釧路戦記

第四十六章
 十二月十日以後、敵の動きは全く途絶えてしまった。街を歩いても、敵兵の影も見かけない。もっとも、だからと言って安心できないのは言う迄もない。二ヵ月前にも同じ事があったのだから。一ヵ月余りにわたる無風状態の後に、全市を席捲する大蜂起が起こったことを私達は忘れはしない。とは言うものの、あれだけ徹底的に叩かれた後で、まだ次の作戦を遂行できるだけの戦力が残っているかどうか疑問だが。
 何事もなく年は明けて、昭和四三年を迎えた。私達は毎日、きちんと哨戒してはいたが、そろそろ無聊をかこつようになってきた。何しろ、町を歩いていても、敵兵の影も見えないのである。弾薬など、全く使っていない。
 そのうち、変な空気が町に漂い始めた。市民達が、私達を忌避しているようなのだ。町ゆく人々は、私の姿を見かけると、そそくさと去ってしまう。私を見ると、連れている子供の手を引っ張る母親は多い。町中の空気が、どことなく私達を厄介払いしたいような雰囲気なのだ。
「全く勝手なもんだよ。我々があれだけ奮闘して、市民を脅かす革命軍を追っ払ったというのに」
 屋代が石田に言ったことがある。
「我々のこの格好が、市民に不快感を与えているって事はあると思うな」
 谷口が石田達に言った言葉だ。谷口自身、六十年安保の時に機動隊に属していたことがある。機動隊というのも、軍隊同様、出番がないに越した事はない集団だ。
 確かに、我々の格好――実弾を填めた銃を担ぎ、腰に銃剣を差し、物入れを手榴弾で膨らまし、戦闘服に身を固めた格好は、市民に威圧感を与えるだろう。日曜日になると市街へ繰り出してくる自衛隊員も、完全武装どころが全くの丸腰である。それでさえ、市民の視線は冷たい。
「もうすぐ我々の任務も終わりだ。そうなれば、大手を振って東京へ帰れる時が来る」
 その時とは、「敵が滅亡する時」である。釧路地方に於いては、敵はすでに滅亡したと言ってよいであろう。日本全土から敵が滅亡するのは、いつになるであろうか。
 一ヵ月近い無風状態の後、私達にもたらされた事実は、私達に絶大な衝撃を与えた事では、先の釧路蜂起など足元にも及ばぬようなものであった。
 一月五日の朝、私達は全員、前線本部に呼ばれた。前線本部の前の駐車場に詰め込んだ私達、四個中隊五百人を前に、急拵えの壇上に登った本部長は、ハンドマイクを取って話し始めた。
「今日ここに集まって貰ったのは、諸君に対し、重大なる発表を行うためである」
 場内がどよめき始めた。本部長は続けた。
「諸君の、八ヵ月にわたる戦いは今日、ここに実を結んだ、諸君!」
 本部長は興奮して大声を上げ始めた。
「本日、新日本革命軍は、我が軍に対し、無条件降伏した!! 我々は勝ったのだ!!」
 本部長は片手の拳を振り上げて絶叫した。万雷の如き歓声が巻き起こった。皆は手を振り回し、足を踏み鳴らし、腹の底から歓喜の叫び声を上げた。私の目には涙がこみ上げてきた。私はそれを拭おうともせず、流れるに任せた。
 本部長はハンドマイクを取って叫んだ。
「討伐隊万歳!!」
 私達は一斉に叫んだ。
「万歳!!」
 叫び声は辺りに漲り、天地を揺るがすかのようだった。私達は暫し、無限に湧き起こってくる興奮に身をゆだねた。
 やがて、皆が興奮し過ぎて疲れてしまうと、本部長は喋り始めた。
「直ちに戦後処理にかかる。各自の持っている武器は、速やかに返還せよ。軍服の処置は各自に任せる」
 私は住居として占拠していた空家に戻り、武器弾薬の全てを持って再び本部へ行った。最早我々には武装は要らない。敵は降伏したのであるから。戦争は終わったのであるから。平和な武装解除であった。武器を手放すことに、何の未練も感じなかった。手放すべき時が来たのであるから。
 その晩、私の脳裡には、この日の歓喜を味わう事なく死んでいった仲間達の俤が去来し、いつまでも眠れなかった。
 三木。橋口。寺田。志村。石塚。石川。鈴木。山口。矢部。岸本。小林。山本。八川。そして、大原。この日を生きて迎えられなかった彼等は、さぞかし無念だった事だろう。しかし、彼等の死は無駄ではなかったのだ。まさに彼等は尊い犠牲なのだ。……中島だけは違うぞ。あれを殺したのはこの私だ。あれは死を以て償われねばならぬ罪を犯したのだ。あれが成仏することは、この私が許さない。
 一月十五日、東京第一中隊の、全戦争の戦死者六九柱の葬儀が営まれた。本部の倉庫に祭壇が作られ、読経の声もない静けさの中、私達は一人ずつ焼香した。私は、祭壇の中に中島の名を見つけ、内心甚だ穏かならざる心持ちではあった。
・ ・ ・
 敵が降伏に至るまでの経過が、二十日の会報に載った。
 敵は東京所在の兵力数百と、各地に散らばった敗残兵を集め、東京郊外の本部を拠点に、最後の蜂起を実行する計画であったらしい。ところが我が軍が先に察知して敵本部を、二線部隊を動員して包囲した。このため敵は已むなく籠城戦に入った。
 一月三日の早朝、我が軍特殊部隊によって敵本部の爆破が決行された。本部は倒壊し、敵は全滅したものと思われた。ところが、本部の地下に脱出通路があったらしく、将軍以下数十の敵が脱出に成功した。殆どが重傷を負った敵の大勢は降伏に傾いた。その中で唯一人、徹底抗戦を主張していた将軍に対する反感は強まり、五日朝、将軍は常用していた麻薬の注射に毒を混入されて謀殺された。生き残った者――大佐一、大尉一、中尉二、少尉一、准尉一、上級曹長二、曹長二、軍曹三、伍長二、一等兵八、二等兵十、三等兵六、合計三八はすぐに我が軍本部に出頭し、午前十時、降伏文書に署名した。――
 かつては二万とも三万とも言われる勢力を誇った革命軍は、我が軍との戦いの中で次々に勢力を失ってゆき、最後には僅か三八人にまでなってしまったのであった。誠に惨めな末路ではあった。
・ ・ ・
 革命軍無き今、もはや討伐隊の存在意義は無くなった。二三日の事だった。私達は本部に召集された。この頃には、軍服を着ている者は殆ど無かった。五日の時と同じように駐車場に集まった私達に、本部長はハンドマイクで言った。
「諸君、ここまで、よく戦ってきてくれた。我々の目的は既に達成された。この事は我々にとって誠に感に堪えない。しかし、それは同時に、討伐隊の解散をも意味する。昨日、討伐隊の戦後処理は全て終わった。討伐隊は、今日を以て……今日を以て、解散する。諸君、……長い間、……御苦労だった」
 本部長は涙にむせび、最後の方は良く聴き取れなかった。皆の間からも、すすり泣きの声が聞こえてきた。私は目を閉じた。涙が、頬を伝って流れた。私は、不思議なほど心が落着いていた。心の中の様々な事が、皆、静かに溶け、消えてゆくようだった。目を開くと、遥かに高く、青く澄み切った大空が私達の頭上にあった。その空の一角に翻っていた討伐隊の旗が、今、下ろされてゆく。討伐隊は、解散したのだ。私の、私達の、戦いは終わったのだ。
(2001.2.12)

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