釧路戦記

第六章
 ウ――ウ――ウ――ウ――
 ピ――ポ――ピ――ポ――
 どこからか、パトカーや救急車のサイレンが聞こえてきた。消防車も出動しているらしい。北門の方も見ると、今までに炎上した車は五台を越える。ヘリもだ。と、ハンディトーキーが鳴った。
「こちらTYY、どうぞ」
〈敵が警察と戦い始めることに期待しよう。一時建物の中に入れ。作戦部室に集まれ、どうぞ〉
「了解。建物の中に入ります」
 私はそこらの味方達に大声で知らせた。
「おういよく聞け。一時中へ入って作戦部室に集まるようにとの命令だ」
 皆は、地面を這いながら三々五々建物の中へ入っていく。何人かは援護射撃をする。私と二人は、最後に中へ入った。それに乗じて敵の数人が門から中へ入ってきた。私は一人射ち殺した。
 私達、約二十人は作戦部室へ入っていった。渡り廊下の火炎瓶はもう鎮火していた。五人くらいが負傷しているらしい。
「さて集まったかな。人数確認しよう」
 私は、部下を探した。石田はいる。右腕に軽い怪我。酒井はいる。治療を受けてからまた出動していったのだろう。谷口は私と一緒だ。私ともども無傷。西川もいる。橋口もいる。寺田もだ。重傷の中村は三階の医務室だろう。
 人数確認が終わった。総勢四十二人のうちここにいないのは負傷したのが中村の他六人。それに山岡もだ。だからここには三十四人いる。
 中隊長が話し始める。
「皆よく戦ってくれた。今からは、建物の中に籠って防戦する。外へ出ていると、警察なんかがいて厄介だ。一階と二階に散って防戦する」
 私は作戦部室の、倉庫への扉の前に陣取った。机を一個置いて、その陰に隠れる。
 すぐに敵はやってきた。廊下のつき当たりに土嚢を積んで、そこに重機が据えられているが、その重機が火を噴き始めた。発射の轟音が響く。時々、敵が来なくなるのか重機は音が止まる。
「弾丸が切れた!」
 突然悲鳴が上がった。
「中隊長、鍵貸して下さい」
 私は中隊長から鍵を借りると倉庫に入った。ベルトでつながっている重機の弾丸を一箱ばかり抱えて、外へ持っていく。廊下では自動拳銃が火を吹いている。私は弾丸の箱を床に置き、足で押して重機銃座の方へ送った。また盛んに重機の音が鳴り響く。
 ところが、突然廊下の方から煙が漂ってきた。火炎瓶が投げられたらしい。重機は照準が定まらないのか音が止まっている。この時とばかりに敵が押し寄せてきた。私は机の陰に隠れて銃を射ちまくる。
 突然、濛々たる煙が立ちこめた。大量の発煙筒を一気に焚かれたらしい。私は頭を低くして、敵の足を狙う。銃は流れ弾が危いと判断し、銃剣を握り、壁沿いに這っていく。目の前に私のと違う靴が現れた。私はその足のふくらはぎに銃剣を突き立てた。上の方で悲鳴が上がる。私はもう片足をつかんで思い切り引っぱり、敵はどうと仰向けに倒れた。私はふくらはぎの銃剣を抜くとすかさず馬乗りになる。敵は手で私の銃剣を奪おうとしたが私はもっと早く、銃剣を胸に深く刺した。敵は息絶えた。私は銃剣を抜くと、次の敵を探した。もう感覚は完璧に以前と違っていた。人を一人殺しても、何とも感じなくなってしまったのだ。興奮も、恐怖も、快感も、むろん罪の意識も。私は完全に兵士となり切っていた。心の底から。
 作戦部室には窓がないから、一度発煙筒を焚くと煙が抜けない。私は這って廊下へ向かった。いきなり顔を蹴られた。私はその足を捕まえた。敵だ。私はその足首に銃剣を突き立てるともう一方の足を払って仰向けに倒し、腹に銃剣を突き立てて、深くえぐった。敵は悶え苦しみ血をまき散らしながらけいれんし、絶命した。
