岩倉宮物語 |
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第二部
第一章
翌日から信孝は、参内しなくなった。帝の意を受けて、性覚を取り逃がした責を一身に負って謹慎するという形である。権門の御曹子として、順風満帆な出世をしてきた信孝も、この失敗のために秋の除目でも昇進は見送られるだろうと、宮中では専らの噂である。友人の一人として、彼の出世に疵がつくことは甚だ心苦しいものがある。が、それが帝の意とあっては、信孝も受け容れるしかあるまい。帝だって辛いのだ。兄弟の情だけで、逃走した謀反人の追捕を打ち切らせることは、いかに帝と云えどもできない。それは法を枉げる事であり、法を枉げる事は国憲を紊す事であって、帝自らそれをしては、国家の権威を低下せしめ、ひいては社会秩序の混乱の基となるからだ。勿論ここに、国家の権威を低下せしめる事なく、捜索を中止させる方法が一つだけある。それができるのは、私だけだ。私が見た事実を全て、ありのままに奏上すれば、幾らかの捜索を経て、性覚の追捕を中止せしめる事ができる。しかし、私は、それだけはしたくない。帝に対して、院に対して、その一縷の希望を無惨にも打ち砕くことは、それだけはしたくない。世間の噂は一層喧しい。落馬した晴子が、その時口の中を切ったのであろう、追捕の者に囲まれた時口から血を流していたというのだが、怪異を好みたがる世間の口は、晴姫が観珠寺に侵入し、性覚を喰い殺し、寺に火を放って逃げたと噂している。さらに噂は噂を呼び、話に尾鰭がついて、烏丸殿の炎上で狂乱した晴子は、今迄ずっと死人を喰って生きていたとか、犯人が挙がらないままになっている烏丸殿の炎上まで、帝にしつこく言い寄られた晴姫が、自分が焼け死んだと思わせるためにしでかした事だ、とまで言われるようになった。私は今迄余り世間の噂というものを気にしなかったから良くわからないのだが、どうも晴子には以前から、余り芳しからぬ風評があったようである。吉野の鄙地で幼い時を送ったため、性格全般が野卑であるとか、貴族の姫君としては常識外れな奇行が多いとか(奇行と言っても夜間外出したり馬を乗り回したりする程度らしいのだが)、それは私にもわからないではない――法成寺入道の陰謀を暴くために手を組んでいた時の実感だ。そのような前評判があった姫だからこそ、あの姫なら何をやらかすかわからない、何をやってもおかしくない、という認識が生じて、一層奇怪な噂が立つのだろう。だとしても、性覚を喰い殺したならまだしも、烏丸殿に火をかけたとまで言われては、晴子も浮かばれないだろう。 当の晴子は、落馬した際に手足や背中を相当ひどく傷めたらしくて、検非違使別当の事情聴取も受けられない状態だという。落馬の怪我は、私も身に覚えがあるからよくわかる。だが、もし晴子が事情聴取に応じられる状態になったとしても、何故晴子が性覚を装って観珠寺から逃走したかという核心の点には、どう答えるであろうか。烏丸殿が炎上して以来行方不明だった点は、自分が狙われているらしいから姿を隠していたと言えばそれで説明がつこうが。 九月の初めに、藤壷女御靖子は中御門南室町の里邸で、無事出産した――姫宮を。東宮に儲立すべき男子を切に望んでいた帝としては、期待を裏切られた形となった。 十月の初めに秋の(本来秋は九月迄だが、十月以降にずれ込んだ場合も秋のと言う)除目があった。謹慎したままの信孝は昇進なし。私も依然、従五位上侍従のまま、何の異動もない。入道の陰謀を暴いた時も、表立っては私は何もしていない事になっているのだから、昇進する理由が何もないのだった。私は別に不服には思っていないが、帝の方が気にしているのか、除目発令の翌日、私を召して言った。 「先だっての入道の陰謀の時は、今思ってみればあの時がそなたを抜擢する機会でもあったんだが、何かと行き違いがあったものだから、昇進を見送っていたら何となくずるずると来てしまった。何か機会があったら、あの時のそなたの働きに充分報いるだけの事はする積りだ」 「別に私はそんな、大抜擢されようなどとは思っておりません」 私が打ち消すと帝は、 「貴族というのは誰もが、昇進を願って齷齪するものなんだがね。そなたのようなのは珍しいな」 確かに私は、乳母を死から救えなかった貧困を憎み、貴族社会に身を挺し、その中で新しい人生を生きようと決意したが、他の貴族のように昇進と蓄財に目の色を変える気にはならなかった。そんなにしなくたって、それなりに生きていける、それで良いではないか、という思いがあった。まして昇進のために、鹿を馬と言ったり帝の鬚の塵を払うような事はしたくない、という矜持があった。 ・ ・ ・
十一月になると、宮廷は間近に迫った大嘗祭の準備一色になる。大嘗祭は一世一代の重大儀式なので、早くから帝は潔斎に入り、群臣達も支度に大童である。性覚を取り逃がした失態を詫びる形で謹慎していた信孝も、近衛少将という役職上こういった大儀式では重要な役目を演じない訳にはゆかないので、帝の命令という形で謹慎を解き、出仕してきた。出仕してきた信孝に対して、晴子の話題は皆わざと避けている。これはまあ信孝の胸の内を思えば、そうするのも無理もないところだ。世間の噂の方は相変わらず、晴子について言いたい放題である。晴子についてこんなに悪い噂を立てられると、身内の者が肩身の狭い思いをする。公晴は侍従局でも隅っこに小さくなっているし、父の内大臣は九条の別邸に閉じ籠もったきり出仕してこない。内大臣はまだ火傷が治り切っていないらしいせいもあろうが。公晴の方は、烏丸殿の焼跡を見て気絶し暫く寝込むという、何とも締まりのない態たらくを曝した事で、殿上人の間でも大いに男を下げた。そのせいで以前にも増して軽く見られるようになって、そのために小さくなっていると見る事もできる。実際、桜宮邸の門外で私と渡り合った時のあの意気地のなさは、知っているのは私だけだが、あれが皆に知られたら男を下げる以外の何物でもないだろう。 さて十一月も半ば、大嘗祭もあと十日ばかりとなった頃、帝は内々に私を召して言った。 「今度の大嘗祭の、豊明節会に出る五節の舞姫を五人、選んでおいたのだが、白川大納言の娘というのが、節会の日が物忌に当たってしまって出られなくなったんだ。それで、代りの舞姫が昨夜、決まった。私とそなたの仲で、こういう事を隠しておくのも何だから、私の口から教えておこう」 はて、これはどういう事だろう。私は自分でも堅物だと思っているし、そんなだから五節の舞姫が誰になろうが特に関心はない。そうと知らない帝ではなかろうに、何でこんな事をわざわざ私に教えようと言うのだろう。 「そなたとも縁の深い人だからね」 帝が言うのを聞いて、うっと息が詰まるのを感じた。私に縁の深い娘と言えば……。 