からじゃ」 私は跳ね起きた。 「それで何と?」 「七人の増援部隊が、明朝五時、遠矢から敵司令部へ向かって出発するそうじゃ」 「よし、これで決まった! 有難う」 瞬く間に、私の頭脳は一つの作戦を打ち出した。七人の班を一個、その敵の増援部隊に化けさせ、敵司令部に潜入させるのである。 「河村にやらせよう」 老人が階下へ降りて行ってから、私は荷物の中から、要塞脱出の時に得た敵の軍服を取り出した。鉄兜、長靴、拳銃、ナイフといった物もある。私は無線機を取った。 「CK、こちらTYH。応答願います。CK、こちらTYH」 〈こちらCK。TYH、どうぞ〉 「TYHです。TYSからの報告で、敵の司令部の位置を突き止めたそうです。で、そこの攻撃を計画しました。どうぞ」 〈計画の内容は? どうぞ〉 「我々三十二人のうち七人を、敵の増援部隊――遠矢から明朝来ることになってるんです。それに化けさせて司令部に侵入させ、残りは外からの攻撃にあたります。どうぞ」 〈二十五人では不足だろう。HM小隊を外からの攻撃に加えたらどうだ。どうぞ〉 「そうですね。そうします。どうぞ」 〈HM小隊にはこちらから連絡しておく。どうぞ〉 「了解。七人の潜入部隊の装備は現地調達で行きます。あ、それと、バズーカ十数挺と実弾二百発ばかり欲しいのですが本部にありますか? どうぞ」 〈バズーカは無いな。LA兵站基地にある筈だ。どうぞ〉 「重機と弾帯はありますね? どうぞ」 〈ある。それだけか? どうぞ〉 「それだけです。以上」 〈了解〉 行動計画だ。ここを四時頃出て河村班をトラックに乗せ、五時前に遠矢の近くで待ち伏せする。河村達がうまく敵に化けたら、私はトラを駆って阿歴内へ抜け、バズーカを積んで戻る。今のうちに河村に指令を出そう。酒井、古川にも、明朝全員を待機させるように伝える。 私は無線機を取った。 「TYK、こちらTYH。応答せよ。TYK、こちらTYH。応答せよ。TYK、こちらTYH。応答せよ」 〈こちらTYK。TYH、どうぞ〉 「TYHだ。先刻TYSから、敵の司令部を突き止めたという報告を得た。そこで攻撃だが、作戦を考えた。 五時に、遠矢から敵の増援部隊が司令部に向かうという情報が入った。そこで、その増援部隊に変装して、敵司令部に侵入するのだ。それをお前の班がやる。どうぞ」 〈わかった。それで?〉 「明朝四時に、部下を集めてくれ。以上」 〈了解〉 私は目覚し時計を四時十五分前に合わせて眠った。 ・ ・ ・
目覚しの音に私は跳ね起きた。四時十五分前である。私は石田に、自分は暫く出かけること、六時に全員集まったら、私が戻るまで待機させることを事づてさせ、敵の軍服その他の装備を持って廊下へ出、裏の路地へ通ずる階段へ出た。私は、夜の道を、河村班のいる自警団支部へ向かった。 河村達は既に集まっていた。河村は言った。 「集まったぞ。これからどうするんだ?」 私は答えた。 「遠矢の近くで敵の増援部隊を待ち伏せるんだが、その前に本部へ行って四トントラを借りる。敵の司令部を攻撃する物資を、阿歴内で調達するのだ」 午前四時半、私達八人は本部に着いた。私は番兵に言った。 「トラックを借りたい。責任者に会わせてくれ」 番兵は中へ入って行き、少時すると三線の男が出てきた。 「トラックを借りたいそうだな」 「作戦の為です」 「わかった。誰だ」 「東京第一中隊の矢板です」 私達は、四トントラックに乗り換えて出発した。目指すは遠矢である。 遠矢集落の南方八百メートルの所にある丁字路に着いたのは、四時五十分であった。 五時。私は軍服の上から敵の軍服を着、敵の鉄兜を被り、敵の軍靴を履き、敵兵になり済まして道に立った。 「俺が車を止める。その間に皆で、敵兵を気絶させて軍服を奪え。殺すな」 数分後、敵のトラックが接近してきた。私は道に倒れ込んだ。トラックが止まった。運転していた士官が降りてきて、私を起こしながら訊いた。軍医だ。 「どうした?」 私は負傷しているような口調で言った。 「足を挫きました」 荷台の六人も降りてきた。私は道端の草の中に隠れている河村に目配せした。 「何とも無いじゃ……!」 私の足を診ていた軍医の後頭部に手刀を打ちつけた。軍医は気絶した。他の兵も、河村達に襲われて気絶した。七人の敵兵から、軍服や鉄兜、銃などを奪っている河村達に私は言った。 「小銃と弾倉はここに置いておけ。後は任せたぞ」 河村達は敵のトラックに乗って行った。後には七人分の銃、弾倉、軍靴、銃剣などが残された。それをトラックの荷台に積み込み、七人の敵の息の根を止めて道端の薮に放り込むと、私は阿歴内兵站基地へ向かって出発した。 未舗装の、木の枝を押し分けて進むような道を三十分ばかり走って、中国第三中隊と四国中隊が駐屯する阿歴内兵站基地に着いた。