2000年4月後半の日記 |
---|
←5月前半の日記へ ↑2000年の日記へ 4月前半の日記へ→ |
今日で4月は終わりです。サイトの開設は4月1日でしたから、まだ満1ヶ月にはなっていませんが、それでも月の終わりでもあり、一つの区切りという気分です。
サイト開設からの1ヶ月は、本当に無我夢中のうちに過ぎ去ってしまった、というのが実感です。 私がインターネットを始めたのがちょうど昨年の今頃で、しばらくは「同級生2」の二次創作小説が公開されているサイトを探しては、作品を読みあさるだけのネット生活でした。 やがてCGの制作に手を染めるようになり、制作したCGをいくつかのサイトに寄贈させていただいていくうちに、自分の作品を公開する場としての、自分のサイトの開設を思い立ち、11月頃からチャットの際に口の端に上せたり、掲示板への書き込みにそれとなく暗示したりしていました。それから開設が実現するまで、周りの人たちの予想をはるかに上回る時間を要してしまったのは、正直に言って、気負いすぎと優柔不断な性格のせいでした。 実際に開設してからは、なかなか思ったようにサイトの拡充ができないまま、1ヶ月が過ぎました。4月上旬に制作して寄贈したいと思っていたCG2点が、今なお制作中です。また、チャットでお知り合いになった方から要望があった「二次創作小説の検索ページ」は、全く手つかずです。 他の方は、あまり焦らず気負わず、ゆっくり拡充していけばよいと言って下さいます。これから仕事が忙しくなる時期を控えて、どれくらいサイトの拡充に時間を注げるかわかりませんが、差し当たっての見通しとしては、寄贈予定のCGをこの連休に仕上げて、それからはリンクの充実を進めるつもりです。 |
今日は「みどりの日」です。昭和63年まではこの日が天皇誕生日でしたが、昭和天皇の崩御と今上陛下の即位にともなって、今上陛下の誕生日である12月23日が新たな天皇誕生日となり、昭和天皇の誕生日は名前を変えて新たな祝日になったのでした。
こうやって天皇の代替わりの度に天皇誕生日が変わっていき、それまでの天皇誕生日が新たな祝日になっていくとすると、やがてカレンダーが祝日だらけになってしまわないか、なんていう心配は、今からしなくてもよいでしょう。 ところで、年によっては今日のように、土曜日と祝日が重なることがあります。手元のカレンダーを見ると、今年はあと2回、9月23日(秋分の日)と12月23日(天皇誕生日)が土曜日と重なります。 ところが、私のように完全週休二日制の職場に勤めていると、こういう場合、祝日のメリットが全然ありません。せめて日曜日と重なったのであれば、振替休日によって月曜日が休みになるのですが。 祝日を定めた法律の改正によって、今年から成人の日が1月第2月曜日、体育の日が10月第2月曜日になることになって、週休二日制の場合は必ず3連休になるようになりました。でも私としては、振替休日制度をもっと拡張して、祝日が土曜日と重なった場合は翌週の月曜日を振替休日にするようにしてほしかったという気がします。 (4月30日アップ) |
4月28日(金)
26日のことですが、当サイトのカウンターが1000人目になったという申告がありました。1000人目のお客様は、すさん(「お昼寝宮」管理者)でした。800人目のお客様をお迎えしてから4昼夜に満たずに(より正確には約87時間)1000人目ということは、一日平均50人を超えるお客様をお迎えしている計算になります。先週までは一日平均40人くらいでしたから、いくつもの検索サイトに当サイトを登録した効果が、ようやく目に見える形で現れてきたというところです。 これだけ多くのお客様が当サイトを訪れて下さるということは、今打鍵しているこの文章も含めて、私がこのサイトに公開したものにそれだけの方が目を留めて下さるということで、励みになる反面、それだけ多くのお客様の期待に応えられる形でサイトを運営していかなければ、というプレッシャーを感じないでもありません。 といってもサイトの運営は、所詮は趣味です。趣味、あるいはもう少し否定的なニュアンスのある道楽という言葉を逃げ口上にするわけではありませんが、サイトの更新に義務感を覚え、それが精神的負担になるようでは本末転倒でしょう。もう少し気楽に構えた方がよいのかもしれません。 |
