真夏の遭遇
制作者 夕凪様 拝受 2004年3月20日

この作品は、2002年5月に「kunta's room」に寄贈されました。「kunta's room」の閉鎖に際して、
管理者kuntaさんと作者夕凪さんのご希望により、当サイトでお預かりすることになったものです。


 < 真夏の遭遇 >


 すぅーっと、星空を一条の光が流れた。

「ほら祐一、流れ星っ!」
 真琴が夜空の一点を指差しながら歓声を上げた。
「あっ、見てよ祐一君っ、向こうにも星が流れたよっ!」
 あゆが別の方向を指差しながらそうはしゃいだ。
「はいはい……」
 両側から引っ張られる形になっている祐一はただただ苦笑するしかなかった。


 風呂上がりのあと……
 あゆと真琴に呼ばれた祐一は自分の部屋のベランダに出ていた。
 ニュースでなんとか流星群というのをやっていたのを見た二人が流れ星が見たい見ようと祐一を引っ張っていったのである。
 外の気温は丁度いい……よりはちょっと涼しすぎるかな、という程度だ。
 この地方の夏は、祐一に言わせれば夏じゃなかった。
 真夏という言葉は何処へやら。
 というか梅雨もないし。
 しかし、日付的には思いっきり真夏なのだった。
「あ、また流れたよ、祐一君っ」
 あゆがはしゃいだような声で言う。
 祐一はその言葉につられるように夜空を見上げてみた。
 街の光が大したものでないためか、あるいは都会ほど空気が汚れていないためか、ここの星空は凄かった。
 よく『降ってきそうな星空』という言葉を耳にするが、どっちかというとこれは『吸い込まれそうな』感じがする夜空だと思った。
「ねぇ祐一、流れ星の伝説って知ってる?」
 真琴が目を輝かせながら訊いてきた。どうせ少女マンガで得た知識だろう。
 祐一はとぼけて、
「あー。流れ星にお願いをするとその相手に流れ星が当たって恨みを晴らしてくれるっていう、アレな」
「あぅーっ、違うわよぅっ!」
「そんな話、ボクも聞いたことないよ……」
 二人は騙されなかった。
「そうじゃなくて! 流れ星が消えるまでにお願いをすると、その願いが叶うっていう伝説よっ!」
 真琴の言葉に、あゆが夢見るような表情で、
「ロマンチックだよね……」
「そうそう。祐一には、乙女のロマンが全然分かってないのよ」
「………」
 俺としては、たい焼き娘と肉まん娘にロマンについて言われたくないんだが……と祐一は思った。
「あ……ベランダで話し声がすると思ったら……」
 不意に背後から声が聞こえた。
「……みんなで星を見ていたんですね」
 祐一が振り返ると、そこには栞が立っていた。今日は、香里と一緒に水瀬家へお泊まりに来ているのだった。
「ああ……この二人に引っ張られてな」
「だって、祐一の部屋のベランダが一番広いんだもーん!」
 真琴が無邪気に言う。その隣で、あゆが栞に向かって訊ねた。
「ねぇねぇ、栞ちゃんは流れ星の話って知ってる?」
「え?……まあ、少しなら」
 なぜか栞は頬を赤く染めて頷いた。
「流れ星が消える前に、三回、恋に関する願い事を唱えると……その願いが叶うという話は聞いたことがあります」
 ……それはちょっと用途が限定されすぎてやいないか、栞?
「うぐぅ……三回も?」
「あぅ〜っ、かなり難しい……」
「あ、祐一さん、流れ星ですよ!」
 栞が指差す方向……
 そこに、すぅーっと流れる光が見えた。
「ほぅ……ありゃあかなり大きいな。消えるのに時間がかかりそうだ」
 ぽつりとそう呟き、ふと隣を見ると、真琴とあゆが何やら必死にお願いをしていた。
 ま、可愛いと言えば可愛らしいか。
「何だかなぁ……」
 苦笑しながら、再び流れ星に視線を戻す。
(えらく消えない流れ星だなぁ)
 その流れ星を目で追っていた祐一は、ふと、違和感を覚えた。
 消えないだけではない。流れ星にしては、動きが変だと思ったのだ。
 さっきまですーっと流れていたはずなのに、今では何故か、どんどん大きさを増してきていて……?