ここは駐屯部隊は二個しか無いが、釧路に最も近い基地として、重要な位置を占めている。ここでバズーカ六挺と実弾九十発を積み込み、釧路へ向かって出発した。 六時半、本部に着いた。ここにトラックを置いて、歩いて自警団本部に戻り、作戦計画にかかった。全員待機している。 十字路の一角に敵司令部はあるのだから、当然四方に道が通じている。攻撃はしかし、四方からかけるか。攻撃は二通りである。 ・バズーカによるバリケード・建物の破壊 バリケードは、酒井が「堤防」と呼んでいるくらい強固な物であるなら、バズーカで破壊することになる。しかし、四方のバリケードを全て破壊すると、敵の逃げ道を四ヵ所も作ることになる。建物の方は、民間人の人質がいるというのが本当なら、闇雲な破壊はできない。 ・重機による人員殺傷 これは必然的に、周辺の建物の二階以上からの攻撃となる。敵はそれを見越して、遮蔽物を作ってある筈だ。すると、バズーカと重機の共同攻撃となると、重機も四方八方からの攻撃でなければならない。 これから考えて、バズーカは、一ヵ所に重点的に配置し、重機は四方八方、特にバズーカと反対側の道の周辺に、逃散を防ぐために配置するのが適当であろう。 私は昨夜鹵獲したオートバイを駆って、敵の司令部があるという辺りに行った。敵司令部がある角から六−七十メートル離れたあたりにバリケードが構築中である。数人ずつの武装した敵兵士が、民間人を嚇して働かせている。バリケードはコンクリートブロックや土嚢を積んで作られてあり、まさに堤防である。車を停めて、近くの電柱に登って偵察してみると、このバリケードの内側にもう一つバリケードが築かれている。 「これはバズーカを使わざるを得ないな」 午前七時、自警団本部に戻ると、私は酒井班、古川班に緊急召集をかけた。その直後、本部から連絡があり、北海道第一中隊三沢小隊が本部に集結しつつある旨が伝えられた。 やがて、矢板小隊三個班二十五人が集合した。私は言った。 「これから本部へ行く。本部で、作戦を知らせる」 七時半、私達は本部に出頭した。三沢小隊三十五人を合せ、五十九人を前に私は作戦を発表した。 「 町××番地、この地点に(地図を指しながら)敵の司令部がある。ここを攻撃する。 武器はバズーカ六挺、重機十挺。バズーカは西側、共栄大通方面から、バリケードを破って攻撃をかける。重機十挺は周囲のバリケード付近の建築物の二階以上に配置して、高所から敵兵を射撃する。重機、バズーカ以外の兵力は、バズーカが破ったバリケードから突撃するがその際、二組に分けて突進と援護を交互に行うことは言うまでもない。 言い忘れる処だった。我が軍の一個班七名が、敵の増援部隊に化けて敵司令部に潜入しているから気をつけろ。それから、バリケードの外からでも敵司令部はバズーカで直撃できるが、司令部の中に人質がいるから、それはするな。以上だ」 八時前に私達は出発した。バズーカ六挺、砲弾九十発、重機十挺、二百発弾帯百五十本は四トントラックに積み込み、兵士五人と一緒に後から来させることにした。私達が跨線橋を越えて線路の北側へ行った時、東の方から蒸気機関車の牽く列車が駅に入って行った。昨夕修羅場と化した駅は、左の方に静かに広がっている。 敵司令部はもうすぐだ。私は皆を待機させておいて、敵のバリケードを見下ろす建物の住人と交渉した。高所から射かけるのが最も有効なのではあるがその為には建物の二階以上に登らねばならない。 「この部屋を使いたい? どうぞどうぞ!」 「後始末をきちんとしてくれるなら……」 「階段の踊り場ならまあ……」 対応は様々だが、十軒ばかり回ってみて、一度も拒否されなかったのは我々としては大いに助かる。戦争遂行に当たっては人民の協力は実に重要なのである。重機を据えることを大喜びで歓迎してくれた人達は、我々をまさに「救世主」と思っているのかも知れない。 まず外側のバリケードを全て破壊し、それから一ヵ所場所を決めて、内側のバリケードを破壊することにする。この場所は、一番敵司令部に近い、南北の国道の方向にする。そこで六挺のバズーカは敵司令部の所で交わる二本の道路の両端四ヵ所、更に南北に通ずる狭い道の両端二ヵ所に一門ずつ配置した。一挺に二人ずつ充て、重機にも二人ずつ充てるので、二十八人の兵が残ることになる。バズーカ一ヵ所に四−五人ずつ配置した。私は敵司令部の脇を東西方向に走る道の、共栄大通側に加わった。 午前九時を期して攻撃開始することを知らせてある。その九時まであと五分。私は、隣でバズーカを構えている兵に言った。 「あと少しだぞ」 「わかってます」 私は腕時計を見た。一分前。 (2001.2.8) |
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