いずれも肝機能の指標となる数値で、検査通知には、肥満による脂肪肝、あるいは長期飲酒者では上昇すると書いてあります。
私は16歳の時から献血していますが、ここ数年はALT、ASTとも10〜20台、γ-GTPは40前後でした。 昨年頃からγ-GTPが上がり始めて(体重と酒量が増え始めたのと軌を一にしているのが何というか ……)少し気になっていたのですが、標準範囲を超えるほど上がったのは初めてです。 これは少し、本気で減酒を考えないといけないかもしれません。 献血ルームに体脂肪計があったので、ものは試しと測定してみた結果が体脂肪率28%だったことにショックを受けて、日誌にも書かずにいたのも思い出してしまいました。 ちなみに、梅毒血清学的検査は陰性でした。また、HIV検査結果は、献血者には教えてくれません。 私はこのサイトを開設しているニフティ以外にもメールアドレスを持っていますが、そのアドレスにこんなメールが来ました。
From: susan7892@hotmail.com <susan7892@hotmail.com> こんなメールが来て、煩わされるのは御免だと思った場合、後半の 「To Be Removed From Any Future Mailings〜and enter the email address you want removed」 これが曲者で、うっかりこんな所で自分のメールアドレスをバラそうものなら、そのアドレスは瞬く間に世界中の「アドレス業者」に売り渡され、似たようなメールが殺到してくると、職場のメーリングリストで注意が呼びかけられていました。 最近のメールソフトにはどれでも、特定のアドレスからのメールをゴミ箱に直行させる機能がありますから、それを使う方が賢明です。 |
4月26日(水)
春風駘蕩、こんな時節にデスクワークしていると、つい眠気を誘われます。まして前夜、サイトの更新を済ませてから3時過ぎまで巡回していると。 それを上司に見つかって、きっちり油を搾られている者が約1名。 上司も、居眠りしている私を見つけてからしばらく経って、同じ部屋にいる私の同僚たちが出払って、人気がなくなった時を見計らって私をデスクに呼びつけるあたり、それなりに気遣いをしているのだと思いたいのですが。 でも上司から解放されてデスクに戻った時、「今後は居眠りしないぞ」ではなくて「今後は上司に見つからない場所で居眠りしてやるぞ」と決意する私は、確実にベクトルがずれていると思います(自嘲笑)。 そういう具合でどうもテンションが上がらないので、珍しく早く帰宅できたのを幸いに、午後8時から仮眠しました。テレホタイムには起きて活動を再開するつもりでしたが・・・。 (4月27日アップ) |
里の雪はずっと前に解けて、桜は葉桜になり、夏の使者ツバメの姿も目に入り始めるこの頃、新潟県の平野部では田植えの準備たけなわです。その頃、遠くの山ではようやく雪が解けて、雪の消えた山の地肌と残雪とが作り出す、雪形が見え始めます。 昔の農民たちは、山に現れた雪形を見て、田植えの準備を進めていったものです。それで長野県安曇野の方では、特徴的な雪形が山の名前の由来になっている山が、いくつもあるそうです。 私の住む新潟県は、ここ十数年にわたって暖冬少雪が続いていますが、それでも私の住んでいる町では、冬の最も雪の深い時で、1メートル近い雪が積もります。 里に積もる雪は、現在の塩沢町に住んでいた江戸時代の人鈴木牧之が『北越雪譜』で述べたように、かつては太平洋側に住む人たちには思いも寄らない自然の重荷でした。人々は長い冬の間、まさに冬ごもりとしか言いようのない生活を強いられたのです。 