「ひょっとして……あれこっちに向かってるって意味?」
 昔、予備士官として海軍に召集され、戦艦に乗り込んでいたことがある祖父はこう言っていたものだった。
 空襲の時、降ってくる爆弾が楕円を描いているように見えればハズレ。正円を描いている場合はアタリ、と……。
 まぁ、これは爆弾じゃなくて流れ星だけど。
 そう言えば、流れ星のシッポに当たる部分が見えなくなってるなー。で、正円を描いてる……ということは……やっぱり。
「言われてみれば、何だか、近づいているような気もしますよねぇ……」
 栞が苦笑を浮かべる。
 必死に願い事をしている二人はまだ気付いていない。
 祐一の脳裏に、明日の朝刊の見出しがちらりと浮かんだ。
『隕石、民家を直撃! 少年少女ら数人が巻き添えに!』
 イヤすぎる。というか、マジでやばいんじゃないか!?
 祐一は焦った。
 果たせるかな、その流れ星はぐんぐんと祐一たちの方に近づいてきて……とその時、
「あれ……流れ星じゃないみたいですね」
 不意に栞がそう言った。
「え?」
「円盤みたいです」
「円盤って…………UFO?」
 この期に及んで面白い冗談を。
 そう思いながらも、よく見れば、確かにその光はUFOのようだった。
 ……って、そんなバカな?
「ええっ、UFO? どこどこっ?」
 UFO、という言葉に真琴が反応した。祐一は黙ったまま、こっちに向かってくる光を指差した。
「わぁ……」
 真琴がビックリしたような表情になる。
「アダムスキー型円盤だぁ」
「真琴ちゃん、物知りなんですね」
「…………マンガに出てきたんだな?」
「うん」
 侮り難し少女マンガ。
 いや……それはともかく。
「え? UFO?」
 ようやく気が付いたらしいあゆが首を傾げる。
「UFOというのはな、未確認飛行物体の略だ」
「うぐぅ。そのぐらいボクだって知ってるもん」
「ま、一般的にはゲーセンのクレーンゲームの別名として有名だが」
「あははーっ、その知識は間違ってますよー」
 ……え?
「今なんか、佐祐理さんの声がしたような……。気のせいか?」
「ぽんぽこたぬきさん」
 ……は?
「舞の声も聞こえたような…………って」
 気が付くと、隣に佐祐理さんと舞が立っていたりしたので、祐一はその場で一メートルぐらい垂直方向に飛び上がってしまった。
「どっ、どどどどどどどーして二人がここにっ!?」
「たまたま通りかかったので、お邪魔してもいいですか? って訊ねたら、了承って言われましたので」
「はちみつくまさん」
 秋子さん……何でも了承しちゃうんだなぁ。
「そんなことより祐一さん、UFOですよ。UFO!」
 栞の指差す先……空中には光る円形の物体がふよふよと浮かんでいた。
 間違いなくUFOだ。
「あははーっ。未確認飛行物体ですね。佐祐理にはよく分からないですけど」
「魔物なら斬る」
「いや、中身は魔物じゃなくて宇宙人だと思うが……」
「うぐぅ、宇宙人恐いよ〜」
「自衛隊にでも連絡しますか?」
「しても信じて貰えないと思うぞ」
「あははーっ。佐祐理の電話一本で、どんな状況でも特殊部隊が五分以内に駆けつけるんですよーっ」
「…………」
「冗談ですよー」
 ああ、良かった。
「え〜? あれがUFOなんだぁ、すごいね〜」
 不意に側で名雪の声がしたので、祐一はまたまたびっくりして水平方向に一.五メートルほど飛び退いてしまった。
「な、名雪っ!? お前、部屋で香里とコックリさんやってたんじゃ?」
「部屋でそんな危ないことしないよ〜」
 ……危ないのか?
「私は、香里とトランプしてただけだよ。そしたらベランダが騒がしくなってきたから、見に来てみたんだよ」
「そうか」
 待てよ? 名雪がここにいるということは。
「UFO!? 宇宙人ですって!?」
 当然の如く香里も一緒にいた。
 これでベランダに総動員というわけだった。
 ……あ。秋子さんがいないから総動員じゃないか。
「栞っ、ここは危ないわ! 早く逃げましょう!」
「もうダメよお姉ちゃん。今からじゃ逃げられないわ……」