 煙が薄れてきた。敵らしい影が見える。鉄兜の形が違うからわかる。私は立ち上がった。いきなり羽交い締めにされた。もう一人の敵が、腕をねじり上げて銃剣を奪った。私は左腕をふりほどくと、奪った敵の胸板に猛烈な一撃を叩きつけた。敵は仰向けに倒れた。私を羽交い締めにしている敵の右肩に手刀を叩きつける。敵は呻き声を上げて右手を放した。私は先に殴った敵から銃剣を奪い返すと、一瞬の間にその敵の喉をえぐった。そして、後で打った敵が飛びかかってくるのを刺そうとしたが、その敵は味方の誰かに飛びつかれ、胸を刺されて崩折れた。部屋のあちこちで、こんな格闘が続いている。
 私は不意に左の二の腕に鋭い痛みを感じた。振り返ると左に敵がいて、ナイフで第二撃を狙っている。私は左足でその敵の頬に蹴りを喰わす。敵がよろけたところで私は右手の銃剣で頚を突いた。敵は倒れてけいれんを始めた。私は銃剣を持った右手で左手の傷を押えた。指の間から血が出てきた。私は廊下へ出た。目の前に敵がいる。右手の銃剣で胸を狙ったが外れた。返す刀で頚筋を切る。急所を外れたが敵はひるんだ。私は三階に通じる階段を登った。
 三階にも敵はいた。ここも発煙筒で真っ白だ。私は男とぶつかった。敵だ。痛む左手で喉仏に手刀を叩きつけた。急所を打たれた敵は喉を押さえて尻餅をついた。私は銃剣で胸を突いた。敵は絶命する。
 私の左手には血が流れてきた。痛みが増してくる。私は左手を押え、呼ばわった。
「山岡、山岡、どこだ? 負傷兵だ!」
 ところが意外、聞こえてきた山岡の声は、絹を裂くような悲鳴であった。
「いや―――っ!!」
 これはどうしたことだ。私はナイフを握り直し、声のした方へ向かった。声がしたのは便所の方からだ。扉が半開きになっている。踏み込んでみると、山岡は二人の敵に押し倒されている。用足しに立った時に敵が押し込んできたらしい。
「あ――っ!」
 山岡の悲鳴が高まる。私はこの時、何か知らん猛烈な怒りにとり憑かれた。私は銃剣を高々と振りかざすと、怒号を上げながら一人の敵に襲いかかった。敵は驚いて立ち上がろうとしたが、私は力任せに押し倒し、喉を深々とかき切った。敵は喉から音を立てると絶命した。もう一人の、山岡に乗っていた敵が顔を上げた。私はその顔を力任せに蹴飛ばした。歯が折れる音がした。敵は口を押えた。私は銃剣で、一刀のもとに敵の喉をかき切った。首から血が噴き出し、あたりの床を血に染めた。山岡の青ざめた顔にも血が滴った。私は屍となった敵の体を足蹴にして山岡から離した。
「ふう。殺ったぞ」
 私は銃剣の血を拭った。猛烈な憤怒の去った後には、勝利の快感というか空虚感というか妙な感じが伴う。もう十数人を屠った後なので人の生首を見ても魚の頭くらいにしか感じない。……左腕がまた痛んできた。
 山岡は顔を手で拭いながら起き上がった。まだ青ざめている。男に襲われて、その場は辛く切り抜けたものの、目の前で男の首が斬られたのだ。正常な感覚の女性なら卒倒するかも知れない。卒倒しなかったのは山岡の気丈なところだが、それでも私ほど平然としてはいられまい。山岡の胸ははだけられている。体をねじって、私の目を避けるようにしてボタンをはめている。
「便所に隠れてないか!?」
 敵が入ってきた。私は銃を乱射した。敵はあっけなく倒れた。この一連射で弾丸がなくなってしまった。
「山岡、銃はあるか?」
「そこに……」
 私は山岡の銃を拾った。弾丸は一杯だ。入ってきた敵に向かって、いきなり発射した。敵はあっけなく倒れた。
 山岡は身づくろいを済ますと、ナイフを抜いて、二人の敵の死体を所構わず刺し始めた。
「復讐もいいが手当てしてくれよ」
 私の左腕はかなり出血している。よく今まで戦ってきたものだ。火事場の馬鹿力か。山岡は立ち上がると言った。