鉄道が開通し、道路の除雪と融雪が行われるようになって、雪による生活苦はかなり軽減されたと言えるでしょう。山に積もる雪は、魚沼一帯に無数のスキー場を林立させ、逆に有力な産業、生活の手段となっています。 冬、山に積もった雪は、スキー場に都会から人を呼び寄せて雪国の経済を支えるだけでなく、もう一つ大きな役割を果たしています。 山の雪は、里が春から夏を迎える間、清冽な雪解け水となって平野を潤し続けます。九州や瀬戸内では、よく日照りによる旱魃が起こりますが、北陸では昔から「日照りに不作なし」と言われています。それはまさに、山に積もった雪が、巨大なダムとして機能しているからです。 北陸地方、特に新潟県の魚沼地区は、銘柄米の産地として有名です。この銘柄米の生産を支えているのは、冬、山に積もった雪なのです。 この写真は、今朝私が撮影した雪形です。赤い丸で囲った中に、馬の姿に似た雪形が見えると思います。 |
土曜夜のチャットの話題ですが、インターネットで使われている画像フォーマットとしてJPEGと双璧をなすGIFフォーマットの使用が問題化しているそうです。
GIFフォーマット、より正確にはGIFフォーマットで使われている画像圧縮アルゴリズムであるLZW法は、アメリカ合衆国UNISYS社が特許を持っているので、GIFフォーマットの画像を使用するには特許料を払わなければなりません。実際には、個々のユーザーがUNISYS社に特許料を払うのでは事務処理的に無理がありますから、Adobe Photoshopのような製品版のグラフィックソフトの場合、ソフトを開発したメーカーがUNISYS社に特許料を払い、ユーザーがメーカーに払うソフトの代金の中に特許料が含まれている、という仕組みになっているはずです。 ところが世の中には、大手メーカーが開発・販売している製品版グラフィックソフトしかないわけではなく、個人や小さなグループが開発し、フリーウェアやシェアウェアとして配布しているグラフィックソフトも流布しており、そういったソフトで制作された画像も、インターネットで公開されています。 もし、GIFフォーマットに対応したソフトを開発している個人やグループがUNISYS社に特許料を払っていなかったとしたら、これは明らかに、UNISYS社の特許への侵害にあたります。今まではそれが横行していたようですが、たまりかねたUNISYS社が告発の強化に乗り出した、ということのようです。 これはまあ、考えてみれば至極当然のことなので、今まで特許の侵害が横行していたことの方が異常だと私は思います。 私のサイトで使っているGIFフォーマットの画像は、私が正規ユーザーとしてライセンスを取得している、(株)ウェブテクノロジの製品であるOPTPiX webDesignerを使用して制作しており、(株)ウェブテクノロジはUNISYS社からLZW特許のライセンスを受けているので、何らやましいところはありません。 この話題を提供したチャット参加者の方が紹介して下さった、このようなサイトがあります。このサイトを設立した人の意図は、PNGフォーマットの普及にのみあるものと解釈し、それ以外の意図(例えばUNISYS社に対する非難ないし中傷)を有するものであるかどうかについては、私はコメントを控えさせていただきます。 (4月25日アップ) |
4月23日(日)
昨夜4時半までチャットして、起床が8時半。私は本当に風邪を治す気があるのでしょうか?近所の公園の観桜会は今日が最終日で、公園の桜もすっかり葉桜になりました。 桜が終わる頃、今度は桃が咲き始めています。もう一つの春の花、梅は、このあたりではあまり見かけませんが、桜と同じ頃に咲いているようです。 関東地方に住んでいた頃は、梅は2月か3月に咲き、梅が咲いてから桜が咲くまではかなり日がありましたが、雪国では春の訪れが遅い分、梅と桜の開花が近づいているのでしょう。 北海道まで行くと、梅、桜、桃、さらにはリンゴまで、5月に一斉に咲くそうです。 