「播磨守の娘だよ」 予想した通りだった。澄子だ。澄子が舞姫に選ばれたのだ。私は何故か、顔が強張るのを感じた。妙に心がかき乱される。何故か。 そうだ、五節の舞姫といえば、大勢の公卿殿上人の前で舞を披露するのだから、勢い公卿達の目に止まる事もあろう。当節貴族の女性は、滅多に男に顔を見せることはない――晴子は特別だ。公晴も桜宮を、ほんの偶然に一目見ただけだし、私だって澄子と、直に対面したのはあの時が最初で最後だ。すると男が女に求婚する時は、本人の顔を見る事なく専ら噂を頼りに行動する事になる。だから実際に会って見ると、噂に聞くのとは大違い、というのが間々ある。会ってみたら美人だったというのは、王昭君の話に通ずるところがあるが、こういうのは稀だ。大体はその逆で、仲人口に釣られて会ってみたら大いに期待を裏切られたという話である。末摘花以来、通俗な滑稽話の一つの類型ともなっている話だ。で、そんな具合だから、舞姫(当然ながら未婚の姫君)本人をしかと見極められる五節の舞は、自分の息子に安全確実な結婚相手をと思っている公卿にとって又とない好機な訳である。噂に聞くところでは、去年の豊明節会に出た四人の舞姫のうち、三人迄もが結婚し、一人は縁談が進行中との事、一年も経たぬうちに、だ。という事は、もし澄子が舞姫に選ばれたら、どんな男が目をつけるかわからない、という事だ。どこかの公卿が、自分の息子に相応しいと思うかも知れないし、或いは若手の殿上人が、自分の妻にと見初めるかも知れない、夕霧が惟光の娘を見初めたように。だが、それは嫌だ! 澄子は私の姉だ、だから澄子と結婚する男がいたら、それは私の義兄になる。だが、どんな権門の御曹子が私の義兄になるとしても、絶対嫌だ。澄子は、澄子は、私の姉である以前に、私の恋人だ。誰が何と言おうと、澄子は私の恋人なのだ。恋人を他の男に、むざむざと取られてたまるか。そんな事は、我慢できない。 帝は私が顔を強張らせたのに気付かないのか、平然と、むしろ快活な調子で言う。 「確かそなたには、従姉に当たる人だったっけね」 私が以前、播磨守の後妻で澄子の母が、自分の生母かも知れないと言った事など、とうに忘れてしまっているようだ。こんな様子では、私の胸の内など全く察してはいるまい。 私が黙りこくっているのを見て帝は、やや不満そうな口調で言った。 「どうしたんだ? 黙ってばかりいないで何か言ってくれないと、折角知らせてやったのに気が抜けるな」 何か言えって、何を言えと言うんだ? 私の胸の内は、はっきり言葉に出して言える程まとまっていない。今は変に心が乱れて、何も言えない。私は漸く、 「はあ、突然の事なので、何と申したら良いのか……」 と口籠りながら言った。帝は不思議そうに、 「ふーん。播磨守は、大喜びしてたがな。しかしそなたも、張合いがないな」 私の胸の中に、俄かにどす黒い、苦い思いが湧き上がってきた。どうせ継父の事だ、こんな折にでも澄子が、公卿の目にでも止まれば、公卿の御曹子を婿に取っていよいよ権門に取り入る絶好の機会、とでも思っているに違いない。だが私には、その事、澄子が他の男の目に止まるという事が、到底堪えられない事なのだ。 もし叶う事ならば、ここで私が異議を申し立てて、澄子を舞姫から降ろさせたい。そうすれば澄子が、私以外の男の目に止まる事を避けられる。しかし、一旦公卿の会議で決まった事を、一侍従の異議で覆えせる訳がない。そうである以上、澄子が舞姫に出るのは、最早如何ともし難い。 私の胸の内を全く知らぬげに帝は言った。 「もっと喜んでくれると思ってたんだが。もういいや、退り給え」 喜べ、だと!? 恋人を他の男に見せたくない私の思いを踏みつけにして、それでこの私に、喜べと言うのか!? 帝、貴方も恋を知る年頃の男なら、秘かに思いを寄せる人に、他の男が見初めて言い寄る機会を与えるか? 私は唇を震わせながら退出した。 殿上の間へ行ってみると、白川大納言は欠勤している。二三人の公卿が、何やらひそひそと話をしている。私は少し離れた所に坐って、鋭く耳をそばだてた。 「白川殿が御息女を御辞退させなさったのは、本当に御物忌なのでしょうかね。だとしたら惜しい事です」 権中納言が言う。すると年嵩の参議治部卿が、 「いやいや、私はそうは思いませぬぞ。案ずるに大納言殿は、御息女をいずれは入内もとお思いでおられよう。家柄からして相応しい」 白川大納言は、右大臣の長子で、筆頭大納言の地位にある。 「そのような御息女を五節の舞姫に出して、受領風情の娘と一緒にされた挙句、下手に懸想などされるのを恐れての御辞退と、私には思われます」 源中納言が相槌を打つ。 「げにもげにも。大切な娘に、大した事のない五位六位の輩、こう申しては何ですが悪い虫がつかぬようにとの親心、私にもよくわかりますぞ、治部卿殿」 五位六位の悪い虫がつかぬように、か。従五位上の私のいる所で、言ってくれるではないか。そう言えば、独身の貴族達が集まっての話題というもの、大抵どこの姫がどうだこうだ、という噂ばかりだが、参議治部卿の娘とか源中納言の娘とかいう姫も、時々話題に出る事がある。どちらも今、十五か十六だったような気がする。……そうか、白川大納言が娘を舞姫に出さなかったというのは、そういう訳なのか。そのせいで澄子が、私以外の男の目に触れる事になった、と思うと、急に深い憤りが湧き起こってきた。 白川大納言とやら、貴方は自分の娘に、五位六位の悪い虫がつかぬようにと、舞姫を辞退させた。成程貴方にとって、娘は可愛いいでしょう、まして年頃の娘となれば。しかしそのせいで、私の澄子に、五位六位の悪い虫がつく危険が迫ってきた。それを知ってか。 権中納言が言う。 「それにしても大嘗祭の舞姫に、受領の娘が三人とは、異例な事ですな。こんな事で今度の大嘗祭の格式に疵が付いては」 何だその言い草は。まるで澄子が代りに入ったせいで、大嘗祭にけちがつくと言わんばかりではないか。縦え帝にでも、澄子の事を悪く言われたくない。すると源中納言が、 「播磨守の娘とやら、どの程度の者か、一つ見ておきましょうか。あの播磨守の娘では、大した事も」 私の憤怒は一挙に頂点に達した。私はずかずかと三人に歩み寄り、怒りを抑えた声で、 「播磨守の娘が、どうか致しましたか」 驚いて顔を上げる三人に、私は一応礼儀を守りつつも、怒気を含んだ声で言った。 「今回の五節の舞姫に、私の従姉が選ばれました事は、身内として大変名誉ある事と思っております。ですから源中納言様、お会いになった事もないであろう人の事を、悪しざまに仰せられますな。大した事のない従五位上の悪い虫がつかぬようにと白川大納言様がお考えになって、そのために代りに選ばれた、受領風情の娘であっても」 源中納言、参議治部卿の二人とも、言葉尻を掴まれてうろたえている。 