釧路戦記 |
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第十章
話はやや遡るが、六月二十日のことである。太刀川小隊長が、新聞の日曜版のような物を持ってきた。「うちの隊報だ。見たい者は見ておけ」 見たくない者がいるだろうか。四枚の隊報が床に置かれると、そのまわりに人だかりができた。 隊報は普通の新聞の半分の大きさで、ザラ紙よりはいい紙を使ってある。二つ折りになっている。 第一号は五月七日号である。これだけは一枚物である。まず一番上は「隊長訓示」。全文を書き抜く。 「さる五日、我が討伐隊は革命軍に対し、全国二十ヵ所に於いて襲撃作戦を敢行し、多大なる戦果を収めた。まさに五月五日は、革命軍に対する開戦の日である。私、討伐隊長荒島勝三は革命軍に対し、五月六日、宣戦を布告した。 討伐隊の諸君に告ぐ。諸君は、我が隊の崇高なる目標の実現、革命軍の撲滅に向けて、その総力を挙げて鋭意努力する責任がある。悪の撲滅は、正を是とし悪を非とする人類の共通の義務である。諸君はその最先鋒部隊として、一億国民、いな三十億人類の先頭に立っていることを肝に銘じなければならない。 革命軍は二万を超える烏合の衆であり、我々よりも数は多い。しかし、諸君には恐れることはない。敵の武装は我々より劣り、しかも敵には士気がない。さらに敵は愚かなる内紛を起こしている。このような軍隊が、我々、武装・士気・統一に於いて優れた我が軍隊に勝つことはありえないのだ。我々には味方がある。一億の国民達である。我々は勝利を確信し、それをより一層確固たるものとするために、その全力を傾倒して、革命軍撲滅に邁進しなければならない」 何人かは、これを反唱していた。 その下には、「作戦部発表・作戦行動成果」が書いてあった。五月五日の夜に全国で発生した一斉襲撃の詳細が、一面全部にわたって書いてある。それによると、襲撃の発生箇所は、 札幌(アジト)小樽(弾薬庫)青森(ア)盛岡(ア)仙台(ア)岩沼(弾)郡山(ア)新潟(ア)前橋(ア)水戸(ア)東京(ア)府中(弾)青梅(弾)静岡(ア)名古屋(ア・弾)大阪(ア)酒井(弾)広島(ア)小倉(ア)折尾(弾)熊本(ア) の二一ヵ所にも達し、戦果は 殺害 二○五人 傷害 三人 捕虜 九人 武器押収 小銃 八六七二挺 同上弾薬 四二三五五○発 拳銃 一五三九六挺 同上 弾薬 五二八五○○発 爆弾 二五○○発 刀剣 五○一九本 迫撃砲 五○門 同上 弾薬 一○○○発 機関銃 二五二挺 同上弾薬 六五七五○発 火炎放射器 五○台 に達した。ちょっと計算してみたが、全部で百トン近い重量である。まさに物量戦争だ。 裏には、兵站部発表の「武器等生産実績」がある。五月一日までの各地の工場の生産量は、 一五五ミリ加農砲 一五門 一○五ミリ加農砲 二五門 六○ミリ迫撃砲 七○○門 一二・七ミリ重機 九○○挺 七・七ミリ小銃 約一三○○○挺 加農砲弾 三五○○発 迫撃砲弾 八五○○○発 重機弾 約五二○○万発 小銃弾 約三五○○万発 手榴弾 約六○万発 さらに、今日も各地で生産が続いている。気になるのが資金源だ。これについては紙上では触れられてないが、大方、革命軍から盗んだものであろう。 人事部発表の「人員一覧」がある。第一線の部隊は、五月初めの時点で |
北日本大隊 六八二人(本部五五人・五個中隊)略号H | ||
北海道第一中隊 北海道第二中隊 東北第一中隊 東北第二中隊 東北第三中隊 |
一五六人(四個小隊)略号HJ 一三五人(四個小隊)HK 一二一人(三個小隊)RJ 一一○人(三個小隊)RK 一○五人(三個小隊)RL | |
関東大隊 一○二二人(本部六○人・六個中隊)T | ||
関東第一中隊 関東第二中隊 関東第三中隊 関東第四中隊 東京第一中隊 東京第二中隊 |
一六八人(四個小隊)KJ 一五九人(四個小隊)KK 一六五人(四個小隊)KL 一七二人(四個小隊)KM 一五三人(四個小隊)TJ 一四五人(四個小隊)TK | |