上越市に住んでいる友人と一緒に、上越市内にある陸上自衛隊高田駐屯地の創立50年記念祭に行きました。 私たちが着いた時には記念式典の途中でしたが、こういう場には付き物の吹奏楽に、毎年恒例の高田・新発田駐屯地合同音楽隊だけでなく、防衛大学校、新潟県警、さらに友人の母校である上越市内の高校の吹奏楽部まで出演していました。今年は自衛隊の前身である警察予備隊の発足から50年、高田駐屯地も50年の節目ということで、特にいろいろなところから出演を募ったのでしょう。 それにしても、自衛隊の行事に高校の吹奏楽部が、もちろん顧問の先生に引率されて参加するとは、「いい世の中になったものだ」と友人は言いました。 もともと上越市の前身である高田市は、明治以来陸軍が駐屯していたところで、一昨年の長野オリンピックの会場整備を高田駐屯地の部隊が中心になって行ったこともあって、自衛隊に対する市民感情は良好な土地です。 そうだとしても、自衛隊の行事に高校のクラブが参加するといったら、一昔前なら教職員組合が大騒ぎしていたことでしょう。 (4月25日アップ) |
この週末にはCGの制作を始め、やりたいことが山積みだったのですが、昨夜3時までチャットしたのが災いしました。
10時に起きてCGの制作に着手したものの、途中で居眠りしてしまって、目が覚めると午後6時。しかも悪いことに、ちゃんと布団に入らず、パソコンデスク代わりにしているコタツに足を突っ込んだまま寝ていたので、寝不足は解消しましたが、寝る前よりもっと喉が痛くなりました。 やはりデスクワークとはいえ、一日平均4時間睡眠で一週間仕事を続けるには、それ相応の基礎体力が必要なようです。 後悔の念を叩き払いながら起き上がっても、寝過ぎてテンションが萎えたのか、原画を描く気力が全く湧き起こってきません。 こんな具合なので、4月中に制作を予定していたCGの制作はいくらか遅れそうです。そのうちの1枚は完全に4月限定の題材なので、何とかしなければと気は焦るのですが、今の気力ではCGの制作のような創造的な作業は無理と諦めました。 こういう時は、ルーチンワークです。20日の日記に書いた、800×600のディスプレイに対応するためのレイアウト変更作業に着手しました。 最初の1枚のレイアウトを決めてしまえば、あと何十枚あろうが同じ箇所を同じ数値に直していくだけなので、至って単純な作業です。しかしその作業も、午後12時までには終わりませんでした。 行きつけのチャットルーム「けんたろうチャット」に入っていくらか経った午前0時過ぎ、当サイトの800番をゲットしたという申告がありました。 ゲットされたのは、けんたろうチャット常連さん達の間でキリ番ゲッターとして有名ななりぽしさんでした。 思い起こせば、私は昨年12月、なりぽしさんのサイトで800番をゲットしています。不思議な縁です。 |
このところの陽気と強風のために、職場の近所の桜はどんどん散っていきます。近くの公園では、当初の予定では2日から16日までの日程で観桜会が催され、公園中に屋台が出ていました。寒さのために開花が遅れ、2日には全くつぼみしかなかった状態だったので、会期が1週間延長されて、23日までになりましたが、16日を過ぎると屋台の多くは引き払っていました。
観桜会に屋台を出す人たちは、地元の人もいるでしょうけれど、多くは他県の人たちで、九州から北海道まで、桜前線の北上と歩みを揃えて、各地の桜の名所を渡り歩いているのだそうです。先週末まで私の地元に屋台を出していた人たちは、この週末には角館か弘前で屋台を出すのでしょうか。 東北地方にお住まいの方のウェブ日記に、その方のイメージでは桜は学校に通い始めてしばらくしてから咲くもの、と書いてありました。 私の地元新潟県でも、桜は4月10日を過ぎてから咲くものです。 就職するまで住んでいた横浜市では、もう少し早くて4月5日頃、入学式や始業式の頃に咲きました。ある年、3月下旬、卒業式の頃に桜が咲いて、とても珍しいことだと思ったのを覚えています。 