釧路戦記 |
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第七章
私達はやっと一息ついた。廊下の窓から南門のあたりを見ると、革命軍の兵士は誰もいず、折り重なっている死体の傍らで警察官が鑑識をやっている。トラックやワゴンの焼けただれた残骸にも、警察官が集まっている。門のあたりにはバリケードが作られ、警官が巡回している。物々しい雰囲気ではあるが、一抹の空虚感も漂う。ほんの少し前まで私はあの辺で敵と対峙していたのだ。その敵はもはや死に絶えているのだ。「矢板!」 小隊長が呼んだ。 「警察に見つからんように隠れてろ。我々はもう追われる者なんだからな」 この一言で私は我に返った。私は、十指に余る人を殺した大殺人犯なのだ。あわてて作戦部室に入る。 「倉庫に入ってる武器類を全部地下へ運べ。我々はもうここには長くは居られん。物資は早急に次の戦場へ輸送するのだ」 中隊長が言った。私は倉庫に入った。倉庫の南東、扉のすぐ裏の隅に、六尺三尺の厚い板が四本のロープで吊ってある。これが物資を運ぶリフトである。頑丈な鉄の扉がついていて、普段は閉めて壁のように装っているらしい。リフトの上の天井に鉄棒が二本渡してあり、リフトのロープはそれに巻いてある。二本のチェーンで鉄棒を回して上下させる。皆で銃や弾倉などをリフトに載せ、リフトを下げて地下まで降ろす。しかし、倉庫が広い割には、物資は少ない。これは考えてみれば当然だ。敵が宣戦布告してきてから五日も経っているのだ。戦闘用物資は、あらかた決戦場――それがどこかは私は知らないが――へ輸送してある筈である。ここに残っている物資は、本部を引き払うまでの守備に必要な物資だけであろう。 私達は班毎に、風呂に入って血を洗い流した。また、高木班が持ってきた薬を使って、傷の手当をした。私の左腕は、かなり傷が深く早急に縫わねばならないということだった。銃などは手提鞄に入れてしまう。風呂は西棟の二階にある。渡り廊下を這って進み、警察に見つからないようにする。風呂は狭くて、七人で入ると芋洗いだ。風呂に入る時に時計を見ると午後九時であった。戦っていた時間は正味三十分くらいだったろう。その三十分に百数十人の敵が死んだのだから恐るべき戦闘であった。まことに機関銃の殺人能力は甚大なるものがある。 芋洗いの風呂から上がると、私達はここへ来る時に着てきた服装に戻った。陸軍兵はまた工員に戻った。 午後九時半、私達は地下室へ降りた。作戦部室の隅の床板を外すと、七十センチ四方の竪穴がある。モルタルで固めてあり、鉄の梯子がついている。降りていくと、四メートルほど下に扉がある。一階からもこの穴に入れるようになっているのだ。さらに降りていくと地下室がある。壁はコンクリートで固めてある。やや湿っぽい。十メートル四方くらい。物資で一杯である。 軽傷者は独力で、重傷者はリフトで地下室に下りてきた。最後に中隊長が下りてきた。五十一人が揃うと、中隊長は話し始めた。 「我々五十一人は、この本部を引き払って北海道へ移動する。敵との決戦場は北海道とするのだ。高木班八名は、本部のトラックに物資を積み、北海道へ行く。我々四十三名のうち重傷者七名は、トラックで運ぶ。山岡は重傷者に付き添うこと。本部に大型トラックが六台あるから、矢板のを合わせれば運び切れるだろう。足りないようなら、他の小隊からも車を徴発する。それで足りるだろう」 誰かが手を挙げた。 「トラックはどこにあるんですか?」 「高木の家の隣の駐車場だ。高木の家の電話で、他の班を二個班くらい召集する。物資の積み込みのためにだ。我々以外の者なら不審に思われないだろう。ここから高木の家の地下室まで、物資を運ぶ」 私は挙手して言った。 「私のトラックは本部に置いてありますが」 「誰かが取りに行けばいい。もし怪しまれたら、開き直って荷台検査させてやればいい。どうせ何も積んでないんだろう」 私達は、自分の荷物の他に、背負えるだけの物資を背負い、トンネルを通って高木の家の地下室へ行った。暗いトンネルの中を、何人かに一人が持っている懐中電灯の光を頼りに歩いていく。 高木の家へ着くと、中隊長は各班に指令を出し始めたが、まず一ヵ所掛けてみて受話器を置いた。 