岩倉宮物語 |
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第十六章
その後何日待っても、私の還殿上に関しては何の音沙汰もなかった。勿論私は、それを気に病んで思い屈ずるような事は全くなかった。参内そのものは停止されなかったからと言っても、大っぴらに近衛の陣に出入りしたり清涼殿前の庭をうろついたりするのはさすがに憚られたが、天気の良い日には邸外へ出て、三条や四条の商店街へ行ったり洛外の田園地帯を歩き回ったり、或いは邸の庭で馬術や弓術の練習をし、雨の日は楽器を弾いたり書物を読んだり、普段と何ら変わらぬ生活を送っていた。邸の主人たる私が少しも思い屈じたり塞ぎ込んだりしていないので、邸の者達も私の将来を悲観して浮き足立つような事はなく、邸内の雰囲気は明るく平穏に保たれている。衛門佐や信孝、公晴など、私に内心同情してくれているに違いない若手殿上人が、時々邸に来た。私を励まそうとする一方で、特に信孝は、宮中の情勢について詳しく知らせてくれた。それによると帝は、少将の報告を聞いて以来、すっかり精神的に参ってしまったらしい。報告を受けた翌日、つまり私の殿上が停められた朝から、傷心の余り寝込んでいるという事である。帝が寝込んだままなので、三月三日の曲水宴は中止となり、そうなると去年の秋同様、他の貴族達も宴会を自粛するようになって、例年今頃は花見の宴が毎晩あちこちで開かれているのだが、今年は賑かな花見の宴はなく、都の夜はひっそりとしているらしい。 「帝には、何ともおいたわしい事です。御自ら追捕の宣旨を発せられたればこそ、一際性覚には、どこかで生き延びていて欲しいとお考えであらせられたのに、それが無惨に断たれたのでは……」 性覚と帝の関係を詳しく知っている信孝は、とりわけ帝に同情し、深い憂愁を浮かべて言う。 「でも帥宮殿の方が、一層お辛いでしょうね。現に性覚を、ご覧になってしまわれたのですから。人伝てに聞いたのなら、まだそれを信じるまいと思いなす事もできましょうが……」 と、私に対しても充分に気を遣うのが、信孝という人間である。私の内心の思いを知ったら、きっと人間不信に陥るであろうが……。 信孝と公晴の顔色が冴えないのには、もう一つ重要な訳がある事を、私は知っている。信孝が来た時、私は信孝にかまをかけた。 「ところで、『吉野君』の死を知らされた方はどうなさっていますか」 信孝は眉を上げた。が、すぐまた沈痛な顔に戻り、肩を落とした。 「……晴子さんですか。あれからずっと、泣き暮らしていますよ。泣きながらも、『吉野君は昔、死んじゃったと思ってたのに生きてた、だから今も、きっとどこかで生きてる筈だ』と言い張っていますけどね」 あの晴子が泣き暮らしている光景というのは、どうも想像しにくいものがある。だが、今度も死んだというのは虚報で、どこかで生き延びているのだと信じたがっているというのは、いかにも晴子らしい。 「どんな事があっても生きている筈だと、そう思わなければ、残された者は辛すぎる、か。確かに、その通りですね」 晴子が称善寺で、私に必死の説得を試みていた時の言葉を、私はふと思い出した。 「帝も晴姫も、私も、残された者の辛さを知ってしまいましたね、それを知るには若過ぎるのに」 私が溜息をつきながら呟いたのを、信孝は聞き咎めた。 「帥宮殿が?」 しまった、と思ったが、ここで動揺しては怪しまれる。私はさりげなく、 「梅壷更衣の事ですよ」 信孝は、同情を禁じ得ないという様子で頷いた。 「……そうでしたか。もうすぐ、三回忌でしたね」 忘れ得もせぬ、一昨年の五月十八日、澄子が私の腕の中で、幸薄い二十一年の生涯を終えた日。あの朝の出来事を、私は終生忘れはすまい。澄子の入内を帝が持ち出した日、私の帝への敬愛、澄子への恋慕、その他諸々の思いは、帝への憎悪に転化した。その思いを一層新たにしたのが、あの朝だったのだ。それ以来の私の復讐は、既に二つの大きな実を結んだ。昨年秋、桐壷と東宮を帝から奪い去り、そして今、三年前から私の胸中に秘し続けてきた性覚の死という事実を、帝の眼前に突き付けた。いずれも帝に、心痛の余り寝込む程の打撃を与え得た。その過程で、晴子や信孝を敵に回し、或いは回しそうになった事、少将に殿上停止を蒙らせた事は、他に打つ手が考えつかなかったとは云え、幾分心残りな事ではあった。 もう一つ、自分の所業が発端となって起こった事で、気懸りな事があった。他でもない、伏見院の事である。少将が性覚の死を奏上した事は公卿殿上人皆の聞くところであり、それに引き続いて少将と私の殿上停止とあって、噂は上下を問わず京洛を席捲しており、商店街を歩いていても耳に挟まぬ日はない。もし帝が、どれ程厳重な箝口令を発したとしても、噂が伏見に伝わるのを防ぐ事は不可能であろう。晩かれ早かれ、性覚の事は伏見院の耳に入る筈である。性覚が帝を害さんと企て、失敗して謀叛人として追捕されるに至った事に、一番心の引け目を感じているのは、他でもない伏見院に違いない。そうであるだけに、性覚が追捕の網をかい潜り、どこかでひっそりと生き延びている事を願う思いの切実さでは、伏見院は帝にも晴子にも、優るとも劣るまい。その伏見院が性覚の死を耳にすれば、どれ程の打撃を受けるであろうか。伏見院は私には父にも当たる人である。その伏見院を苦しめるのは、私の本意でないばかりか甚だ心苦しい事である。一体、私の復讐を成就せしめる迄に、どれ程多くの人を苦しめ、悲しませなければならないのであろうか。 瞬く間に時は流れ、四月の葵祭も過ぎたある日、見慣れぬ男が私の邸に来た。応対に出た家司にその男は、院蔵人と名乗り、私に申し伝えるべき事があると言ったそうだ。 院蔵人が私に申し伝える事があると言うのだから、これは伏見院から私に、伝える事があるという事だ。伏見院の近況は、私も気に懸っていた事である。私はすぐ、院蔵人を部屋へ呼んだ。 院蔵人は居ずまいを正して、 「院におかせられては、帥宮殿に仰せらるべき御事あり、甚だ重要かつ、猥りに他言せられるべからざる御事におわしますれば、早急に院御所に参上せられるようにとの仰せにございます」 重要な事、それも他言無用ときたか。 「承知仕りました。直ちに参上仕ります」 院蔵人が帰ると、私はすぐ冠直衣の正装に着替え、車に乗って伏見御所へ向かった。京から伏見への道は、今の季節に通る事は余りないが、沿道の農村地帯では今が田植え時、麦の穫り入れ時で、老若男女揃って田畑に出、労働に汗を流している。私は今ではもう、彼等農民とは生きる世界を異にしてしまっているが、自分にもあのような暮しを送っていた時代があった事だけは忘れたくない。貧しい辛い暮しだったが、その暮しを送るのが精一杯であったが故に、つまらぬ虚飾とは無縁だったし、要らざる物思いをする暇もなかった。それ故に毎日が、単調ではあったが弛緩する事なく、一種の緊張のうちに明け暮れていたものだ。それに引き換え今の暮しは、安楽ではあるが仕事というに足る仕事は何もなく、言ってみれば若隠居に等しい。こんな緊張に欠ける暮しを送っていては、心身ともに弛緩して、それであのように、「小人閑居して不善をなす」を体現するような事になったと思えなくもない。 伏見御所に着いた。ここへ来るのは一月の朝覲行幸に随行して以来だ。院蔵人に先導されて、私は院の御座所に参上した。院は簾の向こうに臥している。私は簾の前に平伏した。 「岩倉宮正良、只今参上仕りました」 「待っていた。もっと近う」 久し振りに耳にする院の声に、私は耳を疑った。こんなに張りのない、弱々しい声を聞いたのは初めてだ。いつの間に院は、こんなに心身共に衰えてしまったのだろう。私は不安に胸を轟かせながら簾をくぐり、院の枕辺に膝を進めた。 声から想像した以上に、院は老い衰えていた。顔には深い皺が刻まれ、到底四十歳代には見えない。私を見上げる目は深く落ち窪み、瞳の光は薄れている。顔色は青黒く、頬はこけ、ここ暫くの深い苦悩がいかに院の心身を蝕んだかを思わせた。その深い苦悩を院に与えたのが他ならぬ私である事に思いを致すと、急に胸に堰き上げて来る物があった。私は思わず唇を固く引き結んで俯いた。院の顔を正視する事は、私には堪え難かった。 院の声が聞こえた。 「正良、何故面を伏せる」 意外な言葉に、私は驚いて顔を上げ、院を見つめた。院は臥したまま私を見上げ、幾分力の込もった声で言った。 「少将が性覚の事を奏上するのを、止められなかった事を悔いているのか。ならばそれは思い過ごしというもの。性覚の事を何も知らなかった少将が、己が職務に忠実たらんとして、己の見た事を奏上したのを、誰が咎め得よう。そなたがそれを止めなかったのには、そなたなりの考えがあっての事であろう。もし止めれば、性覚の素姓を少将に知らさなければならぬ、それを良しとしなかったのであろう」 私は深々と平伏した。 