< 真冬の探しもの >
すっかり日が落ちた白い街の片隅で、制服姿の高校生達が、何かを探し回っていた。
彼らは、街灯が灯っていてもなお暗い遊歩道、その両側に立っている木々の根本を掘り起こしては落胆の溜息をもらすのだった。
傍目に見れば大変に挙動不審であるが、彼らはそれぞれに真剣な表情でその動作を繰り返している。
もちろんその高校生達とは、相沢祐一、北川潤、水瀬名雪、そして美坂香里といういつものメンバーだった。
☆
「本当に、この遊歩道で間違いないんだろうな、相沢?」
北川が額の汗を拭いながら訊いた。
ちなみに今は一月の下旬。真冬である。
この極寒の地で汗をかくほどの重労働を、彼らは数時間前から……それこそ、日が暮れるだいぶ前から続けているのだった。
「……間違いない」
祐一は何かに憑かれたような表情で答えた。
そう。この場所で間違いないんだ。
あゆは……俺の前から文字通り消えてしまった少女は、この場所を素手で……指先に血が滲んむことにも構わずに、必死に土を掻いていたのだ。
最後の希望に縋るように……かつて自らの手でここに埋めた『未来への希望』を探し求めて。
「それに……」
言いかけて祐一は背後の森を振り返った。
日が暮れてしまったために見ることは叶わないが、その暗闇の向こうに存在しているのは間、違いなくあの森なのだ。
あゆと俺、二人だけの『学校』があった、あの森……。
「今更そんなこと訊いても、仕方がないでしょう?」
香里が言った。
「とにかく、相沢君は、ここにそれが埋まっていると確信している。そうよね?」
頷く祐一。
「そして、ここに埋まっている可能性は、ゼロではない。そうでしょ?」
もう一つ頷く。
「じゃあ、捜しましょう。まだあっち側は全然捜していないんだから」
香里がさばさばした表情でそう言った。
「まぁ、美坂がそう言うんなら、俺もつき合うぜ」
「ふぁいとっ、だよ」
両手でぎゅっとに握りこぶしを作って、名雪が応援する。ちなみにその手に握られているのはシャベルであった。
「みんな……ありがとう」
「いいのよ。……だって、相沢君の表情を見てれば、これが伊達や酔狂じゃないことぐらいは分かるから」
伊達や酔狂だったらとっくに張り倒してるけどと言わんばかりの表情だった。
「ああ」
祐一は頷いた。
「この場所に、あるはずなんだ……ガラス瓶に入った、あの人形が……」
……あゆの探し求めていた物が。
そして、それから三〇分ほどが経過したとき……。
「オイ! これは……」
北川の素っ頓狂な叫びが遊歩道にこだました。
「なになにっ?」
「見つかったの〜?」
「何が出てきたんだ、北川!?」
駆け寄る三人に、北川が引きつったような表情を向け、言った。
「あのさ……俺、ちょっと深く掘りすぎたかな、とは思ったんだけど……そしたら」
北川はそこで一旦言葉を切り、スコップで掘ったのであろう穴を指差して見せた。
穴を覗き込んだ三人のうち、二人の表情が凍りついた。
「うにゅ〜? 何、これ?」
「……これって……」
「……マジかよ……」
「え? 二人とも、これが何か分かるの?」
「分からない名雪の方が変わってると思うわ」
「ああ、俺もそう思う」
「うー。二人ともヒドイよ〜」
名雪の抗議の声は耳に届かなかった。
祐一は呆れたような声を出した。
「さすが北川……よりにもよってこんなモノを掘り起こすとは」
「お、俺だって好きで掘り出したんじゃないぞ」
震える声での抗議を聞き流しつつ、祐一は穴の中心に鎮座坐している流線型の物体に目を向けた。
「しかしなぁ」
見た目は完全に錆び付いていて、危険性はないように思われるかも知れない。
しかし、外観に騙されてはいけない。
それはいつ爆発するか分からないのだから。
「よりにもよって……爆弾かよ」
そう。
北川が掘り起こしてしまったモノ。
それは、恐らく戦時中のものであろう、不発弾だった。
「と……取り敢えず、警察に電話しようか?」
「警察より自衛隊の方がいいと思うわ」
引きつった笑いを浮かべる北川の言葉に、香里が冷静にそう答えた。
というわけで、善良な一般市民による通報を受けた警察から速やかに自衛隊へと連絡が行き届き、直ちに近くの陸上自衛隊駐屯地から先遣部隊が駆けつけた。
そして、それが旧日本海軍の六〇キログラム爆弾であることを確認した。
ちなみにこの六〇キロ爆弾は潜水艦への攻撃に用いられていたため、炸薬量が小さかったらしい。そのため仮に爆発しても甚大な被害が周囲に及ぶことはないが、念のため半径五〇〇メートル以内の住民を避難させ、さっそく不発弾処理が始まったのだった。
「……で? 相沢君の探し物って、あれだったの?」
「いや、違う……」
「そうよね」
探し物って、確か、人形だったよなぁ……?
