釧路戦記

第二十九章
「射て――っ!!」
 バズーカが火を噴く。土手の一角が大きく崩れる。敵が内側のバリケードの向こうから軽機を構える。味方の重機が火を噴く。血を噴いて倒れる敵兵。手榴弾が炸裂する。小銃が鳴り響く。バズーカの兵が身を乗り出す。小銃は援護射撃だ。また敵兵が倒れる。土手が崩れる。約一メートルにわたって崩れた。
「進めー!」
 小銃を連射しながら飛び出し、土手の崩れ目から突進する。敵が射かけてきた。伏せる。手榴弾を投げる。届かない。バズーカが火を噴く。土手が崩れた。第二発。道が開け……何と! 鉄条網が張られている。かかる上はバズーカを集中して破壊するか。他の所からバズーカを集めよう。
 まず北へ回ると、ここは外側のバリケードが破られた段階だ。私は重機のいる場所へ登り、そこの二人に告げた。
「もっと前進だ。内側の土手を見下ろすあたりへ行け」
 他も同じ状況であった。五挺のバズーカと五人の兵員を集めて共栄大通側の攻撃点へ向かった。
 鉄条網には苦労している。一向に破られない。バズーカの弾丸は高価だ。こんな所に無駄使いは出来ない。私は辺りを見回した。
 左側に、土手で塞がれてはいるが路地がある。ここからどこへ出られるかはわからない。私は、三人の兵に言った。
「右側の方に敵の注意を引きつけろ。あの路地から狙ってみる」
 三人は、右側へ手榴弾を投げ始めた。私はこの間に路地を塞ぐ土手を飛び越え、路地に入った。と、路地の奥に敵兵が一人いる。私は小銃で一発発射した。その兵は倒れた。小銃を構えて歩いてゆくと、兵の死んでいる所に来た。丁字路だ。左側に、ここにも土手がある。
 ということは。何故この路地の西側は塞がれているのか。右側、つまり東側が、バリケードの外に出ていれば、この必要は無い。従ってバリケードの中に出ているのに違いない。
 私は小銃の引鉄に指をかけたまま右側の路地を前進した。路地が道に出る手前で、芥バケツの陰から外を見ると、果たして左側、つまり司令部と反対側に鉄条網がある。右側にはコンクリートブロックを積んだ小さい壁があり、軽機がブロックの間から出ている。私は路地を戻り、バズーカを持った六人の兵に命じた。
「路地から行く。ついて来い」
 狭い路地に六人集まったところで私は一人に命じた。
「この路地を真っすぐ外へ行って、他の所の兵を集めて来い。土手があるが気にするな」
 その兵がバズーカを置いて行ったのを見届けてから私は言った。
「あの壁の向こうに敵の軽機がいる。銃身が出ているのだけ吹っ飛ばせ。交代でどんどんやれ」
 バズーカが次々に発射される。壁が次々に音を立てて崩れてゆく。一発ごとに、敵の銃火が衰える。手榴弾が飛ぶ。耳を聾する爆発が次々に起こる。
 後ろから人の騒ぐ声が聞こえてきた。振り返ると、味方の兵達が、狭い路地を埋め尽くして前進してくる。
「突撃――!!」
 私は叫んだ。三十有余の兵達は、小銃を連射しながら道へ飛び出し、まだ残っている壁から壁へと走りながら前進した。突然現れた我が軍勢に、敵は戦意を失ったか敗走し始めた。その背を狙って小銃が火を噴く。敵兵の背中から血が迸ると、その兵は倒れて動かなくなる。敵兵の死体や崩れた壁の瓦礫、手榴弾が爆発して路面に開けた穴などに足を取られながらも、三十余の兵は怒涛の如く敵司令部へと押し寄せて行った。
 司令部の脇を通る道の南の方にいる敵兵や、東西に通ずる道にいる敵兵は、背後を衝かれて混乱に陥った。軽機の向きを変える暇も無く、我が軍の小銃や手榴弾に血祭りに上げられてゆく。重機も盛んに火を噴く。
 私は敵司令部に近づいた。鉄の扉が閉ざされている。
「なんの」
 私は駐車場へ行くと、駐めてあるトラックの屋根によじ登った。二階の窓は板を打ちつけてある。
 私の足を引っ張る者がある。見ると敵兵が私の片足を掴んでいる。私は登ってきたその兵の胸板に蹴りを入れた。骨が折れる音がした。それでも登ってくる。しぶとい奴だ。私はその兵の上体を抱えると、その兵の頭を窓に打ちつけた。板は破れ、兵は肩まで窓の中に入った。私は血塗れの兵の頭を窓から引き抜くと、その隣に打ちつけた。充分大きな穴が開いた。私はその穴から中を伺った。敵兵がいる。反射的に手榴弾を投げ込んだ。窓枠が吹き飛ぶ。敵兵四人が転がっている中へ私は乗り込んだ。