「お察しの通りにございます。性覚が院の御落胤なる事が世に知れては、院の御名誉を傷つけ奉るであろうと考えましてございます」 院は頷いた。 「うむ、それは至極尤もであるぞ」 私は、ほっと肩の力を抜いた。 「それが結局は、宸襟を悩ませ奉る事となったのは、何とも心苦しい次第でございますが」 本音とは正反対の事をぬけぬけと言ってやると、院は私をぐっと見つめて、 「それはそなたの落度ではない。そなたが殿上を削られたのは、少将の殿上停止を諌めたためと聞いているが、その事ではそなたに十分の理がある。敦仁は、情に流されているとしか思えぬ」 帝の父なればこそ、こんな事も言えるのだ。 「昨年、何とやら申す者が桐壷と東宮を殺し、権少将による心中を装ったとの噂が立った時も、噂の真偽を確かめもせずに遠流とした。あの事も、情に流された余り当を失した振舞だ。敦仁はもう、若気の至りと言える歳ではない、然るに斯くも情に流されるようでは、帝王の器であったかどうか、考えざるを得ん」 そうだそうだ、とはさすがに言えない。私は当り障りのない台詞を発した。 「院、そのお言葉は些か差障りがございましょう。私正良、聞かなかった事に致しとうございます」 院は、微かな苦笑を浮かべたように見えた。 「それはそうとして、今日正良をここへ呼んだのには訳がある。私の息のあるうちに、是非ともそなたに申し伝えねばならぬ事だ」 何を気弱な事を、と打ち消すのが妙に躊われた程、私の息のあるうちに、という院の言葉には、院の顔にありありと現れている身体の衰えと相俟って、切々と迫る物があった。そこ迄院を追い詰めたのは私だという自責の念も手伝って、私は胸が詰まった。やっとの事で、ゆっくりと頷きながら、 「承りとうございます」 院は、重々しく口を開いた。 「……正良、そなたは、私の子だ」 一刹那、御座所を静寂が包んだ。だが私にとっては、この事は今初めて知らされた事実ではなく、三年余り前、あの左開きの蝙蝠を当時の東宮に見せた時、東宮に示唆された事実であった。あの左開きの蝙蝠は、当時まだ東宮にも儲立されていなかった院の持ち物であり、院が私の母の許に忍んで通った折、母の許に残され、当時母に仕えていたに違いない少納言の叔母から、少納言、近江の手を経て私の手に入ったのだ。 院は、昔を思い出すように視線を宙にさ迷わせた。 「あれは今から二十三年前の事だ。嬉子(大后の宮の実名)と結婚して四年目になり、初子の聡子(桜宮の実名)は三歳になっていた。嬉子は昔からああいう性格だったから、私は結婚したばかりの頃から嬉子の尻に敷かれていたような所があって(と言って院はふっと照れ笑いした)、ましてあの頃は、父院が藤の姫宮に藤宮をお産ませになった後で、嬉子は父院を悪しざまに言ってばかりいたのだ。それで私は、邸にいるのも気詰まりだった故、また親王宣下も受けぬ気楽な身でもあったため、頻りと夜歩きをしていたのだ。 ある時、岩倉宮邸の姫の許に、ある女房の手引きで忍び込んだ事があった。ところがその姫は、既に夫のある身であった事を思えば無理もないが、私に全く打ち解けようとしなかった。それで私もすっかり興醒めして、二度とその姫には近寄ろうとしなかった。それきり、岩倉宮の姫の事は忘れていた。その腹に儲けたかも知れない子の事も。否、たった一回の実事で懐妊する筈がない、と思っていたと言った方が良かろう」 そんな事はない。話の内容からすれば私はその一回きりの実事で生まれたのだし、それに私自身、一回の実事で桐壷との間に子を儲けたのだ。 「そのうちに敦仁が生まれ、更に私は嬉子の妹の腹にも子を儲けた。その子が帝となった私の前に現れたのは十年後の事だ。その子を私は最後まで、私の実の子だと認めなかった。敦仁の命が危かったあの時に、法成寺関白の手の内にあるその子を実子と認める事は危険すぎたのだ。その子を実子と認めず、落飾させたのは、その子に良かれと思ってした事だったのだが、結果的には全く逆になった。 五年前、岩倉宮の孫に当たるという十八歳の男、他でもないそなた正良を叙爵(従五位下に叙すること)するよう、近衛左大臣から推挙があった。それを聞いて私は、はたと思い当たった。血筋といい年齢といい、もし私があの時、岩倉宮の姫の腹に子を儲けていたとしたら、ぴたりと一致するではないか。翌年秋そなたを侍従に補し、初めて拝謁を許した時、私にはわかった、そなたは、二十三年前、私が岩倉宮の姫の腹に儲けた子であったと。 そなたは性覚と違って、法成寺派や土御門派といった野心のある派閥に擁されていなかったから、もし私の実子と認めても、東宮敦仁の地位を脅やかす恐れはなかった。それに既に王族として官位を得ていた身であったから、私はそなたを落飾させる積りはなかった。しかし、実子と認める事にはまだ不安があり、それ故、実子とは認めなかったのだ。しかし教仁を落飾させた時に性覚が私に言った言葉で、私は性覚を実子と認めなかった非を悟らされた。『父上の御子は、最後まで敦仁親王只一人なのですね』、の一言で……。 それ以来私は、いつかそなたが私の実子である事を認め、天下に知らしめようと思うようになった。敦仁がそなたを初出仕以来、右中将(信孝)と並ぶ程昵懇にしている事は知っていたが、法成寺入道の陰謀を暴く時に特命を与えて協力させたと聞くに及んで、敦仁はそなたを兄であると知っているのではないか、と思うようになった。とは思いながらも、なかなか決心がつかなかったが、今に至って漸く、決心がついたのだ。一つ、東宮には、東宮に立つに相応しい親王がいないために郁子が立っているが、それは所詮一時凌ぎにすぎず、郁子に男子が生まれる事が望めない限り、敦仁に万一の事があった場合、或いはそうでなくとも、皇嗣を儲けぬままに敦仁が譲位の意向を持った場合、今のままでは将来的に皇位が高仁親王に渡り、父明徳院から私、敦仁へと受け継がれた血筋が途絶えてしまう。それでは父院も浮かばれまい。そなたを私の実子と認めておけば、敦仁が位を降りる事があっても、郁子に代ってそなたが登極し、父院、私と受け継いできた血筋を末代に伝えるのに何らの支障はない。 次に、先刻も言ったが、近頃の敦仁の行状を見るに、果たして帝王の器であったかどうか考えざるを得ぬ。私が思うに、むしろそなたの方が帝王の器であったようだ。だからもし、敦仁にさえ異存がなければ、そなたに帝位を譲らせようとも考えている。何にせよ、私の息のあるうちに、私の血筋の将来を確かにしておきたい。なればこそ、今こうしてそなたに申し置くのだ」 院は、いや父は、私を次代の帝に擬していたのだ。余りにも意外な成行きに相槌も打てずにいるうちに、父院は少し口調を変えた。 「そしてもう一つ。そなた、今年で二十三歳であったな。なのに一向に、その方面の話が浮かんで来ないようだな」 いきなり何を言い出すのだ? 「私は十六で、敦仁は十四で結婚したのだ。そなたももう、身を固める頃であろう。父として、その事が前々から少し気になっていたのでな」 それとこれと、どういう関係があると言うのだろう。首を傾げた私に、父院は言った。 「まだ解らぬか? そなたが私の実子だと公にすれば、只の親王ではない、将来は皇位の期待もできる身だ。京中の有力派閥が、競って婿に取ろうと躍起になる事は間違いない、そなたが何もしなくとも、身を固められるぞ」 何を言い出すかと思えば、そんな事か。私のこの胸の内、澄子への追慕に殉ずると思い定めたこの真情を知らないから、そんな事が言えるのだ。その短い生涯に、私だけを真に愛したという澄子の、一点の曇りとてない至誠の心に、私が報いる途は唯一つ、一生澄子以外の女に心を移さず、澄子の追慕のみに生きる事ではないのか。否、もし仮にそれがなかったとしても、私を次代の帝の最有力候補として出せば即座に私は引っ張り凧になるという、そんな馬鹿な話があるか。そんな縁組みは、政略結婚以外の何物でもない。政略結婚などというのは、私が最も嫌悪する物の一つだ。そんな政略結婚が私の周りに発生する事を目論むとは、要らざるお節介などと言うのも愚かだ。 「父院の叡慮、私にはよくわかりました。されど第三の、父院の実子と公にすれば結婚相手には事欠かぬ、との仰せには些か承服致しかねます」 すると父院は、興味深そうな目を向けた。 「ほう、ではもう既に、妻にと思い定めた女がいるのか?」 「いえ、そういう訳では……」 「では何だ? まさか生涯、独身でも構わぬと思い定めた訳ではあるまい」 正にその通りなのだ、がしかし、そうと言ってしまって良いものかどうか。私は少時口籠って、 「……政略結婚は、したくないのです」 父院は笑った。 「正良らしいな。しかし、そう言ったものでもないぞ。そなたはまだ若いから、恋愛結婚に憧れているのかも知れぬが、結婚して二十何年も経って、私位の歳になるとな、初めがどうだったか、などという事はどうでも良くなるのだ。