 何故か観念したような微笑みを浮かべる栞。
「いいの。私、最期までお姉ちゃんと一緒にいられれば、それで幸せだから……」
「栞……っ!」
 瞳をうるうるさせた香里が涙ぐむ栞をぎゅっと抱きしめる。
 ……なんだか、そこだけ別の世界の突入しそうだった。
「おーい。そこのお二人さ〜ん? 早く帰っておいで〜」
「何よ相沢君。姉妹の愛を邪魔する気?」
「そうですよ。こんな最高に盛り上がった場面に口を挟む人なんて嫌いです」
「いやあの、あれに宇宙人が乗ってるとまだ決まった訳じゃ」
「じゃあ、お米の国の最新軍事テクノロジーの結晶だって言う訳? ハッ、ちゃんちゃら可笑しいわね」
 ……香里の口からそういうセリフが聞けるとは思わなかった。
(今度、北川に話してやろう)
 まぁそれはいいとして。
「まー、あれが仮に宇宙人の乗る円盤だったとしても、心配ない。こちらには切り札があるんだ」
「切り札?」
「そう」
 祐一は頷いてから、
「沢渡真琴隊員!」
 と思いっきり芝居がかった口調でそう言った。急に名前を呼ばれた真琴がビックリして祐一の方を向く。
「えっ……あ、は、はい!」
「キミにあの円盤の監視を命ずる! 円盤に変化があったらすぐに報告するのだ!」
「は、はいっ、隊長!」
 真琴が敬礼しながら頷く。きっとマンガでそういう場面があったに違いない。
(隊長、かぁ……良い響きだなぁ)
 それはさておき。
「おーい。名雪、ちょっと」
 祐一は名雪を呼び寄せ、
「一つ、頼みたいことがあるんだが」
「踏み倒すつもりの借金に関する相談以外だったら、何でも聞くよ〜」
「……」
「冗談だよ〜」
 くっ……7年前のことをまだ根に持っているな……よし、法外な利子とか付けられる前にイチゴサンデー3杯で勘弁してもらおう。
 ……それはともかく。
「実はな……」
 祐一は内緒話の要領で名雪の耳元に口を寄せて……面白そうだったのでフッ、と息を吹きかけてみた。
「あんッ……」
 予想以上に色っぽい声が返ってきた。
「だ、ダメだよゆーいちぃ、こんな所でそんなコト……みんなが見てるよぉ……」
 名雪が頬を赤らめて、熱っぽい視線で祐一を見ながらそう言った。
「って何だそのリアクションと意味深なセリフわっ!」
 くっ! 思わず心拍数が跳ね上がってしまったじゃないか。
 どきどきどきどき。
「……はっ!」
 祐一は冷静になって辺りを見回した。
 周囲からいくつもの冷たい視線がちくちくと彼を刺していた……うち1つからは明らかな殺意が感じられた。
 その視線を恐る恐る辿ると……
(……香里?)
 何やってるのよこの非常時に? という殺意ではなさそうだった。
 強いて言えば、あたしの大事な名雪に何をしてるのかしらぁ相沢君? という殺意に近かった。
 いや、まさか……な。
「じょ、冗談はこのぐらいにして……実はな……」
 ぼそぼそ。
「分かったか?」
「え〜? どうして私が行かなきゃいけないの〜?」
「昔の借りと併せて百花屋のイチゴサンデー4杯でどうだ?」
「すぐ取りに行ってくるよ〜」
 ぱたぱたと駆けて行く名雪。
「隊長、目標に変化があります!」
 すっかり役になりきっている真琴が報告した。
「どうした、沢渡隊員!」
 というか、俺もすっかり隊長役にはまってるなぁ。
「円盤の一部が開いて、宇宙人らしきものが近づいてきます!」
「何ぃ?」
 見れば、円盤の側面が少しだけ開いていて、そこに何かの影が見えた。
「ま、マジっすか!?」
 隊長モード終了。
 祐一は混乱モードに突入した。
「ど、どどどど、どーしよーっ!」
「あははーっ、慌ててはいけませんよ祐一さん」
 佐祐理さんがいつも通りの笑顔でさらりと言った。
「相手に弱い部分を見せた方が負けです。虚勢でもいいですから偉そうにしておかないと嘗められちゃいますよー」
「そ、そうなんですか」
 と言っている間にも宇宙人と思われる変なタコっぽいモノが近づいてくる。
 ああ、やっぱり宇宙人はタコというかクラゲというか、そういう形状だったんだなぁとある意味感動を覚えながら、祐一はさてどうしたものかと悩んでしまった。