「まあまあ岩倉侍従、そう喧嘩腰に物を申さなくとも」 権中納言が、あたふたと私を宥めようとする。私は権中納言にも、一矢報いねば気が済まない。 「大嘗祭の格式が御心配なら、源中納言様か参議治部卿様か、御二方いずれかの御息女を舞姫にお出し頂くように、御二方にお願いして頂けませんか」 下手に出つつも一発入れてやると、権中納言は、 「あ、いや、それは……もごもご」 すっかりうろたえて口籠ってしまった。私は一礼して、自分の席に戻った。中納言と参議、公卿三人を相手に臆する事なく直言してのけた私に、若手殿上人の視線が集まるのを感じる。先だって帝を敢然と諌めて以来、私は歯に衣着せず言うべき事は言う男、という評価が定着しつつあり、若手殿上人の中には私に内心声援を送っているのもいるらしい。 私も侍従という職務上、大嘗祭が近づくといろいろと忙しくなってきて、殿上の間で公卿と喧嘩してもいられなくなった。邸の方でも、澄子が五節の舞姫として出るので、その支度に忙しい。私の気付かぬうちに澄子は参内し、舞の練習にかかっていた。 ・ ・ ・
二十七日、いよいよ四日にわたる大嘗祭の最終日である。四日間、儀式に次ぐ儀式で、私達侍従や信孝達近衛府の将は休む間もないが、それも今夜の豊明節会で終わる。そう思うと何となく楽になりそうなものだが、私の場合は全然そうではない。五節の舞姫として澄子が出るからだ。豊明節会は順調に進み、大歌所別当が歌人を率いて参入し、五穀豊穣を寿ぐ歌を歌う。さあいよいよ、舞姫の登場だ。私は紫宸殿の南廂に目を凝らした。女官の先導で、五人の舞姫がしずしずと登場する。公卿の娘二人に続いて受領の娘三人が入ってくる、その先頭が、澄子だ。この距離からでも、私にははっきりとわかった。瞬く間に、私の目は澄子に釘付けになった。澄子以外、誰も目に入らない。澄子一人の姿の他は、闇の底に沈んでしまったかのようだ。歌人の歌唱も、合奏も、参列者のざわめきも、何も聞こえない。澄子の姿が、ぐんぐんと目の前に迫ってくる。もしや私の魂魄が、身体を抜け出して五節舞の舞台へ翔って行ったのか。階の下に控える大臣達より、もっと間近に、澄子を見つめている気がした。 やがて――その時間は、私には一刹那とも、永劫の長さとも思えたし、思えなかった。時の流れをすら、私は感じていなかったのだ――舞は終わり、舞姫は退出していく。私は澄子が退出した後も、ずっと澄子のいた紫宸殿の南廂を見つめ続けていた。周りで誰が何をしているのか、全くわからない。身体は南庭の中程に留まっていても、魂魄は完全に身体を抜け出し、澄子の後を追って紫宸殿をさ迷っているようだ。 どれ程の時間が経っただろうか。 「岩倉殿、岩倉殿!」 不意に肩を叩かれて、私は我に返った。隣に坐っていた少納言が、 「何をぼうっとしているのです。拝舞ですよ」 私は慌てて居ずまいを正し、立ち上がって拝舞を舞った。 節会は終わった。退出しながらも私は、澄子の俤を思い浮かべていた。舞姫に盛装した澄子は、この前最後に見た時の袿姿より一層艶やかさを加え、典雅と華麗の絶妙な調和は、本当にこの世の人とは思えない程の美しさを醸し出していた。それにしても、何故運命は、澄子と私を同い腹の姉弟たらしめたのか。もしそうでなかったなら、母が初めのうち偽っていたように従姉弟ででもあったなら、私は澄子と、来世までも添い遂げられたであろうのに。そうでないのなら、何故運命は、澄子と私を恋に陥しめたのか。恋仲でない、男と女の仲でない、単なる姉と弟の仲であったなら、私はこんなに思い悩む事もなく、もし澄子に想いを寄せる男が現れたとしても、平安な心でその男を、義兄として祝福できるであろうものを。姉弟でありながら恋仲に陥ったばかりに、叶わぬ恋に身を焦がし、心を乱す事になったのだ。 「今年の舞姫はどうだったね」 殿上人達が噂している。 「最初に出たのが良かったな」 「左兵衛督様の御娘ですか。私は二番目の、大蔵卿様の御娘の方が」 急に、物狂おしい程の思いが衝き上げてきた。ああ、澄子が、誰にも何の印象をも与えていませんように。いや、もし印象を与えることが避けられなかったなら、悪い印象を与えていますように。誰もが、想いを寄せようなどと思いませんように。澄子の弟としては、澄子が良い印象を人々に与えてくれることが本来嬉しい事であるべきなのに、私は今、全く正反対の事を切に願っている。誰も澄子に目をくれない事、澄子が誰にも良い印象を与えない事、そんな事を願わずにいられないのは、何という卑しい心かと思わざるを得ない。しかし、卑しくとも、偏狭であろうとも、それが私の、偽らざる真情なのだ。もし誰かが澄子を、私が誰を恋するよりも深く恋し、かつ私以外に誰をも恋していない澄子を、今日の五節舞で見初めたら、私はきっとその男を、この世の誰に対するよりも深く憎むに違いない、この世の誰よりも赤く燃える目を以て。澄子のために人を憎み、澄子のために自らを悲しむ事は、私はしたくない。しかしもし誰かが今日、澄子を見初めたら、私はそうせずにはいられない。 ・ ・ ・
翌日、参内した私は、すぐ帝に呼ばれた。御前に参上した私に、帝は近く寄るように言った。近く寄った私に、帝は小声で、「そなたの従姉君が、気に入った」 帝が、澄子を、気に入った! 帝が、澄子を、帝が、澄子を……。ああ、何という事だ、全ての希望が、音を立てて崩れていく。目の前が、真暗闇になっていく。何という運命、何という皮肉! 一番、この男は恋敵として憎みたくないと思っていた男を、憎まねばならない。帝を、弟を……。 「ん? どうした? 何でそんなに、青い顔をしているんだ?」 帝が不思議そうに尋ねる。私は、何とも名状し難い混乱した感情に虜われ、唇も舌も凍りついていた。帝に言われる迄もなく、顔から血の気が全く失せて、死人のように蒼白になっているのがわかった。手も白蝋のように血の気が失せて、全身、震えが止まらず、そのくせ体中に汗が浸む。 帝は一層不思議そうに、私の顔を見ていたが、やがてふと思い当ったのか、私を労るかのように、 「大嘗祭の儀式続きで、そなた、少し疲れているのではないか。そなたは几帳面な性格だから。今日はもう、帰ってゆっくり休み給え。退ってよろしい」 何だ、私の弟でありながら、私の胸の内が全然わかってないではないか。何が几帳面だ、何が少し疲れている、だ。こんな男に、澄子を託せられるか。こんな男を、澄子の生涯の伴侶として祝福できるか。私の胸の内に、夏の雷雲にも似た、どす黒い憤怒が湧き起こってきた。