それに、初めに恋愛がなかったとしても、永年連れ添い、子供を儲ける間には、自ずとだな、恋と言う程熱くはなく愛と言う程甘くもない、しかし決して切れる事のない確かな絆が生まれてくるものだ。それができてしまえば、初めが政略結婚だったかどうかなど、問題ではない。年寄りの言う事に、耳を傾けて損はないぞ」 私が黙り込んでいると、父院は一転して、妙に哀願するような声で、 「そなたが一日も早く、私の長男たるそなたに相応しい、然るべき名門家の婿となって、私を安心させてくれるのを、どれ程心待ちにしているか、わからぬか? 私は今や、いつ絶えるとも知れぬ命だ、なればこそ息のあるうちに、そなたが身を固めるのを見届けたいのだ。子を思う心の闇と、笑いたくば笑うがよい、だがいずれそなたにも、今の私の思いがわかる時が来よう」 こうまで言われると、私としても途方に暮れる。承知しましたと言うのは自分の心を欺く事になるし、断じて否と言うのもこれ以上父院の悩みを増したくない私の本意に反する。 長い沈黙を破って、父院は言った。 「まあ、いい。そなたの考え次第だ。ただ、私がこう思っているという事だけは、心の片隅にでも留めておいて欲しいのだ」 私は少し気が軽くなった。 「それ程迄に私の結婚の事をお心にかけておられるのなら、その幾分かでも、桜宮の御再婚の方にお向けになられた方が、宜しくはないでしょうか、恐れながら」 ――私の姉に当たる桜宮は、聞くところでは十五歳の時、伏見院の歳の離れた異母弟である弾正尹宮と結婚したのだったが、結婚後僅か四年にして弾正尹宮は二十四歳の若さで、一子をも儲ける事なく世を去ったという。それ以来十一年、今上の同母姉という身分の高さが逆に災いして、再婚もできずに暮らしているのである。 すると父院は、幾分顔を曇らせた。 「その事か……。だが、帝の姉宮たる内親王となると、生半可な臣下に降嫁させる訳には行かぬ。まして聡子は、一度は弾正尹宮と結婚した身だ、内親王の臣下との再婚など、余りにも人聞きが悪過ぎる」 人聞きの問題かね、と幾分不満に思っていると、父院は続けた。 「それに、聡子本人も、自分には弾正尹宮の思い出だけで充分だ、再婚など考える気にもならない、と言い張るのでな。母も健在だから、何も再婚しなくとも良かろう、と思っているのだ」 それと同じ事を、私は今、声を大にして言いたいのだ、澄子の思い出だけで充分だ、と。 ・ ・ ・
翌日の午後、清行や武敏と一緒に、庭で歩射の修練をしていると、門の辺りが騒がしくなった。「何の騒ぎだ。清行、見て来てくれ」 「はっ」 様子を見に行った清行は、すぐ戻って来て私の前に片膝を突いた。 「申し上げます。頭中将様以下十数人の御方々、参られましてございます」 これは只事ではない。信孝や公晴が来るのは珍しくないとしても、頭中将が私の邸へ来るのは私の殿上停止以来初めてだし、まして十数人も来るというのはどういう事か。ともあれ、会ってみない事には事情は何もわからぬ。 「わかった。清行、武敏、弓矢と的を片付けておいてくれ」 私は弓と矢を武敏に渡すと、階を登って部屋へ戻った。大勢の来客は大方、宮中からここへ直行して来たのだろうから、束帯で来ている筈で、その面々に狩衣で会う訳にも行かない。丁度そこへ来た近江に指図した。 「誰か二人位呼んで、円座でも褥でも、人数分用意させてくれ。私は着替えてるから、頃合いを見計らって客人をお通ししてくれ」 「かしこまりました」 近江が足早に出て行くと、私は素早く直衣に着替えた。着替えている間に少納言と桔梗がやって来て、十数人分の座をしつらえるべく慌しく出入りする。とは言っても、固より私の邸には、一度に十何人もの客を迎えられるだけの用意はない。 「桔梗さん、円座はもうないの?」 「寝殿にはもうありませんわ」 「村雨さんの局へ行ってみた?」 少納言と桔梗は、何やかやと言いながら走り回っている。円座と褥を邸中からかき集めても、十枚に足りないのを見て、私は丁度そこにいた桔梗に言った。 「こうなったら、茣蓙でも筵でもいい、あと十人坐らせられるだけの物を集めるんだ。少納言と村雨にも言ってくれ」 「はい」 桔梗は走り出て行くと、夏用の衾を二三枚抱えて入って来た。続いて村雨は巻いた茣蓙を抱えて来た。三人で円座や褥や、衾や茣蓙を並べているうちに、近江の声が聞こえた。 「若殿様、皆様をお通しして宜しいでしょうか」 私は声を上げた。 「ちょっと待ってくれ、今、席を作ってるところだ」 近江の声が聞こえた辺りから、ざわめきが起こった。私は二人を急かして席を作らせ、自分の席へ戻った。 「もういいよ」 私の声に答えるように、近江が入って来た。近江に続いてまず頭中将、次に信孝、そして公晴や衛門佐など、ぞろぞろと入って来た殿上人達、総勢十五六人にはなろうか。円座に、褥に、そして茣蓙や衾に皆が坐ると、部屋は人で一杯になってしまった。皆が落ち着いた頃を見計らって私は言った。 「席が揃いませんで、御勘弁下さい。皆さん方、今日はまた大勢で、何の御用ですか」 最前列に坐った頭中将が口を切った。 「綸旨にございます。本日四月三十日を以ちまして、帥宮殿の殿上停止を解き、還殿上を許すとの仰せにございます。有難く、お受け致されるよう」 還殿上を許す、有難く受けろ、か。恩着せがましいと言うか本末転倒と言うか、自分が乱心して他人に八つ当たりしておいて、よく臆面もなく言えたものだ。と内心苦々しく思いながらも、そんな事を言ったら殿上停止では済むまいから、 「はっ。有難くお受け仕ります」 と慇懃に言いつつ頭を下げた。 「何はともあれ、安心致しました。帥宮殿がおられない殿上の間など、味気ない事この上なかったですよ」 頭中将が、綸旨を奉読する時の取り澄ました声から一転して憩いだ声で言った。私は誰とも会わなくたって、寂しいとも味気ないとも思わなかったのだが、ここは調子を合わせておこう。 「私も人恋しい毎日でした。時々来て下さる方がいたのが、せめてもの救いでしたよ。(と言いながら信孝や公晴を見た)これで明日から、晴れて出仕できるのですね」 それから頭中将に向かって、 「ところで、もう一人、左少将の還殿上は如何なりましたか。もし私だけが還殿上というのなら、残念ながら私一人、おめおめと参内する訳には参りません、左少将の還殿上まで参内は遠慮させて頂きたいのですが」 すると頭中将は扇を挙げた。 「御安心下さい。左少将も、明日から還殿上です。少将の所へは、六位の差次が綸旨を拝して参っております」 私には頭中将を差し向け、少将には六位蔵人を差し向ける、この差別は何だろう。帝のする事なす事、一々気に障る。 少時して頭中将が、感に堪えぬといった声で、 「それにしても、帥宮殿が帝の御兄宮に当たられるというのには、私達皆、驚かされました。何故今迄、公にされなかったのでしょうか」 頭中将が言う前から、私は皆の私を見る目が、今迄とは幾分異なる雰囲気を作り出しているのに気付いていた。 「帥宮殿は、その事は前から御存知だったのですか」 誰かが尋ねた。私は素早く頭を働かせ、 「いいえ。実は昨日、伏見御所に召されたのですが、その時初めて、院御自ら仰せられたのです。私にとっても、全く、寝耳に水の仰せでした」 「何故院が今になって、その事を公になされたのか、帥宮殿は院から何か拝聴しておいでですか」 末席の方から、かなり鋭い突っ込みが入る。これを喋ってしまうのは、非常に危険だ。帝が帝王の器でないからと言うのは論外としても、院の命が明日をも知れなくなったから、と言うのも差障りがある。 「私が結婚に縁がないのを御心配遊ばされて、私が院の実子であると明かせば有力派閥が先を争って婿に取ろうとするようになるだろうから、と仰せでしたよ。幾分はお戯れかと思いましたが」 一番当り障りのない、取って付けたような理由を答えておいた。余りにも他愛なさすぎる理由に皆は肩透かし気味で、 「そう言えば帥宮殿は、まだお独りでしたっけね」 などと言いながら、わざとらしく笑っている。そう思いたい者には、思わせておくがいい。 一刻ばかり雑談して、皆は帰って行った。皆を車宿まで送って、部屋へ戻って来ると、近江と桔梗が席を片付けているところだった。 「あんなに大勢で来るとは思わなかったから、席が足りないのには困ったな。円座と褥を、あと五枚位ずつ、買い込んでおいた方がいいな」 私が近江に言うと、 「そうですね。大して値の張る物でもございませんし、すぐに買っておきましょう」 近江も同意した。 私の殿上停止の二ヵ月間、表面上は何事もなかったように落ち着いていた女房達も、今になってよく注意して観察してみると、やはり私の還殿上を漏れ聞いて、ほっと一安心している様子がある。私がそう言うと、 「それは若殿様への主上の御勘気がお解けになったのですもの、安心致さない筈がございませんわ」 近江は答え、桔梗や少納言も同意する。 「その割には私が殿上停止を喰ってる間、行末を悲観したり浮き足立ったりする様子がなかったね」 私が尋ねるのにも、 「それは初めに若殿様が、どういう次第で殿上を停められなさったか、きちんと話して下さったからですわ。伺ってみれば若殿様には何の非もございませんのですもの、すぐに殿上停止もお解かれなさる筈、と安心していられました。それ迄の辛抱、それに私達がくよくよしても始まりませんもの」 近江は落ち着いたものだ。 「それじゃもし、一年経っても二年経っても私の殿上停止が解ける見込みがなかったら、いやもっと極端な話、私が罪を蒙って須磨に身を退くような目に陥ったとしたら、どうだろうな」 私が半分は冗談めかして言ったのに、近江や桔梗は真剣になって、 「どんな事が起ころうとも、私は若殿様に随き従って、どこ迄も参りますわ!」 と言い切り、村雨に至っては、 「私も母も、若殿様とは一蓮托生の身です!」 とまで言う。女房達のこれ程までの誠実さに、私の方が気圧されて、 「……皆がそこ迄、私に忠実だとは思わなかった……」 と呟いた声が、不覚にも震えた程であった。 ・ ・ ・