中部大隊 七三九人(本部五○人・五個中隊)E | ||
北陸第一中隊 北陸第二中隊 東海中隊 甲信中隊 中京中隊 |
一二二人(三個小隊)EJ 一二○人(三個小隊)EK 一五四人(四個小隊)S 一三五人(三個小隊)Y 一五八人(四個小隊)A | |
近畿大隊 六○三人(本部四五人・四個中隊)W | ||
近畿第一中隊 近畿第二中隊 近畿第三中隊 大阪中隊 |
一三六人(三個小隊)WJ 一五二人(四個小隊)WK 一一五人(三個小隊)WL 一五六人(四個小隊)N | |
西日本大隊 六二○人(本部七三人・四個中隊)B | ||
中国第一中隊 中国第二中隊 中国第三中隊 四国中隊 |
一三一人(三個小隊)BJ 一一五人(三個小隊)BK 一二一人(三個小隊)BL 一八○人(五個小隊)F | |
九州大隊 五○四人(本部四五人・三個中隊)C | ||
九州第一中隊 九州第二中隊 九州第三中隊 |
一五○人(四個小隊)CJ 一五六人(四個小隊)CK 一五三人(四個小隊)CL | |
航空隊 三○人 AR 海上隊 一一○人(三隻)FS |
しめて四一七○人である。この他に、組織されていない二線部隊が一三一○五人いる。本部直属の、言うなれば背広幹部は一四五人。そして、釧路の前線本部勤務は四○人、衛戍病院には三○人、この一七四九○人が、討伐隊の総員なのである。旧軍でいくと一個師団に相当する。 このへんで、組織図を書いておこう。 まず本部の下に、人事・教導・作戦・兵站・会計の各部があり、さらに支部・課がある部もある。 私の目に止まったのは、兵站部販売課と作戦部情報課である。前者は、二号――五月二十日号を見た時に分った。二号の二面に、「兵站部発表 武器販売実績」が載っていたからだ。 五月十五日までの武器販売実績 ・自動小銃 一五○挺(一五○○万円) ・自動小銃弾 弾倉(二○発入り)五二五個(一○五○○発・一○五万円) ・重機 五挺(二五○万円) ・重機弾 弾帯(一○○発)五○本(二五○万円) ・小銃 三三五○挺(二億六八○○万円) ・小銃弾 三六五○○発(三六五万円) ・拳銃 三二二○挺(一億九三二○万円) ・拳銃弾 一九五二○発(一九五万二千円) ・迫撃砲 三門(六○万円) ・迫撃砲弾 二○発(十二万円) ・手榴弾 八六○発(四三○万円) 「自動小銃一挺十万円」を見て私は考え込んだ。何しろ私が見積った製造原価は高くても一挺三千円である。その三十倍……他の全てがこの割合だとすると、討伐隊の利潤はどのくらいになるのやら。……ずっと前に聞いた「利益」とは、この事だったのか。 「一体、こんなに沢山の武器をどこへ売ったんだろう?」 誰かの疑問に、吉村が説明する。 「恐らく暴力団さ。中小暴力団の中には、革命軍に縄張りを荒らされて飯の喰い上げになったのも多い。そこで抗争しようとしても、何しろ敵は大勢力だ。日本中のどの暴力団よりも大きいから、一揉みで潰されちまう。で結局泣き寝入りしてるのが多い訳だ。俺はそれで失業したんだから。 そういうところへ、こういった武器を売り込んで、味方につける。相手も革命軍に対しては深い恨みを持ってるから、すぐ乗ってくる。そういう訳だろうと思うよ」 さて後者の、作戦部情報課というのはどういう組織なのか。吉村の話を聞いているうちに、かすかに分りかけてきたような気がした。 抗争した暴力団は潰されるが、そうでなくて革命軍に隷属した暴力団もあるに違いない。そういう暴力団の幹部クラスで、革命軍の中竪幹部くらいになっている者を探し出して、それをスパイとして利用しているのではないかと思う。後々になって、私達の作戦が常に先手先手と行くようになったのは、多分このスパイが情報を提供していたからだろう。 四号の一面には、「作戦部発表 作戦行動成果」と「協力団体行動成果」がある。注目すべきは後者で、日本国内で発生した対革命軍抗争(討伐隊を除く)が載っているが、これを見ると、日本国内における革命軍撲滅運動の盛況が良くわかる。六月十三日までは全く何の事件もなかったが、十四日からが凄い。爆殺とかもあるから、はっきりした人数はわからないが、十九日までに三百人余りが殺害され、負傷者も二百を越える。毎日どこかで、銃撃、爆破、砲撃事件が起こっているのである。十六日には、大阪近郊のアジトなど二十ヵ所が一時に襲われ、死者百を出している。まさに、日本中の右翼、左翼、暴力団がこぞって革命軍にゲリラ攻撃をかけているのである。中には、団体でなく個人が、知っている構成員を殴り殺したというのもあるが。 |
