番外日記
日記本文へ戻る

2001年12月7日(土)〜8日(日)
全編は大まかに3つの部分に分けられ、隆道が10歳(加奈は8歳)の時のエピソードを思い出す「幼少期」、加奈が中学2年の夏の、いくつかの出来事を綴る「中等期」、そして隆道が大学1年になった今「高等期」からなります。ずっと前、昨年の1月頃でしょうか、オープニングからちょっとだけ流してみた時には、幼少期を一通り見たくらいで終わっていたと思うのですが、授業中にプラスチックの物差しで消しゴムを切り分けるという、本当に些細なシーンに、不思議なほどリアリティがあって、妙に強く印象に残っていたものでした。
ゲームの中心は高等期、たびたび入院していたため出席日数が足りなくて中学卒業が1年遅れた加奈が、隆道が通っていた高校に合格してからの話になります。高校に行けることになったのも束の間、先天性の多臓器機能不全で余命半年と宣告されてから。そしてそれと時を同じくして、隆道が小学生の時のある出来事のためにそれ以来深く、深く、骨髄に徹するまで憎んできた鹿島夕美との関係が変わってきて、それが加奈の最後の月日と縒り合わさってストーリーができていきます。
しかし途中から、隆道が加奈に抱く感情が、幼少期以来の「肉親愛」からベクトルが変わってきて、やがて覆いも隠しもできない近親相姦へ突き進んでいくのには、「ちょっとこれまずいだろ」と思わずにいられませんでした。その場面では未遂に終わるのですが、もっと先で加奈の病状がさらに悪化し、最後の手段は腎移植しかないとなったところで隆道が自らの腎臓を提供しようと申し出た途端、「隆道と加奈は実の兄妹ではなかった(ごく小さい時に孤児になった加奈を隆道の両親が引き取った、よって血縁関係皆無)」という唐突な話が飛びだしてきて、しかも非血縁者間臓器移植ではHLA型の完全一致は数万人に一人しか存在しないはずなのに(これは本当です。ですからゲームでも、両親のどちらも加奈と移植可能なほどには一致せず、両親からの生体腎移植を断念したのです)隆道と加奈のそれが完全に一致しているというのは、ストーリー的にあまりにも強引な御都合主義に感じられました。
このゲームの特徴は、ストーリーの悲劇性をはっきりと語ろうとしない「Kanon」の栞シナリオと違って、悲劇性を相当強く、直截に押し出してくることです。その辺がやはり、プレイヤーによって好悪が分かれる大きな理由になっているのでしょう。
エンディングNo.2「追憶」は「ノーマルエンド」と位置づけられていて、最も普通の流れの末にあるようです。このエンディングでは加奈の最期は何も語られていないのですが、ゲームの冒頭で使われた「メッセージ録音機能のあるペンダント」という小道具がうまく使われていて、隆道への加奈の遺言が語られます。悲劇性を直截に押し出してくるゲームとしては意外なことに、臨終の場面をあからさまに描いていないのですが、このエンディングでの演出の勝利は、合計5本録音して残せるメッセージの中で、加奈の心の動きを描き出したことでしょうか。4本目のメッセージで、迫り来る死に恐れ、怯え、取り乱していた加奈が、5本目のメッセージでは「落ち着いて、慈愛に満ちた声で」最後の言葉を残していくことに。
攻略本によると、シナリオの分岐点がごく早い段階、それも信じ難いほどさりげない所に存在しているというこのゲームでは例外的に、エンディングNo.3「迷路から」は終盤までNo.2と同じ流れにあります。No.3では腎移植手術から後のことが時間を追って語られていきますが、加奈の臨終から後の隆道の壊れっぷり(不謹慎な表現をお許しください)は、その容赦ない描写によって、人によっては後味が悪いかも知れません。その「迷路から」立ち直っていくところが本題なのですが。エンディングNo.2では詳しくは語られてはいませんが、墓参りに来られるようになるまで半年を要したという、その間にはNo.3で語られたような「迷路」があったのでしょうか。
ストーリーの中心となる部分のシナリオが、直截すぎるとか強引だとかで、それとビジュアルもキャラクターデザインにいささか癖があるということもあって、私的な評価は残念ながら今一つですが、BGMは秀逸です。ゲームが気に入った方の中には、オープニングの出だしを聴くだけで滂沱の涙という方もいますが、さもありなんと思いました。
(12月9日アップ 2002年1月19日改訂)

日記本文へ戻る