翌日、二ヵ月振りに参内し、殿上の間へ入ってゆくと、上は左大臣から下は六位蔵人まで、殿上の間にいた人々の視線が一斉に私に向いた。「皆さん、お早うございます。お久し振りです」 私にとっても久し振りの挨拶をし、部屋へ上がり込んだ。櫛形窓の下の、前々から私の席としていた場所は、今日も私のために空けてある。そこに悠然と坐り込んで、辺りを見回すと、貴族達の私を見る目が、以前とは確かに違う。私が伏見院の実子、帝の兄である事を知らされて、改めて私を見直した、という感じだ。と同時に、当代に肩を並べる者のない有望な婿候補、という認識を私に対して持った者も少なくないであろう。 程なく、帝が私を召した。御前に参上した私を、帝は近く招き寄せた。近く寄ってよく見ると、帝はひどく面やつれし、顔色も悪い。声にも全然、張りも生気もない。帝の受けた打撃の大きさ、傷の深さは、父院に些かも劣るまい、だが同じだけの打撃を受けているとしても、父院に対しては慚愧の思いより他に何もないのに、帝に対しては、思い知ったかと凱歌を上げたくなるような勝ち誇った思いがまずあり、更に、父院は寝込んでいるが帝は起きている、ならば帝はまだ充分な打撃を受けてはいない、それならすぐに第三弾を見舞ってやろう、と決心しさえしたのは、肉親の情をもかき消してしまう程の深い、抜き難い憎悪のなせる業であった。――いや、違う。肉親の情というものは、どんな憎悪をも帳消しにしてしまう事もあるが、逆に憎悪を、幾層倍にも増幅する事もあるのだ。帝は成程私の弟、私の肉親だ、しかし、もう一人の私の肉親、他ならぬ同い腹の姉澄子を、私の許から奪い去り、幸薄いまま世を去らしめたのだ。私の肉親を奪った男、それもまた私の肉親であるが故に、私はその男を、帝を、弟を、憎み切らずにはいられないのだ。 「昨日父院から御文があって、そなたを実子と認め天下に知らしめる事と共に、そなたと少将の殿上停止を早急に解くよう、随分厳しく書いて来られた。父院に、ああまで言われては、還殿上させぬ訳にも行くまい」 私の神経は、帝の言葉を聞くとどうしても逆撫でされる。自分の非を認めた訳じゃないのか、と思うと大いに興醒め、軽蔑の念が再び起こってきた。帝の口調が幾分投げ遣りに聞こえたのさえ、心労のせいだと思うより先に、父院に叱られて渋々従ったのだ、と思ってしまう。 「それにしても父院は、何故今頃になって、そなたを実子だとお認めになったのだろう」 帝は、合点がゆかない様子で首を傾げながら呟く。 「そなた、父院から何か聞いているか」 帝は尋ねた。もし今ここで、主上は帝王の器ではない、思い当たる節があろう、などと言ったら、到底殿上停止どころでは済まない。そこで私は当り障りなく、結婚の話を持ち出した。帝は微かな苦笑を浮かべた。 「そなた、今年二十三歳だったな。その歳で通い所の一つもないなんて本当か? 実を言うと私も、不思議に思っていたのだが」 父院にも帝にもそう思われている私が、実は既に一子の父となっていると知ったら、どんな顔をするであろうか。だから勿論、そんな事は口が裂けても言うまい。 「仰せの通り、通い所の一つもなし、結婚などとは全く無縁に、この歳まで生きて参りました。おかしな男と、お笑い下さい」 帝は笑った。 「自分の妻くらい、自分で探したがいいぞ。帝ともなると、夜歩きして妃を物色する訳にもいかん。自分の妻を自分で探せるのは、臣下なればこそ、だからな」 日を経ずして私の周りでは、幾つもの縁談が急浮上して来た。主だったところを挙げれば、室町左大臣の三女、即ち昨夏入内話も起こった佳子、中御門内大臣兼左大将の次女延子、高松権大納言の娘光子、そして尹中納言の次女で宣耀殿女御の妹懐子、といった具合だ。室町派、中御門派、法成寺派、土御門派と、有力派閥の中で顔を出していないのは烏丸派だけである。父院の言った通りだ。五月は結婚には忌月とされる事とて、性急な動きは起こっていないが、各派とも他派に出し抜かれまいとして、慎重に事を運んでいる様子である。 五月十八日は、澄子の三回忌である。私は昨年の一周忌以来、一年振りに母の邸を訪れた。 澄子の部屋は、生前のままになっている。読経が始まるのを待つ間、母と一緒に部屋に坐っていると、昔日の思い出が次々に胸に甦ってきて、目頭が熱くなるのを止め得なかった。澄子の臨終から満二年、その間には私の周りにも、様々な事があった。晴子を敵に回し、信孝との仲を壊しそうになり、父院に深い悲しみを与えた事には、自ら招いた事ながら慚愧の念に堪えない。しかしそれらは皆、帝に対する天罰の代理執行人たるべき定めを負った私が、その任務を全うするために避けては通れなかった事どもなのであり、そして私に、天罰の代理執行人たる任務を全うすべく決心せしめるために必要だったのが、澄子を失う事だったのだ。澄子の死から始まる一連の出来事は、全て深遠なる天意に従って起こされた事なのだ――とでも思わない限り、余りにも多くの人々を巻き込む復讐はやり切れない、というのが私の正直な胸の内であった。 法要は恙なく終わった。法要の後、母は私を呼んで言った。 「伏見院が、正良は院の御子だと、公に遊ばされたそうですね」 「はい」 「正直に言って、私も驚いているのですよ。たった一夜忍んで通って来たあの男が、よもや院であらせられたとは。あの頃はまだ、親王宣下もお受けにならない、ずっと気楽な御身であらせられたからこそ、あのような事もお出来になったのでしょうけれどね」 母は少し言葉を切った。それから一転してさばさばした調子で、 「でも今更、院との事をどうこうしよう、とは思いません。私は播磨守源泰親の妻として、十七年を大殿と共に送って来たのです、今更もう、他の殿方との事など、どうでもいいのです。これからはもう、大殿と共に静かに余生を送るだけです、泰家の結婚も決まった事ですし」 「泰家の?」 すると母は目を見張った。 「おや正良、知らなかったのですか? 上総介様の姫と、来月結婚するのですよ。何でも上総宮様のお邸に参った折に、上総介様と知り合いになって、親しくさせて頂いているうちに、姫がいると知ったのだそうです。あの子にしては誠意を込めて求婚したので、先方も快く御承諾下さったのですよ。もっとも、あの子の事ですから、歌を私が代作してやった事も何度か、ありましたけどね」 と言って母は笑った。 あの泰家が、結婚か。泰家の兄二人、右馬允泰光と左兵衛大尉泰時は、私が初めて来た時には既に結婚して邸を出ていたそうだが、あの泰家も結婚する年頃になっていたのか。と思うと同時に、自分の身の上にも思いは及んだ。私は切り出した。 「その事なんですが、実は院が私を実の子だと公になさってから、降って湧いたようにあちこちから縁談が持ち込まれているんです」 「まあ、それは結構な事じゃありませんか。正良を立派な婿と認めて下さる方が大勢いらっしゃる、という事でしょう」 母は我が事のように、嬉しそうに言う。 「余りにも結構な話が多すぎて、選ぶに選べない、とでも言うのですか」 「いや、そうではなくて……」 「そうではなくて?」 私は口籠った。 「……決心がつかないのです、結婚する決心が。と言うより……結婚しようという気になれないのです」 母は、不思議そうな顔をした。 「結婚しようという気になれない……?」 鸚鵡返しに呟きながら、まじまじと私の顔を見返し、やがて、 「……もしかして、今でも澄子の事を思い切れない、とでも言うのではないでしょうね?」 私の胸中を見事に見透かしたような事を言う。 「あ……それは……」 私が返答に窮していると、 「やはり、そうなのでしょう。思った通りでしたね、母の目は誤魔化せませんよ」 母は勝ち誇ったように言った。