釧路戦記(改訂版)

第四章
 以下の話は、四十二年六月十日、太刀川小隊の長野班長から聞いた話である。九日の夜、太刀川小隊の四個班は、東京都内の敵のアジトと弾薬庫を急襲した。アジトを襲ったのは長野班で、敵兵十四人を殺し、将校一人を捕虜にし、拳銃などを奪ってきた。その時の話である。また、弾薬庫へは吉村班、小林班、角田班が夜襲をかけ、小銃二百四十挺、拳銃四百三十挺、手榴弾百二十個、爆薬一トン弱、火炎放射機二十台、迫撃砲二門、弾薬五十発を奪い、敵兵五人を射殺した。太刀川小隊長は、「この程度の武器で我々と戦おうなどとは笑止だ」と言っていたとか。
(以下、「私」と言うのは長野である)
 ……六月九日の夕方、部屋で部下七人と夕飯を食べていると、電話が鳴った。
「長野です」
〈太刀川だ。重大命令があるから、部下七人と一緒に、戦闘服を持ってすぐ本部へ来い〉
 この声の真剣さは、いつもの暢気な小隊長ではない。
「了解。すぐ行きます」
 私は七人に言った。
「本部から電話だ。すぐに本部に来いという指令だ」
「わかりました」
 数分後、私達はトラックに乗って出発した。助手席には松井が乗っている。
「班長、何かあるんでしょうか」
 松井が訊く。他の六人も同じだろう。
「わからん。時間が時間だし、今までに比べて重大な指令らしい」
 本部に着いた。中隊長、小隊長、本部班がいる。
「長野班八名、到着しました」
「よし、急いで中へ入ってくれ」
 中隊長は真剣だ。鬼気迫るとはこういうのを指すのか。私は少々たじろいだ。作戦部室に三十六人が揃うと、中隊長は話し始めた。
「皆、心してよく聞け。
 東京都内の敵のアジトと武器弾薬庫の所在が明らかになった。よって我が隊はこれを襲撃し、敵に痛撃を与える」
 ざわめきが起こった。
「これは宣戦布告である。緒戦の成否は全体の士気を左右する。失敗は許されない。
 長野班はアジトを襲撃する。武器弾薬庫の詳しい所在は明らかでないので、長野班は、その詳しい所在をわかり次第本部に報告せよ。それを受けて他三班は出撃する」
 これは重責を負ったものだ。緊張する。
「各人に小銃一挺、弾倉三個、銃剣一本を支給する。長野班の出発は二一〇〇、アジトの位置はこの地図に書いてある。××アパートの一階六号室だ。誤って民家に侵入しないように。着替えて出動準備にかかれ。以上」
「了解」
 戦闘服に着替える。ポケットに地図や医薬品、弾倉二個を入れ、ズボンのベルトに鞘に収めた銃剣を提げ、弾倉一個は銃に装着する。緑のヘルメットを被り、長靴を履くと、すっかり兵士になった気分だ。銃に安全装置をかけ、消音器も忘れずに装着する。
 午後九時、私と部下七人、それに通信兵の長谷川の九人は、二台の車に分乗して本部を出た。暗い車内には、息苦しいまでに緊張した空気が漂っている。
 アジトに着いた。そこだけ煌々と灯りが点いている。両隣も、上の部屋も灯りはない。もし空室なのだとしたら、これは好都合だ。音が聞こえにくいし、流れ弾が壁を貫通しても一般人の被害は出にくいだろう。裏の駐車場に車を入れた。
「大木と浜口と小杉は、窓の方で待機しろ。敵が逃げようとしたら阻止、俺が合図したら窓を開けて入れ」
「鍵が掛かっていたら割るんですか?」
「音は立てたくないから、外す方がいい。外しにくかったら割ってもいい」
「はい」「了解」
「長谷川は、俺が呼ぶまでここで待機だ」
「了解」
 私と松井、近藤、早川、桐谷の五人は、銃を構えて玄関に歩み寄った。私は左手に銃を構え、右手でドアの把手を回した。鍵が掛かっている。
「参ったな。やるか」
 私は右手で呼鈴を鳴らした。
「誰だ?」
 中から声がする。