どれ程立派な男であっても、どれ程親しい男であっても、どれ程敬愛する男であっても、澄子に想いを寄せた瞬間、私にとっては不倶戴天の仇敵、憎んで憎み切るに余りある敵とせずにはいられないものを、ましてこんな男、他人の心の内を些かも酌む事さえできない男、……そうだ、既に何人もの女を得ていながら、尚も信孝の許婚者である晴子に、そうと知りながら高飛車な懸想をし、半ば権力と地位に任せて力ずくで奪い取ろうとしたのは、この男だ、そんな男は、きっと澄子を不幸にする、そんな男に、縦え帝であろうとも、縦え弟であろうとも、澄子を、私の最愛の姉を、託せられるか! 私は一礼したものの、立ち上がれない。蔵人に助けられて立ち上がり、やっとの事で侍従局へ戻ると、蒼惶として牛車に乗り込み、まだ昼日中だと言うのに邸へ帰った。邸へ帰ると、心労の余り全身の精も根も尽き果てて、着替えもせずに自室の真中に倒れ込んだ。母や女房達は、またしても一大事、とばかり薬師を呼んだり僧を呼んだりしているが、そんな事でこの苦しい胸の内がどうにかなるものなら、とうの昔にやっている。役に立たぬ薬湯を飲まされ、何もわかってはいない坊主に枕元で騒がれたり煙を立てられたりしては、胸の内は一層鬱屈するばかりだ。 夜になって、俄に寝殿の方がざわついてきた。何が起こっているのか、近江に尋ねる気にもならず、僧も帰った部屋で一人、衾を被っていると、やがて、ドスドスと荒い足音がした。この足音は継父だ。 継父は入ってくるなり、野太いのはいつもながら、いつもよりかなり上ずった声で、 「正良、起きておるか!?」 私は起き上がった。 「起きてますよ。何ですか」 継父はすっかり興奮し切った声で、 「今日な、ううむ、何から話したらいいか、そうだ、ともかく帝の御使者が来られた、装束はいいか、あ、いいな」 私は帰ってくるなり寝込んだので、床に臥していると言っても着ているのは束帯である。少し皺を直せば、そのまま勅使に対面できるのだ。 「播磨守殿、侍従殿はお疲れの様子、ですから御無理はさせなさらぬようにとの、御内意にございますれば」 この声は六位蔵人の差次(次席)だ。 「忝けなくも主上直々の御文にございます。これを侍従殿に差し上げよとの御命を拝しております」 継父は一層声を上げる。 「御文と!? 正良、急いで文の用意をせい、すぐ御返事を書けるようにな!」 「ですから播磨守殿、御無理は」 私は苛立って叫んだ。 「わかりました! 蔵人殿、御文を」 蔵人は入ってくると、私の前に坐り込み、文箱を懐から取り出して紐を解き、立文を取り出した。私は一礼して立文を受け取り、封を開いた。
〈そなたの従姉君を更衣として入内させる件……〉
事ここに至って、全ては明らかだ。帝は澄子を、その妃の一人に加える気であることが。
〈今日早速御前会議に諮った。播磨守の継娘を入内させる事に、反対する公卿も多少はいる。私としても従姉君の地位について、どうすれば良いか少し考えあぐねてはいるが、それでも入内はさせる積りだ〉
そうだ、そんな程度なんだ。澄子が地下の(殿上聴許を得ていない)受領の後妻の連れ子だと言うので、どんな地位で入内させるか気にしているだなんて、その程度にしか思ってないという事だ。本当に澄子と一生添い遂げようと固く決心していたら、そんな事は問題にしない筈だ。もし私が、澄子と結婚できる関係にあり、かつ帝位か東宮位にあったとして、帝位を択るか澄子を択るかと迫られたとしても、躊躇なく澄子を択る。私はそれくらいの決意がある。それなのに帝はどうだ。
〈そなたの縁戚でもある事だし、できれば女御として入内させたいが、そうするには最低、大納言か有品の親王の養女としなければ格式上具合が悪い。左大臣あたりに当ってみようかと思っている。
か、完全に見損なったぞ! 私が法成寺入道の件で、帝のために大活躍したのを賞してくれるというのは、まあ受けるに吝かではないが、これではまるっきりその口実を作るために、澄子を入内させると言ってるようなものじゃないか! いや、もしかして初めから、五節の舞姫として出ていた澄子に目を止めたと装って、私に恩を着せようとして、白川大納言の娘が辞退したのをこれ幸いと、公卿共を誘導して代りに澄子を出すよう仕向けさせたのでは? いやいや、もしかすると白川大納言の娘が辞退したというのも、帝の仕組んだ芝居じゃないのか? 当初五人の舞姫を選んでみたら、以前私が言ったのを覚えていて、それとなく気にかけていた澄子が入らなかった。そこで、何となく娘を五節の舞姫に出し渋りそうな親を物色したところ、白川大納言にそんな様子があった。そこで白川大納言に、娘を辞退させないかと持ちかけた――公卿でなければならない。受領なら、こんな折に娘が公卿の御曹子の目に止まったらと期待しているから。実際継父は、澄子が指名されて喜んでいた。それに対して公卿なら、特にあわよくば娘を入内もと考えてるような望みの高い公卿なら、五節の舞姫には娘を出し渋る――。何も知らない白川大納言は、我が娘可愛さと愚かな野心の余り、帝の誘いに乗って娘を辞退させた。そこで帝は、澄子を代りの舞姫に出させるように、他の公卿連中を誘導した。帝が何か言えば、今の世の中では大抵何でも通ってしまう。公卿共の賛同を集めておいて継父に伝える。継父には帝の地位権力を利用した威圧は要らない、継父ならこんな折にでも澄子を独身貴族共の目に入れようと思っている、という事は計算ずくだ。そして計算通りになった。そして澄子を五節舞に出させる。私達は五節舞の当日一回見るだけだが、帝は三日前から、御帳台の試、御前の試、童女の試と、毎日舞姫を見る機会が与えられている。だから帝が舞姫を見初めたと言っても、全く不自然な所はない。そして五節舞の翌日、舞姫の一人を入内を、と言い出す。継父は大喜び、双手を上げて大賛成、だ。そして入内させてから、妃の縁という代物を持ち出して、私に恩着せがましく位を上げ官を進める。私をやっかむ者が出てくるとしても、まずいのはそこだけだ。私は以前から、帝の信任が厚いということは公卿殿上人は皆知っている。逆鱗を掻きむしるような諌言ができる間柄だということも。そんな私が帝と縁続きになれば(既になっているが表向き)、私を大抜擢するのに何の支障もない、ときたものだ。大した策士だ、帝は! だがその動機が不純だ、いや違う、不純でないだけに一層性が悪い。実の兄でもあり、入道の事件の時には勲功少なからざる私に、何とか表向き不審に思われずに報いたいと思って、その機会を待っていた、と言うより機会を捻出した、という感じだが、先方のそのやり方が、底意のない好意から来ているのがわからないでもないだけに、私としては一層不快なのだ。私はともかく、澄子はどうなるのだ、私との取り引き――私はそんな取り引きを望んだ覚えは絶対にないぞ!――のカタに入内を強いられる澄子は!? 私との結婚を切に願いながら、同い腹の姉弟であるという冷酷な事実の前に諦めざるを得なかった澄子が、入内を望んでいるとは到底考えられぬ、そんな澄子に、官位欲しさに入内を強いるような、そんな男に成り下がった覚えはない、今後も永久に成り下がりたくはない。