私が俯いていると、一転して母は優しく諭すように、 「正良、貴方が澄子をどれ程思っていたか、それは私も、充分承知しています。でも正良、よく考えて御覧なさい、貴方が一生、二度と帰って来ない澄子の面影に空しい恋をし続けて、一生淋しい独り暮らしのままで終わるとしたら、それで澄子の魂が喜ぶと思いますか? 澄子は亡くなる前に、正良にだけは自分の心に叶った結婚をして、私の分までも幸せになって欲しい、と言っていたのですよ。私も全く同じです。澄子の事は今更、どうしようとも詮ない事、貴方がそれにこだわり続けている限り、澄子もこの世に執着を残し続けるだろう、と思いますよ。貴方はまだ若い、長い将来のある身です。将来に沢山の幸せを見つける方が、過去にしがみ付いて将来を拒み続ける事より、どれ程善い事か、考えて御覧なさい。私も母として、貴方にそんな後ろ向きの人生を歩んで欲しくないのです」 そんな具合に割り切れるものだろうか。何とか言い返したいのだが、考えがまとまらない。やっとの事で、 「……自分の心に叶った結婚、って言ったんですね。今、私に持ち込まれている縁談は、どれもこれも政略結婚です。政略結婚など、私はしたくありません」 母は幾分、気分を害したような声で、 「それは、言い逃れの積りですか」 私は驚いて顔を上げた。母は続けた。 「今、貴方に持ち込まれている縁談が政略結婚だからと言って、貴方は一生、誰も好きにならない積りですか」 どうも母の言葉は、私には理解しにくい。 「誰も……好きにならない……?」 「貴方が全うな心の持ち主であれば、政略結婚とは関係なく、純粋に誰かを好きになる事が、いつかきっとある筈です。その時になっても、まだ澄子の思い出にこだわり続ける気なのですか。そういう、自ら幸せを拒むような人生を、私は貴方に送って欲しくないし、澄子とて望んでいないでしょう」 母は諄々と諭すが、私には母の言い分が、どうも飛躍しているとしか思えない。今の政略結婚と、将来誰かを好きになる事と、どういう関係があるのだろう。 「将来誰かを好きになったら、その時はその時で、充分考えて決めます。しかし今、政略結婚が持ち込まれているのは、それとは別ではないですか」 私がすっかり当惑し、考え考え言うと、 「そうですよ」 母は余りにもあっさりと受け流した。思わず首を傾げつつ母の顔を見つめると、 「成程貴方の言う通り、それとこれとは別の事ですよ。ただ、こんな折でもなければ、貴方が自分の結婚に対してどう考えているか、その考え方に対して私はどう思うか、それをはっきり話し合える機会もそうそうないでしょうからね」 母は私の当惑など意にも介さない風に言う。 何となくすっきりしないまま邸へ帰ると、このところ毎日どこかから来る仲人が、今日もまた来ている。どこから来た、と聞く気にもならず、会う気はないから帰ってくれ、とだけ女房を介して伝えさせた。 その夜、暗い部屋の真中に横になって、じっと虚空を見上げていると、妻戸の軋む音がした。私は思わず身を起こし、音のした妻戸を凝視した。妻戸はゆっくりと開き、手燭を持った女が、静かに部屋へ入って来る。 「誰だ……?」 私は小声で誰何した。女は手燭を掲げた。仄かな明りの中に浮かび上がった女の顔、それこそ今迄幾度となく夢に見た、生前の澄子の顔であった。 これは夢だ、夢でなければならぬ。あの時澄子が、私の腕の中で息を引き取ったのは、絶対に疑う余地のない事実だ。だから澄子が、生きてここに姿を現す筈は絶対にない。ならばどうか、覚めないでくれ……。 澄子は、静かに歩み寄って来ると、微かな衣擦れの音をさせて私の枕辺に坐った。 「正良」 生前聞いたと全く同じ澄子の声が、私の耳に流れ込んできた。しかしその声にも、手燭の明りに照らされた顔にも、何とも言われぬ憂いのようなものが漂っている。私は押し黙ったまま、澄子の顔を凝視した。 澄子の唇が動いた。 「貴方はまだ、私に執着しているのですか」 そうだ、とはどうも言いにくい。私が尚も黙っていると、澄子は続けた。 「貴方の許に、あちこちから縁談が持ち込まれているそうですね。今日貴方は、その縁談を受けたくない、結婚する気になれないと、お母様に打ち明けましたね」 私は虚を突かれた。やっとの思いで、 「……どうして、そんな事まで……」 「貴方が私に執着し続けたままだから、私の魂も西方浄土に安住していられなくて、しじゅうこの穢土へ舞い戻って、貴方を見守っているのです。貴方のした事を、私は全て知っています。貴方の胸の内も、私には全てお見通しです」 では澄子の魂は、私が帝に対しどんな事を企んでいるか、全て知っているのだろうか。いや、これは夢だ、私が自分の心の底で、そう思っている事が、夢となって、夢の中で澄子に語らせているのだ。 「貴方は、今はもう幽明境を異にしている私への、決して実らない空しい恋に、徒らに命を削り続けているのですか。現し世に生きる人々に背を向けて、現し世の人を愛し、人に愛される事を拒んで、徒らに老い朽ちてゆく積りなのですか。貴方がそんな人生を送る事を、お母様も、本当のお父様も、決して望んではいらっしゃらない筈です。私も、貴方がそうやって恋に盲いたままで終わるのは、見たくありません。貴方があの時、本当の愛に目覚めてくれたと思ったのが、思い違いだったとは、思いたくありません。どうか、いつ迄も私を、悲しませないで下さい。私が一日も早く、本当に安心して貴方の将来を見届け、現し世に心を残す事なく西方浄土へ行けるように、私への執着を、断ち切って下さい。それができる貴方だと、私は生きている時から、信じていました、どうか私の心を、裏切らないで下さい」 澄子は目に涙を溜め、切々と胸に迫る声で訴える。そんな澄子に、どう答えられるか。諾と言えば自分の本意に背く事になるし、否と言えば澄子の魂魄は往生できないという、どちらもしたくなかった。 「――貴方はまだ、迷っていますね。この期に及んで、何故迷うのです」 澄子は、私の胸中を見透かしたように言う。 「何度も同じ事を、言わせないで下さい。何故貴方は、私の言う事が聞き容れられないのです」 澄子の声は、力を増した。私は思わず耳を押え、俯向いて目をつぶった。 「何故私から、目を外らすのです」 耳を塞いでも澄子の声は、はっきりと聞こえる。耳からではなく、頭の中から聞こえてくるようだ。 「貴方はそんなに、私を悲しませたいのですか……」 澄子の声と、視線と、気配とが、一緒になって襲いかかってくる。私はその圧迫に堪え切れず、 「止めてくれっ!」 ……と叫んだ自分の声で、目が覚めた。部屋は真っ暗で、誰の気配もない。今の今迄私の前に坐っていた澄子の姿は、跡形もなくかき消えていた。夢だったのだ。 夢というものは、生きている人或いは死んだ人の魂魄が人の心に入り込んで見せるものだと言われているが、今の夢は澄子の魂魄が西方浄土から現世に舞い戻って来て見せたにしては、余りにも現実と符合しすぎていた。澄子の魂よりも、むしろ私自身の意識の底に沈んでいたものが、夢の形をとって現れたのに違いない。 「若殿様?」 妻戸の外から、近江の声がする。私の寝言を聞きつけて、私の身に何事が起こったかと案じて駈けつけたに違いない。 「近江か。何でもない、夢を見ただけだ。賊が入ったとでも思ったのか」 「はい。もしも若殿様の御身に、万一の事がございましたら、と思いまして。夢と伺って安心致しました。どうぞ、お寝みなさいませ」 近江が立って行こうとするのを、私は呼び止めた。 「ちょっと、待った」 「はい?」 私は妻戸に歩み寄り、掛金を外した。妻戸を開けると、手燭を持った近江が、月の光の中に立っている。私を見て近江は、慌てて跪いた。 「ちょっと話したい事がある。中へ入ってくれ」 私が手招きすると、近江は膝を突いたまま、 「こんな格好では失礼ですわ」 「いいから」 私は近江の手を取って部屋の中へ引き入れ、妻戸を閉じた。手燭の火を燭台に移し、衾に坐ると、近江も私の前に、畏まって坐っている。 「実は先刻、従姉上の夢を見たんだが、夢の中で従姉上は何遍も、いつ迄も私に執着しないでくれ、と言っていたんだ。私がいつ迄も従姉上の事を思い切れなくて、誰とも結婚する気になれないでいるのが、心配なんだろうな」 私が独りごつように呟くのを、近江は黙って聞いている。 「近江、どう思う」 「何を、でございますか?」 「私がこうして、結婚する気になれないで独り暮らしを送ってる事をさ。近江達にも関係ある事だし、それに近江は、私と従姉上との仲も良く知っている。思う所を、遠慮なく言ってくれ」 「私のような者がとやかく申すのは差し出がましゅうございますわ」 ありきたりな台詞を言う近江に、私は幾分語気を強めた。 「いや、近江の思うがままを聞きたいのだ。言ってくれと言うのに言わないのは、遠慮じゃないぞ」 近江は少時黙り込んでいたが、やがて意を決したように、顔を上げて私を見据えた。 