いつだったか新聞のコラムで読みましたが、桜は入学式に咲くもの、というのは日本の限られた地域での現象であって、あたかもそれが日本中に共通のことのようにマスコミが扱い、ドラマや漫画でもそのように描くのは中央集権的発想である、というようなことが書いてありました。 中央集権的だなんて、そういう力み方をしなくてもいいんじゃないのかなあ、と思ったものです。 ダイヤ改正にも書きましたが、案内所にメモリアルカウンターを設置しました。 私が「けんたろうチャット」で知り合いになった方々の間では、自分がアクセスした時のカウンターが1000とか10000のように切りの良い数字、その他にも3333とか1234といった数字になることを喜ぶ風潮が強いです。特に前者を「キリ番を踏む」あるいは「キリ番をゲットする」と呼んで瑞兆(笑)としているようです。 それは、独特の作風を持ったSS作家として知られる天巡暦さん(「恋姫達の社」管理者)が、5000刻みのキリ番をゲットした方にSSのリクエスト権を進呈する、ということを始められたからでしょうか。現在、55000番をなりぽしさんがゲットされ、常連の方々は揃って60000番を狙っているところです。 私がサイトを立ち上げた後、メモリアルカウンターを設置しては、という要望が寄せられました。 私としては、サイトのトップページにあまりいろいろな物を置きたくなかったのですが、お客様のご要望に添うよう努力するのも管理者の責任のうち、として、当サイトならではのキリ番である「800番」達成を前に設置に踏み切りました。 800番をゲットされた方には、メモリアルカウンターにご芳名を記載いたします。それ以上のことは未定です。 4月中に制作・寄贈したいCGがあり、そちらを優先したいと思いますので、悪しからずご了承下さい。 |
喉がちっとも良くなりません。日記帳を見ると、
4月16日 午前7時半起床、午前4時就寝 4月17日 午前8時起床、午前5時就寝 4月18日 午前8時起床、午前3時就寝 4月19日 午前8時起床、午前3時就寝 午前0時から3時までチャット そして今日は、午前8時起床、午後8時から10時まで仮眠して、この文章を打鍵しているのは午前3時です。 何か一つのことに熱中すると、時間を忘れて没頭してしまうのは子供の頃からの性分ですが、就職して親元を離れ、独り暮らしを始めたことで、夜更かしに対する周囲の歯止めが効かなくなったようです。 10代の頃ならいざ知らず、30歳にもなった今では、もう少し自分のことを体を考えないといけないのでしょう。 今度の週末、サイトを更新するためにも、CGを制作するためにも、行きつけのチャットルームで徹夜チャットするためにも、今のうちに体調を万全にしておかないと。 (なぜ「明日の仕事のためにも」という言葉が出てこないんだ?) 昨夜ネットの知人とICQで話していましたら、私のサイトはノートパソコンでは見づらいと言われました。 運送約款に書いてあるように、このサイトは画面解像度1024×768ピクセルで見ると最適なように作られています。私がサイト制作に使っているマシンのモニターは17インチCRTで、1280×1024で使用していますが、まだ15インチCRTでご覧になるお客様が多いであろうと判断して、1024×768を基準にしたわけです。 そして案内所以外は画面をフレームで左右に分割し、左のウィンドウは横幅150、右のウィンドウは残り全部。単純に計算すると、1024×768で見た場合、右のウィンドウは横幅874。そこに横幅800のテーブルをセンタリングして置いて、その中にCGや文章を配置しています。 ところがこれをノートパソコンで見ると、ノートパソコンの液晶ディスプレイはまだ12インチ級の、解像度は800×600が標準のようですから、右のウィンドウの横幅は650しかなく(しかも実際には、縦スクロールバーが右端に付くからもっと狭い)、どのページを見るにも横スクロールしないと全部見えない、ということになるようです。 