デジタルディバイド

題名の「デジタルディバイド」というのは、インターネットの普及が急速に進んでいた数年前、インターネット先進国のアメリカで言われ始めた言葉で、インターネットの恩恵を享受できる社会階層とそうでない社会階層の間に生じる断絶、というような意味です。
インターネットというのは確かに、居ながらにして迅速に情報を集め、利用することのできる手段としては優れた物です。同じような情報収集手段であるテレビとの最大の違いは、チャンネルの選択権がある以外は利用者は完全に受け身であるテレビに対して、インターネットでは多少の知識さえあれば、ちょうど今私がこうして雑文を皆さんの前にお見せしているように、個々の利用者が主体的に情報の発信が可能であることです。
個々の利用者がそれぞれ情報の発信者であると同時に受信者として、相互に(inter)情報のやりとりができるネットワーク、というのがインターネットの最大の特徴であり、政府や大資本でない一介の個人が全世界に向けて情報を発信することが可能になったという点で、文字の発明、印刷術の発明に続く、第3の情報革命という表現はあながち言いすぎではないでしょう。
しかし個人による情報発信が可能になったとは言っても、現実にはなかなかそうはいかないものです。
個人でウェブサイトを作るためには、個人でテレビ局や新聞社を設立するよりははるかに少ないとはいえ、やはり先立つ物つまり資金が必要です。
情報発信はしない、情報を受け取るだけだとしても資金が必要です。少し前までは、インターネットに接続可能なパソコンを買うだけで数十万円あるいは数千ドル必要でした。
しかもインターネットに接続するためには電話回線が必要であり、プロバイダに加入する必要もありますが、少し前にはプロバイダへの加入にはクレジットカードが必要だったのです。子供が親名義のクレジットカードで加入するのなら別ですが、そうでなければ、自分名義のクレジットカードが持てる人、つまり官公庁あるいはある程度以上の規模の企業に勤めている人でなければ、インターネットを利用できなかったわけです。
ここで、デジタルディバイドが問題になってきます。インターネット先進国のアメリカにも、その恩恵に浴することのできない貧困層が、厳然として存在しているのです。
インターネットを利用できる社会階層と利用できない社会階層の間には、既に貧富の差が存在していますが、インターネットの利用の可否によって、いろいろな面で情報の受容機会に格差が生じてきます。その機会の格差が、いっそう貧富の差を拡大し、持てる者と持たざる者の格差を助長する、というのが、インターネットの負の側面としてのデジタルディバイドだと言われていたのです。
貧困層というほどでもありませんが、私の知人でいわゆるフリーターをしている人が以前、フリーターではクレジットカードが持てず、従ってプロバイダに加入できないので、インターネットに関心があるのに利用できない、と言っていたことがありました。
私も就職直後、すぐにでもインターネットを始めようと思っていたのに、その頃はクレジットカードを持っていなかったのでインターネットを始めることができなかったものです。

そのような状況が変わりつつあるらしいと思ったのは、先頃新聞で、携帯電話でインターネットに接続する、いわゆるNTTドコモのiモードの加入者が爆発的に増えており、また一方では無料プロバイダの加入者が着実に増えている、という2つの記事を読んだことからです。
実は私は、地方都市に住む30代の給与所得者であるにもかかわらず携帯電話を持っていません。ですから携帯電話のことはあまり詳しく知らないのですが、携帯電話のハードウェアの値段は、従来のパソコンのそれよりずっと安いでしょう。秋葉原の電気街では携帯電話を1円で売っている店があるという話を聞きますが、それは正常な値段ではないとしても、地方都市でも数千円出せば携帯電話が買えます。
それにインターネット接続機器としてでなく普通の電話としても、施設設置負担金を払って(いわゆる加入権を買って)固定電話を引くのに比べれば、簡単に持つことができるでしょう。いつだったか誘拐犯が脅迫電話をかけるのに使ったことで有名になってしまった、プリペイド式の携帯電話というのがその例だと思います。その当時は、身分証明なしで買えて、買ったその日から電話がかけられる物だったと思います(犯罪に使われたことで、今は購入の際に身分証明の呈示が必要になったのでしょうか)。
それから無料プロバイダというのは、これも私自身は利用していませんから詳しく知らないのですが、無料というくらいですから加入に際して支払い能力の保証(要するにクレジットカード)を求められるということはないのでしょう。
私は9月に電話回線をアナログ回線からISDN回線に切り替えた際、ターミナルアダプタ(TA)を買いましたが、TAの箱には大手プロバイダ各社の加入申込書が入っていました。
私自身はもうniftyに加入していますから、別のプロバイダに加入する気はありませんが、各社の加入申込書をよく読んでみると、申込書が同梱されていたプロバイダ、Biglobe、Hi-HO、nifty、ODN、So-netのうち、加入に際してクレジットカードが必須と読めたのはHi-HOだけでした。
これら5社はもちろん無料プロバイダではありませんが、無料プロバイダの加入者が増えていることと考え合わせると、自分名義のクレジットカードを持てない人、つまりフリーター、自由業、学生、老人、主婦、こういった人たちをインターネットの市場として開拓していくことの重要性を、大手のプロバイダもはっきりと認識していると言えるでしょう。
先ほどのフリーターの知人も、今でもクレジットカードは持っていませんが、最近、自分名義でNTTの加入権を買えばOCNに加入できるようになったとのことで、インターネットを利用していると聞いています。

こうして、固定電話もパソコンもクレジットカードも持っていない人でも、携帯電話と無料プロバイダとでインターネットを利用できるとすると、インターネットから情報を得ることは、極論すればホームレスでも可能です。携帯電話のバッテリーを充電できさえすれば。
もっと発想を飛躍させると、こんな事も考えられるでしょう。携帯電話というのは固定電話と違って無線ですから、市ごと町ごとに基地局を設置する費用は、各家庭まで電話線を敷設するよりも安くつくと思います。基地局間の通信には衛星通信を使うとすれば、絶海の孤島でもインターネットに接続できることになります。人口希薄な土地を定住せず渡り歩く遊牧民も、携帯電話のバッテリーさえ充電できて、基地局から電波が届く範囲にいれば、私たちと同じようにインターネットが利用できるのではないか、そんな想像ができます。
これから先携帯電話は、全世界で普及していくでしょう。インターネットの隆盛にともなって危惧されたデジタルディバイドを緩和する旗手は、携帯電話なのではないかと思います。
(2000.10.11)

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