もし私と澄子が結婚できるのなら、澄子を帝に差し出して位人臣を極めるよりも、澄子と駈け落ちして叛逆者として追われる方を選ぶ。それが私の至情であり、偽らざる胸の内なのだ。ともかく、これで従姉君の入内が実現すれば、そなたの官位を大幅に進める事もできる。来年の除目を期待していてくれ。悪いようにはしないから〉 ……ようし、こうなったら、私はやってやる。帝に、今迄私が生涯に味わってきた悲しみの幾千万倍もの悲しみを、きっと味わわせてやる。帝に直接、手を上げはすまい。それよりもっと徐々に、真綿で首を絞めるように、帝を悩ませ、悲しませ、苦しませ、生き地獄にのた打ち回らせてやる。そのためになら私は、男ながら外面似菩薩内面如夜叉となって、徹底的に帝に取り入り、徹底的に帝を安心させ、徹底的に帝の信任を得よう。だから、澄子の入内が防ぎ得ない事ならば、喜んで送り出すように見せ、来年の叙位除目で帝が抜擢すると言ったら、大喜びで受けるそぶりを見せてやろう。敵を滅ぼすには、まず敵に取り入ることだ。獅子身中の虫となって、獅子の五体を喰い破り、血みどろの死をもたらすのだ。私の怒り、悲しみを、その時思い知るが良い。 私は文を畳み、蔵人に言った。 「今日は疲れておりますので、もう二三日経ちましたら、参内して御礼を申し上げると奏して下さい。帝の御好意、忝くお受け致しました」 蔵人と継父が帰ってゆくと、私は文を、文机の奥に収めた。余程火桶の灰にしようかと思ったが、考えが変わったのだ。大切に取っておいて、時を経て帝への憎悪が少しでも薄れたら、読み返して憎悪を新たにする糧としよう。私は今日限り、別の心を持った人間になり変わった。私の心の内に激るもの、それは帝への憎悪、この一念である。今迄澄子を、この世の誰に対するよりも深く恋し、愛したその心を以て、この世の誰に対するよりも深く、帝を憎むのだ。 翌日私は、まだ本復していないと制する母を振り切って参内した。殿上の間は、降って湧いた入内話で持ち切りであった。渦中の人たる澄子に最も近い私が入ってゆくと、一斉に公卿達の注目が集まるのを感じた。外面似菩薩、だ。私はいつものように、或いは礼儀正しく、或いは親しみを込めて、公卿殿上人に挨拶した。 「岩倉侍従、従姉君の御入内の話、私も驚きましたよ。いやはや、帝も御目が高い」 源中納言が、いやに馴れ馴れしく笑いながら話しかけてくる。よく言うよ、澄子が舞姫に決まった時、播磨守の娘では大した事はない、などと吐かしてからに。だが私はそんな思いはおくびにも出さず、にこやかに笑って、 「有難うございます。身に余る光栄です」 白川大納言が、さもさも口惜しそうに、 「岩倉侍従は実に運が強い。私はみすみす、后妃の父となる機会を逸してしもうた」 ここが宮中でなかったら、その唇を引き裂き、その舌と歯を全部引っこ抜いてやるところだ。貴方が帝に騙されて、娘御を辞退させたから、澄子が舞姫に出る事になって、全てはそこから始まったようなものだ。帝に騙されたのだと思えば、少しは割引もしようが、それでも帝の陰謀に、自分の野心と親心から積極的に参画した事は、帝への憎悪の一半を受けるに値しよう。 「大納言様ほどの御方ならば、御息女を五節になど出さなくとも、御入内させられるでしょうに」 さすがにこの時ばかりは、片頬が引きつるのを感じた。私の殺気を感じたのか、白川大納言はにこりともせず、慌てて顔を外らした。 信孝は私を見ても、何も言わず黙っている。信孝だけは、私の思いをわかってくれるのか。いや、そんな事はない。私の秘めた恋は、これだけは信孝にも、明かした事はない。だから信孝に、私の思いがわかる筈はない。私には夏頃の信孝の胸の内が、今になって痛い程よくわかる……否、そんな事はない。信孝は晴子と、天下晴れて公認された仲だった、だからこそ帝も、余り強引な横車は押せず、信孝も帝の圧迫に耐えられたのだ。そんな信孝のあの頃の思いなど、今の私に比べたら何でもない。今の私の心を誰が知ろう。もし知り得る者があるとすれば、それは澄子、唯一人だ。他に誰も、私の胸の内は知り得まい。だから信孝、どうか私に、おめでとうなどと言ってくれるな、もしそれを聞いたら、信孝、貴方を、何もわかっていない公卿共と同じように、憎まずにはいられないから、貴方だけは、そんな風に憎みたくないから……。 程なく蔵人が、私を呼びに来た。私は烈火の如く胸を焼く瞋恚の心をひた隠しに隠して、帝の御前に参上した。 「もう躯は大丈夫なのか」 昨日の私は、惑乱の余り病と見間違えられたが、今日の私は違う。私の顔は赤くもなく青くもなく、私の瞳は濁ってはいまい。ひたすら何事もないように装ったこの仮面の下に、どんな心が隠されているか、帝よ、見破れるものなら見破ってみよ。 「は。昨日は、御無礼を致しました事、深くお詫び申し上げます」 うーん、我ながら何という白々しさ! 帝は私の顔を見て、安心したのかにこりと笑った。その時私の胸に閃いた憎悪の火花。帝よ、私は貴方のその顔を苦悩の皺もて切り刻み、その目から血の涙を流させてみせる。 「従姉が主上の御心に適い奉り、主上の御側に召され奉る事は、不肖この私も深く喜び、有難く思う処でございます。今は只……」 私は、鉄面皮が綻びそうになったのを慌てて引き締めた。 「今は只、従姉と主上の御縁を祝い、幸あれと祈り奉るのみにございます」 顔を引きつらす事もなく言い終えて平伏すると、帝はいかにも満足そうに、 「うむ。実は、そなたを出仕せしめた早い頃から、そなたの従姉君の事を耳に挟んでいたのだが、表立って召す口実もなかったのでな」 口実、と言ったな。とうとう馬脚の片方が現れたぞ。澄子を五節の舞姫に選んだのは、初めからそうやって、澄子を入内させる気だった事の。さあ帝よ、ここまで来たら、馬脚を全て現してしまえ。澄子を入内させるのは、私の官位を進めるための取引きである事を。晴子に横恋慕したのよりもっとずっと、善意に満ちた悪意、純粋そのものの不純である事を。澄子を愛しているのでも何でもない事を、今すぐ白状するがいい、私の目の前で、青天白日の下で! 「それ程早くから御心に止めておられたとは、この正良、毫も気付き申しませんでした。有難い御言葉にございます」 淡々と、感謝感激しているかのようにさえ言葉を連ねながら、内心の怒りは募る一方であった。ああ、心にもない事をこれ以上言わせるな、早く私を退下させるがいい。 「そこまで喜んでくれると、私も張合いがあるな。入内の日が待ち遠しい。来年の、早いうちになるだろう」 帝が満足そうに言うのを聞いた瞬間、その日までに帝が死んだら良い、という考えが胸の中に走った。私は、身の毛の一筋さえも動かす事はなかった。もし入内を待たずに帝が死んだら、私は帝に、今の私の胸に激るこの憎悪と怒りとをぶつける事ができなくなる、それだけの事ではないか。仮に帝が急に死んで、澄子の入内がなくなったとしても、それで私が澄子と結婚できるかと言えば、答えは絶対に否なのだ。そうである限り、いつかまた別の男が澄子に恋し、澄子と結婚しようと望むだろう。そうしたら私は、帝の代りにその男に、この海よりも深い憎しみをぶつけるだけなのだ。私が澄子と結婚できない限り、永久に私の心は救われないのだ。帝が死のうが、誰が死のうが。私が世にあり、澄子が世にある限り……。 ・ ・ ・