ブラウザのウィンドウの横幅によってレイアウトが変わるのがいやだったので、横幅を絶対値で明示したテーブルの中にページ全体を納めるようにしたのですが、どのページを見るにも横スクロールしなければならないとすると、2番倉庫やこのページのように長い文章が続いているページの場合、非常にお客様に負担を強いることになりかねない、と気づきました。 差し当たって考えている改善方法は、案内所から各コーナーへのリンクをもう一つずつ設けて、そのリンク先ではフレームを使わず、今の右ウィンドウのファイルに直接リンクするようにし、画面解像度800×600でご覧になるお客様にはそちらをご覧いただく、という案です。CRTの解像度を変えて試したところ、これでも若干の横スクロールが必要になりますが、横幅800のテーブルを枠組みとしてある全てのページの、レイアウトを作り直すには多大な労力を要するので、これでご容赦いただきたいと思います。 |
4月19日(水)
上越市に住んでいる友人と電話で話しましたら、彼は今、時ならぬ騒音公害に悩まされているそうです。どういうことかと聞いてみると、上越市議会選挙が日曜日に公示されたので、月曜日から毎日昼間中、街宣車が走り回っているのだと。古紙回収や焼き芋屋よりずっと大音量で、候補者名ばかりを絶叫するあれです。 来週の日曜日が投票日なので、「土曜日までの辛抱だとわかっている分、当分終わる当てのない米軍基地のジェット機の爆音や、いつ終わるかわからない火山の噴火よりずっとましだ」と苦笑交じりに言っていました。 彼は昨年、仕事でアメリカへ出張したことがあり、ちょうどその時、滞在していた市の市長選挙が公示されていたのですが、選挙のやり方で日本と違うのは、候補者名を連呼する街宣車が走っていないことと、街頭に貼ってあるビラに http://www.vote???.com(???は候補者のファーストネーム)というようなURLが書いてあることだと話していました。 アメリカでは今、大統領選挙たけなわですが、選挙戦にはどの陣営もインターネットを駆使しているらしいことは、新聞を読んでいるとわかります。一部の州では、日本で言えば不在者投票に相当する投票に、インターネットを使った在宅投票が実施され、投票率アップにかなり効果があったらしいです。 日本ではどうかと見るに、国政選挙でも地方選挙でも、インターネットの利用には消極的、というよりも公職選挙法や地方自治法の現在の解釈では、CGIを使った在宅投票どころか、インターネットを選挙運動に使うこともできないようです。 法律の条文をどう解釈するとそうなるのかは、法律には門外漢の私にはわかりませんが、この前の衆院選の時には、各政党、衆院議員、立候補予定者のサイトは、選挙期間中は閉鎖していたといいます。 もちろん、何でもアメリカがやっているようにやればいいなどと言うつもりはありません。インターネットで在宅投票をするとなったら、投票の秘密は完璧に守られるかというプライバシーとセキュリティの問題、本人確認をどうやるか、いろいろと解決しなければならない問題が山積していることでしょう。 政界では衆院選の日程が取り沙汰されています。もうすぐ全国民の上に、騒音公害が降りかかってくるのでしょうか。 |
4月18日(火)
一昨夜、昨夜と2晩続けて、午前3時過ぎまでサイトの更新のために夜更かししています。しかも昨夜は、勤務時間終了後から午後8時半まで近所の公園で課の花見をやり、カラオケボックスで二次会をやって11時に帰宅し、それからサイトの更新作業をしているという具合です。桜がちょうど満開になっているとはいえ、夜になると冷え込んで、私などはいったん寮に帰ってスキーウェアを着込んできたくらいですから、そんな寒さのもと野外で宴会はするは、喉がやられているとわかりきっているのにカラオケに行くはでは、体調が悪化するのは自業自得というものです。 私の喉はいっこうに治りませんが、今日の職場では、昨夜の花見に参加した課員がそろって咳をしています。 