討伐隊 | その他団体・個人 | |||||||||
件数 | 殺害 | 傷害 | 件数 | 殺害 | 傷害 | |||||
六月一三日 | 一 | 本部 銃撃戦 | 約二○○ | 二○ | ○ | ○ | ○ | |||
一四日 | 一五 | 約五○ | 一六 | 一五 | 約五○ | |||||
一五日 | 一○ | 約五○ | 二八 | 約四○ | 五○以上 | |||||
一六日 | 三股会戦 | 三三 | 約一五○ | 約二○ | ||||||
一七日 | 一三 | 円朱別会戦 その他 | 約一五○○ | 二○○以上 | 二七 | 約五○ | 三○以上 | |||
一八日 | 一○ | 約一五○ | 一○○以上 | 二六 | 約五○ | 約四○ | ||||
一九日 | 八 | 約一二○ | 一○○以上 | 二九 | 約三○ | 約五○ |
武器類の販売も大々的に行われている。六月十五日までの販売実績と売上額は、自動小銃三三○挺、同弾倉九八○個、重機七挺、同弾帯一二○本、小銃五○二五挺、同弾六八九○○発、拳銃五九六○挺、同弾四二二○○発、迫撃砲四門、同弾五○発、手榴弾三一三○発で、売り上げは約八億二千万円である。莫大な金額である。稼ぎ頭は小銃と拳銃である。半自動の小銃は内部では全く使わないから、あるだけ売り飛ばすことになる。拳銃もそんな感じだ。自動小銃は内部で使う分があるし、重機や迫撃砲は、そこらの団体の手に負える代物ではない。また手榴弾も手軽なため数が多いが、一発の単価が安いから金額はそれほど多くはない。 それにしても気がかりなことが一つある。私達が革命軍との全面戦争に入ってから十日以上経つのに、警察や自衛隊などが鎮圧に出る気配が全然ないのである。もしかすると全く気付いていないのか。それはあるまい。大体ここは陸上自衛隊の管理地である。そこに兵舎を建て、何千人もが生活し、そして殺戮を行っているのに、それに気付かない筈がない。そうすると、つまり、警察は意図的に「泳がせて」いるのに違いない。 なら何のために? 討伐隊が革命軍との戦闘によって兵力、武力とも疲弊し切るのを待つためであろう。現在は、討伐隊、革命軍とも相当の兵力、武力を持っている。数ある反社会的集団のうちでも革命軍は飛び抜けており、そして討伐隊は兵力において劣っても、武力においてはさらに上回っている。第一線の戦闘人員四千人、二線人員一万三千人、銃器一万三千挺、火砲数百門というのは、旧軍の歩兵一個師団には相当する。これを鎮圧するには、自衛隊でも多大な損害を強いられない訳にはいかないだろう。だから討伐隊と革命軍を戦わせておいて、双方とも極度に疲弊したところで鎮圧する方が、今鎮圧するよりも容易だろう。それに、革命軍は目下警察が血眼になって弾圧しようとしている宿敵であり、「敵の敵は味方」の論法からすれば、討伐隊は「官憲の味方」であることになる。だから目下のところ、民間人の被害もないことだし、弾圧を控えているのではないだろうか。 ・ ・ ・