「救急箱は向こうなんですけど」
 私は憤然となった。山岡の手を引っ張って便所から出た。近くに二人敵がいたが、一人射殺した。五人の負傷者のうち軽傷の二人は、ベッドから起き上がって銃で応戦している。敵がまた一人倒れた。
「あ」
 山岡が軽い叫びを上げる。救急箱は乱戦の中で叩き壊されていた。山岡は、仕方ないので消毒も何もせず包帯で私の腕を縛った。
「よし行くか」
 私は立ち上がった。
 不意に私は後ろから首を絞められた。山岡がはじかれたように立ち上がると、右手に握った銃剣を敵の左腋下に突き刺した。敵の手の力が緩む。私は敵の手を振りほどくと、敵の首を両手でつかみ、素早くしゃがみながら敵の頭を床に叩きつけた。頚の骨が折れた敵はぐったりする。私は敵の体の下から這い出すと、銃を肩に掛け、銃剣を右手に握りしめて出口に向かった。いきなり敵が飛び込んできた。私は敵に向かって銃剣を力一杯投げつけた。銃剣は敵の左胸に、鍔まで深々と刺さった。私は敵兵を蹴倒し、銃剣を右手で半回転ねじって引き抜いた。敵兵は口から血を噴いて絶命した。私はそのまま部屋を出た。途端に階下から銃火が起こった。鉄兜に弾丸が当たる。私の銃はもう弾丸がない。私は息を殺して身を潜めた。
 敵兵が階段を登ってくる音がした。私は銃剣を構えた。格闘になれば負けはしない。
 敵兵が顔を出した。私は敵兵の喉笛に回し蹴りを喰わした。その兵は階段を転げ落ちた。私は階段に飛び出した。三人の敵兵が固まっている。私は銃剣を振りかざして三人の上へ飛び降りると、三人の喉を掻き切った。階段を下りたところでいきなり頭に一撃を喰らった。振り向きざま胸を突く。敵は崩折れた。
 作戦部室に入る。敵の死体が幾つも転がっている。この部屋には生きている敵はもういない。銃声も怒号も聞こえない異様な静けさだ。部屋の煙はかなり薄くなっている。
「敵がいませんね」
 私は近くにいた吉川小隊長に言った。
「警察が来る前に中に入った奴等は大方皆殺しにしたからな。それから後はもう敵は中へ入って来てないだろうからな。…矢板もやられたか」
 小隊長は私の左腕を見る。小隊長も右腕に包帯を巻いている。
「切られましてね。小隊長もですか」
「かすっただけだ。敵がこれだけ死んだんだからこっちも無傷では済まないさ。それにしても随分派手にぶっ殺したもんだ」
 同感だ。先刻までの耳を聾する銃声は止み、あたりには敵の死体が床を血に染めて転がっている。空虚さが押し寄せてきた。
「あの人達は?」
 私は部屋の隅に集まっている七人に気づいた。先刻まではいなかった筈だ。
「私は上村小隊の高木だ。本部が襲撃されたのに気付いて駆けつけてきた。他の班にも召集を伝えてある」
 私は怪訝に思った。
「駆けつけたって、どこから入ったんだ? 門は警察に封鎖されてる筈だし」
「床下からさ。私の家からここまでトンネルが掘ってあるんだ。こういう場合の臨時本部として使えるように」
 高木が平然と言った。
 本棟や西棟から、皆が三々五々戻ってくる。
「敵はもう来ません」
 河村が小隊長に言った。
「北門で敵の残党が警察と銃撃戦やらかして全員逮捕されました」
「それを願ってたんだ。他はどうだ?」
 小隊長は満足気に言った。
「南は全滅です」
「西も敗走しました」
「東も誰もいません」
 中隊長は満足気に笑みを浮かべた。だが、すぐ真顔に戻った。
「さあ、これからが本番だ。全面戦争に突入だ。革命軍壊滅を目指し、一丸となって戦うのだ!」
「おう!!」
 皆は大いに気勢を上げる。
(2001.1.26)

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