こうして毎日深夜、テレホタイムが始まる頃になって一日を振り返りながら打鍵していると(しかも15年来の紙日記も平行してつけています。我ながら常軌を逸した二度手間……)、いつの間にか運行日誌の更新が最も多くの時間を割いている作業と化しているような気がしてきます。 私自身、文章を書くことは決して苦にはなりませんし、だからこそこうして毎日、どれくらいのお客様が読んで下さるかもわからない文章を打鍵し続けているわけですが。4月1日から17日までの文章量は、画面上で450ライン(Internet Explorerの場合)に達していました。 とかくウェブ日記というページは、このページの上の方にも書いたように、個人サイトの定番とされている反面、その人の一言の発言が一国の政治経済を左右するような人物ではない私のような一庶民の日記など、今の社会にとっても後世の歴史にとっても、およそ何の価値もない、ありていに言えば自己満足の極みにすぎないでしょう。 そんなページを更新することにこれだけの時間を費やしている現実が、果たしてサイト開設前に自分が夢見たサイト開設後の自分の姿であっただろうか、という疑問を感じることもないではありません。 先日、伝言板に「日記は毎日見ている」と書き込んで下さった方がいらっしゃいましたが、そういう具合にこのページに目を留めて下さる方がいらっしゃる限りは、決しておろそかにしてはいけない、と思う反面、サイトを開設するにあたって私が本当に公開したかったのはそんな物だったのか、もっと他にインターネットを通じて世に問いたい物があったからサイト開設に踏み切ったのではなかったのか、という内なる声も聞こえてきます。 誤解のないように申し上げておきますが、ウェブ日記を最も重要なコンテンツとするサイトの存在価値を否定するつもりはありません。そのサイトの管理者の方が、それをインターネットを通じて世に問いたいと考えてサイトを開設されたのであれば、私はそれを尊重します。ただ私自身は、ということです。 |
4月17日(月)
当サイトのアクセスカウンタが、17日午前1時頃600に達したと、伝言板にカキコがありました。開設したばかりで、ほとんどのコンテンツが未完成というサイトに、これだけ多くのお客様がアクセスして下さることに、改めて深い感謝の意を表します。 ただ、大切なことは、そうして当サイトをご覧になって下さったお客様のうち、どれだけのお客様が再び巡回して下さるか、つまりどれだけリピーターを確保できているか、ということに尽きると思います。 先週、いくつかの検索サイトに登録させていただいてから、1日あたりのアクセス数は明らかに増えています。これは取りも直さず、そういった検索サイトをご利用になって、当サイトを初めて訪れて下さったお客様が増えていることの証ですが、そうしたお客様のどれだけがリピーターになって下さったか、それは当サイトのアクセスカウンタの仕様では解析できないようなので、推測する術もありません。 サイト開設前、私が単なる一介の客としていろいろなサイトを巡回していた時の心理を思い出せば、同級生コンテンツのあるサイトとして検索サイトに登録されているサイトには、まず一度は足を運びます。その後、そのサイトを足繁く巡回するか、それとも足が遠のくかは、まず第一にはサイトのコンテンツが私の好みに合うかどうかですが(サイト名は伏せさせていただきますが、公開されているSSでの水野友美の描かれ方に激しく憤慨した結果、二度と巡回していないサイトが1つあります)、次はサイトの更新頻度です。「麗子となりぽしの部屋」や「88らいぶらりぃ」のように頻繁に更新されているサイトには、毎日でも巡回する気になりますが、私が関心を持つコンテンツが何ヶ月も更新されていないようなサイトには、毎日巡回しようという気は起こってきません。 今、サイト管理者としてお客様をお迎えする立場になってみると、それと同じことが言えると思います。 