七月二日の夜、広野−栄進地区の敵掃蕩を終えて帰ってくると、丁度倉庫の近くにいたトラックから、妙な兵器が卸されているのに会った。重機の三脚架をもっと高くしたような脚の上に、口径六センチくらいの短い筒が載っているが、その筒の後端にはラッパ状の筒が六本、筒を取り囲むように着いている。これが無かったら、まるで望遠鏡である。そこにいた二本線の兵士に訊いてみた。「これは一体何なんだ?」 その兵は答えた。 「新しく試作された砲らしい。まだ実際に使ってはいないらしいが」 「これが砲なのか? こんな砲で弾丸を射ったら反動で吹っ飛んじまうぞ」 迫撃砲とバズーカを別にすると、いわゆる普通の砲は、発射時の反動が非常に大きいから、皆後ろに長い脚がついている。ところがこれには、その脚はない。射ったら後ろへ倒れてしまう。 「バズーカを台に載せたんだろ」 「だとしても後ろに変な物がついてるな」 「とにかく、俺にはわからん」 私は、何となくすっきりしない気分で兵舎に戻った。 翌日、小隊長が私達の兵舎にやって来た。 「昨日、無反動砲の試作品が届いた。使い方を説明する」 反動の無い砲なんてあるのだろうか。小隊長が持ってきた物は、昨日私が見た物と同じ物である。 「弾丸を発射すると、発射薬のガスの大部分が、このラッパ型の筒から後ろへ噴き出す。だから、反動が帳消しになり、全く反動がない。 絶対に注意すべきこと。発射の際に、砲の後ろ五十メートルくらいには近寄らない事」 「まるで火炎放射器だなあ」 誰かが言った。 「しかし……迫撃砲があるのに、何でまたこんな砲を使うんです?」 小隊長が答えた。 「迫撃砲は、射程が短いんだな。一八○○メートルしかない。ところが敵のトーチカにある砲は大体三○○○メートル以上の射程がある。この差のために、我が軍は少なからぬ損害を蒙ってきている。そこで、先日の円朱別会戦後、大急ぎで二十門試作したのがこれだ。射程は計算上は三八○○メートルくらいある。これで試してみて、細かい所を改良していく予定だ」 「それじゃ我々は実験台ですか」 「とにかく、近いうちに試してみよう」 無反動砲を試す機会は、それからほどなく訪れた。七月五日の事である。 私の班は、広野地区、五十一線と南二十三号の交叉点付近を進撃していた。銃の他に、無反動砲を一門持っている。 午後一時、私は立ち止まり、双眼鏡で道路を見渡した。 中西別方面から、二台のジープが近づいて来る。距離は一五○○メートルくらいだ。 「来るぞ。無反動砲の準備をしろ」 部下が急いで道端に無反動砲を置き、砲弾を込める。屋代が私を呼んだ。 「距離は!?」 「一○○○だ」 何か知らんが手間取っている。そのうちに、敵のジープから弾丸が飛んできた。この頃は敵も賢くなってきて、バズーカの射程が百メートルもないのを良いことに、百メ−トルくらいの所まで小銃を射ちながら接近して、バズーカの射程に入る前に逃げるようになってきた。いつも目の前で逃げられるので、私達の悔しさは日増しに増したものだ。 「早くしろ、接近して来るぞ!」 距離はもう五○○だ。私は苛立った。 「修正、距離四○○!」 暴風のような轟音がした。一陣の風が起こった。一秒後、前のジープが爆発した。後続のジープは、前のジープの残骸を辛うじてよけると、急に向きを変えて走り去り始めた。 「もう一発行け! 今度は六○○だ」 次の一発は、走り去るジープより手前に落ちて、道路に穴を開けた。 「今度は八○○!」 今度の一発はジープの向こうに落ちたが、その爆発に目を眩まされたか、ジープは爆発の穴に片方の車輪を落とした。 「もう一発行け」 今度の一発で、ジープは全く屑鉄になった。 「仕止めたぞ」 後ろを振り返ると、砲の後ろの薮がない。矢部が驚きを隠せない様子で言う。 「最初の一発を発射した瞬間、薮が完全に焼き尽くされてたんです」 私達は、無反動砲と弾薬を持って、一台目のジープの残骸に駆け寄った。全く原型をとどめていない。私は言った。 「敵の奴、まさか五百メートル先から砲撃されるとは思わなかったろうな」 翌日、私達の班はまた一台のワゴンを仕止めた。これは一七○○メートルの距離から先制砲撃したものだ。 兵舎に帰った私達は小隊長に報告した。 「使う価値はあると思いますよ。ただ、後ろから噴き出す炎は何とかなりませんかね。後ろ数十メートル焼野原ってのは、林の中じゃ使えないですよ」 「それは無反動砲の宿命と言うべき欠点だ。これはどうにもならない」 (2001.2.2) |
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