 偉そうにすると言ってもどうやってコミュニケーションを取ろうか。
(日本語は通じないだろうなぁ)
 手話とか?
(ああ、俺知らないからダメだ)
 テレパシー?
(ああ、俺毒電波の受信しかできないから論外だ)
 ジェスチャー?
(……何だか考えるだけ無駄に思えてきた)
 大体こういうとき、フツーは、
<ワレワレハ宇宙人。コノ星ハ今カラワレワレノモノトナル。抵抗ハ無駄ダ>
 とか分かりやすく喋ってくれるのがお約束だろう。
 ……っていうか今誰が喋ったんだ?
<愚カナル地球人類ドモ、オトナシク降伏スルノダ>
 気が付くと、ベランダの数メートル上空で浮遊しているそのタコだかクラゲだかっぽい生物が口のような器官をぱくぱくさせていた。
 ……………マジかよオイ。
「うっ、うわぁ〜。ベタなセリフ〜」
 真琴が呆れた。うん、俺もいまそう思っていたところだ。
<降伏シナケレバ実力デコノ星ヲ制圧スル>
 うわ、何か思いっきり物騒な事言ってますけど。
「ほら祐一さん、嘗められちゃダメですよー」
「そ、そんなこと言っても、いったいどうすればいいんですか佐祐理さん?」
「ハッタリですよー、ハッタリ。切り札が届くまでハッタリでしのぐんですよー」
 祐一はハッとなった。
(佐祐理さんは、俺が名雪に「切り札」を取りに行かせたことを知っているんだ)
 侮り難しお嬢様。
「分かりました、何とかやってみます」
 ハッタリなら得意だしな。
 祐一は自分にそういい聞かせると、一歩前に踏み出し、宇宙人をビシッと指差した。
「我々の大切なこの青い星を侵略しようという貴様は、一体何者だ!」
「祐一君、セリフが棒読みだよ」
 あゆが突っ込んだ。気にするなって、そんなこと。
「正体を現せ!」
<正体モ何モ……ダカラ、宇宙人ナンダッテ>
 宇宙人は溜息をつくように言った。長旅で疲れているのかもしれない。
「ああ? 宇宙人だってぇ?」
 祐一はつまらない冗談を聞いたような表情を浮かべて見せた。
<何ダソノ態度ハ……地球人、貴様ハ何故驚カナイ?>
 祐一は鼻で笑った。
「ハッ……宇宙人ごときで、この俺が今更驚くものか……」
<何ダト?>
「俺の周りにはな、宇宙人よりももっと珍しい奴らが沢山いるんだ!」
<何ィ?>
「例えばこいつ」
 と舞を指差す。
「これ魔物ハンター」
<魔物?>
「そう、目に見えない魔物を狩るのが趣味なんだ」
<目視不能ノ生物ヲ狩ルト言ウノカ?>
「はちみつくまさん」
<マサカ……>
 宇宙人は少しショックを受けたらしかった。
「次に彼女」
「あははーっ。佐祐理はただの頭の悪い女の子ですよーっ」
「と言っているが実際は何となく裏がありそうで恐いお嬢様だ」
<?>
 これは効果がなかったようだ。
「とまぁ、このぐらいは驚くに値しないかもしれないが、こいつはびっくりだぞ」
 今度は真琴を指差す。
「もと子狐」
「キツネ言うなーっ!」
「ぐはっ!」
 真琴キックが炸裂した。
<……バ、バカナ……ドウ見テモ人間デハナイカ? 嘘ヲ吐クナ!>
 宇宙人は何故か動揺している。今度は効果があったようだ。
「まぁ、これも地球の神秘というやつだな。で、更にこいつ」
「うぐ?」
「もと生き霊」
「うぐぅ〜、ボク生き霊じゃないもん」
 あゆは拗ねた。
「と言うわけでな、俺の周りにはこんな変わったヤツばかりいるんだ。今更宇宙人ごときで、何を驚く必要がある?」
 宇宙人はかなりショックを受けたらしかった。
<ナントイウコトダ……ワレワレハ地球人類ヲ甘ク見テイタトイウコトカ……>
 なかなかもろい宇宙人だった。
 やっぱり長旅で疲れているのかもしれない。
 その時、名雪が頼んだものを持ってベランダに戻ってきた。
「はい……これ」
 名雪はいつ爆発するか分からない不発弾を手渡すかのように、慎重にそれを祐一に手渡した。
「さんきゅ」
 祐一はさっとそれを受け取り、
「そして、これが地球最大の謎だぁ!」