「では、申し上げます。若殿様は、過ぎ去った事に虜われておいでですね。過去に虜われる余り、現在と将来を御自ら拒んでおしまいになるのは、若殿様には相応しからぬ事と存じます。もし若殿様が、それで満足しておいでなら、私は何も申しませんが、その事をどう思う、と私にお尋ねになる以上、若殿様御自身、それでは満足していらっしゃらない、御自分のあり方に疑問を抱いておいでの筈、と私は思います」 他人に意見を求めるのは、それに疑問を抱いている証拠、か。今迄全く思いもよらなかった一言ながら、その一言は私の胸に、ずしりと重みを持って響き渡った。私は深く頷きながら、 「そうだな。それがいいと信じ込んでいたら、他人に意見を求めはしないだろうな」 私は、じっと自問した。本当に私は、澄子の俤を一生慕い続けて、それでもいいと思っているのか。近江の言う通り、心の底では、それではいけないと思っているのではないか。私自身、心のどこかに、澄子の事はそれはそれとして、誰か純粋に愛し合える女性がいたら、その女性と結婚して新しい幸福を見出してゆきたいと、そういう願いを持ってはいないか……私の胸の中で、何かが音もなく溶けてゆくような気がした。 長い沈思の後に、私は口を開いた。 「……近江の言う通りだ。どうやら私自身、今のままではいけない、と心のどこかで思っていたらしい。伯母上にも昼間、散々言われたんだが、その考えは間違ってる、と他人に高飛車に言われると、それでいいんだ、と一層頑なに信じ込んでしまうんだな。そうやって頑なになっていたと気付かせてくれたのは近江だ。礼を言うよ」 と言って床に手を突くと、 「どう致しまして。……また一つ、若殿様のお役に立てましたのが、私は嬉しゅうございます」 近江は私と目が合うと、にっこりと笑った。私は思わず、近江を抱き寄せた。近江の衣は夏の事とて薄い夜着を重ねただけで、衣を通して肉体の弾力をはっきりと感じた。近江は私を見上げて、含み笑いを浮かべ、 「こんな年寄り(近江は四十近い)に左様な御振舞をなさるようでしたら、尚の事早く御結婚なさった方が宜しゅうございますね」 「主人をからかう気か」 私はバツの悪さに苦笑しながら、近江を離した。近江を退らせて床に就いた私は、翌朝目覚める迄、澄子の夢は見なかった。 翌日から私は、仲人に会って話を聞くようにした。私が結婚に前向きの姿勢を取り始めたという話は、たちまち宮中でも広まって、殿上の間は私がいつ頃、誰の娘と結婚するか、という話題で持ち切りとなった。さすがに左大臣や内大臣、権大納言自ら、私の娘を是非、と言っては来ないが、左大臣の長女の婿である源中納言は、 「帥宮殿と相婿になれたら嬉しいですな」 それに頭中将が、 「いや私にこそ、義弟と呼ばせて頂きたい」 と混ぜ返すなど、各人各様の思惑が飛び交っている。そういう人々に、私は何度か言った。 「私は、自分の結婚で人を不幸にするような事は、決してあってはならないと思うのです。私との結婚を望んでおられない姫を、親の損得勘定で私と結婚させるような、そんな事がもしあっては、その姫は不幸になりますし、私も負い目を感じずにはいられません。もし私にと見込んだ姫に、既に思う公達がおられるような事があったら、決して私に、などと無理強いなさらないで下さい」 互いに恋仲にありながら無理に別れさせられ、恋する姫が他人の妻となった時、残された男がどんな心を持つに至るか、それは私が最も良く知っている。だからこそ、こう言って予防線を張っておくのであった。有力な姫四人の中では、佳子は以前、私に片想いをしていたらしいから、そこがまあ一番無難な線かも知れない。あの頃既に、信孝は佳子を私に、と思っていた証拠があるから、その意を汲む事にもなるし。そんな具合で、私の心も徐々に、佳子に傾きかけた感がなくはなかった。 ・ ・ ・
月が改まって、六月になった。もう忌月は終わったので、私の結婚をめぐる有力派閥の動きは、俄に活発さを増してきた。それでも、私を自邸に呼びつけてどうこうする、という様子はまだない。私の方でも、突然結婚するとなると物心両面での準備が要る訳で、まだ心構えも充分ではないのに、こちらから結婚を申し入れる訳にもいかない。六月七日のことだ。参内した私に、話しかけてきた者がある。高松権大納言の息子の式部大丞であった。 「父が是非、帥宮殿の箏をお聴きしたいと申しておりますので、できれば今日、本邸にお越し願いたいのですが、宜しいでしょうか」 私の箏はつとに有名だが、聞くところでは高松権大納言も相当の上手らしい。その上手のたっての願いとあらば、応じるのに吝かではない。 「わかりました。今夜、お伺いしましょう」 私が快諾すると、式部丞は、 「あの、できれば昼のうちに、お出で願えれば」 この暑いのに昼間っから? だがまあ、暑ければ暑いなりに、釣殿にでも出ればそれはまた一興であろう。 「結構ですとも。未の刻か申の刻には、参りましょう」 私は式部丞と約束すると、昼過ぎに退出して邸へ帰り、箏の譜と自分専用の爪を携えて高松権大納言の邸へ向かった。と言っても、権大納言の住む高松殿は、私の邸とは道一本離れただけの所である。 高松殿に着くと、すぐに寝殿に通されたが、寝殿は何しろ暑いし、それにどうも何か取り込み中のようで人通りが繁く、落ち着いて箏を弾ける雰囲気ではない。 「どうもざわついてますね。釣殿にでも、行きましょうか」 私が提案すると、権大納言は、 「そうですね、そうしましょう」 と、あたかも私がそう言い出すのを待っていたかのような口振りで答えた。私はさして気にも留めず、女房に箏を運ばせ、権大納言と二人で釣殿へ行った。 釣殿は池に張り出していて、床下は水を湛え、風通しも良くて涼しい。池では時折魚が跳ねるのも、格別な趣きがある。私は権大納言を前に、自作の小曲を弾いて聞かせたり、今迄余り使われていなかった奏法を実技指導したりして、午後の一時を過ごした。 「左手を絃の中程に軽く触れて弾くと、こんな音が出ますよ。この絃と音律は同じなのに、音色が違うでしょう」 私が最近、偶然見つけた奏法を弾いてみせると、権大納言は興味深そうに見ている。 「本当だ。何故、こんな音が出るのでしょう」 権大納言は自分でも、見よう見真似で弾いてみる。左手を触れる場所が正しくないと、音が出ない。 そのうちに夕方になった。灯りを持って来た女房が、権大納言に何やら目配せすると、権大納言は、 「私はちょっと用がありますので、お先に失礼致します。もう少ししましたら、女房が呼びに参りますので、それ迄暫く、お憩ぎ下さい」 と言って立ち上がった。私が会釈しようとした時、権大納言は何かを思い出したように、 「そうそう、お帰りが夜になると、京の夜は物騒ですからな、今のうちにお付きの者に、お邸から松明を持って来させては如何ですか」 はて、松明を? 松明ならどこの邸にでもある筈、帰りがけにこちらにある物を借りて帰ればそれで充分ではないか。でも、そう言い立てる程の事でもないし、それに物の貸し借りは、しないに越した事はない。権大納言が去ってから、私は従者を呼んで、松明を持って来るよう命じた。従者はすぐに出て行った。 私は一人、釣殿に腰を下ろして、宵闇迫る庭を眺めていた。処々に篝火が灯され、南の空には半月が上って、辺りを照らしている。蝉に代って、鈴虫であろうか、虫の鳴き声が辺りに広がる。 門の方では、時折牛車が入って来る。昼間の取り込みようと言い、今夜何か、祝宴でも催されるのであろうか。その割には、権大納言はそんな様子はおくびにも出さなかったが。と思っているうちに、私の従者が、点した松明を持って入って来るのが見えた。今から火を点してしまっては、帰る時迄に燃え尽きてしまうだろう、と瑣末な心配が先走る。 やがて辺りが暗くなった頃、女房が手燭を持って現れた。 「お待たせ致しました。どうぞ、こちらへ」 「うん」 私は女房に続いて、渡殿を通って寝殿に向かった。寝殿の南向きの大部屋には、沢山の灯籠が吊るされ、大勢の客人で賑わっているのがよく見える。今日は一体、何の祝なのだろうか。 女房に続いて、大部屋へ入って行った私は、客人達の拍手の嵐に包まれた。何が何やら訳がわからず、呆然と立ち止まっているうちに、冠直衣に正装した権大納言が進み出て、私の手を取り、嬉しさ一杯の声で言った。 「さ、こちらへお坐り下さい、婿殿!」 婿殿、だと!?! この私が、か!? 私の頭は、一刹那完全な混乱に陥った。呆然と立ち尽くしたまま、必死の思いで状況の把握に努め、漸く得た結論は、これが露顕の儀(結婚後三日目に行われる披露宴)らしい、という事であった。 「権大納言殿、これは……」 鋭い口調で詰問しようとした私を、権大納言は扇を上げて制し、小声で言った。 「仰言りたい事は山程ございましょうが、後でゆっくり伺います。