その日、一つの事件が起こった。別に大した事件ではない。現在では按察大納言の婿となっている権中納言顕光という公卿が、澄子の実父だと言って名乗り出てきたのである。かつて母の夫――私の実父ではない。それは状況証拠が幾つもある――だったが、祖父岩倉宮が亡くなり、落魄していく母を見捨てて去った男だと思うと、多少は腹立たしい気もするが、それはもう私にとっては、どうでもいい事だ。娘――それが本当の娘でない事を私は知っているのだ。その傍証の一つ、権中納言は澄子に全く似ていない――が突然脚光を浴びた途端にしゃしゃり出てきた権中納言は、私にとっては人間の愚かさを体現している一人の男にすぎない。得意気に言いふらす権中納言を、苦虫を噛み潰したような按察大納言が捕まえて、今迄の恩を忘れたかと声高に詰め寄り、権中納言がしどろもどろになっている様子を、私は冷やかに横目で見ていた。私が邸へ帰ると、車宿に見慣れない車がいる。車宿の番をしている下人に訊いてみると、権中納言の車だという事だ。そんな事だろうと思った。部屋で憩いでいると、母が来るとの先触れがあった。 やがて来た母は、すっかり感興を害したような顔で、 「正良、宮中で顕光権中納言様に会っても、口をきいてはいけませんよ」 私は空とぼけて、 「何でです?」 母は、怒りに満ちた声でまくし立てた。 「あの方は貴方の伯父の積りでいるでしょうけど、私はあの方を、夫とも何とも思っていません。大体、結婚したばかりの頃から浮気者で、私の他にも通う女がいた上に、父が亡くなった途端に寄りつかなくなって、私と澄子が落ちぶれてゆくのを見捨てて行き、つい昨日まで按察大納言様の婿になり切って私達の事などすっかり忘れていたのに、十五年も経った今になって、いきなり私と縒りを戻そう、澄子の入内は一切面倒を見ようなどと、厚かましいにも程があります。大方、澄子の入内が決まったもので、その父と名乗り出れば官位が上がるとでも思ったんでしょう。私と澄子が貧しさに喘いでいる時には知らん顔をしていて、入内と決まった途端にその余禄にありつこうなどと、よくまあおめおめと出て来られたものです。あの方は私の夫でも何でもない、だから正良の、伯父でも何でもないのです」 それから母は少し声を和げた。 「でも、大殿を見直しました。権中納言様が厚かましい事を仰言るのに、大殿は少しも臆せず、『生みの親より育ての親と申します。私はこの十四年間、澄子を私の実の子と思って誰よりも大切に育てて参りました。澄子も私を、実の父と思っておる筈です。ここは中納言殿のお出になる幕ではありますまい。澄子の入内の事は私にお任せ下され。どうぞお引き取り願いたい』と言ってくれたのですよ。今迄大殿を、公卿方には全然頭の上がらない、卑屈な人だとばかり思ってましたけど、見直しました」 母は嬉しそうだが、私はそんなに素直に喜ぶ気にはならない。愚かさの極みのような権中納言に比べれば、継父の方が大分ましだし、五位でありながら権中納言に直言したその気骨は認めるが、だがしかし、その気骨でもって、何故入内の話を断ってくれなかったのだ!? ……いや、それは仕方がない。仮に継父が、私と澄子が恋仲だと知っていたとしても、権中納言がしゃしゃり出てくるのと帝の意向とでは訳が違う。帝の意向を蹴るという事が、この日本でどういう意味を持つか、貴族の一員である継父が知らない筈はない。私が東宮に諌言したと聞いて腰を抜かしたような継父が、帝の入内の申し入れを蹴るなどという事は、日が東に沈み鴨川が北へ流れようとも起こり得ない。それだけは、断言してもいい。もう事態は、私の力ではどうにもならない所まで進んでいるのだ。そう思うと、いよいよ絶望は深まるばかりであった。 翌日参内すると、権中納言は妙に馴れ馴れしく私にすり寄ってきて、 「岩倉侍従、貴方に一つ頼みがあるのですが」 と半ば媚び半ば哀願するような声を出す。 「何でしょうか」 不快感すら感じなくなった私は、ごく平静に言った。権中納言は、 「実はあの……」 と、按察大納言がいないか見回してから、 「伯父君を、説得して欲しいのですよ。従姉君の入内の事は、実の父であるこの私に任せて下さるように」 私は極めて自然な微笑みを見せて言った。 「わかりました。他ならぬ権中納言様、私にとっては伯父に当たる御方のお頼みとあらば、承りましょう」 帝に対して徹底的な面従腹背の態度を取る事に比べたら、こんな権中納言の頼みを引き受けたふりをする事など何でもない。権中納言の顔色を失わせるような皮肉の一つ二つ、言おうとすれば言えた筈だが、そんなつまらぬ事をする気にもならない。 勿論私は、継父を説得などする筈がなかった。それどころか、澄子の入内の準備は、五節の舞姫の準備と同じく播磨守に任せるが良かろうと、帝が何気なく言ったらしい。権中納言はすっかり面目を失い、その翌日から参内しなくなってしまった。滑稽と言うのも憚られるような、つまらない茶番劇であった。 ・ ・ ・
年が改まって正月五日、叙位が発表された。澄子の入内が近いという事で、それに関連したような昇叙があった。継父は一階進められて正五位上となった。受領としては、これ以上の昇進はもうないであろう。一方、茶番劇の主役となった権中納言は昇叙なし。ところが私は、三世王でありながら親王宣下を受け、岩倉宮の宮号を正式に許された。のみならず一挙に三品に叙せられ、大宰帥に任ぜられる事となった。大宰帥とは九州を管轄する、遠の宮廷とも呼ばれる大宰府の長官である。尤も、この職は親王の任ぜられる名誉職という意味合が強く、任ぜられた親王が西の果て九州へ下向して現地で政務を執る訳ではない。それでも親王の任ぜられる職としては弾正尹や中務卿と並び、親王任国(上総・上野・常陸の三ヵ国)の太守より格が高い。 異例の大抜擢に、公卿も殿上人も目を瞠った。本来ならば極めて喜ばしい事であり、大内に足を向けて寝られないような事ではあるが、そして本当のところ、どのような理由で私がこの鴻恩に浴したかは十分わかっているが、しかしこの大抜擢を言わば正当化するために、澄子が私の許から奪われて入内を強いられるのだと思うと、素直に喜び感謝する気には全くならないのであった。それでも帝に対しては、その鴻恩に深く感謝し、今後も帝の側近として、帝のために尽くす積りだと、言っている端から自嘲の笑いに顔が歪むような戯言を、ぬけぬけと吐いてみせた私であった。