<何? マダアルノカ?>
「ああ、トドメはこのジャムだ」
 祐一は秋子さん特製ジャムを取り出した。
 鮮やかなオレンジ色の、見た目は美味そうなジャムである。
 しかし、実際は最終兵器だ。
 祐一はスプーンにそれを掬うと、おもむろに差し出して、
「まぁ、食ってみろ」
<…………>
 スプーンで掬ったそれを、素直に口のような器官に含んでみる宇宙人。
 そこにいた全員(佐祐理さんと舞を除く)の顔に同情の色が一瞬だけよぎった。
 数秒後。
<!#$%&=〜※≠!>
 どうやら大変なことになったらしい。
 宇宙人はジタバタともがきながらUFOへと駆け戻って行った。
 そして、次の瞬間にはUFOは滅茶苦茶な加速度で地球を飛び出し、再び大宇宙の彼方へ飛び去っていったのだった。
 キラーン! と夜空に星がきらめいた。
「…………」
 祐一はそれを見上げて、シブく、
「我々は、勝った……!」
 と呟いたのだった。
「なぁ〜にが、勝った、よぉっ!」
 ぼかっ!
 真琴が後頭部をはたいた。
「おうっ。何をする、マコピー」
「マコピー言うなぁっ!」
 ぼかっ!
「これが引き金で地球人類対宇宙人の全面戦争に発展したら、どうするのよぅっ!?」
 訂正。こいつのこの知識は少女マンガではなく少年マンガで得たものに違いない。
「その時は相沢君が責任をとってくれるんでしょ?」
「全人類の生贄として、ですね」
「ふっふっふっ……安心しろ」
 祐一は不敵に笑って見せた。
「どんな宇宙人が来ようとも、このジャムのある限り、地球は安全なのだ!」
 確かにそうかも知れない、と何人かが納得して頷いた。
「……どのジャムですか?」
 背後から聞こえてきた声に、その場にいた全員(佐祐理さんと舞を除く)がびくりと背筋を震わせた。
「あ……秋子さん……?」
 いつからそこにいたのか、秋子さんが穏やかな表情でベランダに立っていた。
「祐一さん?」
「は、はい」
「食べ物を粗末にしてはいけませんよ?」
 秋子さんが、例の頬に手を当てて首を僅かに傾げる仕草をでそう言った。
 もちろん微笑み付きである。
 これは恐い。
「い、いえ、そんな、めめめ、滅相もございません。はるばる遠方よりちょっとした来客があり、この素晴らしいジャムを堪能していただいた次第でございます」
 何故か思わずひれ伏してしまう祐一であった。
「あら、そうだったんですか」
 微笑む秋子さん。
「それはともかく、スイカを切ったんですけど、皆さんいかがですか?」
「スイカ!」
 きゅぴーん、と真琴の目が輝く。「はいはーい。真琴食べるーっ!」
「ボクも食べたい!」
「また生きてスイカを食べられるなんて、思ってもいませんでした(うるうる)」
「栞……去年二人でスイカを食べた事を思い出すわね(うるうる)」
「あははーっ、舞も食べますよね」
「はちみつくまさん」
「イチゴも好きだけど、スイカも好きだよ〜」
「……俺も食べます」
「じゃあ、皆さんで一緒に食べましょうね」
「は〜い!」
 全員の声がハモッた。
「あ……ところで祐一さん」
 秋子さんが、ふと思い出したように振り返った。
「はい、何でしょうか?」
「この程度の小競り合いで最終兵器を出してしまうのは、如何なものかと思いますよ」
 穏やかな笑顔を浮かべて、秋子さんはそう言った。
 その場の空気が凍りついた。
「やはり、切り札は最後まで取っておかなければいけませんね」
「…………」
「……でも、これでまた新しいジャムを作らなければならなくなりましたし……祐一さんには感謝しないといけないかしら……」
 うふふふふ……と含み笑いをしながら去っていく秋子さんであった。
 真夏のベランダの気温が、一瞬のうちに絶対零度にまで落ち込んだことは言うまでもない。
「……ゆ、祐一……」
 リビングに戻ってゆく秋子さんの背中を見つめながら、名雪が呟くように言った。
「お母さんの仕事って」
「ああ」
「謎だよね」
「……ああ、謎だな」
 この時ほど謎という言葉がありがたく思えたことはなかった。