「全く出ない。どうしたのだ」 高木が言った。 「私が緊急出動かけたから皆本部のまわりに集まってるんでしょう。私が行ってきます」 高木は出ていくと、すぐ戻ってきた。 「皆来ますよ。全く怪しまれずに済みました」 私は二階へ行き、窓から外を見た。本部はすぐ近くにある。本部は全く静かだ。隣の駐車場に、何台ものトラックが集まってきた。 皆は一階にいる。何人もの男達が、地下室から駐車場へ、麻袋に入れた物資を運んでいる。いよいよ大戦争の幕が切って落とされたのだ。 山岡は何故か顔色が悪い。何かに恐れおののいているようだ。近くへ行って訊いてみる。 「どうしたんだ」 「……人を……殺しちゃった……」 罪悪感や恐怖に押し潰されたような声だ。私は平然と、むしろ快活に言った。 「そう考えてるうちはまだ駄目だ。悪を倒したんだと言えるように心を切り換えるんだ」 午後十時半頃、私達は高木の家を出て、大宮駅に向かった。私の長い回想はここで終わりである。 ・ ・ ・
……目を覚ました。時刻は午前九時。列車は、疎林と畑の中を走る。海が見える。あと一時間で釧路だ。九時三十五分に大楽毛を出ると、釧路まではもうあと少しだ。次第に都会が近づいてくる。私は洗面所で顔を洗った。歩き回って、まだ寝ている者を起こす。 九時五十分、列車は釧路に着いた。ここは大都市だ。こんな所で決戦をやるとは思えない。私達は列車から降りた。一昨々日以来実に三日三晩列車と船とを乗り継いできた。道東というのは実に東京から遠い地方である。六月だというのに涼しい。雨が降っているからか。札幌よりも涼しいのではないか。 外へ出て人員を確認する。私の班は重傷のためトラックで運ばれている中村を除き七人全員いた。中村の身を少々案じた。トラックはまだ本州にいるかも知れない。非常線で止められないことを願うばかりだ。 「一一○○に、マイクロバスが来る。それまでここで待機するように」 中隊長が言った。私は駅の構内の大衆食堂に入り、飯を食べた。仲間の一人が持ってきた新聞を見る。一面のまん中へんに大見出しがあった。
「立川で大銃撃戦、百数十人死亡」 「夜の大戦争」「炸裂する手投げ弾」見出しからして尋常でない。読んでいく。
「原型をとどめない自動車、手足のちぎれた死体――。『まるで戦争』と青ざめる近所の住民。九日午後七時過ぎ、立川市で起こった銃撃戦は、ヘリによる空爆が行われ、機関銃が使われるなど、過激派団体の抗争事件としては戦後例を見ない大規模なものであった」
「三階建てのビルの中にも、数十の死体がある。機関銃に射られた者。ナイフで刺された者。建物の廊下は、死者の血で染まっている」 「北側の門の前の道路に、爆弾を積んだヘリが墜落したもようである。道路には直径数メートルの穴が開き、水道管が破裂して水を噴き上げている。このヘリの墜落のため、周囲数十軒の民家の窓ガラスが割れた」 「『ドカーン』というすごい音がして目が覚めた。ガラスが割れた窓から見ると、自動車が一台メチャメチャに壊れていて、何人もの人が死んでいた。塀の上から男の人が機関銃を射ちまくっていた」 この男の人というのはつまり私ではないか! 一体何人死んだのだろう。おそらく誰にもわかるまい。ヘリの墜落とかで爆発があると死んだ人間はたいていバラバラになってしまう。だから数えようがないのだ。 十一時十五分前、濃淡の緑色に塗り分けたマイクロバスがやってきた。中隊長が号令をかける。 「バスが来たぞ。乗れ」 私達はバスに乗り込んだ。一番前に坐った吉川小隊長は運転席の男に声をかける。 「おう、太刀川じゃないか」 「よう、吉川。 ニュースで聞いたぞ。えらく派手にやらかしてくれたなあ。百数十人とはな」 「あんなに勝つと感じが狂うよ。ともかくこっちには戦死者はなかった。それが何より」 「俺達の影はすっかり薄くなっちまったな」 「人員輸送は輸送隊の仕事じゃないのか?」 「輸送隊は基地の設営で忙しいんだよ」 輸送隊? 基地? 耳慣れない言葉だ。 バスが動き出した。 (2001.1.26) |
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