それを聞いて満足そうに頷いている帝を私は、表面上は暖かい目で見上げながら、心の中では無限に冷たい目で見下ろしていた。 「おめでとうございます、正良殿」 退出しようとする私に、信孝が言った。 ああ、私の胸の内を何も知らない信孝、おめでとうなどと言ってくれるな、何も知らないということは、時として重い罪となるのだ。私は、そんな言葉を発した信孝を、憎まねばならない、憎まずにはいられない、しかし信孝だけは、憎みたくないのだ。 「何かとやっかむ者もおるでしょうけど、そんな事は御気になさらないで下さい。義兄の源中将殿のように」 右中将源満という人は、三十近い人である。七八年前、しがない少納言だった時分に信孝の長姉に恋され、結婚してからはとんとん拍子に出世して、今では従三位右近中将、公卿に列するのも間近と言われる人だ。しかし名門関白太政大臣家の総領姫、東宮妃一番手と言われていた姫を妻に得て、その後ろ盾で出世したと陰口を叩く者が少なくないらしく、本人も、元々そんなに出世しようという野心があった訳ではないのに出世して、その度に他の貴族からは厭味を言われるし、舅(現左大臣)や舅の父(現関白太政大臣)は恩着せがましいしで、すっかり嫌気が差しているらしいと、信孝が言っていた事がある。 信孝は、そんな事を気にしていたのか。今の私は、そんな事など全く念頭にないのに。でも、信孝がそういう心遣いをしてくれるのだけは、荒み切っていた私の心に、ほんの僅かな安らぎを与えてくれた。 「御心配なく。日本の楊国忠と言われても、全然気にしませんから」 私は笑って答えた。 (筆者註 楊国忠……玄宗皇帝の愛妃楊貴妃の再従兄。楊貴妃の縁で無頼漢から宰相に昇ったが悪政を行い、安史の乱に際し近衛兵に殺された) そして澄子にも、従五位下の位が授けられた。更衣として入内するためには位が必要で、四位及び五位相当と定められている。そのための叙位であって、実際どうでも良いような事であった。だがこれで、いよいよ後へ引けなくなった、と感じると、陶器が火に焼かれて硬さを増すように、瞋恚の炎に焼かれて私の決意は一層固まるのだった。 ・ ・ ・
入内の日は一月二十六日である。明日は入内という夜、私は一人怏々として、衾を被っても一向に寝付けずにいた。明日には澄子は、この邸を出て、後宮に入る。そして、居並ぶ帝の后妃の末席に連なる。私だけが恋し、私だけを恋した澄子が、私の手の届かない所へ奪い去られる。しかも、帝の権力によって。もしこの別れが、天神地祇の掟とするところならば、人力の及ばぬ事として諦めもつこう。が、そうではないのだ。人間が、人間の権力によって、人間に強いた別れなのだ。人間として、これを恨まずにいられようか。ふと私は、簀子に人の気配を感じた。感情が昂ぶっているせいだろうか、感覚が異様に鋭敏になっている。私は音もなく衾を抜け出し、妻戸ににじり寄った。妻戸の掛金を静かに外し、そっと戸を押し開き、簀子の様子を窺おうとするが早いか、すすっと滑るように寄ってくる気配がある。この気品は、澄子に間違いない。私が押し開いた妻戸から、澄子は音もなく部屋へ入って来た。 「正良様」 押し殺したような低い、微かな声。しかしそこには、思いつめたような、切々と胸に迫る響きがあった。 「もう今更、貴方と駈落ちしよう、添い遂げようとは思いません。でも、入内は嫌です。縦え帝の御子を産んで、国母と称えられても、そんな事は何でもありません。私は貴方が好きです。その他に、何もないのです」 私は呟いた。 「もし許される事なら、帥宮の地位も何もかも捨てて、貴女と添い遂げたい。帥宮の地位など、欲しくも何ともなかったんだ。もし私が、貴女を入内させた代りに帥宮の地位を得たなどと……」 澄子は突然、私の言葉を遮った。 「それは、わかっています。貴方は地位欲しさに姉を入内させるような、そんな人では決してないと」 ああ、澄子だけは、私の胸の中をわかってくれた。澄子の入内話が出て以来、初めて私の目から涙がこぼれた。 私は重苦しい声で呟いた。 「貴女だけだ、私の胸の内を幾らかでもわかってくれるのは。私は、帥宮の地位を頂いても、それで帝に感謝するような気には、全くならないのだ。それどころか、澄子さん、貴女を我が物とする帝が、私には恨めしいのだ」 「恨めしい?」 澄子の声が、僅かに変わったような気がした。私は一層重い声で続けた。 「そうだ。私は帝を、いや、帝でなくても、貴女に思いを寄せ、貴女と結婚しようとするこの世の全ての男を、恨まずには、憎まずにはいられないんだ。私は、私はこれ程迄に、貴女を恋い慕っている。それなのに私は、貴女と添い遂げられないのだ。その報われぬ恋の苦しみが、この世のどの男にわかる。そんな男が、貴女に恋し、貴女と結婚しようなどと思う事が、私には決して許せないんだ。貴女が五節の舞姫に出ると決まった時、何故体を張ってでも阻止しなかったのか、悔やまれてならない。貴女を他の男達の目に見せたあの時、全ては始まったんだ。それからは坂道を転げ落ちるように、貴女の入内が決まり、貴女は他の男の物になる。私にはそれを、どうする事もできない。私は貴女を手に入れる男を、それが帝であろうと、許せない。恨み、憎む事しかできないのだ。縦え帝でも……」 しまいに私は、喘ぐように言いさした。固く握りしめた拳が、私の膝の上で震えている。 「正良様」 澄子の声に、私は顔を上げた。澄子の声には、一種の厳しさと、普通の優しさとは少し違う、一種不可解な感情が混ざっていた。澄子はゆっくりと口を開いた。 「貴方の苦しい胸の内は、私にはよくわかります。私を他の男から一生、離しておきたいと思う心、私にもわかります。私も、貴方以外の誰の物にもなりたくありません。 でも正良様、私に恋する余り、私を一生他の男から離しておきたいというのは、それは独占欲です。私に恋する余り、私と結婚しようとする男、それが畏くも帝であらせられようとも、そうでない他の男であるとしても、その男を恨んだり憎んだりするのは、嫉妬です。独占欲も嫉妬も、本当の愛のあるべき姿だとは、私には思えません。私への報われない恋の余り、正良様が嫉妬に狂い、心を苦しめるのは、私は嫌です。そんな正良様を、私は見たくありません。正良様はもっと、心の寛い方だと、私は今迄思ってきましたし、これからもそう思っていたいのです。報われない恋の余りに帝に嫉妬するような、そんな方だとは、私は思いたくないのです。正良様が帝に、帝でなくても、嫉妬し続ける限り、正良様は愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦から救われないでしょう。