今はこの場を壊さないで下さい」 私は言下に拒否した。小声で、 「冗談じゃない、私が今ここに坐ったら、私は貴方の婿だって事になってしまう」 すると権大納言は顔を強張らせた。 「何と、帥宮殿は私の婿となりたくない、と仰言るのか。私から差し上げた仲人には思わせぶりな御返事をなさっておいて、今更その気はない、とは余りにも御勝手な仰言りよう、それは聞こえませんぞ」 そりゃ私は、高松権大納言からの申し入れを門前払いにはしなかった、しかしだからと言って、所定の手続きもなしに露顕の儀はなかろう。物事には順序というものがある。と私が言おうとすると、権大納言は一転して哀願調で、 「のう、帥宮殿、私の立場も考えて下さい。今日帥宮殿を婿として披露致す事は、宮中周く知れ渡り、叡聞にも達しておるのです。帥宮殿が今、それは知らない、などと仰言られたら、私の面目は丸潰れ、一族郎党世間に向ける顔がございません。そんな事をなさる帥宮殿とは、思いませんぞ。どうかこの場は、穏便に事を運んで下さい」 一体何を言ってるのだ? 今日露顕の儀をやる事が帝の耳にも入っていると言ったが、私は今日の昼間退出するまで、誰の口からも聞いてはいない。もし宮中に周く知れ渡っていたら、信孝が、帝が、私に知らせない筈はない。それに、権大納言の立場と言うが、私にだって立場がある。本命と思っていなかった家の姫と、完全に欺されて結婚させられた、などという事になったら、私の立場はどうなるのだ。私は憤りを抑えた声で、 「私にだって立場がございます。欺し討ち同然に、承諾した覚えのない結婚をさせられる私の立場が、どうなっても構わないとお考えなのですか」 権大納言は怯まず、 「もし今ここで帥宮殿が、席を蹴ってお帰りになったら、その方が余程御立場が悪くはなられませんか。そんな礼儀知らずな事をなさる御方だと世間に知れ渡ったら、御結婚どころではございますまい」 確かに権大納言の言う通り、私がここで席を蹴って逃げ帰ったとすれば、私は権大納言を公然と侮辱した無礼者として、風評が地に墜ちる事は間違いない。殿上停止が解けたばかりの身にとって、それは余りにも具合が悪い。さりとて、今ここで私が、権大納言の偽計を満天下に示しうる手立てが、私自身の言葉以外にない以上、私が何を言っても、権大納言との縁談を免れるための嘘と取られてしまう危険がある訳だ。もし私が、「一昨夜と昨夜の、後朝の文(筆註 男が女と共寝した翌朝、男から女に出す手紙)を出してみろ」と言ったとしても、権大納言の事だ、それらしい偽物位用意してあるだろう。逆に私が、「後朝の文の返事は貰っていない」と言っても、そして私の邸を家探しして実際にそれが出て来なかったとしても、紛失した、或いは故意に捨てた、と言われれば否定できない。私の相手に擬された姫をここへ連れて来て、私とは何の面識もなく、まして夜を共に事など決してないと証言させる事も、もしその姫が権大納言の意を受けていれば無理だ。今の私にとって、状況は完全に八方塞りであった。 私は渋々、重い口を開いた。 「わかりました。この場だけは、権大納言殿の御指図に従いましょう」 ほっと安堵の溜息をつく権大納言を見ながら、私は苦々しい思いで席に坐った。真新しい円座は、私にとっては針の筵であり、権大納言が注ぐ酒は、毒薬のように苦かった。 それにしても、この深謀遠慮と慎重さを併せ持つ筈の私が、何故こんな言語道断な罠に陥ってしまったのだろう。高松権大納言が、昼間から私を呼んだのを、まず疑ってかかるべきであったし、人の出入りを避けて釣殿へ座を移したのは、完全に自らの手で首を絞めたに等しかった。あの松明も、何か結婚に関する儀礼的な意味があったのだろうか。 (筆註 この時代の結婚の儀礼の一つに、婿の家の火を婚家へ運び、三日間絶やさずに燃やした後に婚家の火と合わせる、火合せの儀があった) 永劫の長さにも感じられた露顕の儀は、漸く終わった。参列客は帰り際に、各々権大納言から衣を被けられ、口々に、立派な婿殿を迎えられた、権大納言は果報者だ、と言い合っている。参列客の中には私の知った顔も少なくなく、そういった人々は笑顔で私に祝いの言葉を述べる。無理に顔を歪めて愛想笑いを作っているうちに、顔の筋が引き痙ってきた。 参列客が皆帰ってしまうと、私は権大納言の席の前にどっかと坐り込んだ。 「さて権大納言殿、どういうお考えで、こんな言語道断な謀り事をなさったのか、とくと伺わせて頂きましょうか」 権大納言はすっかり縮こまって、 「申訳ございません。二の宮(教仁親王、権大納言の甥に当たる)の御落飾以来、権勢の日毎に頽勢にある我が一門にとって、当今の御兄宮に当たられる帥宮殿を婿に迎え申す事は、劣勢を挽回する二度とない好機だったのです。されどより権勢盛んな他の家門の動きもあり、就中室町左大臣殿は、昨年のうちから帥宮殿を三の姫の婿殿に迎え申さんと右中将が画策されていた由、そんな中で当の帥宮殿は一向に御意向を明確になさらない。なれど手を拱ねていては、寄らば大樹の蔭とばかり、帥宮殿は室町殿の婿となられてしまうであろうと、それ故にかような儀に及んだ次第でございます。いかに名門と言えども、当家が最初に婿殿としてお迎え申したと披露致せば、そうそう横車も押せますまい。どうか私共の胸の内、お察し下さい」 こうまであからさまな政略を突き付けられると、物も言う気になれない。平伏する権大納言を見下ろして、私は傲然と鼻を鳴らした。 「全く、露骨すぎる政略結婚ですね、しかもこの私を完全に瞞すとは、たちが悪いにも程がある。今権大納言殿が仰言った事と、昼間からの顛末を洗いざらい、殿上の間で吹聴してやりたい位だが、そうすると私の立場も悪くなる、それは止めておきましょう。ただ、私は露顕の儀に出る事で、私の立場は守ったのですから、もし明日から一度もこちらへ足を向けなかったとしても、私の立場には擦った程の傷も付かないし、三日後に室町左大臣殿が私を婿として披露なさったとしても、権大納言殿には一言も口を挟まれる筋合いはない訳ですよ。それで権大納言殿の面目が丸潰れになっても、私の知った事じゃありません」 「そ、それはあんまりな……」 哀れっぽく声を上げる権大納言を、私は冷たく突き放した。 「何が、あんまりな、ですか。言語道断な罠に人を嵌めておいて、今更何を仰言る」 権大納言は、冠が床に触れる程平伏している。これ以上権大納言を苛めても仕方がないだろう。私は少し声を和らげた。 「まあ、それはともかく。私は前から申している通り、妻となる姫が私との結婚を強いられるために思う人との仲を裂かれるような事だけは、あってはならないと思っています。ですから今から光姫にお会いして、その件伺って参ります。もし光姫に既に思う方がおられるのなら、今ならまだ間に合います、一生涯悲しまれるような事のないように、はっきりさせて参ります。宜しいですね」 もし光子が、私との結婚を望まないと言ったら、それを無二の口実にして、この縁組みを解消する積りであった。 「では、私も」 腰を上げた権大納言を、私は手を上げて制した。 「いや、権大納言殿が御一緒では、光姫は父君を憚って、本当の御心を打ち開けて下さらない惧れがあります。権大納言殿には、こちらでお待ち願いたい」 権大納言は諦めたように、女房を呼んだ。女房に先導されて、私は西の対へと足を運んだ。 私が西の対へ入ってゆくと、婿殿御登場とばかり、大勢の女房が簀子縁に勢揃いして待っている。一斉に平伏するのに、私は軽く会釈して部屋へ入った。帳台の前の床に、私は悠然と腰を下ろした。 「お餅を、これへ」 年嵩の女房が同僚に指図するのに、 「いや、餅は後で宜しい。姫に、折り入ってお尋ねすべき事がある。迂闊に人の耳に入れるべき事ではないから、その積りで」 「はい」 年嵩の女房が立ち上がり、何やら合図すると、ざわざわと女房達の退っていく気配がした。辺りが静まり返ってから、年嵩の女房は坐り直し、深々と平伏して言った。 「私は大姫様(長女を大姫、または大君と呼ぶ)の一の乳母でございます。帥宮様が大姫様に仰言られる事をば、私もしかと承りとうございます」 「うん、宜しい」 私は乳母に頷くと、帳台に向き直り、穏かな声で呼びかけた。 「光姫、私が誰か、お分りですね」 「はい」 帳台の中から、柔和な、しかしはっきりした声が答えた。私は語りかけた。 「今しがた、父君に申し上げて参ったのですが、私は、私と結婚させられる姫が、それをお心に沿わぬ事とお思いになったり、それを悔いたりなさるような事が起こるのは、最も不本意とする所です。そのような結婚は、私はする積りはございません。 姫、これは姫の御一生を決める大事ですから、一切遠慮なさる事なく、ありのままを仰言って下さい。姫は、私と結婚させられる事を、本当にお心の底から、それで良いとお思いですか。