 戸を開けて飛び込んできたのは、おそらく交代して寝ていた兵だ。すかさず小銃で倒し、戸の向こうを覗き込んだ。まだ支度をしている。私は手榴弾を投げた。爆発。頭を上げてみると五人ばかり死んでいる。
 近くにいた敵兵が、大型の消火器のような物を構えた。火炎放射器だろう。私はその兵に飛び蹴りを喰わし、その兵が取り落とした火炎放射器を構え、ノズルを向けて握りを強く握った。ノズルからは一直線に炎が噴き出し、部屋中を次々に炎に包んでゆく。敵兵の、腸を引き千切るような絶叫が建物中に響き渡った。
 炎の噴き出しが止まった。私は火炎放射器をそこに捨て、反対側の戸を開けた。そこが階段である。私は三階へ通ずる階段を登った。
 戸を開けると、そこに敵兵が四人……いや違う。軍医は河村、二人の衛生兵は片山と宮川だ。もう一人が、本当の敵だ。中尉である。中尉はにやりと笑って言った。
「そこまでだ。動くな……動いたら人質の命は無いぞ」
 河村、片山、宮川に囲まれて五人の人質、周辺の民家の娘達がいる。人質達は恐れに硬直しているのがわかる。私は銃を下げた。
「さあ、軍医と衛生兵。こいつを殺れ」
「はい」
 河村は答え、拳銃を抜くと撃鉄を上げた。私は河村の目を見据えた。その目は語っている。
(演技だ、お前を殺す筈が無いだろう)
「さあ殺れ。どうした」
 中尉が言った。その時河村は片山と宮川に目配せした。
 河村は撃鉄を上げた拳銃を、中尉の後頭部に突きつけた。
「な、何の真似だ?」
 それと同時に、片山と宮川は中尉に飛びかかり、中尉の腰につけた拳銃を奪い、中尉を床にねじ伏せた。私と河村も加わって、中尉の両手両足を縛り上げ、三角巾で猿轡をかませた。
 河村は白衣を脱ぎ捨てながら言った。
「人質を負傷兵に化けさせて逃がす計画だったんだが。お前の速攻を見くびってたよ」
 私は訊いた。
「他の四人はどうした?」
「味方にやられないような所を探して、敵のふりをしてる筈だ」
 味方というのは当然我々である。
「一刻も早く人質を逃がさねばならない。隣の家へ」
「しかしどうやって? 一階、二階とも敵兵がいるぞ」
「窓」
 これは面白い方法を考えたものだ。隣の家との間は一メートルばかりの路地だ。担架か戸板を渡し、その上を通って隣の家へ行くのだろう。
「片山、隣へ行って、向かいの窓を開けさせろ。開けたら、そこで暫く待て」
「はい」
 片山が降りて行くと、河村は宮川に言った。
「担架一本と、大きい布二−三枚持って来い」
「はい」
 それから私を振り返って言った。
「この洋箪子の扉をもぎ取るぞ」
「わかった」
 私と河村は扉の上下に手を掛け、力任せにもぎ取った。
 やがて担架一本と敷布一枚が届けられ、向かいの窓も開いた。河村は窓を開け、私と二人でもぎ取った洋箪子の扉を橋渡しにした。私は訊いた。
「この上を歩いてくのか?」
「違う、人質を担架に乗せて、敷布で包んで、その担架をこの上を滑らして送り込むんだ」
「すると俺達は?」
「後で考えるさ」
 河村は言いながら、もう一つの担架の片端を先刻の扉の上に載せ、もう片方の端を自分で持って、人質に向かって言った。
「まず一人、そこの。この上に寝て」
 一人の娘が担架の上に寝た。河村は言った。
「敷布を掛けてくれ」
 私は敷布を広げ、担架の上から掛けた。河村は担架を窓の方へ押し出すと片山に言った。
「そっちの端を引っ張れ」
 担架は橋渡しにした扉板の上を滑ってゆき、向かいの窓に入った。
「降ろしたか。降ろしたら、敷布を担架に載せて、こっちへ送り返せ」
 敷布を載せた担架が戻ってきた。次の一人を載せて送り、そして次の一人……。
 最後の一人を担架に載せた時、戸口の方から沢山の足音がした。
「気付かれた! 急げ! この上を走って行け!」
 河村は叫んだ。(彼にしては珍しい事である。)最後の娘は扉の上に這い上がった。片山が引っ張る。私は戸口に向かって大声で言った。
「こっちには人質が……」
 いない! 中尉は廊下へ這い出したようだ。
「人質がどうした!? 中尉殿はこっちにいるぞ」
 敵兵の声だ。こうなったら仕方ない。私と河村は銃を連射した。河村の銃は発射速度が遅い。
「俺に任せろ! お前と宮川は先に行け!」
 私は叫びながら連射した。
 弾が切れた!