私のために正良様が、こうした苦しみから救われないのでは、私も正良様を苦しめる罪を負わねばなりません。罪を負った私は、決して幸せになれますまい。 姉として、弟の貴方にお願いするのです。私の本当の幸せを願うのなら、私のために醜い嫉妬をしないで下さい。貴方が帝への嫉妬に苦しみ続ける限り、私も貴方のために悲しまなければならないのです。私の夫となる人、貴方の義兄となる人を、私の弟として祝福してくれる、それだけの心の寛さを、貴方には持って欲しいのです。それができる方だと、私は貴方を信じています、これからもずっと」 「そんな、綺麗事を……」 絞り出すような声で呻いた私の耳に、澄子の啜り泣く声が聞こえた。 「綺麗事、と言いましたね。私の言葉が、綺麗事としか取れなかったのなら、それは貴方のせいです。貴方はまだ、恋と愛の違いがわかっていませんね」 澄子は半ば涙に咽びながら、私を諄々と諭す口調になった。 「嫉妬は本当の愛のあるべき姿とは思えないと、先刻言いましたね。自分の心の赴くままに、人を恨み、憎み、嫉妬する、それは恋です。本当に人を愛するなら、愛される人が心を痛めるような事は、決してしない筈です。愛は、そのために他の人を傷つけ、愛される人の心をも傷つけるような、そんな物ではない筈です。それは、恋です。人の目を曇らせ、心を狂わせる恋です。愛は、愛される人の心を傷つけることは、決してありません。 私がこんな事を言うと、貴方は私が冷たい心を持っていると思うでしょう。でも私は、貴方のために、敢えて言うのです。私の入内を機に、貴方が本当の愛に目覚められるか、それとも恋に盲いたままで終わるか、それは貴方次第です。私は貴方に、本当の愛に目覚めて欲しいから、こんな事を言うのです。わかりますか」 私は押し黙ったままだった。涙が頬を伝い、顎から胸に滴るのを感じた。 「私は……貴方が好きです。貴方を愛しています。この世の誰を愛するよりも、この世の誰が愛するよりも。でも、どれ程私が貴方を愛していても、私達は一緒になれない運命なのです。ですから、せめて、貴方に幸せになって欲しいのです」 澄子は私を諭し続ける。 「私に……」 意外な言葉を聞いて、私は呟いた。何故私が、幸せに? 「そうです。貴方が私を恋する余り、帝を恨み、憎み申し上げ続ける限り、貴方は決して、幸せになれますまい。それが私には悲しいのです。私は貴方が、私への報われない恋に溺れたまま、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦に苛まれながら、人を恨み、憎み続けて、幸せになれないでいるのを、見たくないのです」 「恋に溺れる……」 「私は貴方が、好きです。この世の誰よりも、貴方が好きです。でも私は、明日には、貴方の思い出を胸に、入内しなければならない身です。貴方が好きだから、誰よりも好きだから、貴方に、この世の誰よりも、幸せになって欲しいのです。いつまでも私への恋のために苦しみ、人を恨んだり憎んだりしていて欲しくないのです……」 澄子の言葉は次第に切なくなり、しまいには低く抑えた泣声に変わった。私は胸が一杯になって、思わず澄子ににじり寄った。 「寄らないで……」 思いがけぬ言葉を発して、澄子は後ずさりした。私は腰を浮かし、尚も澄子に近寄った。 「お願い、どうか、寄らないで! 貴方と、別れられなく、なるから!」 澄子は甲高い、悲鳴に近い声を上げた。私は頭に血が上り、無我夢中で澄子に躍りかかり、渾身の力を以て澄子を抱きしめた。勢い余って私達は床に倒れ込み、燭台か何かが、音をたてて倒れた。その音にも構わず、私は澄子の唇を捉えようと躍起になった。私に抱きすくめられた澄子は、私の腕の中で、苦しそうに息をしている。口を固く引き結んで、鼻だけで荒い息をしているのが、息遣いでわかる。私が口を近づけると、澄子はぷいと横を向いた。 「何故、何故貴女は、拒むのです」 澄子は横を向いたまま、震える声で、 「わ、私は、帝に召される身……」 その声が終わらぬうちに、激しい音をたてて妻戸が開かれた。辺りが薄明るくなったと思う間もなく、 「正良!!」 母の厳しい声が響き渡った。声のした方を見ると、手燭の灯りの向こうに、憤怒の形相凄まじい母の姿があった。この状況を見られては、一切弁解の余地はない。事が表沙汰になったら、私は入内を目の前にした従姉を――姉を、と言われるよりはましか――押し倒した不埒者として、一生爪弾きされるだろう。だが、もしそのために、澄子の入内が流れるとしたら、それは私にとっては望ましい事態と言えるのではないか。縦え私が、一生世間に顔向けできなくなっても、澄子の入内を阻止できれば、それでいいではないか……。 「正良。今すぐ、澄子から離れなさい」 冷厳な母の声に、私は開き直って言い募った。 「離れるものか! ここまで来たら、行く所まで行ってやる、行く所まで行ったと言いふらしてやる、そうすりゃ澄子は、入内なんか出来なくなる、誰とも結婚できなくなる、そうなりゃ、私と結婚するしか……」 突然、バチン、と音がして、左の頬が熱くなった。どこからこんな力が出たのか、澄子が私の腕を振りほどき、頬を張ったのだ! 「正良! 気でも狂ったの!? 私を入内させたくないからって、天神地祇に背く罪を犯そうなんて、そんな恐ろしい事、よく言えるわね! そんな事を言う正良なんか、人間じゃないわ、獣よ!」 激しく言い募る澄子の言葉に、私は驚愕の余り口もきけなかった。思わず腕の力が緩んだその時、澄子は私の両腕を振りほどき、力一杯私を突き転がし、荒々しく立ち上がった。茫然と見上げる私を、澄子は怒りに燃えた目で見下ろし、一層激しく言い募った。 「私が、私が貴方を好きだから、好きだからこそ、貴方にも幸せになって欲しくて、私のために人を恨んだり憎んだりしないでと、あれほど言ったのに、貴方は私の言った事、何も、何一つわかってないのね! それどころか、天神地祇に背く罪を犯して、私の一生を台無しにしようだなんて、そんな人だとは思わなかったわ! 気違いよ! 最っ低だわ!貴方なんか、大っ嫌いっ!」 しまいには興奮の余り、母の肩に縋りついて、わあわあと泣き始めた。 私の頭の中は、一瞬にしてがらんどうになった。その空ろな中を、澄子の言葉の切れ端が、谺を響かせながら飛び回っていた。気違い。最低。大、嫌い……。澄子が、姉が、そう私を罵ったのだ。澄子が私を、罵ったのだ。大嫌い、だと……。 「さ、澄子、部屋へ帰りましょう」 母が、尚も泣きじゃくる澄子の肩を抱いて、優しく言った。母に支えられるようにして、澄子は部屋を出ていく。一緒に来た二三人の女房が、手燭を持って従う。後には私一人、闇の中に取り残された。 (2000.11.19) |
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