 そんなわけで、地球は今日も平和なのであった。

 ちなみに、スイカが美味しかったことだけは付記しておこう。

(終)


【あとがき】

 どうもどうも夕凪です。
 今回も例によってじゃむねたです。
 もうジャムでしか落とせないのでしょうか(苦笑)
 ちなみに某イン○ペン○ンス・○ィを見ながら思いつきました(ぉ
 核ミサイルは効かなくてもジャムなら効くだろうと(笑)

 毎度毎度のオールキャストですが今回は美汐&北川はおやすみです。
 出てきてもあまり出番なさそうだしね(ぉ

 美汐「そんな酷なことはないでしょう」
 北川「俺は香里の違う一面が見られたからそれでいいけど」

 はいはい、左様ですか。
 ちなみに当SSは全年齢対象版ですのであしからず。

 でわでわ〜。

 2002.5.18 夕凪


800のコメント
 毎年8月中旬には、ペルセウス座流星群と呼ばれる流星群が見られます。流れ星の伝説は、私も以前「下級生リレー小説」で題材に使ったものですが、流れ星に紛れて地球にやって来たのは……。
 そしてオチは、Kanon二次創作ではおなじみのものです。前作「真夜中の逃走」のサスペンスから、今回は ほのぼの、ギャグ、そしてムフフと、夕凪さんの作風は幅広いです。

(2004.3.21)

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