……でも、もしこれが探していた物だったとすると……。
『あのね、祐一君……探し物、見つかったんだよ』
『え?』
『ほら……帝國海軍が対潜用に使っていた六〇キロ対潜爆弾だよっ。信管が当時としては最新式の磁気感応式だったんだよっ』
『そんなもん捜してたんかい!』
…………。
「有り得ない」
妙な想像をしてしまったものだ……つーか何だ今の会話は?
「取り敢えず、今日はこれ以上の捜索は無理ね」
緊張した表情で作業に当たるたくさんの自衛隊員と交通整理に当たる大勢の警察官を見やりながら、香里が冷静に判断した。
「まぁ、現場が立入禁止になっちまったんじゃ仕方ないよな」
「じゃあ、明日に持ち越しだね」
「今日だけでここの半分は掘り起こしたから、明日は残り半分ね」
「要領も掴めてきたし、明日も頑張ろうぜ」
三人の言葉に、祐一は驚いたような表情で、
「みんな……明日も手伝ってくれるのか?」
「なに水くさい事言ってるんだよ、相沢」
「そうそう。乗りかかった船だもの、見つかるまで手伝うわよ」
「もちろん、私も手伝うよ〜」
「……ありがとう」
親友達に向かって、祐一は神妙に頭を下げた。
☆
……で、翌日。
「よーし、残り半分、捜索開始だぁ!」
「……北川の奴、やけに張り切ってるな」
「昨日、警察の人からお礼が行ったらしいよ〜」
「そりゃあ不発弾なんて、捜そうと思っても簡単に出て来るもんじゃないし。それを偶然見つけたんだから、お礼の一つぐらい来るのが当然でしょうね」
「あのな北川……一応言っておくが、捜すのは不発弾じゃなくって人形だからな」
「分かってるって。だいたい、爆弾なんて探そうと思っても出てくるモンじゃないし」
「そりゃそうだが」
「じゃあ、始めましょう」
「ふぁいとっ、だよ〜」
「名雪……お前そればっかりだな」
四人は再び遊歩道に立ち並ぶ木々の根本を掘り始めた。
そして二〇分後。
「……おーい、相沢ぁ」
北川の情けない声が聞こえてきた。
「どうした、出てきたのかっ!?」
「ああ……一応な」
見つかった割には様子がおかしい。
祐一は首を傾げながら、呆然とした様子の北川へと近寄っていった。
北川は掘った穴を指差しながら、言った。
「見てくれ。昨日のより大きい爆弾だ」
なるほど。
そこには昨日見つけたものよりも三倍ぐらい大きな爆弾が転がっていた。
「…………大当たりだな、北川」
それだけ言うのが精一杯だった。
今日見つけたのは触発信管が付いたままの二五〇キログラム爆弾で、やはり戦時中のものだということだった。
昨日と同じく陸自の爆弾処理班が駆けつけ、但し、今回は爆発すれば周囲に大きな被害が及ぶことが想定されたので、警察が半径一キロメートル以内の住民を避難させてから、その処理が始まったのだった。
「またかよ……」
「相沢君……本当にここ、人形埋まってるんでしょうね?」
「う〜ん、昔埋めたときは不発弾なんか無かったけどなぁ……」
でも、ひょっとすると……。
『ねぇ祐一君、これって何かな?』
『ん? どれだ?』
『ほら、この黒いやつ』
『黒いやつ……ってことは、あゆのクッキーだろ?』
『うぐぅ……違うもん。人形埋めようと思って掘ってたら出てきたんだもん』
『どれどれ……なんだろ、硬そうだな。シャベルで叩いてみるか』
コンコン。
ちゅどーん!
『ぐはぁっ!』
『うぐぅぅぅ〜っ!』
…………。
なるほど、一歩間違えればそういう展開も待っていたということか?
「とにかく、今日もこれ以上の捜索は無理ね」
現場に何台もの軍用車輌がやってくるのを見ながら、香里が冷静に言った。
「そうだね」
「また明日だな」
「……北川。お前、明日は来なくていい。というか、来るな」
「相沢〜、そんな冷たい事言うなよ〜」
「だってお前さぁ、この調子だと明日は一トン爆弾とか掘り当てそうじゃないか?」
「遊歩道脇に、そんな爆弾ばっかり埋まっててたまるかよ」
「そりゃま、確かに」
そして翌日……
北川は八〇〇キログラム徹甲爆弾を掘り当てた。
「相沢君……あなたの探し物って……」
「違う! 俺が捜しているのはただの人形なんだ〜」
「俺だって好きで爆弾掘り起こしてるんじゃないんだ〜」
「ふぁいとっ、だよ〜」
あゆの人形が出てきたのは、それから三日後のことである。
(終)