 私は窓に駆け寄ると、戸口へ手榴弾を転がし、扉板に飛び乗った。メリメリと音がする。私はその音を聞くか聞かないかのうちに隣の窓へ飛び込んだ。背後から轟音と共に、爆風が吹きつけてくる。
 敵兵が追ってきた。私は窓の下に隠れた。
 メリッ、バキィッ!
「わ――っ!!」
 ドシン
 私は顔を上げた。扉板は無い。一度に二人以上の敵兵が乗ったのだろうか、扉板は割れて、兵もろとも落ちて行ったのに違いない。地団駄踏む敵兵の姿が窓の中に見える。
 河村が手榴弾を投げた。爆発、爆風が吹き込んできた。
「人質さえ連れ出してしまえば、もう遠慮無しにバズーカぶち込めるぞ。
 人質は暫くここにかくまって貰おう。もうこれで河村達の特殊任務も終わりだ。続け」
 私は小銃に弾倉を装着し、階下へ向かった。外へ出てみると、もう戦闘は終盤にさしかかっていることが明らかとなっている。軽機を捨てて右往左往する敵兵を、味方の銃が次々に射倒していく。私は、バズーカを隠してある狭い路地に戻ると、バズーカに弾丸を込め、敵司令部目がけて発射した。司令部の三階で爆発が起こる。私は叫んだ。
「皆聞け!! 人質は救出された!! 司令部を破壊しろ!! 遠慮するな!!」
 何人かが私のいる路地へ戻ってくると、バズーカを構え次々に発射した。司令部はバズーカの猛攻に、次第に崩壊してゆく。
「バズーカの弾丸がありません!」
 誰かが叫んだ。
「バズーカ撃ち方止め!」
 私は叫んだ。バズーカをそこに放り出すと、小銃を構えて、逃げ回る敵兵を追った。
 敵兵が一人、ある家に逃げ込んだ。私はそれに気付くと、すかさず後を追った。家に突入した時、奥の方で呻き声がした。私の心の中に閃くものがあった。
 民間人がやられたのか!?
 しかし事実は逆であった。台所に駆け込むと、そこに立っていたのは、怖ろしい形相の婦人であった。その足元には、頚に包丁を突き立てられた敵兵が倒れていた。彼女は怒気凄まじい声で喚いた。
「こいつが、あたしの亭主を殺したんだ!!」
 私は口もきけなかった。彼女の怒気に圧倒されながら、そこから引き退った。
 外へ出てみると、四方八方で重機が鳴っているのに気付いた。敵兵の逃散を防ぐ為に配置した重機だ。敵は最早、完全な潰走状態になっている。むろん、我々はその潰走を許しはしない。全て殺すのみである。
 午前九時五十分。いつの間にか銃声は鎮まっていた。敵の司令部はすっかり崩壊して、もと三階建であったのが、二階分の高さも無くなっている。道の至る所に、敵兵の死体が転がっている。手榴弾の爆発で路面は穴だらけになり、瓦礫が散乱して散々な状態になっている。爆風によって、周辺の民家の窓ガラスは殆ど割れてしまっている。
 午前十時三十分。私は作戦終結を命じた。この頃には銃声は止み、周りに転がっている敵兵の死体が敵司令部傍の駐車場に集められ、敵の車から抜き取ったガソリンで焼かれていた。数えたところ、敵兵の死体は六十一体あった。これからすると、敵の死者数は約八十に達するであろう。これに比して我が方の損害は、
 ・死亡 ゼロ
 ・重傷 二(矢板小隊岸本、三沢小隊一)
 ・軽傷 二六(矢板小隊十、三沢小隊十六)
 かくて、この戦争の緒戦、討伐隊本部防衛戦と攻守ところを逆にしたこの戦闘は、我が軍の圧勝に帰したのであった。
(2001.2.8)

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