誰か姫がお心を寄せておられる他の殿方と、結ばれる事がなくなるとして、それを心残りに思われる、或いは悔いなさるという事は、本当にないとお思いですか」 殆ど間髪を入れず、光子の声が聞こえた。 「私は、帥宮様を背の君としてお迎え致す事を、心の底から願っております。他の殿方との事などは、神かけてございません」 何かちょっと、取り澄ましたような、模範解答的な返事だ。私は重ねて呼びかけた。 「御遠慮なさる事はありませんよ。父君をお憚りになる必要はございません。有体に申せば、私は姫の父君のなさり様には、到底承服致しかねる。もし姫が、私との結婚を強いられるのは嫌だと仰言って下されば、私は父君が御自分の政略のためだけに考え出し、私を瞞して成立させようと目論んでおられるこの縁組みを白紙に返すのに、何の躊躇も要らないのですから」 「帥宮様」 不意に光子の声が聞こえた。しかもその声は、慎ましやかさをかなぐり捨てたような、気色ばんだ声音であった。 「お父様を、そのように悪く仰言らないで下さい。お父様がどう申し上げたかは存じませんが、私はずっと前から、帥宮様を恋い慕っていたのでございます」 夢想だにせぬ言葉を耳にして、私は思わず聞き返した。 「ずっと前から?」 光子の告白は続く。 「はい。一昨年の北野祭の折、私は家の者達と、勅使の御行列を見物しておりました。その年の勅使に立たれた御方は、世に名高い帥宮様と伺っておりましたので、是非、一目その御姿を拝見したかったのでございます。勅使を務められた帥宮様の御姿の、聞きしに勝る美々しさに、私は一目で心奪われてしまいました。晩生で世間知らずの私が、初めて知った恋でした。人を恋する事が、これ程甘く切なく、心をときめかせ、胸を絞る物だと、帥宮様はあの時、私に教えて下さいました。それから二年、私の許には数多の殿方が御文を贈って来ました。でも私には、その殿方の誰一人として、目に入りませんでした。私は帥宮様だけを切に思い、慕い続けて参りました。それなのに帥宮様は私に御心をお留め下さる事は一度もなく、剰え昨年の今頃には、古いお友達の右中将様の妹君のお婿にと目されておいでで、そうかと思えば右中将様の北の方様に横恋慕しておいでとの噂も立ち、所詮私の思いは通じない御方と、胸潰るる思いを味わった事もございました。この五月になって、お父様が帥宮様との縁組みをお考えになったと知った時には、積年の思いが漸く叶えられるかと、胸を躍らせたものでございます。ただ、私の胸の内をお父様に打ち明けて、帥宮様をお婿に迎えて下さいとお願いするのは、女の身では余りにも恥ずかしく、躊われる事でした。ですからお父様は、私が帥宮様をお慕いしているとは御存じない筈です。お父様にはお父様のお考えがあって、帥宮様を私の婿にお迎え致したのに違いありません。それが帥宮様の仰言った政略という、女子供には窺い知れない物であったのなら、それを帥宮様が御不快に思し召されたのなら、帥宮様が私との結婚を白紙に戻そうとなさっても、私はそれを運命として、甘んじて受けます。所詮帥宮様と私には、御縁がなかったのでございます。 帥宮様。お父様のなさり様を、さぞかし御不快に思し召しでしょう。でしたらどうか、今すぐ私との結婚を、白紙に戻して下さい。そして右中将様の妹君なり、どなたなりと御縁を結んで下さい。分に過ぎた恋に憂身をやつした愚かな女の事など、お忘れ下さい。私も今すぐ、帥宮様の事は忘れます。私は一昨年の八月から今日この時迄、帥宮様に恋をさせて頂けました。五月の頃からは、帥宮様と御縁を結べるかも知れないと、分に過ぎた夢を見させて頂けました。私はそれだけで、充分幸せでございます……」 光子の声は次第に涙混じりになり、最後は啜り泣きの中に消えた。これ程の真情を目の当りにして、黙って立ち去れる私ではない。呼びかけようと口を開きかけた時、背後で物音がした。びくっとして振り返ると、いつの間に来たのか、権大納言が立っている。一部始終を聞き届けたのであろうか、権大納言はつかつかと歩み寄ると、私の前にどっかと腰を下ろし、がばと平伏し、呻くような声で、 「帥宮殿、どうか光子に免じて、娘の心を知らなかった愚かな父を、お許し下さい! 私が光子の心に幾らかでも気付いていれば、もっと正当な方法で、帥宮殿の御不興を買う事もなく、結婚に漕ぎ着けられたものを……」 許すも許さないも、私の心は決まっていた。私は床に手を突き、上ずった声で早口に、 「権大納言殿、許しを乞わねばならないのは、私の方です。姫にお会いして、姫のお心を伺って、私の気持は変わりました。先程の悪口雑言の数々、どうかお許し下さい、この通りです。そして……」 平身低頭しながら息を整え、 「権大納言殿、どうか、義父上と呼ばせて下さい!」 この一言を口走ると同時に、私の両眼から、堰を切ったように涙が溢れ出た。 「そう仰言って頂いて安心致した。帥宮殿、光子を宜しく、お頼み申しましたぞ」 権大納言の声も涙がちだ。私は涙を押し拭って顔を上げ、強いて笑顔を拵えながら、 「私とした事が、今宵この時に相応しくない物をお見せしてしまって、申訳ありません」 権大納言は嬉しさ一杯の顔で、後ろの方に控えている乳母を振り返って、 「二条、餅の用意を」 「かしこまりました」 二条は立って行く。権大納言は私に向き直って、 「婿殿(この一言には格別の思い入れが感じられた)、三日夜の餅の儀の、支度が整う迄、少し席を外して頂けますか」 先刻から餅がどうのと言っているが、どうも私にはよくわからない。不思議に思いながらも立ち上がって、簀子縁へ出た。続いて出て来た権大納言に、私は囁いた。 「つかぬ事を伺いますが、三日夜の餅の儀、というのは何なのですか。私は全然、知らないのですが」 権大納言は、一刹那訝しそうな顔をしたが、すぐまた笑顔に戻って、 「婿殿は、初めてでございましたな。本来は三日目の夜行うのですが、露顕の儀に引き続いてという事で、今夜行ってしまいます」 「では、何か作法というような物は……」 私が重ねて尋ねると、 「婿殿と光子が、台盤を挟んで相対して坐り、台盤には餅が、一つの皿に三つずつ載っておりますから、それを一皿、召し上がって頂けば結構です」 「わかりました」 そこへ女房が、台盤を捧げ持ってしずしずと現れた。私の前で立ち止まって、深々と頭を下げる。私が答礼すると、女房は中へ入って行った。ややあって女房が出て来て、 「お婿様、こちらへ」 「うん」 私は頷いた。権大納言は一言、 「では、私はこれで」 と言って私に会釈すると、寝殿へ向かった。私は女房に続いて、部屋へ入った。二条以下数人の女房が控え、一番奥に台盤が据えられ、その横に正装して坐っているのが、光子であった。眩しそうに私を見上げる顔には、ほんのりと紅味が差している。私は席に着き、一礼して箸を取った。 大ぶりの餅を三個、ゆっくりと食べながら、私は目の前に坐っている光子の顔を、しげしげと見ていた。十九という齢の割には幼さの残る顔だ。桜宮や綾子のような美人と言うのではないが、明るく澄んだ眼差しには、どこか人を魅きつけるものがある。その眼差しを見て、私は光子が、純真で素直な心の持ち主に違いないと思った。晴子のような天真爛漫さとも少し違う。私にじっと見つめられると、はにかんだような微笑を浮かべてちょっと俯いて、そしてちらちらと上目遣いに私を見る仕草は、齢の割に少し子供っぽいところがあるが、それだけに一層可愛らしさを感じさせる。 私達が餅を食べ終わり、女房が台盤を下げて、三日夜の餅の儀は終わった。光子は女房に付き添われて部屋を出て行き、私は少時、待つように言われた。 女房に呼ばれて私は立ち上がり、女房に指図されるままに、隣の部屋へ行き、そこに据えられた帳台の前で直衣と下襲、表袴を脱いだ。帳台の垂布を掻き上げて中へ入ると、白い夜着を着た光子は、褥の上に臥している。初夜を目前にして、一種の緊張感に包まれているのか、居ずまいがどことなくぎこちない。私の方も、心構えをする暇も何もないうちの初夜到来とあって、幾分緊張気味ではあるが、ここで男の方が怯んでは始まらない。光子の傍らに臥した私に女房が衾を掛け、一礼して出てゆくと、私は光子を、そっと抱き寄せた。光子は私の腕の中で、うっとりと目を閉じて、されるがままになっている。将来に何の不安も抱かず、今の幸福を満喫しているに違いないその顔を見ていると、干割れた田圃を泉の湧き水が潤してゆくように、荒み切った私の心の奥底から湧き上がり、胸の内を潤してゆく、今迄ついぞ感じた事のなかった心の動きを感じた。これが、愛という物なのだろうか。私にはまだ、わからない。ただ一つ確かな事は、今、私の胸の内に芽生えてきた、光子を決して不幸にすまいという決意は、以前の澄子への恋とは明らかに異質の物であるという事だ。 (2000.12.21) |
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