私のサイトを初めて訪れて下さったお客様が、その後一度も訪れて下さらなかったとして、その理由が「800が描く同級生2キャラのCG(今のところ当サイトのメインコンテンツですね)は見たくない」というのでしたら、これは悲しいことですがそのお客様と私には縁がなかったと思うしかありません。 (見たくない理由が「下手だから」というのなら、猛省しつつ修業あるのみですが、「画風が好みに合わないから」と言われたりしたら、本当にどうしようもありません。人の好き嫌いばかりは、他人が口出しできるものではありませんから) しかしそのお客様が当サイトを訪れて下さらない理由が、「新作SSがいっこうに公開されないから」とか「楽しみにしているコースがいつまでも『開設準備中』だから」というのでしたら、これは私の努力で改善できることです。というより、改善しなければなりません。 しかしそうは言っても、企業や官公庁の公式サイトで、専従職員を置いて更新を行っているのならともかく、個人、なかんずく会社や官公庁に勤めている人が、趣味で開設して余暇に更新を行っているサイトでは、定期的に更新を行うのもなかなか思うに任せないのが現実です。 私自身そういう状況の中にありますから、毎週のように新作を公開したり、毎日日記を更新したりしているサイト管理者の方には、つくづく頭が下がります。 この運行日誌の更新も、17日と書いていながら実際は18日の午前3時です。テレホタイムが始まる前には、お客様をお迎えする準備を済ませたいものです。 |
4月16日(日)
昨夜はテレホタイムが始まるくらいまで仮眠して、少しでも酔いが醒めたらCGの制作、サイトの更新、毎週末の習慣と化したチャット、のつもりだったのですが、目が覚めると午前7時半。酔いは完全に醒めましたが、喉は治っていないし、貴重なテレホタイムを完全に寝潰してしまったことで精神的にやや凹みました。しかしそこでいつまでも凹んでいないのが私の取り柄の一つです。うまい具合に早起きできたと割り切って、颯爽と休日出勤(爆)。月曜日のチーム作業の段取りを済ませました。 昼頃帰宅して、ちょっとだけ巡回してから、図書館へ資料収集に行きました。 昨日「いいんちょ普及委員会」の掲示板に、挨拶として宮沢賢治の「雨ニモマケズ」のパクリを書きましたら、予想以上に好意的に迎えられたので、調子に乗って、掲示板のログとして流し去らず、800Toursのコンテンツに収録しようという気を起こしました。 ところが「雨ニモマケズ」を国語の授業で読んだのは15年も前でしたから、一字一句まで正確には覚えていません。それにもう一つのソースであるところのゲーム本編のシナリオも、一字一句書き取ったわけではないのであやふやです。そのあたりをいい加減にしたままアップするのは許さない性分なので、「雨ニモマケズ」の原文を宮沢賢治全集から探し出すために図書館へ行ったわけです。 宮沢賢治の記した文章の中で、知名度では五本の指に入るに違いない「雨ニモマケズ」ですが、末尾「そういうものに わたしはなりたい(原文は片仮名、旧仮名遣い)」は、「なるぞ」という決意表明よりは「なれれば」という願望、いや祈りだということです。この文章は昭和6年11月3日に彼の手帳に書かれたそうですが、その頃彼は東京で宿痾の肺病を悪化させて、半死半生の体で故郷に戻ってきたということで、「〜にもまけぬ 丈夫なからだをもち」どころではなかったのですから。 帰宅してから、ゲーム本編のシナリオを書き取るために軽くさらい、それにもとづいて文章を加筆訂正し、後書きを書いてHTMLファイルにしました。 その後は「春の女神」の制作続行です。レイヤー合成のできる本格的なCG制作ソフトを買ってからというもの、それを活かして、紙に色鉛筆で描いた人物と背景写真を合成したCGの制作を繰り返していますが、人物と背景写真を合成するには、人物を描いたレイヤーを人物の形にうまく切り抜かなければならず、それに予想以上に手こずったため、完成は深夜になりました。 (4月17日アップ) |
ページのトップへ戻る |
---|
←5月前半の日記へ ↑2000年の日記へ 4月前半の日記へ→ |