「御免下さーい。速達でーす」
 中で錠を開ける音がする。私は四人に目配せした。四人は頷く。
 ドアが少し開いた。チェーンはない。私は思いきりドアを蹴飛ばした。ドアを開けた男は立ちすくみ、声を上げた。
「出入りだあ!」
 私の左にいた松井の銃が火を噴く。鈍い銃声とともに、男は崩折れた。
 奥の方から多数の足音がしたと思うと、ドアが開いた。三人の男が拳銃を構える。私は銃を構えるが早いか連射した。
 近藤、早川、桐谷も銃を連射する。たちまち三人は血を噴きながら倒れた。
 私は四人の死体を踏み越えて奥へ向かった。何人かの男が立ちすくんでいる。私は銃を向けて怒鳴った。
「弾薬庫の在処を知ってる奴は誰だ!? 前へ出ろ!」
 一人の男が、電話機に飛びついた。たちまち銃火が起こり、男を血祭りに挙げ、電話機を粉砕した。早川と桐谷が入ってくる。三人に銃口を向けられて、男達は身動きできない。
「班長、足元!」
 後ろから松井の声が聞こえた。足元を見ると、一人の男が私の足を掴んでいる。私は男の脳天に向かって発射した。男は即死、私は男の手から足を抜いた。その間にも一斉に銃火が起こった。顔を上げると、机の向こうにいた四人の男達は、或いは机に伏し、或いは壁に倒れかかり、全員死んでいる。
 右の部屋から銃声が聞こえた。
「早川、近藤、右の部屋を調べて見ろ」
 私が言い終わるより先に、右の部屋から大木と小杉が出てきた。大木が言う。
「敵兵が二人、窓から逃げようとしたので、二人とも殺しました」
「うむ、わかった。浜口は?」
 私が訊くと、左の部屋から浜口が、銃剣を拭いながら出てきて言った。
「私はここです。敵兵二人、始末しました」
 私は言った。
「雑魚には用はない。司令官がどこかに隠れてないか、家捜しだ」
 左右の部屋の間にあるドアは、便所だろうか。私はドアの把手を回した。中から押えている手応えがある。誰かいるに違いない。私は便所のドアを、乱暴に蹴りながら怒鳴った。
「そこにいるのはわかってるんだ! 早く出てこい! 降伏すれば命は助けてもいい、降伏しないなら今すぐ殺す!」
 返答はない。私は便所の床へ向かって一発発射した。
「射たないでくれ……」
 ドアが開いて、年配の男が出てきた。私は銃を突きつけた。
「武器弾薬庫の在処をいえ!」
「あ、在処を……」
「そうだ、詳しい番地もだ。言わないと殺す」
 男は、たどたどしい口調で、
「……せ、世田谷区、××町、××番地だ」
「わかった! 浜口、桐谷、こいつを縛れ。本部へ連行しよう」
「はい」
 浜口と桐谷は、男に有無を言わさず後ろ手に縛り上げ、目隠しと猿轡をした。その間に私は、他の部下達に命じて敵の武器、拳銃七挺と実弾約百発を押収させ、駐車場へ戻って長谷川に、本部と連絡を取らせた。
〈こちらTMH〉
「こちらTTN。弾薬庫の所在は、世田谷区××町××番地。繰り返します、世田谷区××町××番地です。将校一人捕虜にし、兵十四人を始末しました。以上です」
〈了解。すぐに帰還せよ。以上〉
「了解。すぐに帰還します。以上」
 私達は素早く引き揚げた。
 ……ここまでが長野の話だった。これを聞いたのは六月十日、朝早く本部に召集された折であった。既にその日の朝刊に、記事が載っていた。

「内ゲバか、左翼アジト襲撃さる」
 九日夜、東京都世田谷区××町××番地、××アパート一階の、左翼団体「新日本革命軍」のアジトが襲われ、構成員十四人が殺されているのが発見された。(中略)警視庁は、大規模な内ゲバと見て、対立している左翼団体などの洗い出しを進めている。
(2001.1.26)

←第三章へ ↑目次へ戻る 第五章へ→